Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.346 「汚い爆弾」まで登場したウクライナ戦争
 ~核の脅しで満ちる

2022年11月17日
京都大学 大学院経済学研究科  特任教授 竹内敬二

キーワード:ウクライナ、汚い爆弾、高レベル廃棄物、DBT、原発

 ロシアが10月、唐突に「ウクライナは汚い爆弾を使おうとしている」と言い出した。今年2月のウクライナ侵攻以降、ロシアは核兵器使用の可能性を示唆して世界を震撼させ、さらに南部のザポリージャ原発を武力制圧して、原発を「人質」にしている。ウクライナ戦争は核と原子力による脅しが満ちた異常な戦争になっている。同時にこれまで盲点だった戦争時の原発の脆弱性、危険性も浮き彫りにしている。

「汚い爆弾」(ダーティー・ボム)とはどんなものか

「しかし、どういう方法で?ダイナマイトで爆破できる鉱山はいくつかありますが、容易に再開できます。あとの大多数は広大な露天掘りで、破壊することさえできません」
「その通りだ、将軍。だが回答はダイナマイトではない。放射能の灰だ。我々の原子炉から出る廃棄物だよ」
 高レベルの放射性廃棄物は、鉱山の表層そのほかの工業施設を、数千年とは言わないまでも数百年は汚染するだろう。

 これは「核弾頭ヴォーテックス」(注;ラリー・ボンド著)という小説の一節だ。20世紀末、政治的に不安定化した南アフリカ周辺での架空の戦争を描いている。南アに多数ある希少金属の鉱山を「長期にわたって破壊する手段」として、高レベル放射性廃棄物をドラム缶に詰めたものをつくった。それを一つの鉱坑に一個ずつ置き、「いざとなれば爆発で飛散させるぞ」と恫喝をしているのである。これが典型的な「汚い爆弾」だ。

「20秒で致死量」、放射線が強すぎる

 ウクライナは「汚い爆弾」との関係を当然ながら否定した。原子力の民生利用を監視するIAEA(国際原子力機関)は11月初め、ウクライナ国内の3カ所の核施設を査察した上で「問題のある活動も物質もなかった」とロシアの主張を打ち消した。(注;IAEAのホームページ)。ウクライナは「逆にロシアが使用を準備しているのでは」と非難している。



 「汚い爆弾」は着弾時に壊れて中の放射性物質が飛散する。土地や水を汚染することで人が住めない状況をつくりだすのが目的だ。中に詰める物質としては次のようなものがイメージされる。

①プルトニウム(核爆発させるのではなく水源など環境汚染に使う)
②コバルトなど医療などで使っている放射性物質
③原発の使用済み核燃料など高レベル放射性廃棄物

 もっとも危険な「汚い爆弾」は、③の原発から出る高レベル廃棄物(使用済み燃料)を詰めたものだ。高レベル廃棄物の放射線は他に比べるものがないほど強い。日本の政策では、使用済み燃料を再処理したあとにできる廃液をガラスと混ぜて固化し、分厚いステンレス容器に入れた「ガラス固化体」を地中深くに捨てる計画になっている。そのつくりたての「ガラス固化体」から出る放射線は強烈で、横に立つと20秒で致死量の被曝に至るといわれる。

だれも作っていない

 しかし、汚い爆弾は①~③いずれも「つくった、使われた」という明確な話はない。強い放射線を出す高レベル廃棄物などで爆弾をつくるとすれば、コンクリート、鉛板や鋼板で分厚い遮蔽物だらけの要塞のような工場をつくり、さらに遠隔操作での作業が必要になる。冒頭の小説に出てきたのは、高レベル廃棄物をドラム缶に詰めたものだが、現実にはそんなものはつくれない。作業をすれば致死量の被曝をする。

 ロシアが「ウクライナと汚い爆弾の関係を示すもの」として写真を公表したことがあるが、これに対して、スロベニア政府が10月、「ロシア外務省のツイートの写真は10年以上前にスロベニアで撮影された煙感知器の写真だ」と指摘した。

医療用の放射性物質の管理は緩い

 ただ比較的扱いやすいコバルトなど医療用の放射性物質を使えば爆弾ができないわけではない。放射能が強くないので爆弾としての威力は小さいが、環境を汚染することは可能だ。

 米国の民間団体「核脅威イニシアティブ」(NTI)は、「核セキュリティーインデックス」の指標で各国の原子力施設がどの程度、核テロを防ぐ力を持っているかを公表している。

 NTIは「汚い爆弾に使われる可能性がある放射性物質」の全体的な管理状況についてこうコメントしている。「放射線利用のために使われる放射性物質が、世界数千カ所の病院、大学、産業分野にあるが、盗難などに対しては極めて脆弱な状況にある。これらを使った汚い爆弾は大規模な被害を与えるものではないが、環境と心理に打撃を与え、除染コストは大きく、周辺を住めなくする」

迫られる核テロ想定(DBT)の再検討

 汚い爆弾は核テロの一つに分類されている。核テロは次のようなものだ。

①核兵器そのものを盗む行為。
②高濃縮ウランやプルトニウムなど核兵器材料になる物質を盗む。
③原発を破壊、放射性物質の輸送を妨害する。
④サイバー攻撃。
⑤放射性物質で爆弾(汚い爆弾)をつくる。

 こうした核テロへの対策をとる核セキュリティーは、原子力の平和利用(原発の利用)を進める上での基本だ。目を光らせているのはIAEAで、「核の番人」とも言われる。各国はIAEAのガイドラインに沿って具体的な危険なケースを想定し、対策をとることになっている。

 想定するケースは設計基礎脅威(DBT、Design Basis Threat)と呼ばれ、国の事情によって異なる。例えばどこの国でも、武装した小集団が原発に侵入するケースを想定しているが、米国や英国では、外部からだけでなく「外部者と内部者が協力して侵入する」というより厳しいケースも考える。DBTの詳細は秘密になっている。

 このDBTがウクライナ戦争によって再検討を迫られている。原発は戦争時、あるいは軍隊からの攻撃には脆弱と分かったからだ。原発が制圧され、危険物も一緒に人質のように扱われる事態が起きるとは、だれも想定していなかった。

 そもそもジュネーブ条約の追加議定書は「戦争時の原発への攻撃」を禁じている。さらにロシアは「原発の管理をウクライナに戻せ」というIAEAなどの要求を無視している。大規模な戦争になると国際条約も国際機関も機能しなかったということだ。

 日本にも影響する。最近は日本海で、外国のミサイル試射が頻繁に行われている。「原発が武力攻撃されたら」の議論は避けられないだろう。

核の怖さを最大限利用する戦争

 ウクライナ戦争は「核と原子力」の潜在的な怖さを脅しに使う異様な戦争になっている。広島、長崎以降、核兵器は77年間使われず、核兵器の使用はほぼタブーになっていたが、ロシアは当初から「使用の可能性」をほのめかし、核兵器使用議論のタブー感を破った。またロシアはザポリージャ原発を制圧し続けている。同原発からはすでに4000人の職員が職場を逃れているといい、綱渡りの運用を続けている。

 問題は今後どうなるのかということだ。「汚い爆弾」はブラフの可能性が高いかも知れないが、核兵器の使用やザポリージャ原発がどうなるかは分からない。核兵器が使われず、原発が何の損傷もなくウクライナに戻される日がくるだろうか。それらは戦争の展開にかかっている。戦争はどう動き、いつ、どんな形で終わるか。全く見通せないところに大きな不安がある。


注)「核弾頭ヴォーテックス」、ラリー・ボンド著、1992年、文春文庫