Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.347 ゲームで読み解くエネルギー政策課題

2022年11月24日
筑波大学 システム情報系 構造エネルギー工学域 助教 鈴木研悟

キーワード:エネルギー政策、ゲーム、社会的ジレンマ、社会心理学

1.はじめに

 エネルギーシステムは多種多様な技術の集合であるが、採用する技術を決めるのは人間である。すると、政策的に望ましいとされるシステムが実現しないのは技術というより人間の問題であり、人間の技術選択や行動をうまくモデル化することで課題解決の手がかりを得られるのではなかろうか。この構想に基づいて、筆者は、エネルギー政策課題をゲームとしてモデル化し、人間とAIがそれをプレイする社会シミュレーションに取り組んでいる。このアプローチの学術的な基盤の1つが、ゲームを用いる社会的ジレンマの実験研究である。本稿は、先人による実験研究の成果をかいつまんで紹介しつつ、現実のエネルギー政策課題との接点を論じる。

2.社会的ジレンマとしてのエネルギー政策課題

 社会的ジレンマとは、ある人間集団において、個々のメンバーにとっての最適な選択が集団全体にとって最適でない結果をもたらす状況である1。私益と公益が対立する状況、と言ってもよい。この種のジレンマは、公共施設の建設と維持、天然資源の利用、環境保護など、現実のいたる所に見られる。気候変動の緩和をめぐる国際関係もその一例である2。温室効果ガス(GHG)の削減は、少なくとも短期的には実施国の負担となる。ここで自国だけが手を抜けば、地球全体に与える影響はわずかであるから(米中などの大国は別だが)、他国の努力にタダ乗りできる。しかし、すべての国が同様に考えて手を抜けば、気候変動の激化という誰も望まない結末を迎える。このように社会的ジレンマは、公益につながる選択がされにくい構造を持っている。

 この厄介な構造は、調整電源への投資、ゼロエミッション車(ZEV)の普及、需給ひっ迫時の節電要請など、最近のエネルギー政策課題にも潜んでいる。変動性電源(太陽光・風力発電)の大量導入は、出力低下を補うための調整電源を必要とする。しかし発電事業者は、政策支援を受けられる変動性電源を建てるのには熱心でも、限られた時間しか運転できない調整電源は他者に任せたいと考えるだろう。そうして誰も調整電源を建てなければ、肝心の変動性電源もどこかで頭打ちになってしまう。ZEVを巡る「ニワトリが先か卵が先か」、すなわち車両と燃料スタンドのどちらを優先するかという問題も社会的ジレンマの一種である。自動車メーカーは売れると信じて車両を開発し、インフラ企業は車両開発を信じて燃料スタンドを建て、消費者は燃料スタンドの普及を信じて車両を買う、となればよいのだが、たとえば実際の消費者は「燃料スタンドが普及するまでZEVは買わない」などと自身の利益を優先するため、ZEVへの転換という公益がなかなか実現しないことになる。需給ひっ迫時の節電要請も、送配電会社管内の全需要家をメンバーとする大規模な社会的ジレンマである。冬季の日没後に消費電力を減らすことは家庭にとって不便だし、1つの家庭が節電しなくても管内全域への影響は極めて小さい。しかし、すべての家庭が同様に考えて節電を怠れば、最悪の場合は誰もが望まない停電にいたる。このように、エネルギー政策課題には私益と公益との対立を抱えるものが少なくないのである。

3.ゲームを用いる実験研究

 社会的ジレンマにおいて公益のための協力が成り立つ条件は何か。この究極の問いに挑むうえで重要な役割を果たしてきたのが、社会心理学分野における実験研究であった。ここでいう実験とは、ジレンマ状況を表現するゲームを多数の参加者にプレイしてもらい、その結果を記録・分析する手法である。実験に用いるゲームは、参加者に私益か公益かの選択を突きつけ、彼らの選択に応じて社会全体の帰結を決める、参加型のシミュレーション・モデルと考えればよく、囚人のジレンマや公共財ゲーム1のような抽象的なものから、気候変動3、産業廃棄物の不法投棄4、エネルギー転換5 などの具体的問題に特化したものまで様々な種類がある。本稿では、数あるテーマのうち、非協力行動の動機とインセンティブの効果を扱った研究をいくつか紹介する。

4.非協力行動の動機

 人が社会的ジレンマにおいて私益を優先する動機には、貪欲(Greed)と 恐怖(Fear)の2種類がある16。貪欲は他者の努力にタダ乗りしようとする積極的な動機、恐怖は他者への不信に基づく消極的な動機である。冒頭の気候変動問題であれば、自国だけGHG削減を手抜いて得をしようと考えるのが貪欲であり、他の国々が手を抜こうとしているのに自国だけ真面目に対策をしたら大損だと考えるのが恐怖である。貪欲と恐怖のどちらがより支配的となるかは、公益を達成するために必要な協力者の割合に影響される。たとえば、前節で挙げたZEV普及のジレンマは、自動車メーカー、インフラ会社、消費者の全員が協力しなければ解消されない。この場合、周囲が協力的でないのに自分だけ協力するのは損であるから、貪欲よりも恐怖が支配的となる。一方、調整電源のジレンマは、少数の事業者が調整電源を建設すれば解消する。この場合、他者の協力行動(=調整電源を建てる)にタダ乗りできるため、恐怖よりも貪欲が支配的となる。さらに、全員の協力が必要な場合と少数の協力のみ必要な場合の中間に、気候変動や節電要請の問題のような、協力者が多いほど公益の量が増える場合がある。この場合、貪欲と恐怖が混在することになる。

 では、どうすれば貪欲や恐怖を解消できるのだろうか。Yamagishi & Sato (1986)6は、公益が全員の協力により達成される、少数の協力により達成される、公益量が協力率に比例する、という3種類の公共財ゲームを5人1組でプレイする実験を行った。参加者同士の信頼関係が協力率に与える影響を調べるため、参加者110人のうち、半数は互いに知己、残りの半数は互いに初対面となるよう班分けされた。実験の結果、全員の協力が必要なゲームと公益量が協力率に比例するゲームでは知己同士の方が協力的になるが、少数の協力のみ必要なゲームでは知己同士でも初対面でも協力率に差はなかった。この結果は、参加者同士の信頼が恐怖を抑える役割を果たす一方、貪欲を抑える役には立たないことを示唆している。

 この、非協力行動の動機が公益実現のメカニズムに左右されるとの知見は、公益への協力をうながすエネルギー政策の分析にも役立つように思う。実際、全員の協力が必要なZEV普及の問題と一部事業者の協力があればよい調整電源の問題では、私益と公益の対立という点は共通でも、必要なアプローチは異なるだろう。ZEV普及のためには、すべての利害関係者が、他者が撤退する恐怖を乗り越えて投資を続けなければならない。そのためには、モビリティの転換を長期的に支援するという政府の方針が信頼されることはもちろん、ZEV製造に必要な希少資源の不足や電力料金の上昇など、企業努力のみでは対処できない恐怖の要因を取り除く必要があろう。一方、調整電源の問題は、タダ乗りへの欲求が普及を妨げる構図であるから、容量市場のようなインセンティブを設けるなど、タダ乗りを防ぐ制度が必要となるだろう。

5.インセンティブ

 罰則や報酬のようなインセンティブは、社会的に善とされる行動を促すためにしばしば用いられる。例えば、炭素税や排出枠取引などのカーボンプライシングは化石燃料の使用に対する罰則としての側面を持つし、固定価格買取制度(FIT)やZEVへの補助金は割高な低炭素技術を選ぶことへの報酬である。これらのインセンティブが協力を促すのは直感的には当然のことと思われるが、様々な実験研究の成果を通じて、常に期待通りの効果を発揮するわけではないことがわかってきた。たとえばOstrom (2006) は、集団内のコミュニケーションと自発的なルール形成の重要性を指摘した7。参加者同士が合意すれば罰則を設けてもよい、という条件のゲームでは、自主的に罰則を設けた集団においてのみ公益が守られた。一方、罰則がルールとして強制される条件のゲームでは、ばれなければよいと考えて協力しない者が増え、罰則がない条件よりも協力率が下がった。Tenbrunsel & Messik (1999) は、罰則がある条件のゲームにおいて、社会的ジレンマが倫理ではなくビジネスの問題と認識されやすくなることを示した 8。特に、罰則が弱い場合には「罰金を払えば私益を優先してもよい」と考える人が増え、自発的な協力が得られづらくなってしまう。ただし「協力しないと損だ」と思わせるくらい強い罰則であれば、協力を強いることができるとされている。Mulder et al. (2006) は、罰則を経験した人が他者への信頼を下げたり公益に協力しなくなったりすることを指摘した9。実験参加者を2群に分け、片方には利己的な行動への罰則がないゲームを2回連続で、もう片方にはまず罰則があるゲーム、次いで罰則がないゲームを1回ずつプレイしてもらった。2回目の罰則がないゲーム同士の結果を比べると、1回目に罰則を経験した参加者は、そうでない参加者と比べて協力率が低かった。この結果は、ひとたび罰則を経験した人間が罰則なしでは公益に協力しなくなる可能性を示唆している。

 インセンティブが常に協力を促すわけではなく、逆に協力者を減らしてしまう場合もあるとすれば、天下り的な罰則や報酬に安易に頼ることなく、人々がそれらのルールをどのように受け止め行動するかを事前によく検討することが重要となる。例えばCO2排出に課税する場合、低い税率から始めて徐々に税率を引き上げる方法が一般的である。被課税者の負担感を下げつつ環境政策の財源を確保する意図であろうが、特に税率が低い期間において「税さえ払えばCO2を出してよい」とのメッセージと受け取られ、グリーンウォッシュ(うわべだけの環境配慮行動)に代表されるような、脱化石燃料を倫理ではなくビジネスの問題として処理する風潮を助長する可能性はないだろうか。節電に対して報酬を与えるポイント制度についても、みなで協力して停電を防ぐという公的な問題を、個人の損得の問題に矮小化していないだろうか。「ポイントをもらえなければ節電しない」という人が増えれば、需給逼迫への耐性はむしろ下がってしまう。脱化石燃料にせよ節電にせよ、エネルギーの安定供給、気候変動の緩和、社会機能の維持といった公共の福祉のための取組である。それらの取組が必要な理由を丁寧に説明し、幅広い利害関係者の自発的な協力を取り付けることが、社会的ジレンマを和らげるためのより本質的な方法であることを、いま一度思い起こす必要があるように思う。

6.おわりに

 ゲームデザインとはゲームのルールを作ることである、と多くの人は考える。しかしゲームデザイナーの真の目的は、ルールのデザインを通じて、参加者の経験を間接的にデザインすることである10。同様に、政策立案者の目的は、制度の設計を通じて、企業、消費者、自治体といった利害関係者の認知と行動に働きかけることである。そして、政策が利害関係者に与える影響を推し量る際には、人間の選択が信頼、規範、リスク認知、直感といった合理的思考以外の要素に左右されることを念頭に置く必要があるだろう。

 ゲームを用いる実験は、小集団における個人の心理と行動を扱うものであり、現実の大規模で複雑な集団のふるまいを直接に予測するものではない。また学問的には、実験が扱う個人の意思決定と企業や政府のような集団の意思決定は同じ現象ではないとの見方が主流である。ただし、実験を通じて得られる人間心理と社会構造との関係についての知見を、現実の政策課題を読み解くための道具として用いることは可能であろう。昨今、市場の自由化と複雑化により、かつてない数の人々がエネルギーシステムをめぐる選択に関わっている。そうした時代においては、政策が人々の心を動かして技術選択や行動を変えてゆくダイナミクスの全体像を粗削りにでも捉えることが、緻密な各論を補完する意味において大切ではないか。心理学者でない筆者がこうして越境ぎみのテーマに乗り出しているのは、そのような想いに駆られてのことである。

参考文献

1 Platkowski, T. Greed and fear in multiperson social dilemmas. Appl. Math. Comput. 2017, 308, 157-160. https://doi.org/10.1016/j.amc.2017.03.027
2 Nordhaus, W.D. The Climate Casino; Yale University Press: New Haven, CT, USA; London, OH, USA, 2013; pp. 316-326.(邦訳・藤﨑香里『気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解』,日経BP,2015)
3 Milinski, M.; Sommerfeld, R.D.; Krambeck, H.J.; Reed, F.A.; Marotzke, J. The collective-risk social dilemma and the prevention of simulated dangerous climate change. Proc. Natl Acad. Sci. USA 2008, 105, 2291-2294. https://doi.org/10.1073/pnas.0709546105
4 Kitakaji, Y.; Ohnuma, S. The detrimental effects of punishment and reward on cooperation in the industrial waste illegal dumping game. Simul. Gaming 2019, 50, 509-531. https://doi.org/10.1177/1046878119880239
5 Suzuki, K.; Ishiwata, R. Impact of a Carbon Tax on Energy Transition in a Deregulated Market: A Game-Based Experimental Approach. Sustainability 2022, 14, 12785. https://doi.org/10.3390/su141912785
6 Yamagishi, T.; Sato, K. Motivational bases of the public goods problem. J. Pers. Soc. Psychol. 1986, 50, 67-73. https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/0022-3514.50.1.67
7 Ostrom, E. The value-added of laboratory experiments for the study of institutions and common-pool resources. J. Econ. Behav. Organ. 2006, 61, 149-163. https://doi.org/10.1016/j.jebo.2005.02.008
8 Tenbrunsel, A.E.; Messick, D.M. Sanctioning systems, decision frames, and cooperation. Admin. Sci. Q. 1999, 44, 684-707. https://doi.org/10.2307/2667052
9 Mulder, L.B.; van Dijk, E.; De Cremer, D.; Wilke, H.A.M. Undermining trust and cooperation: The paradox of sanctioning systems in social dilemmas. J. Exp. Soc. Psychol. 2006, 42, 147-162. https://doi.org/10.1016/j.jesp.2005.03.002
10 Salen, K.; Zimmerman, E. Rules of Play: Game Design Fundamentals; MIT Press: Cambridge, MA, USA, 2003; pp. 575-576.(邦訳・山本貴光『ルールズ・オブ・プレイ』,ニューゲームズオーダー,2019)