Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.359 ドイツにおける電力部門の脱炭素化政策

No.359 ドイツにおける電力部門の脱炭素化政策

2023年3月2日
尚絅学院大学 准教授 東 愛子

キーワード:ドイツ気候変動政策、石炭フェーズアウト、Coal Reserve

 ドイツは気候変動目標の達成のために、石炭・褐炭火力のフェーズアウトを決めた。ドイツと日本を比較すると、日本の場合は炭鉱を持たないので、ドイツのように炭鉱地域の産業構造転換の政策論議は必要ではないが、化石燃料由来の電源を減らすインセンティブを政策的にどのように入れていくかは日本においても悩ましい問題である。

 そこでこのコラムでは、ドイツの石炭・褐炭フェーズアウトの政策展開について文献調査をもとに示し、今後の現地調査のベースとしたい。

1. ドイツ電力セクターの現況

 図1はドイツの2020年における発電量内訳を示している。2020年の総発電電力量530.7TWhであり、そのうち再生可能エネルギーが45%、褐炭16%、石炭7%を占める。

図 1:ドイツの発電量内訳
図 1:ドイツの発電量内訳
出所:BNetzA(2022)より抜粋

表 1:電力セクターのCO2排出量内訳(単位:100万t)
表 1:電力セクターのCO2排出量内訳(単位:100万t)
出所:BNetzA(2022)より抜粋、一部筆者加筆。

 表1に示すように、2020年度における電力セクターのCO2排出量は1億7670万tである。そのうち、褐炭・石炭の排出量はそれぞれ9340万t、3310万tであり、電力セクターの72%を占める。2018年時点でEU内の排出上位10発電所のうち7つをドイツの褐炭発電所が占めており(BMU、2021)、この褐炭・石炭からの排出削減をいかに進めるかについて、2014年からドイツでは話し合いが行われてきた。

2. ドイツの気候変動目標とエネルギーセクターに対する政策

 Brauers(2018) とOei(2020) に基づくと、2007年制定のIntegrated Energy and Climate Programによって、ドイツは2020年に90年比40%のCO2削減を達成することを目標として定めていた。ただし、この時点で石炭や褐炭のフェーズアウトは議論されておらず、主に石炭・褐炭とCCSを組み合わせて気候変動目標を達成することが想定されていたようである。しかし2014年のClimate Action Program 2020によって電力セクターは2020年までに2200万tCO2を削減するという具体的な数値目標が決まったことや、2015年パリ合意の発効、ボンで行われたCOP23においてイギリスやカナダなど20の国と地域が石炭消費の終了を誓約するなど国際的な石炭フェーズアウトの動きが加速する中で、ドイツでも石炭褐炭のフェーズアウト及び影響を受ける地域の産業構造転換を図る政策が議論されるようになった。

 2020年までの削減目標達成のために政府が2015年に提案した策がClimate Contributionである。これは、炭素税のように発電事業者に追加的財政負担を要求するものであり、負担額は18€/MtCO2が想定されていた。最も影響を受けるのは石炭・褐炭発電所の中でも熱効率の悪い古い発電所であり、この導入によって2020年までに2200万tCO2の削減が可能であると考えられていた。

 しかし、Climate Contributionは地方政府や発電事業者、労働組合の反対にあって導入されず、代わって2016年夏に導入が決まったのがCoal Reserveである。筆者が2014年から2016年にかけてドイツのキャパシティメカニズム論について調査してた当時はClimate Reserveと呼ばれており、BNetzAで「ドイツは気候変動目標の達成のためにClimate Reserveを導入することになったが、この方法をマネしない方がよい」と言われたことを鮮明に記憶している。これらの発電所は市場から取り置かれて4年間待機(security standby status)ののち閉鎖されることになっており、これによって1000万tCO2を削減が可能と見込まれている。閉鎖になる発電所に対しては、4年間の待機料や失われる収入機会を補償するために、1億6000万ユーロが支払われることとなっている(Brauers、2018)。以下では、このCoal Reserveを含めて、褐炭・石炭火力発電所のフェーズアウトがどのように計画されているかを示したいと思う。

表 2:ドイツの発電容量推移(単位:GW)
表 2:ドイツの発電容量推移(単位:GW)
出所:BNetzA(2022)より抜粋、一部筆者加筆。

(1)Coal Reserveによる褐炭火力発電所の削減

 表2は2014年から2020年にかけてのドイツ発電容量推移を示している。2020年の総発電容量は233.8GWで、そのうち褐炭火力発電所の容量は20.6GW、石炭火力は23.8GWを占める。2021年11月時点で非再生可能エネルギーの発電容量は98.7GWであるが、この非再エネ電源の中でリザーブ発電所は10.4GWを占める。リザーブには電力システムの安定性を担保するためのGird Reserveiと、本稿の議論の対象である気候変動目標達成のためのCoal Reserveがある。いずれのリザーブも待機料が支払われるため、競争の公平性の観点から電力市場でエネルギーを売ることはできず、市場から取り置かれた容量として扱われている。

 Coal Reserveは表3に示す8基2.8GWの褐炭発電所である。これらの発電所は、4年間のスタンバイを経て段階的に閉鎖することがエネルギー事業法EnWG 13g条項に定めらており、すでに2021年10月までに閉鎖された発電所が3基1GWある。したがって2021年11月時点でドイツの気候変動目標の達成のために市場外に取り置かれているCoal Reserve の褐炭火力発電所は1.8GWである。

表 3:Coal Reserveとして閉鎖が決まっている褐炭発電所
表 3:Coal Reserveとして閉鎖が決まっている褐炭発電所
出所:BNetzA(2022)、BMWi(2019)より抜粋、一部筆者加筆。

(2)今後の褐炭火力発電所のフェーズアウト(2020-2038)

 表3に示した8基のCoal Reserve以外の石炭・褐炭火力発電のフェーズアウトに関しては、2018年に連邦政府が立ち上げたCommission on growth, Structural Change and Employment(通称、Coal Commission:石炭委員会)によって決められた。この委員会は、連邦、州、地方政府、産業、貿易、学術界、市民を代表する28名の委員で構成され、気候変動目標を達成するために石炭フェーズアウトの資金メカニズムを含む政策や、影響を受ける地域の産業構造転換を進める政策を提示する役割を担った(福島原発事故後に原子力のフェーズアウトを決めた倫理委員会と同様のプロセスである)。この委員会が提示した政策を基に2020年8月14日に施行された石炭火力削減法(The act to reduce and end coal-fired power generation;KVBG)により、残りの石炭・褐炭発電所のフェーズアウトスケジュールが決まっている(BMU,2021)。

 まず150MW以上の褐炭火力に関しては、2020年から2038年までの間に25基約17.2GWを段階的に閉鎖する(表4)。2038年までにフェーズアウトを行う予定であるが、2035年までにフェーズアウトの前倒しが可能かどうか、2032年にレビューが行われることになっている(BMU,2021)。

表 4:褐炭火力発電所のフェーズアウトスケジュール
表 4:褐炭火力発電所のフェーズアウトスケジュール
*エネルギー事業法EnWG 13g項に定められるCoal reserve量(前掲表3)
(出所)BNetzA(2022)より筆者作成。

(3)石炭火力発電所フェーズアウトのためのオークション

 一方、石炭火力や150MW未満の小規模褐炭発電所のフェーズアウトは、自主的削減を進めるために、削減目標量に対するオークションが実施されている。オークションは2024年までに7回予定されており、発電事業者は受け取りたい金額を入札し、BNetzAによって落札された場合はその金額を受け取ることができる(pay as bid方式)。褐炭火力のフェーズアウトと異なる点は、オークションで落札された石炭発電所は石炭を使ったエネルギー供給が禁止されるだけで、必ずしも発電所を閉鎖する必要はなく燃料転換を行う選択肢が残されていることである。

 第1回から第4回までのオークション概況を表に示している。第1回と第2回オークション量は法律に定められているが、第3回以降のオークション量は石炭削減目標量と達成量に応じてBNetzAが決定することになっている。入札価格は0€/MWから155000€/MW(2170万円/MW, 1€=140円換算)と非常に幅があるが、現時点の文献調査において、入札価格幅の背景や、燃料転換の可能性や進捗については不明であり、今後の調査が必要である。

表 5:石炭火力の削減オークション
表 5:石炭火力の削減オークション
(出所)BNetzA(2022)より筆者作成。

3. 小括

 ドイツの環境エネルギー政策で日本と決定的に異なる点は、原子力や石炭のフェーズアウトにしろ、再エネの拡大目標のスケジュールにしろ、量に加えて明確なスケジュールが法律に記載される点にあろう。これは、その政策の良し悪しは別として、政策が目指す世界の見通しを高め、座礁投資を防ぐことに政府が責任を持っているといえる。

 気候変動目標の達成は、再エネの拡大のみでは不十分であり、化石燃料由来の電源をフェーズアウトするプロセスや手法も議論が必要である。ただし、再エネへの移行の過程で、火力発電は再エネの出力変動を調整する重要な役割を担っているため、適切な量を確保しておく必要がある。今後ドイツにおいて発電容量をいかに確保していくか、もしくは、石炭からガスへの燃料転換が進みうるのかという議論については、今後の調査課題としたい。

■参考文献


i 市場外に取り置かれている発電容量にはgrid reserveが大きな割合を占める。ドイツでは発電事業者が発電所を閉鎖しようとする1年前にBNetzA(連邦ネットワーク庁)に届け出を行ってネットワークシステムの安定性のチェックを受けることとなっており、安定供給上の問題が生じそうな発電所に関してはgrid reserveとして待機が命じられる(エネルギー事業法(EnWG 13(b)条項、2012年改正)に基づく)。21年11月時点で市場外に取り置かれている発電容量10.4GWのうち、grid reserveは6.8GWを占める(ガス火力1.6GW, 石炭火力3.6GW, 褐炭火力1.6GW)。