Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.344 ドイツのエネルギー危機渦中の議論
(2)価格高騰と供給不足

2022年11月10日
ドイツ在住エネルギー関連調査・通訳 西村健佑

キーワード:ドイツ、ガス価格、エネルギー危機対策、負担緩和

 前回、ドイツのエネルギー危機対策は錯綜していること、州選挙に絡んで各政党の主張が先鋭化することで混乱が悪化するリスクがあることを述べた。ドイツは短期的にはダメージの緩和、長期的には投資のあり方の変更が必要である。前回は中でも短期的なダメージの緩和のため、持てるものを使い尽くすということを目的に、国内電源のフル活用、価格メカニズムの活用が模索されていることを示した。

 今回は再エネ投資について触れる予定だったが、予定を変更してもう少し価格メカニズムについて触れてみたい。

原発延長と褐炭の活用

 ご存じの方が多いだろうが、ドイツは稼働中の原発3基の23年4月までの延長に加えて閉鎖予定だった一部の褐炭発電所も24年までの延長を決め、そのために新たな露天掘り用地の開発も認めた。ドイツ国内の需要と抱えている発電容量だけを見れば広域停電のリスクは低いが、フランスの原発の再稼働の情勢が不透明なこと、冬に向けてガス価格の不透明性が高く高騰のリスクもあることからこれらの一時的な活用の強化を決めた。

 この結果、この冬の電力需給は多少の余裕が確保できる見込みとなり、電力の価格も多少押し下げられるだろう。複数の研究機関が原発の延長で4~12%価格抑制が可能だと評価している1。他方でドイツ国内のガスの消費抑制効果は楽観的に見積もっても1%と限定的と言わざるをえず2、電力部門の対策は、どちらかと言えば電力不足回避よりも電力価格高騰対策の効果が期待されるだろう。

供給不足対策か価格高騰対策か:専門家委員会の考え

 一般市民やマスコミにとっては価格高騰が差し迫った問題であり、そちらがより多く報道されているように見える。

 ドイツの22年第3四半期のGDPは前期比+0.3%、前年同期比+1.1%と僅かに成長を維持したが3、ハベック経済気候保護大臣23年は景気後退が不可避だという見方を示している4。そうした中で22年10月の消費者物価指数のインフレ率は前年同期比10.4%、EU基準消費者物価指数では11.1%のインフレとなっており、エネルギーは43.0%のインフレである5。インフレを不安視する声が多くて当然だろう。

 そうした中、ドイツではガスと暖房にかかる独立専門家委員会という委員会によってガスと暖房の危機対策が議論されてきた6。日本で報道されるドイツのガス価格引き下げ対策はこの委員会のものである。10月31日に委員会の最終報告案が公表され7、内閣もすでにその内容を了承している。

 専門家委員会は9月23日に招集され、代表3人と18人の委員、3人のオブザーバーから構成される。オブザーバーは与党の党員であり、委員はアカデミア、エネルギー会社、産業界、労働組合などから選出されている8。代表はニュルンベルク大学のグリム教授、ドイツ産業連盟(BDI)のルスヴルム代表、化学工業組合(IGBCE)のヴァシリアディス代表が担う。

 この専門家委員会の目的は以下の通りである。

  1. ロシア産天然ガスの供給停止による天然ガス価格の上昇が、特に2022年秋から2024年春にかけて、企業や家庭に対してどの程度の追加的かつ不合理な負担になるかを評価する。
  2. この価格変動を緩和するための連邦政府による対策を評価する。緩和のためのガス・暖房支払いの負担引き下げなどの具体的な提案に取り組み、その緩和効果や欧州域内市場への影響も検討する。また、需要抑制、供給増強のための対策も同時に検討する。
  3. 世界市場でのガス価格形成を考慮し、欧州レベルでの価格変動を緩和するための選択肢を評価する。欧州地域における具体的な提案を検討し、その緩和効果だけでなく、他の影響も考慮する。
  4. 連邦政府に対する具体的な対策案を策定する。明確であり、合理的なコストで迅速に実施可能なメカニズムの開発を目指す。メカニズムは大きな負担緩和をもたらし、価格インセンティブを阻害せず、(法律的、技術的、時間的に)迅速に実行できる明確なメカニズムとなることを目指す。
  5. 専門家委員は、10月末までに仕事の成果を発表することとする。

とある。

 この委員会の中間報告が10月10日、最終報告が10月31日に公表された。委員会の目的が一般市民の不安と明確に異なるのは、価格メカニズムを活用した需要抑制策を明示的に目指したことである。グリム氏はメディアインタビューでガス消費抑制のインセンティブが最優先課題であると述べており9、ガス不足を絶対に避けることが委員会の目標だったことが伺える。

 そのため、専門家委員会も召集したドイツ政府も他のEU加盟国が提唱するガスの卸価格や輸入価格への上限規制は価格を抑制することで需要を喚起し、ガス供給不足を招くリスクがあるとして反対の立場を示しており(ドイツはそもそもガス価格上限が提案国の期待どおりに機能すること自体に懐疑的であり、うまくいかない兆候はあちこちに出ている)、卸価格が高騰することは重要な価格メカニズムだと考えているのである。世界市場での価格高騰は受け入ることで需要量と抑制量の両方○○の確保することがドイツの目指すところである。

ガス専門家委員会の提案

 提案の目玉はガス・熱消費者の負担緩和である。卸価格に上限を設けないということは価格上昇が小売価格に跳ね返るため、提案は負担を適正な範囲で緩和する助成金となっている。

 助成金は各契約者に対して2段階で支給される。まず12月のガス代は政府が全て負担する。そして23年3月からはガス消費量の一部を政府が支給する。

 日本とドイツのガス料金の支払い方法は異なるのでそこから説明したほうが良いだろう。ドイツでは家庭や小口の需要家は通常1年または複数年の固定価格でガス供給契約を結ぶ。ドイツでは消費者保護の観点から原料費調整制度は適用されない。ドイツで一時導入が検討されたガス賦課金制度は日本で言う原料費調整制度だったが、様々な事情により最終的に導入直前で待ったがかかった。このことからも契約期間中の契約見直しを伴わない価格変更はドイツでは非常に困難ということは明らかだろう。

 そしてガス消費量の検針は通常年に1回である。そのため、月ごとのガス代支払いは、前年1年トータルのガス消費量をベースに決まり、年度中に想定ガス消費量を変更することも稀である。

 そのため、

1ヶ月のガス代=前年のガス消費量から想定される月間ガス消費量X年間のガス固定価格

で決まる。ここでいう想定月間ガス消費量は単純に12で割ったものとなることが多い。そして年間契約の最終月後に、実際の年間ガス消費量と想定ガス消費量の違いに応じて精算する。想定より多ければ追加支払い、少なければ払い戻しを受けられる(電気も多くの家庭は同じ支払い方法である)。

 これをベースに考えると、12月のガス代を政府が負担する策は、多くの家庭にとって契約(更新)時、つまりガス価格高騰前のガス小売価格と月間想定消費量をベースとした1ヶ月分のガス代負担となる。そのため12月の実際のガス消費量は考慮されない。また消費者も12月単月のガス消費量を知ることはなく、例えば12月だけ例外的にガス消費量を増やしても、それは12月の請求書ではなく、最終的な年間トータルのガス消費量の精算時に1年トータルの増加量に算入されることになる。つまり、12月は無料だからと暖房を多く使っても消費者にメリットはないどころか、年間精算時の負担増になるだけである。そのため、12月のガス代を政府が負担してもそれがガス消費増のインセンティブとはなりづらい。逆に12月も他の月と同様にガスを節約すればその分現金が増えることになる。

 次に、助成金第2段が23年3月から24年4月まで実施される「ガス価格ブレーキ」である。価格ブレーキとは価格キャップとは異なり、需要家に一定金額を助成する制度であり、小売価格や卸価格に規制を設けるものではなく、需要家の一定量のガス消費までは設定額との差額に応じた助成金を支払うものである。

 家庭や小規模事業者向けのガス価格ブレーキは2022年9月時点の想定月間消費量の80%まで、ガス1kWhあたり単価12セント以上の部分を国が負担する。

 具体例で考えると、例えば、100m2の住宅で年間12000kWhを暖房・給湯用ガスとして消費するとする10。すると月の消費量は1000kWhとなる。この場合、800kWhまでは12セント以上の部分を助成する。仮にガス代が20セントまたは25セントとすると、助成額と家庭の支払い額はそれぞれ以下のようになる。

月間想定ガス消費量が1000kWh(2022年9月)のケース
20セントの場合
助成額800x(0.2-0.12)=800x0.08=64
本来の支払額 1000x0.2=200
家庭の負担額 200-64=136

25セントの場合
助成額800x(0.25-0.12)=800x0.13=104
本来の支払額 1000x0.25=250
家庭の負担額 250-104=146

 ここで鍵になるのは、助成されるガス消費量は2022年9月時点の想定量で決まり、実際の消費量とは関係ないことである。

 例えば、消費量が2022年9月よりも増えた場合、減った場合、極端に節約した場合を考える。

実際の月間ガス消費量が1200kWh、単価20セントのケース(22年9月は1000kWh)
助成額800x(0.2-0.12)=800x0.08=64
本来の支払額 1200x0.2=240
家庭の負担額 240-64=176

実際の月間ガス消費量が800kWh、単価20セントのケース(22年9月は1000kWh)
助成額800x(0.2-0.12)=800x0.08=64
本来の支払額 800x0.2=160
家庭の負担額 160-64=96

極端に節約した場合
実際の月間ガス消費量が300kWh、単価20セントのケース(22年9月は1000kWh)
助成額800x(0.2-0.12)=800x0.08=64
本来の支払額 300x0.2=60
家庭の負担額 60-64=-4 つまり1年間毎月4ユーロのボーナスが入る

 このように、節約を進めるとある段階で負担緩和から家計ボーナスに切り替わるのが今回のガス価格ブレーキの特徴である。実消費量は助成額には反映されないので、節約すればするほど得になる。他方で、前年より多くガスを使う場合は負担が一気に大きくなる仕組みである。助成分を80%としているのは家庭には20%節約を求めているからだろう。

 ガス大口需要家も仕組みはおおよそ同じで、2022年実績のガス消費量の70%まで7セント以上の部分を助成する仕組みとなっている。ただし大口需要家には特に雇用維持の観点から、支援期間後1年間は雇用の90%を確保することが求められている。産業界は70%の助成を受けるということは、30%のガス節約が求められていることを示している。ちなみに家庭の12セント、大口需要家の7セントはそれぞれ例年のガス価格と比較すると2-3倍の価格であり、家庭も企業も過去と比べて負担増は免れない。

 また、これは同時に卸価格や小売価格には影響しないため、市場価格は実際の需給状況を反映したものとなり、ガス供給に余裕がある時は下がり、ない時は高騰する。ドイツではすでにガス消費が抑制されており、価格メカニズムが機能していることは明らかであり、この機能を損なうような改革は現実的ではない。

 また価格メカニズムの維持は欧州やドイツがEU域外からのガス輸入を継続する際に重要であり(たとえロシア産のみが対象としても買う側が一方的に価格上限を設定するなど一般的な貿易ではとても受け入れられないだろう)、輸入を途絶えさせたくないドイツは市場価格に政治的に介入することは避けたいと考えている。

その他専門家委員会の最終報告書から見られるドイツの考え方

 長くなって恐縮だが、専門家委員会の最終報告書では、価格高騰対策、価格シグナルによる節約のインセンティブの維持、以外に以下の点が強調されている(カッコは筆者の追記)。

  • 次の冬に備える(ガス事情を考えると今冬よりも来冬のほうが厳しい)
  • 転換を加速する(気候中立達成のためだけでなく、再エネ増強の加速化やDRの強化、水素市場の立ち上げを始めとしたエネルギー転換は危機克服にとって最重要であり、化石燃料の価格はもとには戻らない「ニューノーマル」に備える必要がある)
  • 価格水準と経済の安定化(サプライチェーンの維持とインフレの緩和を両立させる。支援は存在に関わる危機に直面する家庭や企業に集中させる)
  • 欧州を考慮する(欧州の危機対策パッケージとの互換性を維持する、ガスの共同調達を推奨する)
  • 欧州レベルの対策に統合させる(国によって異なる対策が取られており、導入前に欧州各国と対話による調整を図る)

 専門家委員会が何度も強調しているのは、エネルギー危機対策は長期的な欧州とドイツのカーボンニュートラル達成に資するものでなければならないということである。つまり節約、省エネ対策投資のインセンティブを維持、または強化することがこの対策の要である。

 負担緩和策が気候政策の観点から持続不可能な従来のライフスタイル、経営方針の延命になってはならず、「ニューノーマル」に適合するような対策を実施するほど支援が大きくなるように設計されている。また、対策を取らない企業に対しては、高騰する化石燃料のコストを自ら負担するように求めているのである。

 電力についても同様の電力価格ブレーキが導入される予定だが、個人的には電気については機能するか疑問である。しかし、これは機会があれば次回のコラムで触れたいと思う。


1 例えばhttps://www.ifo.de/pressemitteilung/2022-09-14/laufzeitverlaengerung-wuerde-strompreise-2023-um-4-prozent-verringern
2 例えばhttps://green-planet-energy.de/fileadmin/images/presse/220706_GPE_Fact-Sheet-Gaseinsparung-durch_KKWVerl%C3%A4ngerung_EnergyBrainpool.pdf
3 https://www.destatis.de/DE/Presse/Pressemitteilungen/2022/10/PD22_457_811.html
4 https://www.tagesschau.de/wirtschaft/konjunktur/rezession-inflation-habeck-101.html
5 https://www.destatis.de/DE/Presse/Pressemitteilungen/2022/10/PD22_458_611.html
6 https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Dossier/gas-kommission.html#:~:text=Veronika%20Grimm%20(Mitglied%20im%20Sachverst%C3%A4ndigenrat,Bergbau%2C%20Chemie%2C%20Energie).
7 https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Publikationen/Energie/abschlussbericht.pdf?__blob=publicationFile&v=6
8 https://www.bmwk.de/Redaktion/DE/Downloads/M-O/220923-mitgliederliste-expertinnen-kommission-gas-und-warme.pdf?__blob=publicationFile&v=12
9 https://www.faz.net/aktuell/wirtschaft/gaspreisbremse-oekonomin-ueber-den-200-milliarden-euro-fonds-18351419.html
10 価格比較サイトVerivoxの典型的な消費量をベースにしている。