Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.360 2050年電力・水素シミュレ-ション

2023年3月16日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 内藤克彦

キ-ワ-ド:2050年、ネットゼロ、電力シミュレ-ション

1.概要

 2050年のネットゼロの計画としては、経済産業省の再生可能エネルギ-比率50~60%の計画があるが、この他に国内再生可能エネルギーでネットゼロを達成することも考えられる。本稿においては、再生可能エネルギー比率60%で海外から水素を輸入しつつ一定の原発の運転を前提とするケ-ス、国内再生可能エネルギ-を100%のケ-ス、国内再生可能エネルギ-+原発のケ-スを想定する。海外水素を利用しない場合には、国内で再生可能エネルギーから水素を製造することとなるが、この水素の供給範囲をエネルギ-利用に限るケ-ス、さらに工業原料としての水素まで考慮する場合についても検討する。

 日本のエネルギー利用は、現状では、40%は電力としての利用、60%は熱としての利用である。2050年の段階では、熱利用の内、電化が可能な部分は電化されると仮定しているが、この電化による電力需要増の影響も少なからずある。

 本稿では、こられについての概略を説明する

2. シミュレ-ションの方法

 本シミュレ-ションの実施に当たっては、欧米においてフロ-ベ-ス(実潮流)の送電運用のシミュレ-ションに用いられている日立エナジ-社(旧ABB送電部門)のPROMODというソフトを用いており、欧米と同様なフロ-ベ-スの効率的な送電管理が行われることを前提としている。また、対象とする送電線は、沖縄を除く9電力の上位2系統の送電線としている。これにより、日本において欧米のようにTSO、ISO(RTO)の間で電力の広域融通が実現できた場合のシミュレ-ションを行っている。

 国内水素の利用については、水素を流通できるシステムが必要となる。国内流通のために液化することは高コストとなり現実的でない。一方で圧縮水素ロ-リ-輸送も高コストであり、輸送量も限定的となる。欧米においては、既存のTSOガスパイプラインを水素パイプラインに転換することにより水素の流通をすることを計画している。ところが、わが国にはガスの広域流通を担うガスTSOがそもそも存在していない。本稿では、経済産業省がガス自由化に当たり2016年に検討した東京ガス、大阪ガス、東邦ガスを接続する高圧広域パイプライン(図2)が2050年には実現しているものとして、わが国のガス会社の保有する高圧ガスパイプラインがTSOパイプラインとして機能し、欧米のように水素流通を可能とすることを前提として、これらのパイプライン沿いに水素専焼火力発電や水素製造プラントが立地するものとしてシミュレ-ションを行っている。また、国内再生可能エネルギーから水素を製造すると、水素製造と水素需要のピ-ク時期が季節的にずれるために、季節間変動を吸収する長期ガス貯蔵が必要となる。液化水素タンクはボイルオフガス(タンクから常に気化するガス)のために長期貯蔵はできず、また、貯蔵量も季節感変動に対応できるだけの容量を確保することは困難なので、欧米においては天然ガスの地下貯蔵施設を水素に転用することを想定している。本稿においては、経済産業省が2016年に検討した新潟のガス田等を利用した大規模地下貯蔵が2050年には実現することを前提としている。なお、海外水素を用いる場合には、これらは必要ない。

図1 本分析における地域間連系線及び地内基幹送電線概要図
図1 本分析における地域間連系線及び地内基幹送電線概要図
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

表 1 本分析で扱う地域別のノード数とブランチ数
表 1 本分析で扱う地域別のノード数とブランチ数
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

図2 経済産業省が検討したガス地下貯蔵とガス中央三社接続パイプライン
図2 経済産業省が検討したガス地下貯蔵とガス中央三社接続パイプライン
(出典:経済産業省ガスシステム小委員会資料2016年)

3. 本シミュレ-ションで用いたケ-ス設定

 表2に示す6つのケ-ス(RE60海外水素、RE100、RE100α、RE90α、RE100β、RE90β)を想定した。

表2 本分析で設定したケ-ス
表2 本分析で設定したケ-ス
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

4. エネルギ-需要

 2050年にネットゼロ炭素とするためには、既存の電力需要とは別に熱源として用いられている化石燃料のゼロエミッション化を考える必要がある。このためには、これらの化石燃料が電化されるかグリ-ン水素化されるか、または、メタネ-ション等によりグリ-ンメタン化されることが必要となるが、メタネ-ションの場合には原料となるグリ-ン水素がその前段で必要となるので、ここでは、電化されるかグリ-ン水素化を考えることとしている。なお、RE60ケ-スの場合には、水素は全て海外から輸入されることを前提としている。

 電化や再生可能エネルギ-由来の国内グリ-ン水素利用は、結局、電力需要の増加につながる。電化の場合は、電化に伴い省エネが進むことも考慮して需要の見積もりを行っている。各ケ-スの電力需要は、図3の通りとなる。エネルギ-用途の水素製造のために5割増し程度の電力が必要となる。

図3 2050年のケ-ス別系統電力需要量及び水素製造のための電力需要量
図3 2050年のケ-ス別系統電力需要量及び水素製造のための電力需要量
注:水素専焼火力で消費される水素需要量はシミュレーションを通じて算定されるため、本図では示していない。
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

5. 水素需要

 水素需要は、大別すると以下の二通りある。

(1)産業用熱源として用いられていたエネルギ-用途化石燃料については、電化可能な部分は電化するとしているが、窯業用の熱源のように電化が不適当な一部の分野がある。この部分のみ水素需要として見積もっている。この他にエネルギ-用途の化石燃料から水素に転換するものとして、重量自動車の燃料が水素に転換されるものとしている。さらに原料用の化石燃料を水素転換することに伴う水素需要も考慮するケ-スも設定している。これらの水素需要は比較的安定している。

(2)国内再生可能エネルギーの変動の調整力として稼働する水素専焼火力が必要とする水素は、電力の需給の状況や(1)の水素製造の状況により変動するために、送電シミュレ-ションの結果から必要量を算出する必要がある。また、この場合の水素は再度発電に利用されるために、調整力として必要とされる電力の量よりも、このための水素製造に必要とされる電力の量の方が発電効率等の分だけ余計に必要となる。このため、全体として水素の国内需給をマッチングさせるためには、何回か需給シミュレ-ションを繰り返して、解を収束させることが必要となる。

 水素製造設備は、送電負荷を減らすために基本的に洋上風力の接続点でかつ水素流通パイプラインのあるところに設置している。水素の製造は、再エネの余剰電力のみでは不足するので、水素製造用に洋上風力を設置することになる。

図 4  2050年の地域別部門別水素需要量想定
図 4  2050年の地域別部門別水素需要量想定
注:水素専焼火力で消費される水素需要量はシミュレーションを通じて算定されるため、本図では示していない。

(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

図5 本分析の手順
図5 本分析の手順
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

6. 電力需給マッチングの調整力

 再生可能エネルギーの出力変動や需要の変動に対して必要となる電力供給の柔軟性は、ダム水力発電、揚水水力発電、水素専焼火力発電、EV蓄電池の容量の一部利用、エコキュ-ト等の貯湯等により賄う形にしている。これらにより調整しきれないときに再生可能エネルギーの出力抑制を行う形としてる。なお、原発が稼働するケ-スでは、原発は基本的に定負荷運転としている。

 なお、調整力としてのEVの想定は以下のとおりである。

表3 系統に接続されるEVとその柔軟性供給力の想定値
表3 系統に接続されるEVとその柔軟性供給力の想定値
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

7. 送電線の増強

(1)計画中、検討中の送電線

 現在、増強が決定している会社間連系線や地内送電線、現在、増強が検討されている北海道-新潟の連系線などの会社間連系線は、整備されているものとしてシミュレ-ションしている。

(2)電力需要増に伴う地内線の増強

 熱源としての化石燃料利用の電化等に伴い電力需要が増加するが、これに伴い、特に、都市部等の元々送電線が混雑しているところで、送電線の増強が必要となるところが出てくる。このような送電線については、必要なキャパシティ増強を行って、シミュレ-ションを行っている。

表4 本分析で想定した地内送電線の地域別増強
表4 本分析で想定した地内送電線の地域別増強
参考資料:OCCTO, 2022年度年次報告書供給計画の取りまとめ[35]
     北海道電力, 北海道の基幹系統増強案について[36]
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

8. シミュレ-ションの結果

(1)電力の需給バランス

 国内再エネ比率を100%とし、水素専焼火力発電用の水素を国内グリーン水素で調達し、国内の休廃止ガス田に水素貯蔵し、電力需要の長期季節変動に対応することを想定するRE100ケ-スでは、水素専焼火力の発電電力量は148TWhとなった(図6)。また、水素専焼火力に必要なグリーン水素製造用電力は275TWhであった。この水素を製造するために、173GWの洋上風力発電の導入を想定し、洋上風力発電のアクセスポイント周辺に水素製造設備を133GWとすることで電力需給のバランスをとることができる。RE60のケ-スでは、海外水素に大きく依存するが、季節変動対応を海外に依存しているので、必要な調整力はEV電池等の短期の調整力で足りる。原子力が稼働するRE90のケ-スでは主として洋上風力の一部が原子力に置き換わるが、水素需要対応の発電も含めて全体の発電量が大きくなるので、原子力への依存は限定的である。産業用の水素の製造を行うと、この部分が調整力として利用できるために、水素専焼火力用の水素供給を小さくすることができる。RE60海外水素ケ-スの結果と比較すると、余剰再エネを用いた水素製造設備を洋上風力のアクセスポイント周辺に設置しているが、洋上風力発電のみならず、太陽光発電の余剰電力を利用することができ、電力系統需要に対応した再エネ比率を高めることに、大きく貢献することが示された。

図6 シナリオ別電源別発電電力量(左)と用途別電力需要量(右)
図6  シナリオ別電源別発電電力量(左)と用途別電力需要量(右)
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

(2)水素の需給バランス

 水素の需給バランスは、図7のようになる。国内水素によるRE100、RE90のケ-スでは、7月の洋上風力の発電電力量が低い日が続く期間に水素専焼火力発電の電力供給量が多くなり、この分の水素を春先の再エネ電力が余剰となる期間に地下貯蔵することになる。

 なお、海外から水素を調達するRE60海外水素シナリオであっても、再エネ由来の水素を用いる場合には同様の再エネ電力と需要の季節変動の対応を要することに留意が必要である。化石燃料の場合には、採掘量を調整すればよいが、グリーン水素の場合には、海外において水素生産と需要の季節変動のマッチングが必要になる。しかし、液化水素タンクはボイルオフガスがあるために、長期貯蔵に適さないことを考慮すると海外においても地下貯留が必要となることを示唆している。

 また、新潟及び磐城沖休廃止ガス田の水素地下貯留ポテンシャルを530TWh(16百万トン)と想定した場合、すべてのシナリオにおける水素の地下貯蔵必要量は、地下貯留ポテンシャルを下回ることが確認できた。

図7 水素の需給バランス
図7 水素の需給バランス
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

(4)調整力・柔軟性

 短期の電力需給調整について、大きな設備容量を有するEVと水素専焼火力が、再エネの出力変動に対する主要な柔軟性供給力となった。また、数か月単位の長期の電力需給調整については、供給側の柔軟性を主に想定する本分析では、EVの柔軟性(日本全国で最大出力118GW、蓄電容量1,296GWh)だけでは不十分であり、グリーン水素製造・貯蔵を利用した水素専焼火力のように、大量かつ長期にエネルギーを保存する設備が必要であることが明らかとなった。家庭用ヒートポンプ式給湯器のディマンドレスポンスを取り入れる場合、数時間単位では、大きな柔軟性を発揮するポテンシャルはあるものの、本分析では、系統全体の電力需要に対して、柔軟性を供給する効果は僅かであることが明らかとなった。調整池や貯水池を有する一般水力発電の出力がVREの出力に応じて調整できる場合、10GW以上の柔軟性を数週間という中期にわたって供給できることから、電力需給バランスに大きく貢献する結果とった。一方で、揚水式水力発電は、最大出力に対して、貯水量の割合が大きくないことから、短期間における柔軟性供給力としては大きいが、大きな柔軟性を供給する時間帯は短いという結果になった。

(5)出力抑制

 各シナリオの太陽光発電、陸上風力発電、洋上風力発電の地域別出力抑制率を表5に示す。RE60海外水素ケ-スでは、北海道、東北、関東地域で太陽光発電、陸上風力発電、洋上風力発電が15-18%と高い結果になった。これは、夏の昼間に太陽光発電の発電電力量が電力需要量を超過し余剰電力となった際に、本分析で想定したEVや揚水式水力発電の容量では余剰分をすべて蓄電できないために、高い出力抑制が発生したためである。一方で、RE100ケ-スでは、太陽光発電の余剰電力分は水素製造装置によってほとんど消費されることから、夏場の出力抑制率が小さくなった。RE100、RE100α、RE100βの順に洋上風力発電の設備容量が大きくなるにつれて、水素製造装置の設備容量も大きくなるように想定している。水素製造装置の設備容量が大きくなるにつれて、再エネの余剰電力用いた水素製造が行い易くなることから、太陽光発電、陸上風力発電、洋上風力発電の出力抑制率もRE100、RE100α、RE100βの順に小さくなる。

 RE90α及びRE90βでは、運転開始日からの経過年数が2050 年時点で60 年以内の原子力発電所が稼働する想定であり、それらの泊原発、女川原発、浜岡原発、柏崎刈羽原発、伊方原発、玄海原発は洋上風力のアクセスポイントに近い。そのため、RE100α及びRE100βの出力抑制率と比較して、陸上風力発電、洋上風力発電の出力抑制率が大きくなった。この傾向は、風力の発電電力量が大きくなる冬から春にかけて顕著にみられる。

表5再エネ出力抑制の状況
表5再エネ出力抑制の状況
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

(6)連系線の混雑

 地域間連系線の使用状況については、図8に示す。北海道→関東(矢印は潮流の順方向を示す)の送電線以外の地域間連系線については、送電線の運用容量の最大値まで電力が送電される時間帯がほとんどないことが分かった。北海道→関東の送電線(海底直流送電線)は新設される送電線であり、運用容量の最大値まで電力を北海道から関東に送電する時間帯が年間の半分程度あった。これは、相対的に電力需要量が小さい北海道地域内で消費できない再エネの電力を電力需要量が大きい関東地域に送る必要性が高いことを示している。連系線の全体的な傾向として、北海道→関東、東北→関東、関東→中部、中部→関西、北陸→関西の連系線では、持続曲線が潮流の順方向(潮流の値がプラス)に位置している時間帯が多く、順方向に電力の広域融通なされた。一方で、中国→九州、関西→中国、中国→四国の連系線では、持続曲線が潮流の逆方向(潮流の値がマイナス)に位置している時間帯が多く、逆方向に電力の広域融通がなされた。すなわち、洋上風力の設備容量が大きい、北海道、東北、関東、九州地域から、洋上風力の設備容量が小さく、電力需要の大きい関西地域に送電されたことを示している。

図8 地域別、シナリオ別の地域間連系線の年間持続曲線
図8 地域別、シナリオ別の地域間連系線の年間持続曲線
(出典:「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」)

9.おわりに

 本稿では、コラムの字数の制約があるために、多様なケ-ス設定の全てについて前提条件を説明することができておらず、また、結果の詳細についても十分に説明ができていないが、詳しくは、「実潮流に基づく電力系統運用シミュレーションを用いた日本の再生可能エネルギー実質100%シナリオにおける電力需給構造分析」を参照していただきたい。https://www.iges.or.jp/jp/pub/psa-japan2050/ja