Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.356 柔軟性のポテンシャルを評価する

2023年2月9日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 安田 陽

 このほど、Renewable and Sustainable Energy Reviewsという学術雑誌に柔軟性に関する国際比較の論文が掲載されました。https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1364032122009972

 この論文は、筆者も専門委員として参加する国際エネルギー機関風力技術協力プログラム第25部会「変動性電源大量導入時のエネルギーシステムの設計と運用」(IEA Wind Task25) 有志による国際調査の成果の一部です。本コラムでは、この論文の解説を行います。

柔軟性とは

 まず初めに、「柔軟性 flexibility」という用語および概念自体が日本でまだまだ広く知られていないため、この柔軟性について軽く概観することにします。柔軟性とは、わかりやすく言うと「調整力」の上位概念であり、国際エネルギー(IEA)の定義では「すべてのタイムスケールに亘って需要および供給の変動性や不確実性を信頼度とコスト効率性を維持しながら管理する電力システムの能力」とされます(筆者仮訳)。具体的には、柔軟性供給源としては図1に示すように、(i) ディスパッチ(制御)可能な電源(水力、コジェネ、ガスタービンなど)、(ii) エネルギー貯蔵(温水貯蔵、揚水発電、蓄電池、水素貯蔵など)、(iii) 連系線、(iv) デマンドサイド(ヒートポンプ、電気自動車など)、が挙げられます。

 「調整力」というやや古風な響きのする用語を使う限り、調整力として使えるのは火力(と蓄電池)しかないかのような誤解も誘発しやすくなりますが、「柔軟性」という概念は、図1に示すように多様な供給源を有するものです。図1は2011年(奇しくも原発事故の年)にIEAから発行された報告書の図を筆者が日本語化したものですが、柔軟性は、まずある国や地域に「利用可能な柔軟性リソースはどれくらいか?」を見極め、「既存のリソースを最適利用」するというコンセプトを内包していることが見て取れます。

図1 柔軟性の選択手順
図1 柔軟性の選択手順

(IEA 2011掲載図を元に筆者翻訳)

 IEAの『世界エネルギー展望2022年版』では、2050年の電源構成における再生可能エネルギーの比率が約9割になるという再エネ超大量導入の見通しを立てていますが、これも将来の電力システムでは火力にほとんど頼ることなく、多様な柔軟性供給源から柔軟性という能力をかき集めることができるという国際共通認識があるからだと理解できます。残念ながらこの10年前に公開された柔軟性に関するマイルストーン的な報告書は日本語化されておらず、それ故、日本では今でも柔軟性に関する議論が低調なのかもしれません。

柔軟性チャートという評価ツール

 上記のように、柔軟性の供給源は多岐に亘りますが、これらを包括的に提供してくれる国際統計はありません。各国政府や電力産業が提供する統計データもそれぞれの柔軟性供給源のデータがばらばらにあちこちに散らばり、その集計・提示方法も統一されていません。そこでIEA Wind Task25では、12ヶ国17人の研究者・実務者からなる有志プロジェクトが組まれ、国際比較調査と評価ツールの提案がなされました。

 柔軟性供給源は上記のIEAの2011年の報告書に倣い、(1) 水力発電、(2) コジェネ、(3) ガスタービン、(4) 揚水発電、(5) 連系線が選ばれ、各国の統計データを調べることから始まりました。各柔軟性供給源の2020年末時点の設備容量(連系線は年間最大運用容量)を2020年の最大需要(ピーク負荷)で割った値(すなわち導入率)を元に、図2のように5軸のレーダーチャートで扇形を描いたものが、本論文で提案する評価ツールである「柔軟性チャート」です。

図2 柔軟性チャートの例 (北海道エリア)
図2 柔軟性チャートの例 (北海道エリア)
(Interconnection=連系線、CHP=コジェネ、PHS=揚水発電、Hydro=水力、
Gas Turbine incl. CCGT=コンバインドサイクルガスタービンを含むガスタービン、
Solar=太陽光発電、Wind=風力発電、Peak=ピーク負荷。
各軸の数値はピーク負荷に対する導入率を表す。)

 柔軟性チャートの円は等間隔ではなく軸の数値(ここでは百分率)の2乗に反比例した不等間隔となっています。これは、各軸に描かれた扇形の面積同士が線形的に比較できるようにするためです(仮に等間隔軸にすると扇形の面積は導入率の2乗となり、視覚的・直感的に過大評価となる可能性がある)。

 また、図では風力と太陽光の導入率も円で表現されていますが、これらはあくまで参考情報であり、これらのVREの容量を上回る柔軟性供給源がないとそれ以上VREが導入できないという意味ではないことに注意が必要です。さらに、風力と太陽光の変動はほとんど相関しないため、風力と太陽光の設備容量の和をそれぞれ個別の柔軟性供給源の容量と比べる必要もありません。もちろん、各柔軟性供給源はその設備容量の100%を柔軟性資源として供給できるとは限りませんが、柔軟性チャートの扇形で示された各柔軟性供給源のピーク比率は、そのエリアで得ることができるポテンシャルと見なすことができます。

 さらに、このチャートは複数のエリア同士を比較したり(具体的例は図3で後述)、集合化されたエリアと個々の構成エリアを比較したりする際に有用な視覚的ツールとなります(具体的例は図4~6で後述)。また、柔軟性チャートは各国・エリア間を比較できるだけでなく、あるエリアの過去・現在・将来を比較することも可能であり、VRE大量導入を実現するために柔軟性をどう準備していくかという地域ごとの戦略を考えるためのツールにもなります(具体的例は図7で後述)。

 各国・各エリアに設置された柔軟性供給源がどの程度存在するかを統計データにもとづき客観的・定量的に比較することは重要です。柔軟性チャートは客観的・定量的データに基づきながら、視覚的・直感的にも把握が容易であるという点で、多くの人々の合意形成や意思決定の際に有用なツールとなります。このようなツールは電力システムの設計者・運用者だけでなく、政策決定者やジャーナリスト、さらには一般市民といった非専門家が議論に参加したり科学的に意思決定することを助けるツールともなります。そのようなツールを作ること自体がIEA Wind Task25の活動の一環としての今回の論文の狙いの一つでもあります。

 余談ですが、論文では“Flexibility Chart 2.0”となっており、古いVer.1も存在します。この柔軟性チャートの萌芽的アイディアは2012年に筆者により日本を対象に分析され、その翌年、すぐにIEA Wind Task25の有志による国際比較調査として第1報が公表されました。柔軟性チャートVer.1は国際再生可能エネルギー機関(INREA)米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の報告書などにも引用され、一定の評価を頂いています。その後10年が経過し、再生可能エネルギーの導入も各国・各地域でますます加速されてきたため、今回改めて国際的にデータを収集し、チャートの表現方法も大幅改善しバージョンアップした次第です。

欧州の代表的な国々の柔軟性チャート

 図3に欧州のVRE大量導入が進む代表的な国の柔軟性チャートを示します。図から視覚的に分かる通り、デンマークは連系線だけでなくコジェネという第2の有力な柔軟性供給源があることが分かります。日本では「デンマークは連系線があるからVREが導入しやすい」とよく言われますが、それは間違いではないものの、一方でコジェネの存在が忘れられがちです。デンマークのコジェネが如何に柔軟性に役に立っているかについて、日本語で読める文献としては例えばデンマーク・エネルギー庁の報告書をお読み下さい。

図3 欧州の代表的な国の柔軟性チャート
図3 欧州の代表的な国の柔軟性チャート
(左図:デンマーク、中図:ドイツ、右図:アイルランド)

 また、日本では「ドイツは連系線があるから…」とよく言われますが、実はドイツの連系線比率はそれほど大きくなく、重要な柔軟性供給源としてむしろコジェネの方が大きな役割を担っていることは日本では殆ど知られていません。例えばネクストクラフトベルケ社は日本でもVPP事業者として有名ですが、彼らがVPPとして契約している小規模発電所の多くはコジェネであり、再エネが再エネの変動を調整するということが既に実現されているということは、日本では知る人は少ないかもしれません。

 アイルランドは北海道とほぼ同じ面積・人口・電力規模を持つ「島国」ですが、2020年の消費電力量に対する発電電力量(kWh)導入率で既に36%に達しており、ピーク比の設備容量(kW)導入率で80%を超えています。この文字通り「大量導入」された風力の変動を、ガスタービンからの柔軟性で一手に引き受けている状況です。連系線も少なく、ガスタービン以外の柔軟性が乏しい中で大量の風力発電を受け入れることができているという実績は、再エネ導入を躊躇っている世界の他の国や地域の励みになるでしょう。もちろん、アイルランドはこのままの柔軟性の状況では課題があり、将来に向け布石を打つ必要があります(詳細は論文本文をご参照下さい)。

日本の柔軟性チャート

 気になる日本の各エリアの柔軟性チャートを図4〜5に示します(北海道については図2にて既出)。日本には同期エリアが3つあり(多くの人は系統周波数50/60 Hzで2つのエリアを考えがちですが、電力工学的には交流送電線でつながっていない3つのエリアで考えるのが合理的です)、そのうち一番小さなエリアであるの北海道に着目すると(図2)、各柔軟性供給源はそれぞれ少ないながらもバランスよく既存設備が存在していることが分かります。前述の通り、北海道はアイルランドとほぼ同じような面積・人口・電力規模を持ち、少なくとも既存の柔軟性供給源のポテンシャルという観点からは、実はアイルランド(図3右図)よりむしろ有利な状況である可能性が図2から示唆されます。

 次に図4の東日本エリアは、東北と東京の2つの制御エリア(一般送配電事業者の管轄エリア)から構成されます。図中、左の2つが東北・東京のそれぞれのエリアの柔軟性チャート、右が同期エリアとして集合化された東日本エリアのチャートです。集合化されたエリアのそれぞれの柔軟性供給源のピーク比率は、元のサブエリアの加重平均で求められます。

 ただし、連系線のみは、サブエリア同士をつなぐ域内連系線がキャンセルされ、同期エリア外部とをつなぐ連系線しか考慮されないため、集合化されたチャートでは著しく小さくなっているように見えます。広域で集合化されたチャートの連系線比率が小さくなったとしても、柔軟性が低下したことを意味するわけではなく、むしろ連系線で各エリアの柔軟性を相互活用できるようになり、一般に柔軟性の選択肢が増えバランスが良くなる傾向があります。

 東日本エリアでは、東北エリアにくらべ東京エリアの方が規模が大きいため、集合化されたチャートは(連系線を除き)東京エリアの特徴とほぼ同じように見えます。しかし、風況が良い東北エリアにとっては、豊富な連系線容量を通じて東京エリアの豊富な揚水の柔軟性が共有でき、VRE(特に風力)を大量に受け入れることができるという利点があります。

 図5の中西日本エリアは6つの制御エリアから成り、その多くが豊富な連系線比率を有しており、中には図3で示したドイツの連系線比率を大きく上回るエリアも存在していることも、このチャートから読み取ることができます。また何れのエリアも各種の柔軟性供給源をバランス良く有しており、柔軟性という観点からは欧州諸国に匹敵するVRE導入に適した条件であることが示唆されます。

図4 東日本エリアの柔軟性チャート
図4 東日本エリアの柔軟性チャート

図5 中西日本エリアの柔軟性チャート
図5 中西日本エリアの柔軟性チャート

 なお、柔軟性チャートは拡張性も有しており、統計データさえ入手できれば、今回選んだ5つの指標だけでなく第6・第7の軸を増やすこともできます。例えば図6は北海道エリアの第6軸として蓄電池を含む柔軟性チャートを示したものであり、さらに過去・現在・将来の歴史的経緯を比較したものです。この一連のチャートから明らかな通り、北海道は数年前までは連系線も乏しく柔軟なガスタービンが存在しない状況でしたが、2020年代後半には連系線増強や揚水発電の開発、さらには系統用大規模蓄電池の導入により柔軟性を向上させ、VRE大量導入に向け徐々にと布石を打っている傾向が視覚的に見て取れます。このことは、肝心の日本においてあまり知られておらず、メディアなどでも十分に評価されていないかもしれません。

図6 北海道エリアの柔軟性チャートの歴史的推移
図6 北海道エリアの柔軟性チャートの歴史的推移

柔軟性チャートからわかる国際比較

 以上のような柔軟性チャートを用いた国際比較を行った結果のまとめの一例を図7に示します。図7中に示された円は色ごとに「連系線優位 (interconnection-rich)」「コジェネ優位 (CHP-rich)」「水力優位 (hydro-rich)」「ガスタービン優位 (gas-rich)」「ガスタービン依存 (gas-dominant)」「好バランス (well balanced)」に分類されています。ここで「〜優位」は当該柔軟性供給源がピーク比で50%以上あることを示し、「〜依存」は優位性のある柔軟性供給源以外のものが全て10%未満であることを示します。図7では英国が「ガスタービン依存」であり、他に米国も多くのエリアで「ガスタービン依存」が見られます。このようなたった一つの柔軟性供給源に頼ると、ロシアによるウクライナ侵略やエネルギー価格高騰といった不足の事態に際して、長期的観点からVRE導入の思わぬ足枷になる可能性も考えなければなりません。

図7 欧州および日本の柔軟性ポテンシャル様相
図7 欧州および日本の柔軟性ポテンシャル様相
(左図:欧州、右図:日本)

 一方、図7の赤い○印で示された「好バランス」は、少なくとも4つの柔軟性供給源がピーク比で10%以上あり、全ての柔軟性供給源のピーク比の和が100%を超えている状態と本論文では定義しています。なお、図7では何も印のない空白のエリアもありますが、それは現状では取り立てて優位な柔軟性供給源もなく、バランスが良いわけでもないことを意味します。しかしそれらのエリアもあとちょっとの適切な柔軟性戦略で、ある柔軟性供給源が優位になったり好バランスになる潜在的可能性があるとも言えます。

 このような柔軟性ポテンシャル様相について定量的的評価を設けて評価を行うと、欧州の中でも北欧諸国は各国のさまざまな多様性を活かしていると見ることができ、また東欧諸国は連系線が豊富で柔軟性をドイツなどに輸出できる可能性を有していると見ることもできます。同様に、日本の多くのエリアでは「連系線優位」であったり「好バランス」であったりと、少なくとも柔軟性ポテンシャルという観点からは欧州諸国に匹敵する好条件のエリアも多いことが明らかになりました。

 日本では「欧州は連系線があるから再エネが導入しやすい」「日本は連系線がないから再エネの導入は難しい」「蓄電池がないと再エネの導入はできない」などの十分な科学的根拠のない言説が多く流布していますが、柔軟性チャートはこのようになんとなく噂レベルで流布しているナラティブな見方を客観的定量評価により修正してくれるツールでもあります。本論文で提案した柔軟性チャートが、国際比較や歴史的推移の定量的評価を行いながら、世界各国・各地域で再生可能エネルギー大量導入に向けた柔軟性戦略の一助となれば幸いです。

(キーワード:柔軟性、変動性再生可能エネルギー、国際比較)