Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.373 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略⑤
-NSW州の「LTESAs入札」が成功裏に発進-

2023年5月25日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:オーストラリア、NSW州、脱炭素、長期電力契約(LTESAs)、最低価格入札、REDs、洋上風力FIP

 豪州脱炭素シリーズの5回目である。NSW(New South Wales)州は、5月1日に、脱炭素電源調達の切り札として導入した「長期電力契約LTESAs」の第1回落札結果を公表した。確実な導入、低コストの追及、地域効果の「三位一体」を目指して2020年に創設された制度であるが、成功裏に終結した。多くの入札があり、落札案件の「最小収入保証価格」は太陽光発電は30ドル/MWh未満、風力は50ドル/MWh未満となり、また初の「大規模8時間バッテリー」が実現した。この仕組みは、連邦政府も脱炭素設備支援制度として採用し、2023年度後半に実施される予定である。なお、日本の洋上風力R2のFIPと似ているが、事業者にも配慮している点で大きく異なる。今回は、そのLTESAsと入札結果について解説する。

1.歴史的、革新的なNSW州の脱炭素政策

10年間で10GW石炭火力を脱炭素代替

 NSW(New South Wales)州は、最大都市シドニー(最近区域変更でメルボルンが人口数で1位になった)を抱える最大州である。港湾・炭鉱都市ニューカッスルがシドニーの北方に位置する等、電力の多くを石炭火力に依存してきた。急速に老朽化が進む10万kWもの石炭火力を擁する中で、脱炭素電源への代替と、雇用維持(トランジション)が待ったなしの状況に追い込まれていた。主力石炭火力であるLiddell165万kWは2023年5月、Eraring 280万kWは2025年8月に廃止が予定されていた。廃止時期までに代替電源が間に合わないと、安定供給に支障が生じる。

スケジュール、低負担、雇用維持の同時解決

 こうしたなかで、①確実に代替電源が導入される(スケジュール)、②費用負担を低減する、③地域経済・雇用を維持する、ための仕組みが議論されきていた。同州は、既存産業寄りとされる保守連合政権であったが(2023年3月に労働党政権へ交代)、豪州のみならず世界の見本ともされる画期的な制度を考案した。それが、REDs(再エネ導入促進地域)への脱炭素設備集中立地、それを誘導するための電力支援制度LTESAs(Long Tern Energy Service Agreements)の導入である。

ロードマップ策定:再エネ12GW、ストレージ2GWを10年間で整備

 スケジュールに則った導入・廃止には、当然のことながら、合理的で信頼のおける具体的な計画の策定・運用が必須となる。NSW州は、2020年11月に青写真となる「the Renewable Infrastructure Roadmap」を公表し、立法措置も講じた。10GWの石炭火力の代替を目指し、風力・太陽光12GW、長期ストレージ2GWを整備するが、320億ドルの投資が必要と試算されている。計画を策定・運用する「The Consumer Trustee(消費者利益受託者)」としてAEMO‐Serviceを指定している。

 AEMO(Australia Energy Market Operator)は、日本のJEPXとOCCTOの役割りを併せ持つような公的機関あるが、AEMO‐Serviceはその関連組織として創設された。AEMO-Serviceは、2021年に「infrastructure Investment Objectives Report」を公表し、20年間の計画、当初10年間の入札計画を提示する。入札は、半年ごとに10年間、計20回実施される。入札ルール(ガイドライン)は、激動する情勢や入札結果をみながら適宜見直される。再エネゾーン(REDs)の形成はその前提となる。

5つの再エネゾーンREDsを整備

 REDsは、現状5区域が計画されており、うち4区域はエリアが確定している(図1)。「Hunter Central Coast」はニューカッスル市とその周辺であり、石炭からのトランジションが喫緊と課題となっている。「Central-West Orana」および「New England」はシドニーやニューカッスルに近く、再エネ資源も豊富である。「South West」は再エネ資源が豊富で、SA州やVIC州との連系線沿いに展開する。「Illawarra」は、VIC州や首都キャンベラ地区(ACT)に近いが、沖合での展開が想定される洋上風力との調整が進行中である。

図1.NSW州の再エネゾーン(REZ)
図1.NSW州の再エネゾーン(REZ)
(出所)NSW、AEMO

2.LTESAsは制度の核心

 ここで事業性、低コスト、地域貢献を実現する肝となる制度LTESAs(Long Term Energy Service Agreements)について解説する。

最低収入の20年保証で金融費用削減

 直訳すると「長期エネルギ-サービス需給に係る合意」となるが、これは、20年間重要設備(インフラ)としての資格(Social-License)を認めて相応の活動を義務付けるが、一方で最低価格(Floor-Price)を20年間保証する。これは概ね損益分岐点をカバーする収入(Minimum-Revenue)を保証するものであり、収入変動をヘッジすることで金融費用が低下する効果を生む。また、(消費者の)少ない負担でファイナンスが付く(バンカブル)効果を期待することができる。

事業の自由度、柔軟性を確約

 一方、魅力ある事業構築のために販売の自由を認める。事業者は相対取引(PPA)や市場での運用を工夫することになる。巨額の利益が生じた場合でも還元する必要はない。このコラムで何回か解説したACT(Australian Capital Territory)の差額決済制度(CfD)は、FIT価格での事業性を保証する一方で、市場価格高騰時に生じる棚ぼた利益は還元する義務があった。入札の基準価格(Strike-Price)は最低価格(Floor-Price)となり、事業採択の大きな判断基準となる。また、当制度はオプションであり、前述の様に販売の自由度(柔軟性)は高く、また発電電力量の一部に適用する申請(a contracted percentage)も認められている。公的支援の存在は、「大会社単独買い」に対する違和感を伴うが、大規模PPAの普及も視野に入れている。

REDsインフラへの十分なアクセスを保証

 一方、REDs内で落札された事業は、一定の出力抑制率以下での系統接続が保証されており(アクセス権のオファー)、収入は安定し、金融費用は減少する。REDsの形成は、脱炭素設備の分散的配置とともに系統接続の課題も解決する効果を狙っている。  

 LTESAsは、REDsの系統制約解決と相まって、消費者、事業者のwin-win関係を構築する柔軟な制度ということが出来る。なお、NSW州の脱炭素政策については、「No.368 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略③ -東部はREZ-CfDを先導し、石炭火力を代替-」にて解説しているが、再エネ支援制度について一部不正確な表現があり、同コラムを修正している。

3.衝撃の第1回入札結果

 以下、第1回入札(ラウンド1)について解説する。

2022年11月に再エネ950MW、長期ストレージ600MWを募集

 2022年9月12日にラウンド1に係る最終ルール(ガイドライン)が公表され、再エネ950MW、8時間超ストレージ600MWを対象とすることが決まった。ストレージに8時間超の条件が付されているのは、ほぼ全電源を天候に依存する風力・太陽光に代替するなかで、出力安定に寄与する長時間柔軟性が不可欠になるからである。当初は技術的に実績のある揚水が想定されていたが、不透明な建設期間や高い初期投資の懸念もあり、実績が出始めているバッテリーにも期待が寄せられるようになっていた。

 立地点は州内全域が対象である。系統接続に関しては、早期稼動を目指して、2019年11月までに接続権利を得た案件とするが、Central-West Oranaでは新たな接続権が認められる。すなわちREZsではOrana地区が先行する形となった訳である。

地域・事業者要件で1次評価、価格要件で最終評価

 事業評価は地域調整、経済波及(含むローカルコンテンツ)、立地情勢等の「地域要件」、事業遂行資質、社会資格(Social-License)等の「事業者要件」そして最低価格(Floor-Price)を含む収益性や系統確保等の「ファイナンス要件」からなる。スケジュールであるが、募集期間は11月5日~28日、地域・事業者(非価格)要件からなる1次選考(ショートリスト作成)は2023年1月、ファイアンス(価格)要件による最終選考は2023年4月頃とされた。

 応募した容量は再エネ5.5GW以上、ストレージ2.5GW以上であり、募集枠を6倍程度上回る「盛況」となった。2023年1月26日にショートリストが発表されたが、16件、総容量4.3GWの事業が採択された。そして、5月1日に最終選考結果が公表される。表1は、この5月1日に公表された第1回入札結果を示している。再エネはアジア系事業者が獲得した。特に、フィリピン系事業者が最大の勝ち組となった。ストレージは揚水を差し置いてバッテリーが獲得した。

表1.豪NSW州の第1回再エネ等入札結果
表1.豪NSW州の第1回再エネ等入札結果
(出所)NSW州(2023年5月1日公表)

再エネはフィリピンと中国の事業者が落札

 太陽光は、ACEN-Australiaが「New-England」「Stubbo」の2事業を落札(独占)した。同社は、フィリピン系の事業者で、地元事業者買収により2022年に豪州に参入した。New-Englandの720MWは、完成すれば豪州最大の太陽光発電となるが、うち400MWは最近運開しており、320㎿は建設中である。風力は中国の大手風車メーカーであるGoldwind-Australiaが、REZ適用外の立地で275MWで落札した。既に既存風力が稼働しており、系統の接続は確保していた。

 両者は、ほとんど注目されていなかった。地域貢献または最低価格あるいは販売戦略で高い評価を得たことになる。(後述の)ストレージ落札のRWEも、著名な事業者ではあるが、当入札ではあまり目立たなかった。

初の8時間超ストレージの実現、RWEのリチウムイオン電池が落札

 8時間超の「長期ストレージ」は、ドイツの巨人RWEの現地法人が50MW/400MWhで落札した。RWEはバッテリー事業は新規事業となるが、South-West地区で展開している太陽光発電事業の隣に立地する。50MWは募集容量の600MWには届かないが、豪州初の、世界でも有数の8時間バッテリーが誕生することとなった。8時間超ストレージについては、揚水も何件か入札したようであるが、落札には至らなかった。コストやスケジュール面での不確定要素が懸念されたと考えられる。

 前述の様に、8時間超ストレージでは、当初は揚水が想定されており、いくつかの事業計画も進捗していた。入札結果発表直前に、公的事業である2.0GW揚水発電Snowy2.0の工期延期が発表されるなど、揚水の退潮が予想されていた。一方、長時間容量に適し規模も大きい揚水への期待は継続しており、入札方法等を巡り、今後の対応が注目される。

基準価格(最低価格)は概ね高評価

 注目の最低価格の基準価格(strike-price)であるが、太陽光は30ドル(A$)/MWh未満、風力は50ドル/MWh未満となった。この水準は、均等化発電コスト(LCOE)の6割程度と評価された。関係者は略々一様に「資材価格高の環境のなかでは非常に低水準、これまで例を見ない低水準」と評価している。一躍主役となったACENは「最低収入の保証は金融費用低下、事業予見性向上に大きく寄与した」と州政府へ感謝の言葉を述べている。一方、制度運用者であるAEMO-Serviceは、低水準と評価しながらも「もう少し低い数字が出るかと期待していた。長期安定収入による金融費用低下効果がまだ過小評価されているのではないか」と語っている。

ラウンド2、3とR1落選者への激励

 ラウンド2は、5月22日に募集が開始されている。募集規模はR1と同様に再エネ950MW、長期ストレージは550MWである。接続手続き状況とは無関係にどこの立地点でも可能であるが、系統アクセス入札はCentral-West Oranaに限定される。第3回は、当初R2で予定されていた380MW以上2時間以上のFirming-Capacityバッテリーが含まれる。

 州政府や制度運用者のAEMO-Serviceは、「R1で選に漏れた案件は、いずれも魅力があり、R2以降で採択される可能性は十分にある。入札費用負担の軽減を含めて引き続き工夫を施していく。事業者の方も更に工夫をしてほしい。」としている。

終わりに 日本の洋上風力FIP入札との比較

脱炭素時代を切り開く歴史的な入札

 NSW州は、10年強の期間で10万kWもの石炭火力が廃止される予定であり、風力・太陽光・ストレージで代替しようとしている。明確なスケジュール、低コスト、産業振興・雇用維持という非常に厳しい3つの目標を実現するべき、多大な労力や時間をかけ、専門家の知恵を借りて対策(ロードマップ)を策定し、この5月1日にラウンド1が成功裏に終結した。

 半年ごと10年間の入札スケジュール、バンカブルファイナンスを可能とする最小収入の保証、REDsの形成と系統制約の解消、地域の理解・振興および社会責任を担保する定性評価と事業予見性を確保する事業性(価格)評価の適切な組み合わせ等により、「複雑な方程式」を上手く解いている。LTESAsを核心とする入札方式は、包括的で画期的な脱炭素導入方式との評価を受けている。これが可能なのは、当事者の危機意識・事業機会認識とともに、再エネの低コスト化、バッテリーの技術進歩と実績が大きく寄与している。

日本型洋上風力FIPとの相違

 LTESAsは、再エネ入札の価格評価としては日本の洋上風力入札ラウンド2と似ている。FIP適用ということだが、最高評価点価格(ゼロプレミアム水準)3円/kWhの導入により、この水準で入札すると必ず(価格・非価格を合わせた満点の1/2に相当する)120点を獲得できる。事実上Floor価格入札方式と言える。FIPと称しながらNWS州のLTESAsを参考にしたように見える。国民負担は短期的には抑えられるが、事業者には非常に厳しい条件である。LTESAsは陸上事業であり、豪州の再エネは競争力をもち、多くの事業がpay-as-bidで何回も入札に参加できる。彼我の相違を無視して形だけで採用したとすれば、事業者負担と消費者負担とのバランスを欠く、事業者に非常に厳しい仕組みと言える。NSW州は状況に応じて柔軟に入札ルール調整するとしており、これも参考になる。