Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.361 カルテルや不正閲覧、もう「所有権分離」しかない~大手電力の信用失墜

No.361 カルテルや不正閲覧、もう「所有権分離」しかない~大手電力の信用失墜

2023年3月23日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード:電力自由化 不正閲覧 カルテル 発送電分離 所有権分離

 やはり電力業界は電力自由化に後ろ向きだった――。日本の電力制度は自由化の途上にあるが、最近、大手電力会社による「カルテル」やライバル社情報の「不正閲覧」など、驚くような不祥事が続いている。大手電力の発電部門と送配電部門を分離する「発送電分離」も骨抜きの危機にある。この事態に対して内閣府の有識者会議(再エネ等規制等総点検タスクフォース)は、「発送電分離は完全な分離である所有権分離の実現を」という厳しい提言を出した。これまで日本の電力業界は所有権分離を嫌ってきた。しかし、自由化を定着させ、さらに進めるには、所有権分離の導入が必要だろう。

不正が続々、経産相の怒りと落胆

 日本の電力業界では長い間、大手電力10社が「発電」「送配電」「小売り」の3部門をすべて持ち、日本を10区域に分けて地域独占的に営業してきた。しかし、欧米に遅れながらも自由化が進み、2016年には小売りの全面自由化、2020年には電力会社から送配電部門を法的に分離(別会社化)する発送電分離にこぎつけた。

 しかし、その自由化に関して、西村康稔経産相は最近怒ったり、落胆したりすることが多い。「カルテルが事実とすれば改革の趣旨に反し、極めて残念だ」(昨年12月)。「(不正閲覧について)電気事業者の公正な競争を揺るがしかねず、極めて遺憾だ」(今年1月)。

大手電力が新電力の顧客情報を盗み見

 日本では電力の小売りが全面自由化された2016年以降、「新電力」と呼ばれる小売り会社が多数生まれた。2020年に関電から分社化された「関電送配電」は託送業務を行う上で「新電力」の情報を持っているが、情報の漏洩は厳しく禁じられている。関電の小売り部門と新電力はライバル関係にあるからだ。

 しかし、関電の小売り部門の関係者が、関電送配電がもつ新電力の情報を「盗み見」していたことが分かった。2019年11月~22年12月だけで、約1600人が新電力の顧客情報15万件を閲覧していた。追加調査ではさらに人数、件数も増えている。顧客情報とは連絡先電話、契約内容、使用電力量など重要な情報すべてだ。この情報は営業活動に使える。新電力に連絡して「わが社との契約に戻りませんか?」ということもできる。



 だからこそ大手電力の送配電会社の中立性、情報遮断が求められている。それが守られず、営業活動にも使われていた。不正に閲覧した人のかなりの割合が「閲覧は電気事業法上で問題になりえる」と認識していたというから順法精神に欠けている。(図;関電の不正閲覧調査報告の一部)

 同様の不正閲覧は関電にとどまらなかった。東北電力、九州電力、四国電力、中部電力、中国電力、沖縄電力でもあった。大手電力10社中7社にのぼる。

 これらの不正は新電力の経営を圧迫している可能性がある。新電力の経営状況を聞いたアンケート調査によれば、新電力は、ライバルである大手電力との情報格差に苦しみ、国へ「大手電力と新電力との公平な競争環境の整備」を求めている。(京大再生可能エネルギー講座コラム、No.354「地域新電力、大打撃から生き残りへ」)。さらに大手が不正な手段で情報を得ていたとすれば、とても公正な競争にはならない。

昔の縄張りを守るカルテル

 もう一つ大きな不祥事がある。事業者向けである大口(特高や高圧部門)の電力販売において、中国電力、中部電力、九州電力、関西電力の4社が、「他社のエリアに乗り込んでの営業活動をしないように」とのカルテルを結んでいたことが発覚した。

 かつての電力ビジネスは地域独占だったが、今は昔のエリアには縛られない。カルテルは「昔の縄張りを守ろう」というものだから電力自由化を明確に逆流させようとするものだ。公正取引委員会は昨年暮れ、総額約1000億円の課徴金を命じた。最大は中国電力の約700億円だ。

有識者会議の提言、業界に「所有権分離」を突き付ける

 不正閲覧やカルテルの発覚によって、2020年以降落ち着いていた電力自由化の議論が大揺れになっている。内閣府の有識者会議「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」は3月2日、「大手電力会社による新電力の顧客情報の情報漏洩及び不正閲覧に関する提言」を出した。電力業界が最も嫌っていた所有権分離の導入を迫る厳しいものだ。(図;有識者会議の提言の一部)



 提言は「要するに2020年の発送電分離後も大手電力は一体的に経営され、送配電事業の中立性がないがしろにされてきた証といえる。法的分離は全く機能していなかった」として、「改めて公正な競争環境を整備すべく、さらなる行為規制の強化や所有権分離を含む構造改革を提言する」とした。

 また今回のカルテルや不正閲覧を監査では見抜けなかった規制機関「電力・ガス取引監視等委員会」の強化を求めている。

 有識者会議が「所有権分離」にまで踏み込んで提言したことは、電力業界には衝撃だ。日本の電力自由化議論において、電力業界は一貫して後ろ向きで、とりわけ発送電の所有権分離は「絶対に反対」という姿勢だった。議論の結果、少し緩い「法的分離」に落ち着いて所有権分離は「将来の課題」と棚上げになった。電力業界もほっとしていたところだろう。

日本の電力自由化、やっと進み始めた

 90年以降、欧州を先頭に世界は電力自由化の時代に入っていった。何もかもを自由にするのではなく、発電、送配電、小売りのうち、発電と小売りでは自由競争を促進し、一方、送配電部門は発電部門から分離して「公共のもの」「中立の組織」にし、「発電会社を公平に扱うこと」を義務づけた。この「発電・送配電の分離」が自由化の一つの柱だ。再エネが増える時代にフィットしたシステムだった。

 そして発送電分離には様々な段階がある。「会計分離」は同じ会社の中でも会計を分ける。「法的分離」は送配電部門を離して子会社にする。分離度は中程度。そして完全な分離は資本面でも切り離す「所有権分離」だ。

【会計分離】発電部門と送配電部門の会計を分離する。分離は初期段階。
【法的分離】発電部門と送配電部門を別会社(子会社でもいい)にする。分離は中段階。
【機能分離】送配電部門の運用を別組織が行う。規制機関の権限が強い。分離度が高い。米国などはこの形が多い。
【所有権分離】送配電部門を発電会社と資本関係のない会社が所有する。分離度が高い。欧州はこの形が多い。

まとめ、法的分離は失敗。所有権分離での発送電分離を

  • 日本の自由化は、欧米より遅れたが、2016年に小売りが全面自由化され、2020年に発送電分離(法的分離)が始まった。今は一息つき、これらの新制度を運用して自由化を内実化させている時期と言える。しかし、大手電力業界がカルテルや不正閲覧という自由化をつぶすような不正行為を行い、自由化が邪魔されていることが発覚した。
  • この問題をどう考えるべきか。一つは「大手電力会社の信用が失墜したこと」だ。日本で電力会社といえば、大会社で優秀で、国や地域のリーダーとみなされてきた。しかし、今回、業界ぐるみに近い形で行われたカルテルや不正閲覧は、普通の社会の常識からみても驚くほどのレベルの低さだ。社会に与えた驚きと落胆は大きく、信用の回復は簡単ではない。
    カルテルについて池辺和弘・電事連会長は「電力自由化の根本にかかわる問題で深くお詫びする」(1月20日の記者会見)と話しているが、明確な形での対応が必要だ。
  • もう一つは、「法的分離という中途半端な形での発送電分離は失敗した」ということだ。欧州での発送電分離は、法的分離の段階を経て「所有権分離」を実現した。実質的に完全な分離だ。日本では電力会社が民営であることもあり、電力業界の希望を受け入れる形で、送配電部門を子会社にする法的分離で止めた。
  • 法的分離を有効に運用するにはその場合「情報を完全に遮断する」「新電力などすべての発電会社を公平に扱う」という厳しい条件がついてきた。これについては「日本の電力会社ならば守るだろう」と思われたが破られた。「提言」でも「(法的分離は)大手電力は法を犯すはずがないという性善説にたった宥和的なものであったと言わざるを得ない」と反省、批判している。
  • 今後どうするか。送配電部門の完全な中立化をはかるため、発送電分離については「所有権分離」を制度化すべきだ。そもそも法的分離を議論した時の電力システム改革専門委員会の「報告書」は、所有権分離について「改革の効果を見極め、それが不十分な場合の将来的検討課題とする」となっていた。今回、所有権分離を検討すべき事態になった。
  • 政府は6月ごろ、「規制改革実施計画」をまとめる。有識者会議はこれに提言の内容を盛り込みたい考えだ。しかし、経産省はいまのところ消極的だ。
  • 現在、大手電力7社が電気料金の大幅値上げを申請している。北海道、東北、東京、北陸、中国、四国、沖縄の各社だ。「不祥事を起こしておいて、さらに大幅な料金値上げをするのか」の反発が強く、経産省はひとまず延期した。電気料金は本来、電力自由化と密接に結びついている。電力料金の議論を通じて、日本の電力自由化の現状にも関心を広げたい。