Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.351 浮体風力にシフトする欧米

2022年12月22日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:浮体式洋上風力、スコットウィンド、風力発電

1.概要

 英国のスコットウィンドのリ-スラウンドでは、浮体式洋上風力が風力発電の主力に躍り出た。本稿では、英国で浮体式洋上風力が、早期に実用化された理由と英国で考えられている浮体式洋上風力の将来の課題について解説する。

2.英国のスコットウィンド・リ-スラウンド

 2022年の春から夏にかけて英国では、スコットウィンド・リ-スラウンドにより、スコットランド沖の大規模な洋上風力の募集が行われた。スコットランドを取り巻く広大な海域を対象に合計25GWの洋上風力発電プロジェクトを募集し、採択されたプロジェクトには海域の使用権を与えるものである。リ-スラウンドと称するように、海域を有償で貸し出すもので、主催者はクラウンエステ-ト・スコットランドである。英国の領海・排他的経済水域は英国王の管轄下にある財産として、王室財産の管理を行うクラウンエステ-トの管理下にある。今まで行われた何回かの英国の洋上風力リ-スラウンドは、クラウンエステ-ト本体により行われたが、今回のスコットランド沖の募集はクラウンエステ-ト・スコットランドが行っている。連合王国のいくつかの王冠の内、スコットランド王の王冠に付随する財産をクラウンエステ-ト・スコットランドが、管理しているということであろう。募集海域は、領海から排他的経済水域に及ぶ広い海域の中から、予めクラウンエステ-ト・スコットランドが立地適正を踏まえて絞り込んだ十幾つかの海域を対象として募集が行われた。

図1 スコットウィンド・リ-スラウンドの海域と採択プロジェクト
図1 スコットウィンド・リ-スラウンドの海域と採択プロジェクト

 対象海域の中で今回は合計25GWになるまで募集が行われたわけである。第一回スコットウィンドと称しているので、今後、何回かさらに募集が行われることが想定される。クラウンエステ-ト・スコットランドは、事前に環境適正等も踏まえて募集海域を決定しているが、採択されたプロジェクトの事業主体はクラウンエステ-ト・スコットランドと10年以内の海域使用の仮契約を結び、仮契約期間内にアセス等を含む諸手続きを完了して運転開始することが義務付けられている。なお、図2と図1を比較するとわかるように、今回募集された海域の多くの部分は、排他的経済水域に存在している。

 今回のスコットウィンド・リ-スラウンドの結果は、図1の通りで495MWから3GWの17のプロジェクト、合計24.8GWが採択されている。1つのプロジェクトの規模については、100MW以上3GW以下という制限が課されており、段階的な整備を行う場合は、一つの段階が100MW以上とされている。英国では、200MW以上を商業規模のプロジェクトとしているので、今回、採択されたプロジェクトは全て商業規模のプロジェクトということになる。

図2 スコットランドの領海と排他的経済水域
図2 スコットランドの領海と排他的経済水域

 今回、採択されたプロジェクトの内、6割の15GWは、浮体式風力のプロジェクトである。最大はシェルグル-プの3GWである。図1では着床式に分類されているが、BPグル-プの2.9Gのプロジェクトは、着床式と浮体式が水深により混在するプロジェクトである。これらのプロジェクトが2032年までには運開となる。英国の洋上風力のリ-スラウンドにおいては、前回のROUND4の8GWの募集の段階で既に浮体式を念頭に置いた募集が行われていたが、今回のスコットウィンドの募集で、本格的に浮体式風力発電の開発に踏み切ったと考えることができるであろう。しかも、採択プロジェクトには、シェルグル-プが3GWと2GWの二つの浮体式プロジェクト、BPのグル-プが2.9GWのプロジェクトとエネルギ-メジャ-が本格的に風力発電に進出してきている。エネルギ-メジャ-から見れば、浮体風力発電は、獲得できるエネルギ-の密度は低いものの、化石資源のような投資リスクが無く、しかも、化石資源と異なり無限の資源である。気候変動対策で化石資源から撤退する流れの中で、次の有望な投資先ということであろう。規模も1ウィンドファ-ム300万Kwと言えば、原発並みの設備容量である。スコットランド沖の浮体風力発電の先行事例であるHywind Scotlandでは56%の設備利用率を実現しており、浮体式で沖合に出ることにより、設備利用率も火力発電並みの高い設備利用率を期待することができ、今までの再エネの認識を塗り替えることになろう。では、なぜ、このような浮体式への早期シフトが英国で行われたのか、次章でご説明することにしたい。

3.英国で浮体式風力に早期シフトする理由

 英国で浮体式風力発電に早期にシフトする理由については、英国の浮体式風力発電の新興企業であるフロテ-ションエナジ-の見方が参考となる。彼らが整理した、浮体式風力のメリットは以下のとおりである。
①浮体式風力の資源量が大きい
②浮体式風力の利用率が高く安定的な電力供給ができる
③組立・設置・撤去が容易・・・セミサブ型のもの
 ・セミサブ型は、組立港岸壁に固定して組み上げ、設置ポイントまでタグボ-トで曳航するので特殊船を必要としない。
 ・セミサブ型は、組立港の水深に合わせて喫水を調節可能(設計、バラスト)。
 ・セミサブ型は、大規模修理も組立港に曳航してきて実施可能。
 ・セミサブ型は、撤去も、組立港湾に曳航し解体。
 ・着床型は、洋上組立、洋上修理で特殊船が必要。
④利用率や量産性の点からコストが安い
 ・着床型は、海底地質や推進に応じたオ-ダ-メイド品
 ・浮体型は、浮体は量産品で、組み立ても定型的
⑤実用段階の成熟した技術
 浮体技術は、既に北海のオイル・ガスリグで実用化され、
 「実用段階の技術」という認識。
⑥オイル・ガスリグでは、着床式から浮体式にすることでコストダウン(20%)実現の経験。
⑦海底の状態に依存しない
 浮体式風力は、海底の状態に対する依存度が少なく、着床式風力では通常アクセスできない地域や資源へのアクセスを可能とする。
⑧環境影響の軽減

 浮体式風力の設置工事プロセスは環境影響が少なく、係留索とアンカーの設置は、騒音が少なく、大規模な洗堀保護や海底整備も必要とされず、海底への影響範囲も限られた物となる。浮体風力の場合、風力タービンを遠方の洋上に設置できることにより、景観や騒音の問題に対する影響を最小限に抑えられるため、従来よく見られる地域社会からのNIMBY(「Not In My Back Yard」)の抵抗に直面することが少なくなる。

図3 セミサブ型の浮体風力発電
図3 セミサブ型の浮体風力発電

 現時点の技術・コストでは、着床式より浮体式の方が安くなる水深は、英国では60mとされているが、領海内の60mより浅い海よりも、排他的経済水域も含めた60mより深い水深の海域の面積の方が圧倒的に広いのは言うまでもない。さらに、洋上風力発電の場合は、Hywind Scotlandの56%の設備利用率に見られるように、沖合に出た方が強い風が安定的に吹くようになるので、風力資源の観点からも良好になる。大きく安定的な風力資源を開発しようとすれば、自ずから浮体式の領域となる沖合に出ることになる。また、コストも浮体式の方が安価となる。特に、セミサブ型の浮体は、③にあるように、港湾において全て組み立て、タグボ-トで設置地点に曳航してアンカリングすればよいので、沖合での洋上組立が無く、組み立て工程でセップ船などの特殊な船舶を必要としない。このため、工事費のコストダウンや工期の柔軟性が得られる。また、浮体は、海底地質や水深によらず、何処にでも設置でき、水深や地質によりオ-ダ-メイドせざるを得ない着床式と異なり、規格品化、モジュ-ル化が可能で、大規模な浮体式風力のプロジェクトになればモジュ-ルの量産効果により、コストダウンを図ることができる。実は、このような浮体化によるコストダウンは、英国の浮体式風力業者に取っては、既に経験済みで、実績のあることなのである。北海油田・ガス田の採掘の現場では、既に実績のある技術で、図4に示すように、当初、着床式であったオイル・ガスリグを浮体式にしたことで、20%のコスト削減が実現されている。浮体式風力の場合は、油田・ガス田と異なり、沖合に出ることで風況が良くなるので、二重に浮体の効果を享受することができることになる。

 地元との関係についても、浮体式で沖合に出ることにより、騒音・景観の問題はほぼなくなり、海底工事も係留ラインとアンカーの設置だけなので、着床式に比べて海底工事の環境影響も軽微となる。さらに排他的経済水域を利用すると国の直轄の領域となり、地元の自治体との関係も、組立港湾やサプライチェ-ンの利用といった経済的なウィンウィン関係の範囲のものが中心となる。

 フロテ-ションエナジ-の社長自身が、BPのオイルリグの責任者であったということに見られるように、英国においては、浮体技術は、コンベンショナルなこなれた技術ということになる。我が国においては、浮体というと高コストの将来技術のような見方をする人が多いように思われるが、これは世界の常識からはずれた素人の思い込みということを認識する必要があろう。

図4 フローティングプラットフォームを使用した北海の石油生産におけるコストの改善(クラウンエステート、2014年)
図4 フローティングプラットフォームを使用した北海の石油生産におけるコストの改善(クラウンエステート、2014年)

 我が国で先行して浮体式風力発電の商業運転を行っている長崎五島のプロジェクトの例では、浮体式風力により、良好な漁協との関係が形成されている。長崎五島プロジェクトでは浮体風力発電設置による魚礁効果も注目された。当初想定していたより風車周辺に魚が集まったため、貝類や海藻類が付着しやすい塗料を使うことで、積極的に浮体への藻類や貝類の着床を促進することにより、浮体式洋上風力発電所から半径100m周辺を中心に、半年後には様々な魚類や甲殻類が観察されるようになった。このため、地元の漁協からはさらに浮体風力を増設するように要望されるほどとなっている。このような漁業協調型の発電事業の可能性もある。

図5 長崎の浮体風力発電
図5 長崎の浮体風力発電

 着床型の風力発電で用いられているモノパイルやジャケット方のプラットフォ-ムも元来、オイルリグやガスリグの技術として開発されてきたものが、着床型の風力発電に流用されるようになったものであり、浮体式のプラットフォ-ムの技術も同レベルの熟度とみるのが常識的・科学的であろう。もし、浮体式のプラットフォ-ムを将来の技術と我が国の産業界が考えているとしたら、英国よりも技術が数十年遅れていることの証としかならない。

4.風車と浮体の関係

 欧州においては、早くから浮体式風力の開発が行われてきており、当初は、浮体式プラットフォ-ムに搭載できる風車の大きさは制限されていたが、2019年からは、着床式のプラットフォ-ムに搭載する風車と浮体式のプラットフォ-ムに搭載する風車の大きさは同じとなっている。この時点で、コストを除けば、浮体式の技術が着床式に追いついたものということができよう。コストについては、浮体式のメリットを生かせる大規模投資に依存することになる。この点でもスコットウィンド・リ-スラウントに見られるように、浮体のコストダウンを実現する大規模化も既に達成されている。陸上風力や着床式洋上風力と共通の風車が使えるということは、風車自身のコストダウンにもつながる。我が国においては、浮体に特化した風車の設計という議論もあるが、これはコストダウンを重視しない我が国の悪弊で、浮体専用特化した特殊な風車を少数作るよりも、着床式等と共用で幅広く使える風車で風車価格を下げる方が、風力発電の早期普及のためには重要である。

図6 浮体式、着床式に搭載される風車の推移
図6 浮体式、着床式に搭載される風車の推移

5.浮体式風力のさらなる発展に必要なもの

 今後、大規模な浮体式風力プロジェクトの数が増えてくると、組立港湾の能力が律速要因となる可能性がある。着床式の場合は、セップ船の能力が律速要件ということになるが、浮体式の場合は港湾自体の能力が問われることになる。浮体式の組み立ては、立地条件に応じて浮体の設計上の喫水を調整したり、バラストを調整して組立中と設置段階で喫水を変えるなどにより、港湾の水深に関しては、柔軟な選択をすることが可能である。筆者がスコットランドの関係者から聞いたところでは、8mくらいの浅い水深の港湾でも対応可能だそうである。しかし、収容力の大きい港湾の数は限られており、如何に効率的に港湾を使うかがカギとなる。先のフロテ-ションエナジ-のキンカ-ディンプロジェクト(50MW)の経験では、浮体構造物はスペインで製造、組立を行い、ロッテルダムに曳航して、タービンが取り付けられ、スコットランド沖15kmの北海にまで曳航してアンカリングたそうである。その過程で以下の改善点が指摘されている:
①浮体構造の製造に時間がかかる
②浮体構造とタービンの輸送距離が長すぎ、削減する必要がある
 設計がモジュ-ル化されていなかったので、複数の製造業者に発注して浮体の調達をスピ-ディ-に行うことができなかったそうである。また、製造拠点間の輸送距離が長いために、コストもかかり全体のスケジュ-ルも長期化したようである。商業規模、たとえば各15MWのタービンを備えた1GWのプロジェクトの場合、各約4,000tの重量の約70の浮体基礎が必要になり、これを2年以内にオフショアで建設および設置する必要がある。このような建設フローを維持するためには、プロジェクトは1つの港または工場に制約されずに複数の拠点で対応できるようなモジュールの製造を可能にする必要がある。また、組立港湾まで牽引される距離を短くし、輸入と長いサプライチェーン間輸送を減少させるために、ローカルコンテンツの割合を高くする(最大60%)ことが推奨されるとのことで、英国のローカルコンテンツを60%にするというのは、これにより英国の海域での将来のプロジェクトに英国を拠点とする製造会社を利用できるようにし英国企業の収入を増やすという意味だけではないそうである。

 なぜ、このようにする必要があるかというと、スコットウィンドのリ-スラウントにみられるように15GWもの浮体風力プロジェクトが同時進行で動くためには、組立港湾を効率的に利用し、多数の浮体を迅速に組み立てる必要があるからである。モジュールは、組立港に輸送され、浮体構造として完成されるが、これは、主要なコンポーネントがジャストインタイムで組立工場に納入される自動車産業と同様にする必要がある。このためにもモジュール性は、浮体式洋上風力発電の工業化の基本となる。トヨタの自動車組立工場で行われているように、ジャストインタイムでモ-ジュ-ルを組立港湾に集め、速やかに組み立て、次々と設置地点に送り出すシステムとする必要がある。従来の洋上風力発電で見られるような、港湾のバックヤ-ドに建設資材を山積みしておくような方法は時代遅れということであろう。

 キンカーディンのセミサブ下部構造は三角形で、各辺の長さは約70m。14-15MWの風力発電機用の次世代浮体構造が市場に出ると、辺の寸法は約100mに増加。1GWの風力発電所に14MWのWTGを配備するには、70を超える浮体構造を構築するために約30万トンの鋼を製造する必要がある。10GWの新世代の浮体風力発電には、約300万トンの鉄鋼の製造が必要になると想定される。したがって、サプライチェーンがこれらの目標を実現するには、今までとは異なる浮体工業的アプローチが必要となる。製鉄からアンカリングまでの一貫した工業生産体制サプライチェ-ンを構築して、開発に当たることが必要となる。

6.まとめ

 我が国の洋上風力発電の資源量は、世界でも有数の量である。特に、浮体式の洋上風力の資源量には、莫大なものがある。我が国のエネルギ-安全保障や貿易収支の健全化のためにも、我が国も直ぐにでも浮体式風力発電の開発に着手し、この資源を活かすべきである。我が国は、洋上風力発電の立地に当たっては、地元との調整が不可欠であるが、英国で行われているように排他的経済水域で浮体式風力発電を開発する方が、地元との法的な権利関係もなく、地元との関係が薄くなり、自動的に国の直轄の事業として推進することが可能となる。我が国では、むしろ排他的経済水域から先に浮体式の洋上風力を推進した方が、再生可能エネルギ-比率を早期に上昇させることができるのではないか。また、浮体式風力発電の工業化に成功すれば工事費のウェイトも下がり、発電コストも国際水準に近いところに持っていけるのではないかと思う。