Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.375 再エネの市場統合デザイン

2023年6月1日
千葉商科大学基盤教育機構 准教授 中山琢夫

キーワード: 再エネ市場統合、直接市場取引、FIP、PPA、DER

はじめに

 2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)から10年を経て、2022年4月から、日本でもいよいよフィードインプレミアム(FIP制度)が始まった。太陽光一辺倒的であるとはいえ、大規模水力発電を含めた再生可能エネルギー(再エネ)比率は、おおよそ20%を越える時期に差し掛かっている。日本もまた、FITによる再エネの導入促進期を経て、FIPを用いた再エネの市場統合期に入ったことを意味する。

 1978年、アメリカの公益事業規制法(PURPA:Public Utility Regulatory Policy Act)に始まったとされるFITは、大西洋を渡ってポルトガル(1988)、ドイツ(1990)、デンマーク(1992)、スペイン(1994)でも導入され、2000年代に再エネの普及に大きく貢献した。その後、世界中の国・地域がFIT制度を採用した。とりわけ、ドイツの「再生可能エネルギー法」(EEG)は、日本をはじめ、多くの国に多大な影響をもたらしたといえるだろう。

再エネ自立化のステップとしてのFIP

 再エネ比率が高まってくれば、その他の従来型電源と同様に、既存の電力市場に統合していくことが求められるようになる。電力自由化を選択している国・地域ならば、発電した電力は直接市場取引するか、相対取引で小売電気事業者ないしは需要家に直接販売するのが原則となるだろう。直接市場取引する時には、発電事業者には市場の価格シグナルに反応して発電するインセンティブが働く。価格が高い時間帯に多く売電することで、同じ1kWhの電力を高く売ることができる。

 日本では、30分一コマとして電力市場価格(卸電力取引所価格)は変動する。FIP制度では、認定を受けた再エネ発電事業者は、この電力市場に卸売りした売電価格に加え、プレミアム価格を受け取る。プレミアムの水準となる基準価格は、FITの算定額と同等に設定される。この基準価格と市場価格から算出される参照価格の差分が、発電事業者が受け取るプレミアム価格となる。FIT制度では、出力抑制がない限り全量同一の固定価格で買い取りされていたが、FIP制度では時間によって発電事業者が受け取る収入は変動する。

 この他、FIT制度では免除されていたバランシングは、FIP制度の下では発電事業者が発電量を予測し、計画値を提出しなければならなくなった。この値を外した場合には、インバランス料金としてペナルティが科される。もう一つは、非化石価値(環境価値)の取扱である。FITでは発電事業者に帰属するものは特になかったが、FIPでは発電事業者に帰属することになる。発電事業者は、売電収入とプレミアムに加え、この価値を新たに取引することできるようになる。

 FIPの対象となる電源は、50kW以上のものであれば選択可能であるが、すでにFIT認定を受けている事業も、50kW以上のものは希望すればFIPに移行することができるようになっている。一方で、2023年の段階では、500kW以上の太陽光、50kW以上の陸上風力、1MW以上の地熱・中小水力、50kW以上の液体燃料バイオマス、2MW以上の一般木質・その他バイオマスは、FIPのみの認定となっている。

 FIP制度を用いた再エネの市場統合で重要な場となるのは、前日(一日前)のスポット市場と、当日(時間前)市場である。前日(一日前)スポット市場は、計画値に基づいて発電事業者が売り札を入れる。そこで需要量と合致する点で、30分毎のコマ単価(円/kWh)が決まる、シングルプライスオークションが実施されている。この価格は、この市場内だけでなくさまざまな取引に重要な価格シグナルを出し続ける。当日(時間前市場)は、リアルタイムに近い取引が可能になることで、調整的市場としての役割も果たす。増加する変動性再エネの市場取引にとって、ますます重要な役割を果たすことになる。

 太陽光や風力といった変動性再エネはその調整を行うことが不可欠であるから、送電系統運用者(TSO)が行う需給調整の必要性が増すと考えられがちである。ところが、燃料が不要で限界費用の低い変動性再エネは、前日スポット市場で有利に約定し、生産者余剰も大きい。発電事業者は、計画値を外せばインバランス料金を支払わなければならないから、当日市場で実需給直前まで自ら調整的取引を行うインセンティブが働く。ドイツでFIPが始まってしばらくたった2014年〜2016年にかけて、TSOが行う需給調整市場における二次・三次の調整力の募集量・価格は、むしろ低下している。

コーポレートPPAの急成長

 近年、企業の需要家(買い手)と再エネ発電事業者(売り手)が直接電力購入契約(PPA: Power Purchase Agreement)を結ぶ、コーポレートPPAがめざましい成長を見せている。それには、パリ協定の目標達成への企業努力として、ESG投資への対応、RE100へのチャレンジが動機となっているが、世界の電力の最終需要の約2/3を占める商業・産業部門の企業にとっては、競争的な安い価格でクリーンな電力を得ることが重要なポイントとなる。

 昨今の電力価格高騰によって、日本でも、電力の物理的な流れとしては自家消費するような、太陽光発電のオンサイトPPAの導入が盛んに行われるようになってきた。敷地内で行うオンサイトPPAならば、発電原価と敷地内の設備維持費用だけ済み、太陽光発電設備の耐用年数期間は、系統電力を購入するよりも安くかつクリーンな電力を入手できる可能性が高くなってきた。系統電力価格の先行きが不透明な中、天候リスクを除けば、中長期に渡って安定的な価格を実現できることも魅力のひとつだろう。

 一方、敷地外から電力を調達するような、オフサイトPPAの導入も、日本でも目にするようになってきた。日本のFIP制度の特徴に、オフサイトPPAであれば、FIP制度の適用を受けることができる点がある。PPAには、従来型の相対取引である物理的PPAと、電力は発電地点・需要地点それぞれの電力市場で取引し、環境価値で差金決済(CfD:Contract for Difference)するような仮想的PPAがあるが、いずれも発電事業者にFIPのプレミアムが上乗せされれば、売り手と買い手にとってはその分有利な条件で取引することが可能になる。

 PPA、とりわけオフサイトのPPAの場合には、一定期間にわたって電力取引単価が決定される。相対方式の契約となる場合には、直接卸電力取引所を通して電力取引を行うわけではない。ただし、この電力取引単価の決定には、この卸電力市場価格、とくにスポット市場価格が重要な指標となる。また、アメリカを始めとして導入が進んでいる仮想的PPAでは、発電地点・需要地点で市場取引を行い、その価格をもとに決定されるストライクプライスに合致するようにCfD決済することで環境価値を取引するから、PPAにおける電力市場の役割は、ますます高まっていると言える。

分散型電源(DER)の市場開放

 配電系統に接続されているような、小規模のリソース、つまり家庭用の太陽光発電システムや蓄電池、電気自動車やデマンドレスポンス等は、DER(Distributed Energy Resources)と呼ばれる。これらは、電力系統のメーターの背後にある(Behind the Meter)ものとして、これまで自家消費用途を主として活用されてきた。欧米、オーストラリアなどでは、これらを可視化し、電力系統を通じて市場取引できるようにしようとする動きがある。

 その背景には、系統から電力を購入するよりも、太陽光発電で自家消費した方が安くなるというグリッド・パリティを実現する国・地域が多く見られるようになったことがある。家庭用・企業用の自家消費型太陽光発電設備の導入量もまた、世界で大きく成長している。単体は小規模でも、これらをアグリゲートして調整力的に活用できるようになれば、規模の大きく高価な火力発電設備の更新・新設が不要になり、社会経済的にみて優位になる可能性が議論されている。

 日本でもまた、東京都をはじめとして、京都府や神奈川県川崎市等、自治体が新築住宅への太陽光発電設置を義務化する動きが見られる。こうした義務化は、脱炭素化・レジリエンス向上を高めることが主たる目的である一方で、電力系統から購入する電力価格の高騰、値上げは、太陽光発電等DER導入に対する家計の大きなインセンティブとなり得るだろう。こうした家計にとってのインセンティブをさらに高めるために、DERが電力系統の安定とコスト削減に寄与できる要素を金銭的に取引可能にするような取組が、今後より求められるようになってくることが予測される。

まとめ

 FIT(固定価格買取制度)は、市場メカニズムを活用しつつ、再エネに対する投資を活発化させることが重要な目的となっていた。導入促進期において、この制度によって多くの出資や融資を受ける事が可能になり、大小さまざまな事業が生まれることになった。基本的には全量買取が義務となっていることから、発電事業者は発電したすべての電力を売電することができる一方で、直接電力市場に参加し、需要の動向までは気にする必要はなかった。

 再エネも電源構成の一定量を占めるようになると、系統安定性維持のために出力抑制が発生するような時間帯が出てくる。再エネ発電事業者も、需要の動向を見ながら発電して売電するタイミングを見計らう能力を養うような段階に入っている。日本でも採用された、市場価格にプレミアムを上乗せするタイプのドイツ型FIP(フィードイン・プレミアム)では、FITと同等の基準価格を用いて再エネに対する出資や融資を鈍化させることなく、発電事業者に需要の動向を見ながら市場取引をする能力を養うことが重要視されてきた。

 一方で、まとまった規模の需要家からは、価格競争力のある再エネ電力を求める動きが活発化している。こうした需要に応じる形で、追加性のある再エネ発電所と直接相対契約を結ぶコーポレートPPAが近年急成長している。PPA契約期間がFITと同様で、需要家の需要量がその期間変わらなければ、FITと同様の効果が望める。FITは再エネ法によって政府が価格と期間を決める契約であるのに対し、コーポレートPPAは発電事業者と需要家企業の間で、直接相対で決められる契約だと言うこともできる。日本のFIPではPPAでも適用可能とされているが、PPA価格が市場価格を下回れば、原理的にもはやプレミアムは必要ない。

 さらに、今日配電系統に接続しているようなDERの導入量も、単体では小規模であるが、全体としては大きく成長してきている。概ね自家消費や需要用途で導入されているものが多数であるが、それらの特性を活用してアグリゲートすることで、日常利用を犠牲にすることなく電力系統安定に貢献する可能性が模索されている。IoT機器の普及によってDER関連装置の可視化が進んでいる。課題は、多様な使い方をされているDER機器の使用パターンを解析し、電力系統に安定的に応用できるような技術開発と、それに応じた規制緩和を進めることになるだろう。