Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.367 経済産業省はどう対応するか?
〜電力カルテルと情報漏洩・不正閲覧を受けて〜

2023年4月20日
法政大学社会学部社会政策科学科 教授 高橋 洋

キーワード:カルテル、情報漏洩・不正閲覧、経済産業省、所有権分離

 ここ数ヶ月間に、カルテルや情報漏洩・不正閲覧といった、大手電力会社の不祥事が相次いで露見している。いずれも大手電力の責任は厳しく問われなければならないが、既に当コラム(No.361)を始めとして様々な意見や解説が公表されている。本稿で議論したいのは、これらを受けて経済産業省(経産省)はどう対応するか、どう対応すべきか、である。なぜなら経産省は、自らの看板政策を台無しにされた側であるとともに、その責任の一端を有しているからである。

電力カルテルと情報漏洩・不正閲覧

 2023年3月30日の公正取引委員会(公取)の発表によれば、関西電力が、中部電力、中国電力、九州電力などとの間で、旧来の供給区域を相互に尊重するよう、2018年から約束を交わしていた。これがカルテルに該当するが、自由化の過程で起きたという点で、より深刻である。通常の競争市場でもカルテルは起きるが、100%の市場シェアを持っていた旧独占企業は、カルテルを含む競争阻害行為を容易に起こし得る。だから、経産省は自由化政策を電気事業法(電事法)に落とし込み、独立規制機関の電力・ガス取引監視等委員会(電取委)も新設して、公正競争を促進してきた。

 大手電力は、長らく自由化に反対してきたが、表面的には2012年以降の電力システム改革を受け入れ、協力姿勢を示してきた1。経産省の改革方針に従い、2016年に小売市場を全面自由化し、2020年(東京電力のみ2016年)に送配電事業を法的分離した。その裏でカルテルをしていたということは、自由化方針に反し、地域独占への復帰を企図したと理解される。

 もう1つの情報漏洩・不正閲覧は、送配電事業の中立化に関わる問題である。自由化後も送配電網は法定独占であるため、公正競争のためにはこの開放が不可欠であり、その手段が発送電分離である。日本では民営の大手電力に配慮して、送配電事業を売却する所有権分離でなく、子会社化する法的分離が2013年に選択された。この場合、送配電子会社は引き続き大手電力グループの影響下にあるため、情報遮断などの行為規制が課され、電取委がそれを監督してきた。

 しかし、大手電力7社では、送配電子会社が新電力の顧客情報をグループ内で適切に遮断せず、小売部門が盗み見ることを許していた。営業活動に利用したのは関西電力のみとされるが、他の大手電力の「顧客対応」という理由も、新電力は同じことができないため、公正競争とは言えない。その後、大手電力全10社において、経産省の再生可能エネルギー(再エネ)業務管理システムが不正閲覧されていたことも判明した。これも、送配電子会社に限って付与されたIDやパスワードを、小売部門が不正利用していた。要するに、法的分離は骨抜きにされていたのである。

 情報漏洩は送配電と小売りの問題である。カルテルは小売の問題であるが、本社の経営幹部が主導した。その上公取の調査の結果、発電部門による競争阻害行為の恐れも見つかった。やはり、大手電力は経産省の電力システム改革の方針に反し、今でも地域独占かつ垂直一貫のメンタリティーで経営されていると言わざるを得ない。

経済産業省の責任

 このように経産省は、電力システム改革という自らの看板政策を台無しにされた。しかし筆者は、経産省にも責任の一端があると考えている。

 第一に、2つの違法行為に気づかなかった責任である。カルテルは、関西電力からの自主申告が起点になったとはいえ、公取が2年以上にわたる調査の末に摘発した。カルテルは電事法の趣旨にも反するが、小売事業者を監視する電取委はこれに気付かなかった。情報漏洩については、電取委は送配電事業者を定期的に監査していたが気付かず、関西電力からの通報によって発覚した。電取委は、電事法上の規制権限が限られ、人員も足りないため、取り締まりには限界があるという声もある。しかし、電取委の権限強化や組織拡充は、まずは経産省の意思に委ねられる。実際に海外では、独立規制機関が機能している例は多い。

 第二に、取り締まりの前提となる規制制度が、大手電力に寛容過ぎた責任である。自由化の過程では、公正な競争環境の整備が不可欠であり、旧独占企業に厳しく相対すべきだが、不十分だった。例えば欧州では、送電事業の法的分離において、情報システムが物理分割されるのはもちろん、社屋も分けられ、社名も異なる2。しかし日本では、行為規制が緩く、これらが義務とされていない。「非常災害対応」として、大手電力内で小売部門による応援が認められているのも、日本独自のようだ3。そもそも電事法は、違反行為などへの罰則が少ない上、業務改善命令に従わなかった場合の間接罰に止まっている。法的分離自体が妥協だったが、その代わりに厳しくすべき行為規制も妥協的な内容なのである。

 要するに、経産省は電力システム改革を標榜してきたが、その実施の方法は大手電力に宥和的であった。競争政策は不徹底で、監視体制は不十分だった。対照的に、欧州の電力自由化は1990年代に始まり、概ね2010年以降に競争環境が問題視されることはほぼなくなった。日本と同様に大手電力が民営のドイツで、法的分離が所有権分離に移行したのは、規制当局が大手電力に上記のような厳しい行為規制を課した結果、送電事業を所有する意味が薄れたことが一因とされる。もちろん、法的分離だろうが所有権分離だろうが、停電が増えた事実も災害対応に苦労するようになった事実もない。電力システム改革の理念は間違っておらず、欧州では効果的に機能している。その実施の仕方が問題なのである。

経済産業省が大手電力に宥和的な理由

 経産省が大手電力に宥和的な理由として、3つを提示したい。第1に、大手電力は強い政治的影響力を持つ。例えば、発送電分離について、経産省は2000年前後から検討してきたが、大手電力の反対に遭い、政治的推進力も得られず、実施しないことが既定路線となっていた。法的分離が実現したのは、2011年の東京電力福島第一原発事故を経て、民主党政権の下で、電力システム改革を進める政治的意思が働いた要因が大きい。

 第2に、大手電力は専門的・技術的にも優位に立つ。長らく独占だった電力業界において、電力関係の専門的知識や技術力は、圧倒的に大手電力に蓄積され、政策当局との間で情報格差が生じていると考えられる。そのような中、安定供給のために送配電子会社には小売部門の支援が不可欠と主張されれば、拒否することは難しくなるのではないか。経産省の中にも様々な立場があるのだろうが、金融庁が金融業界に厳しく接しているようには、大手電力に対して強く出られていないことは、否定できないだろう。

 第3に、上記の反面、経産省がエネルギー政策を進めるに当たり、大手電力は重要なパートナーだからであろう。特に原子力の復活を目指す上では、その発電事業者は大手電力とほぼ一致する。そのため大手電力の言い分もよく聞く必要があり、またその経営への配慮も求められる。例えば、送配電事業を所有権分離して、残された大手電力の経営が傾けば、原子力の復活は覚束ない。また原子力や火力を発電産業として見れば、産業政策官庁である経産省の役割は広がる。重電メーカーなどを含むこれら産業を振興するには、「利用者」である大手電力と対立するわけにいかない。所管省庁としては、業界との「協調」も重要なのである。

 実際にここ1年間で、経産省はGX推進法案を強力に推進している。その柱は、建て替えや運転期間延長による原子力の復活だが、これは大手電力にプラスとなる一方で、経産省の悲願でもある。そもそも市場競争をベースとした電力システム改革は、原子力や水素等を含む火力の維持といった、市場介入的な産業政策と相容れない面があるが、経産省はこれら2つの相反する政策を両立させようとしてきた。福島原発事故直後は前者の側面が強かったが、近年は後者の側面が強くなっていると考えられる。そのような中で、前者、即ち電力システム改革の破綻が明らかになった。両者の矛盾にどう対応するかが、問われているのである。

内閣府再エネタスクフォースの提言

 このように多面的な利害を背負う経産省に対して、筆者も委員を務める内閣府の再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース(再エネタスクフォース)は、独自の提言を続けてきた。これは、「再エネ最優先の原則」(「第6次エネルギー基本計画」)に基づいた脱炭素という観点から、関係省庁に規制改革を迫る審議会である。例えば2021年1月の電力スポット価格の突発的な高騰の背景要因として、「公正な競争環境が未整備」と指摘した。しかし資源エネルギー庁や電取委は、競争環境は一定程度整備されていると反論し、議論は平行線を辿ってきた。

 その再エネタスクフォースは、2023年3月2日に情報漏洩・不正閲覧の問題を取り上げ、送配電事業の所有権分離を提言した4。2013年の経産省の電力システム改革専門委員会の「報告書」でも、法的分離の効果が「不十分な場合の将来的検討課題」として、所有権分離が明記されている。これまで所有権分離は、電力会社が民営の日本では難しいとされてきたが、電事法上の処分として一般送配電事業の許可を取り消せば、私的財産権の問題とは無関係に実現する。

 しかし経産省は、この提言に消極的な姿勢を示している5。情報漏洩・不正閲覧について、情報システムの問題が主因と考えているようで6、物理分割や情報端末の管理の徹底、パスワード管理の厳格化などは行うものの、それ以上の処分や構造改革などは明らかにされていない。

 いきなり一般送配電事業の許可を取り消す処分は、乱暴だということかもしれない。しかし、上記のようなこれまで当然すべきだった行為規制だけで、十分な対応になるだろうか?今回の複数の違法行為は、大手電力の経営が、低いコンプライアンス意識の下、今でも地域独占かつ垂直一貫のメンタリティーに基づいていることを示唆している。特に日本では、構造的措置なしに公正な競争環境を整備することは、困難であろう。

経済産業省は真の電力システム改革を実現できるか?

 2012年から始まった電力システム改革は、市場競争の活性化といったあるべき方向に進まず、破綻していることは否定し難い。これに責任の一端を有する経産省は、どう対応するのだろうか?電力システム改革の抜本的な見直しを行うのだろうか?

 2つの異なる方向性を持った政策を足して2で割るといったことは、霞ヶ関の伝統芸能かもしれない。しかし、2050年脱炭素を実現しなければならない時に、世界の潮流でない原子力や水素火力の振興のために、送配電網を開放せず、競争環境を整備しないとすれば、賢明な選択とは思われない。これ以上両方に良い顔をするのは、限界なのではないか。今求められているのは、欧州流の真の電力システム改革である。

 真の電力システム改革の柱は、送配電事業の所有権分離である。送配電網が公正に開放されれば、市場競争が活性化され、結果的に需給調整が合理的になり、安定供給にも寄与する。さらに所有権分離は、大手電力にとっても、自らのビジネスモデルやメンタリティーを見直す重要な機会になる。これを決断できなければ、既に周回遅れの日本の脱炭素は、永久に世界の主導権を失うだろう。今回こそ、真の電力システム改革を実現する最後のチャンスであり、経産省の決断が問われている。


1 電気事業連合会のウェブサイトには、「一般電気事業者としても、電力システム改革が真にお客さまの利益につながる改革となるよう積極的に取り組んでいきます」と明記されている。https://www.fepc.or.jp/enterprise/kaikaku/kangaekata2/index.html
2 例えば、発送電一貫であったドイツの大手電力会社RWEは、法的分離の当初には送電子会社をRWE Transportnetz Stromと命名したが、2009年にAmprionへと社名変更を余儀なくされた。
3 今回の不正閲覧の背景の1つが、災害時に小売部門が送配電子会社を応援する仕組みにあったとされる。この場合には、大手電力の小売部門が新電力の顧客情報を閲覧することが許されている。しかし欧州の送電会社(TSO)は、災害時の対応とはいえど、小売部門から支援を得て、顧客情報を閲覧させることはないという。
4 再エネタスクフォース「大手電力会社による新電力の顧客情報の情報漏洩及び不正閲覧に関する提言」(2023年3月2日)。230302energy08.pdf (cao.go.jp)
5 西村康稔経産大臣は、2023年3月3日の閣議後記者会見において、再エネタスクフォースの所有権分離の提言に対し、「結論ありきではなく、虚心坦懐に議論を進めていただきたい」と牽制した。
6 2023年3月2日の再エネタスクフォースに出席した電取委の担当課長は、厳罰化や構造改革の提案に対して、情報システムの問題との見解を示した。