Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.348 イノベーション=技術革新ではない

2022年12月1日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 安田 陽

 科学技術ニッポンにおいて「イノベーション」と言う言葉は多くの人が大好きな言葉で、書店などでもイノベーションのコーナーがあったりします。このイノベーション、しばしば「技術革新」とも翻訳されることも多く、多くの人は技術分野での革新を連想するかもしれません。しかし、イノベーションは本来、科学技術の分野に限らず、ビジネスモデルや制度設計・運用の改革・革新も含みます。脱炭素や再生可能エネルギーの国際議論においてもイノベーションは数多く登場しますが、イノベーション=技術革新と誤解している限り、その国際議論が日本語に「翻訳」され紹介された際に、多くの情報や概念が抜け落ちるリスクがあります。

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)のイノベーション報告書

 例えば、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が2019年に公表した『将来の再生可能エネルギー社会を実現するイノベーションの全体像: 変動性再生可能エネルギー導入のためのソリューション』という報告書 (日本語版は環境省より2020年3月に公開)では、再エネ大量導入のためのイノベーションとして図1に示すような30項目を挙げています。

図1 IRENAによる再エネ大量導入のためのイノベーション
図1 IRENAによる再エネ大量導入のためのイノベーション

 この中で大分類として4つのカテゴリーが設定されていますが、「技術」そのものに関するものは1つしかなく、30項目の中で「実現技術」に分類されるものは約3分の1しかありません。残りは「ビジネスモデル」「市場設計」「系統運用」というカテゴリーで、どちらかというと「しくみづくり」に関連するものです。IRENAの報告書では、イノベーションのそれぞれのカテゴリーは以下のように説明されています。

  • 実現技術: 再生可能エネルギー導入を促進するために重要な役割を果たす技術。
  • ビジネスモデル: 新たなサービスのビジネスケースを策定し、系統柔軟性を高め、再生可能エネルギー技術のさらなる導入にインセンティブを供与する革新的モデル。
  • 市場設計: 再生可能エネルギーを中心とするエネルギーシステムに必要な柔軟性やサービスを奨励し、新たなビジネスの出現を後押しする、新しい市場構造と規制枠組みの変更。
  • 系統運用: VRE電源の大量導入を可能にする、電力系統の革新的運用方法。

 特に市場設計や運用手法が「イノベーション」のひとつとして数えられるということは、もしかしたら多くの日本のビジネスパーソンにとって馴染みがなく、違和感を感じる人も多いかもしれません。

イノベーションはシュンペーターにまで遡る

 さて、現代の「イノベーション」理論は、学術的な歴史を遡るとヨーゼフ・シュンペーター (1883~1950年)まで遡ることができるということは、多くの教科書が指摘するところです。シュンペーターの代表作である『経済発展の理論』は、日本では岩波文庫から出版され、現在も経済学の古典として多くの人に読まれています。同書では、以下のような文章で「新結合」という新しい概念が定義され、これが現代のイノベーションの原型とされています(下線部は引用者)。

  • 生産をするということは、我々の利用するいろいろな物や力を結合することである。生産物および生産方法の変更とは、これらの物や力の結合を変更することである。旧結合から漸次に小さな歩みを通じて連続的な適用によって新結合に到達することができる限りにおいて、たしかに変化または場合によっては成長が存在するだろう。しかし、これは均衡的考察方法の力の及ばない新現象でもなければ、またわれわれの意味する発展でもない。以上の場合とは違って、新結合が非連続的にのみ現れることができ、また事実そのように現れる限り、発展に特有な現象が成立するものである。(中略) かくして、われわれの意味する発展の形態と内容は新結合の遂行 (Durchsetsung neuer Kombinationen) という定義によって与えられる。

この「新結合」は5の類型があり、同書では以下のように述べられています。

  • 新しい財貨、すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
  • 新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取り扱いに関する新しい方法をも含んでいる。
  • 新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただしこの市場が既存のものであるかどうかは問わない。
  • 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか ––– 単に見逃されていなのか、その獲得が不可能とみなされていたのかを問わず ––– あるいは始めてつくり出されなければならないかは問わない。
  • 新しい組織の実現、すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成あるいは独占の打破。

 ここで「新しい生産方法」は、科学技術に関連する部分であり、日本では多くの人が「イノベーション」と聞くと、この類型を連想するかもしれません。ただし、シュンペーターによると、この新しい生産方法でも「決して科学的に新しい発見に基づく必要はなく」とあり、「商業的取り扱いに関する新しい方法」をも含むことが明言されています。残りの類型も「新しい販路の獲得」「新しい組織の実現」などが並び、科学技術だけでなくビジネスモデルや制度設計も重視していることが伺えます。

 このように、イノベーション理論の祖と言われるシュンペーターまで遡ってイノベーションとは何かを再確認した上で前述のIRENAの報告書を読み直すと、単に「ものづくり」だけではなく「しくみづくり」も重要で、それ故ビジネスモデルや市場設計・系統運用といった分野での革新が必要となることが理解できます。

イノベーションのジレンマと再生可能エネルギー

 イノベーションと言えば、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』にも言及しないわけにはいきません。同書は1997年に原書が出版され、当時勃興していた日本の新規技術によって米国の半導体・電子産業が打ち負かされた構図を分析した書籍です。そして当時の日本企業がお手本として取り上げていたということは、その後「失われた20年」が経過したのちの現在の日本を顧みる上で重要です。例えば同書では「持続的技術」と「破壊的技術」について以下のように書かれています。

  • 新技術のほとんどは、製品の性能を高めるものである。これを「持続的技術」と呼ぶ。持続的技術のなかには、断続的なものや急進的なものもあれば、少しずつ進むものもある。あらゆる持続的技術に共通するのは、主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能指標にしたがって、既存製品の性能を向上させる点である。ここの業界における技術的進歩は、持続的な性能のものがほとんどである。
  • しかし、時として「破壊的技術」が現れる。これは、少なくとも短期的には、製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーションである。(中略)破壊的技術は、従来とは全く異なる価値基準を市場にもたらす。一般的に、破壊的技術の性能が既存製品の性能を下回るのは、主流市場での話である。しかし、破壊的技術には、そのほかに、主流から外れた少数の、たいていは新しい顧客に評価される特徴がある。破壊的技術を利用した製品のほうが通常は低価格、シンプル、小型で、使い勝手がよい場合が多い。

 『イノベーションのジレンマ』は1990年代に書かれた本であり、主に半導体・電子産業について分析したものですが、再生可能エネルギー技術もこの「破壊的技術」に相当するかもしれません。そこで、同書掲載図を若干アレンジする形で、図2のような図を描いてみました。元の図に対して筆者が追加した情報はわずかであり、左側に矢印に「化石燃料」、右側の矢印に「再エネ」と技術名を加えたこと(左側の従来技術にはもしかしたら「原子力」も入るかもしれません)、またそれぞれの直線矢印に対して点線で「外部不経済の顕在化」および「便益の可視化」の点線矢印を追加したことのみです。

図2 持続的イノベーションと破壊的イノベーション、化石燃料と再エネ
図2 持続的イノベーションと破壊的イノベーション、化石燃料と再エネ
(『イノベーションのジレンマ』掲載図を筆者アレンジ)

 再生可能エネルギーは、1990年代後半より世界各国で本格的に開発されましたが、当時は従来型電源に比べ「性能が劣る」と認識され、21世紀も20年以上経った現在でも昔の知識のまま「性能が劣る」と思い込んでいる人も多いかもしれません。しかし、当初多くの人々が見下していた性能も急速に進歩しており、今や市場のハイエンドで求められる性能に肉薄しています(これは電気自動車にもあてはまるでしょう)。

 さらには、図の点線で示したように、これまで市場のハイエンドで求められる性能を満たしていたと考えられてきた技術に実は大きな外部不経済があり、市場のハイエンドで求められる基準を満たさないばかりか市場のローエンドでも求められなくなりつつあります。一方、当初性能が劣ると評価されていた破壊的イノベーションはその便益の可視化により急速にその価値が認識され、市場のハイエンドで求められるようになっています。その傾向はますます加速し、今やちょうど世界中で両者の点線が交差して逆転しつつある時代だと言えるでしょう。

 冒頭で紹介したIRENAが提唱する再エネ大量導入のためのイノベーションは、その項目をつぶさに観察すれば容易にわかる通り、再エネ技術自体に課題があるため再エネ側にイノベーションを求めるものではなく、再エネを受け入れる側の電力系統や社会システムの方にイノベーションが必要であるということが読み取れます。単なる技術革新ではなく、ビジネスモデルや市場設計・系統運用が「イノベーション」の大半を占めるのもこのような視点があるからこそと言えるでしょう。

 イノベーションを単なる技術革新と勘違いしていたら、最先端の国際議論で何が論じられているかが(例え日本語に翻訳されたとしても)十分読み取れず、大きな誤解を生んだままその本質に至ることはできないかもしれません。その先に待っているのはガラパゴス技術の再生産と国際競争からの脱落、日本の産業の空洞化です。世界中でエネルギー危機・電力危機が叫ばれる中、重厚長大な大規模電源を建てる前に、断熱やデマンドレスポンス、分散型電源としての再生可能エネルギー、電気自動車、そしてそれを効果的に社会実装するための法制度や市場設計など、優先的に取るべき手段はたくさんあります。「ものづくり」も確かに重要なことですが、それを神聖視するあまり「しくみづくり」が軽視されるとしたら、そこにイノベーションはなかなか育まれません。日本のより良い将来を語る上で、我々はイノベーションの意味を再確認する必要がありそうです。

(キーワード:イノベーション、ビジネスモデル、しくみづくり)