Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.369 欧州連合の「E-fuel+内燃エンジン車」容認の動きを読む
~ ポルシェの戦略に乗ったドイツと、あくまでもニッチ燃料にとどまるE-fuel ~

2023年4月27日
株式会社テクノバ 研究部 研究第3グループ 統括主査 丸田 昭輝

キーワード:欧州連合、ドイツ、Fit for 55、Zero Emission、水素、E-fuel、DAC

1.はじめに

 この3月に、欧州でドイツの土壇場の反対によって2035年以降もE-fuelと内燃エンジン車が認められることになった、というニュースが世界を駆け巡った。

 それ以降、この動きは日本車にとって朗報であるとか、日本の全方位的戦略が正しかったという論調で解説する向きが多い。しかし、今回ドイツがE-fuel容認にかじをきった理由と、欧州の法整備の動きを考えると、かならずしもそうではなく、「E-fuelは高級車向けニッチ燃料」となり、日本企業への恩恵といえるものはほとんどないことがわかる。

 本稿では、欧州連合やドイツ国内での動きを参考に、今回の「E-fuel+内燃エンジン車」容認の動きの背景と日本メーカーへの影響を探る。

2.新車燃費規制をめぐる経緯と「E-fuel+内燃エンジン車」容認の背景

(1) 欧州委員会による改定案

 まず欧州の新車燃費規制であるが、現在有効な新車燃費規制は、2020年1月に発効した「CO2 emission performance standards for new passenger cars and for new light commercial vehicles」(2019/631)である。ここでは2030年目標が掲げられており、乗用車では2021年比で▲37.5%、小型商用車で▲31%という目標が示されていた(表1)。

 2021年7月に欧州委員会(European Commission:EC)は、2030年のCO2排出量55%削減を目指す政策パッケージ「Fit-for-55」の一環として、この燃費規制強化のための法案(EC案)を発表した(なお欧州連合では、すべての法案はECが策定することになっており、いわゆる議員立法はない)。このEC案では、2030年目標を乗用車では▲55%、小型商用車では▲50%と強化し、2035年目標は乗用車・小型商用車とも▲100%、つまり「ゼロエミッション車」としている。

 なおエミッションにはCO2だけでなくNOxやPM等も含むため、事実上すべてのエンジン自動車(ハイブリッド、プラグインハイブリッドを含む)が認められない方針である。また欧州グリーンディールのキーパーソンであるECのフランス・ティメルマンス上級副委員長は、早くからE-fuelは認めないという方針を示していた。

表1 欧州委員会による新車燃費規制の改定案(2021年7月。削減目標は2021年比)
表1 欧州委員会による新車燃費規制の改定案(2021年7月。削減目標は2021年比)
現行:現行の規制(2019/631) 2020年1月発効
改定案: ECによる改定案(2021年7月提案)

(2) 欧州議会と閣僚議事会での議論

 EC案は欧州議会と閣僚議事会に送られたが、まず欧州議会にて議論され、紆余曲折の議論を経て、2022年6月8日の本会議でほぼEC案を踏襲した修正案が採択された。なおこの時、同時にE-fuelを認めるべきという修正案が否決されており、欧州議会ではE-fuelは認めない方針となった。

 一方、メンバー国から構成される閣僚議事会でもEC案が議論され、2022年6月30日に、2035年の新車はゼロエミッション車という基本理念は維持するものの、PHEV技術を含む技術進展があることを勘案して、2026年に規制自体を見直すという条項を盛り込んでいる。

 このように、EC案に加え、欧州議会案と閣僚議事案が出そろうと、この3者は交渉を行い、基本合意を目指すことになる(この交渉の段階では、ドイツをはじめメンバー国間でE-fuelが議題にあがっていないことは注目に値する)。

(3) ドイツにおける「内燃エンジン+E-fuel巻き返しの動き」

 この後でドイツ国内で騒動が持ち上がる。

 現在のショルツ政権は、社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)、緑の党からなる連立政権である。企業活動を重視するFDPは、直近の地方選挙で敗北を期したこともあり、産業界活動を重視するメッセージを強く打ち出すようになった。そのようなメッセージの一つが内燃エンジン車生き残りのためのE-fuel導入であった。FDP党首であるクリスティアン・リントナー(財務相)は、欧州議会での採択の直後に行われたドイツ産業連盟の会合で、「技術の可能性を考慮し、経済秩序の重要な要素(=内燃エンジン車)を放棄すべきではない」と語っている(なお緑の党は、最初からEVのみを推進し、E-fuelを否定していた)。

 この動きの背後にいたのは、ポルシェとその親会社であるVWである。ポルシェの取締役会会長であったオリバー・ブルーム氏はかねてからE-fuelを推進しており、チリでのE-fuel製造プロジェクト「Haru Oni」を主導してきた(投資総額7100万ユーロ)。このブルーム氏は2022年7月のポルシェのWEBニュースルームで「911に非常にスポーティなハイブリッドシステムを搭載する」、「ドイツ政府の、技術に対するオープンなアプローチと、E-fuelを方策の一つに加えるという連立政権の妥協案を支持する」、「ポルシェは、E-モビリティとE-fuelというダブルEの道を歩む」と発言している。

 このブルーム氏は2022年9月に、VWでEV戦略を推し進めてきたヘルベルト・ディース氏の後任として、VWグループのCEOに就任した。これは欧州最大の自動車メーカーが「ダブルE」推進に転じた瞬間でもあり、ドイツがE-fuel容認にかじを切った瞬間である(この後、ブルーム氏とリントナーFDP党首が頻繁にコンタクトし、E-fuel推進で連立政権の意見をまとめる方針を話し合っていたことが新聞などでリークされている)。

(4) EC、欧州議会、閣僚議事会での基本合意

 その後、EC、欧州議会、閣僚議事会は交渉を行い、2022年10月27日に基本合意に達した。これによると2035年の新車は完全な「ゼロエミッション車」のみとしているが、閣僚理事会の意向で、「E-fuel」に関する記述を前文11条(Recital11)に以下のように加えている。

ECはステークホルダとの協議を通じて、2035年以降にCO2ニュートラル燃料のみで走行する車両を、EUの気候中立性目標に適合した形で、企業平均燃費とは別に登録するための提案を行う

 なお「前文」はいわば精神のようなもので、規制力はない。よって「E-fuel+内燃エンジン車」容認は、すでにこの時点で確定路線であったのであるが、その位置づけが弱かったのである(そして、この段階では、ドイツも賛成している)。

 またこの基本合意では、閣僚理事会が主張していた「2026年の規制見直し」条項もそのまま残っている。

(5) 土壇場でのドイツの更なる反対

 EC、欧州議会、閣僚議事会の3者が基本合意に達した以上、あとは形式論的な採択であったが、この「前文」問題が尾を引く。前述のように前文には規制力はない。またECが登録方法を提案するとしても、もともとE-fuelに反対なECが前向きな提案をすることは考えにくい。実際に10月28日にはドイツ機械工業連盟(VDMA)が、「EUはE-fuelで気候中立となる内燃エンジンの将来を保証する代わりに、拘束力のない前文だけを規制に採用されたが、それは何の役にも立たない」とコメントしている。

 E-fuel導入を確実にしたいドイツは閣僚理事会にて、これまでのEUの前例を覆し、E-fuelの位置づけが明確でない限り賛同しないと宣言する「ちゃぶ台返し」を演じる。ドイツは採択決議をブロックするため、否決の条件である「EU人口の65%以上の国」を集めるべくイタリア、ポーランド、チェコ、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアにも反対を呼びかけた。こうして、E-fuelをめぐって欧州理事会での法案採択がデッドロックに陥った。

(6) ドイツと欧州理事会・欧州委員会の妥協案

 この後、ドイツと欧州理事会、そしてECが議論を重ねた。3月25日にはティメルマンス上級副委員長がTwitterで、「ドイツと合意に達した」と報告している。また3月28日にはECが「Fit for 55委員会が新車規制に合意した」とホームページで発表を行っている。

 この時の発表や、のちに公開された採択法案をみるかぎりでは、法案の内容は大きくは変わっておらず、E-fuelの前文11条もほぼ同じ表現である。ただし、欧州委員会は3月28日にホームページで以下のように、ほぼ前文11条を念押しする形で、E-fuelを認めることを宣言している。

本規制は、E-fuelを次のように包含している。「ECはステークホルダとの協議を通じて、2035年以降、EU法に準拠してEUの気候中立性目標に適合した形で企業平均燃費とは別に登録する、CO2ニュートラル燃料のみで走行する車両の提案を行う」

 つまり、法案の中身は変えず、ECに「規制はE-fuelを含んでいる」と宣言させることで、E-fuelの位置づけをレベルアップさせたのである(ECは、2023年秋までにこの「CO2ニュートラル燃料のみで走行する車両の提案」を行う予定である。現状では明確な情報はないが、ドイツとECは提案の内容に関して何らかの合意を行った可能性がある)。

 なおこの直後に、独FDPはその公式Twitterで「(FDPは)我が国の持続可能な未来とより効果的で経済的にクレバーで社会的に持続可能な気候保護に貢献する。市民や企業と共に」、「私たちが実現したこと:E-fuelと気候中立なドライブ」と発表しており、その「勝利」を宣言している。

3.「E-fuel+内燃エンジン車」容認は日本メーカーに朗報なのか

 さて、このE-fuelと内燃エンジン車容認の動きは、日本メーカーに朗報なのかどうか考えてみたい。

(1) E-fuelはDAC由来CO2のみ

 E-fuel製造のハードルは高い。この一連の騒動において、EC、欧州理事会、欧州議会、FDP、ドイツ産業界が共通していたことは、合成に必要なCO2は、空気中から直接回収(DAC)したもののみが当てはまるということであった。欧州では、現在も将来も、E-fuelといえば「DAC+再エネ水素」で合成する燃料なのである。よって日本で表現されているいわゆるカーボンリサイクル燃料(化石燃料由来のCO2から合成した液体燃料)は、欧州のE-fuelには該当しない。

 なお、ポルシェがチリで製造しているE-fuelもDACを用いている。E-fuelは手軽なCO2のリサイクル(いわゆるCCU)燃料ではなく、完全なカーボンニュートラル性を確保するための高価で手間のかかる燃料なのである。

(2) 車両のエンジン・燃料供給系も改良が必要

 さらに新規制では、新車自体がE-fuelと既存ガソリン・ディーゼルの違いを判断し、既存ガソリン・ディーゼルがエンジンに供給された場合にはエンジンを始動させないようにすることが求められるようになる(正式発表ではないが、いくつかの報道がリーク的にその必要性を紹介している)。

 よって、エンジンや燃料供給系において、なんらかの追加措置が必要となる(今の内燃エンジン車がそのまま認められるわけではない)。どのような仕様が必要になるかは、今後の議論である。

(3) E-fuelの供給インフラの整備は困難

 ドイツにしても、E-fuelを全面的に普及させ、ガソリンスタンドで広く給油できるようにするつもりはないと考えられる。そもそもポルシェの意向は「911のためのE-fuel」であり、「すべての乗用車のためのE-fuel」ではない。

 第一、欧州全土で「E-fuel」を普及させるつもりなら、Fit-for-55パッケージの一環として同時に議論されている「Alternative Fuel Infrastructure Regulation(代替燃料インフラ規則)」にて、供給インフラ整備を規定しなければならない。代替燃料インフラ規則は4月14日に基本合意されているが、合意案をみるかぎりでは、EV用充電スタンドの整備やFC車両用水素ステーションの整備は規定されているが、E-fuelを汎欧州的に普及させると読める文言はない(もちろん、今後、ドイツが最終決議までにごねる可能性は残っているが、この4月に基本合意に達しているので、もうその可能性はないだろう)。

 なお3月20日に、世界的なEV推進の国際イニシアティブであるEV100はECに対して、ドイツの動きに懸念を示し、2035年までの内燃機関車両の廃止の方針を維持することを求める書簡を送っている。ここには自動車メーカーとしてはFord、Volvoが名を連ねている。よってE-fuelの普及でも自動車メーカー間に異論がある以上、汎欧州的なE-fuel供給インフラの整備は困難であろう。

(4) E-fuelは高コストを許容する高級車ユーザーの燃料

 E-fuelはコスト高である。日本の条件で計算すると、現状の水素コスト(100円/Nm3)やCO2回収コスト(32円/L)、製造コスト(33円/L)を考慮すると、約700円/Lとなり、現状のガソリンの4倍強のコストになる。日本の2030年の水素コスト目標30円/Lを用いても、E-fuelのコストは255円/Lとなり、まだガソリンの1.5倍である。

 ガソリンより高く、もちろんkmあたりのコストでも電気代より高いE-fuelは、やはり永遠に液体燃料でエンジンを駆動させたいユーザーがいる911のような高級車向け燃料にとどまる可能性がある。

 以上のようにE-fuelは、欧州でもニッチ燃料にとどまる可能性が大であり、そればポルシェ(とVW)の「E-fuelは専用サプライチェーンで供給される高級車向け燃料」として展開させるという戦略が背後にある。よって、大衆車セクメントで展開する日本メーカーが、E-fuelの恩恵にあずかることになるとは考えにくい(日本メーカーが、ポルシェのように独自にE-fuelを製造し、供給サプライチェーンまで構築してユーザーに届けるならば話は別であるが)。

4.棚からぼた餅の水素エンジン車

 今回の「E-fuel+内燃エンジン」の容認によって、普及の可能性が開けたものに「水素エンジン車」がある(よく知られているように、トヨタが熱心に開発を進めている)。

 実は2022年10月の基本合意の段階では、「水素エンジン車」が認められる可能性はほぼ無かった。それは、基本合意が強調するゼロエミッションは、CO2だけでなくNOxやPM等も含めたゼロエミッションだったからである。しかし、これが今回「E-fuel+内燃エンジン」を認めたことで、NOx等のエミッションも許容せざるを得なくなった。それは水素エンジン車を許容することにつながる。

 筆者はあくまでも欧州の乗用車の主役はEVあるいはFCVになると考えているが、仮に内燃エンジン車が生き残るにしても、それは「E-fuel+内燃エンジン車」ではなく、「水素+内燃エンジン車」になると考えている。それは上述の理由でE-fuel供給インフラが広く展開されるとは考えにくいのに対し、水素は、水素供給網を汎欧州的に普及させることが代替燃料インフラ規則で規定されているからである。ただ水素を使うなら、燃費の点でもFCVが主役になるであろう。

 (E-fuelは製造時に大量の水素を必要とする。内燃エンジン車のタンクを満タンにするだけの量のE-fuelの合成には、MIRAI 5台を満タンにできるだけの水素が必要である。)

5.まとめと今後の動き

 以上の分析の結果、欧州が「E-fuel+内燃エンジン車」容認にかじを切ったことは、決して手放しで「エンジン車が生き残った」といえるようなことではなく、ましてや日本メーカーにとって朗報のような話ではない。欧州全体の意思ではないため、「E-fuelを進めたければどうぞ、やるからにはサプライチェーンも自分で作ってね」というのが、欧州の大勢のマインドであろう。
 今後、まずはECがこの秋までに発表する「CO2ニュートラル燃料のみで走行する車両」の定義が注目される(おそらく、ドイツとEC間で何らかの合意がなされているはずである)。ただし状況は極めて政治的であり、日本としては過剰な期待をすべきではないと考える。

以上

参考資料