Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.376 反転攻勢で直面する「戦時下の原発のリスク」
/ウクライナ戦争、緊張の数か月になる

2023年6月8日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 竹内敬二

キーワード:ウクライナ、原発、戦争、ザポリージャ、原発リスク

 ウクライナによる反転攻勢が近い、あるいはすでに始まったといわれる。今後ウクライナ東部、南部での戦線が拡大するのは必至で、そうなれば現在ロシア軍が制圧しているザポリージャ原発一帯も戦闘の最前線地域になる可能性が高い。ザポリージャ原発は「戦時下の原発の危うさ」という新たなリスクを世界に示した。今後、原発周辺での攻防がエスカレートすれば「人間が原発を壊す」というこれまでになかった脅威に直面するかも知れない。緊張の数カ月になる。
(写真。ウクライナには原発大事故の過去がある。1986年に設計ミスや操作ミスが原因で大事故を起こしたチェルノブイリ原発近くには事故処理で放射能汚染されたた車両やヘリコプターが放置されていた。総数3万台と言われていた。1996年、筆者撮影)



欧州最大級原発、軍事制圧される

 「ロシアは1年前から我が国にある欧州最大の原発を占拠している。ロシアは原発を盾にして私たちの街を攻撃している」。5月21日、広島市で開かれたG7サミットの会見でウクライナのゼレンスキー大統領はこう述べた。さらにウクライナ当局はその後「ロシアはザポリージャで重大な事故を故意に起こそうとしている」との見方を公表した。

 「反転攻勢」の声が大きくなるにつれ、ザポリージャ原発に関心が集まっている。心配は原発が戦争に巻き込まれて放射性物質が放出される事故が起きることだ。最悪のシナリオは誰かが故意に原発を破壊することだ。

 ロシアは侵攻開始からほぼ一か月後の昨年3月、ザポリージャ原発を軍事制圧した。ロシア製加圧水型炉(VVER)6基をもつ欧州最大級の原発で、制圧されたとき3基が稼働中だった。このとき世界は「何をする気だ」と大いに驚いた。たとえ戦争中であっても原発を軍事的に占拠することなど、だれも予想していなかったからだ。しかし考えてみれば、戦争になれば原発は、攻める側、守る側の両方にとってさまざまな意味で重要な施設になる。

ザポリージャ原発のスタッフは半減した

 ロシア軍は占拠後、同原発内に重火器を搬入し、地雷を敷設して原発を基地化した。原発内には大量の放射性物質や巨大なエネルギーがあるので、原発からは外部を攻撃できるが、外部からは原発を攻撃しにくい。放射能の危険を人質にしているこの状況をゼレンスキー大統領は「核の盾」ともいう。

 現在原発には約1000人のロシア兵がいて、ウクライナ側の原発スタッフに圧力をかけて管理している。原発スタッフはもともと約11000人いたが、逃亡などで減り、今は約半数が残っている。

 原発は潜在的に危険な施設と認識されている。大規模な放射能事故を起こす可能性があるからだ。その原因は、原発の機器の故障、操作ミスなど人為的エラー、大きな自然災害などだ。

人が原発を壊す、新たなリスク

 しかし、ザポリージャが直面する脅威はまるで異なる。「戦争に巻き込まれて破壊される」、あるいは「武力攻撃で壊される」という人による破壊だ。こんな話は原発史上なかった。原発を持つ国の国土が大規模に侵攻され原発が占領される事態なんてだれも考えてなかったし、完成した原発がミサイルなどで本格的な武力攻撃を受けた例もない。

 ザポリージャ原発の占拠が長引くにつれ、世界の心配は深まっている。慌てて「戦時下における原発の安全をどうするか」を考え始めた。

 だれもが無力感を感じるのは国連が機能しないことだ。戦争の片方の当事国はロシアで、国連安保理の常任理事国だ。拒否権をもつため安保理でロシアを抑制する有効な決議は通らない。

 とはいえ、手をこまねいているわけにはいかない。今でも国際条約は戦争状態の原発への攻撃を禁じている。「戦争捕虜の扱い」など戦争のルールを決めているジュネーブ条約では、第一追加議定書において「危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわちダム、堤防及び原子力発電所を攻撃の対象にしてはならない」とある。しかし絶対的な拘束力がある分わけでもない。

 そこでジュネーブ条約など国際条約をさらに充実させ、IAEA(国際原子力機関)など国際機関の権限を強化して、戦争当事国の手を縛ろうという議論がでている。武力による原発攻撃を武力で止めるのは現実的でないので、こうしたソフトパワーを動員することは重要だ。戦争終結後はこの議論が盛んになるだろうが、ただ現在のウクライナ戦争の解決には間に合わない。

地政学から原発のリスクを考える

 今世界は、「ザポリージャ原発が破壊されるのでは」と心配している。しかし「原発を人間が壊す」という設定自体が本来あってはならないものといえる。原発は巨大な核分裂エネルギーと放射性物質をうまく閉じ込めて使い、人類に役立てるために開発された技術だ。だから原発をわざわざ「原子力の平和利用」と呼んで核兵器と違うきれいなイメージで育ててきた。原発は人間に壊されそうなところでは成り立たない技術だ。危険物を何とか閉じ込めている施設なので、故意に壊せば当然ながら大事故になるだけだ。

 ザポリージャの経験を経たあとは原発のリスクの考え方も変わるだろう。例えば地政学的な視点が求められる。「この地域の原発は戦争に巻き込まれないか?」ということだ。日本はインフラ輸出戦略の柱として途上国などへの原発輸出をめざしているが、輸出先の政情なども気にする時代になるだろう。「あの国・地域につくっても大丈夫か」といった視点だ。

Jアラート、日本も緊張の時代

 ザポリージャは遠い国の話に思えるが、日本も「戦争と原発」の議論に巻き込まれつつある。政府は原発を重視するエネルギー政策(GX基本方針)を掲げている。今年初め、その方針へのパブリックコメントが実施された。「原発をたくさん持てば戦争の際に狙われる」という市民からのコメントに対し、政府の答えは「原発への武力攻撃に対しては、イージス艦やPAC-3(地対空ミサイル)により対処するほか、事故対処法や国民保護法の枠組みの下で、原子力施設の使用停止命令、住民避難などの措置を準備しています」だった。

 最近では北朝鮮からのミサイルに対して警報「Jアラート」がしょっちゅう発令されている。「日本の領土、領海に落ちたら迎撃する」と状況も次第にエスカレートしている。昨年できた「国家安全保障戦略」の中でも、「原発等の重要な生活関連施設の安全確保には…攻撃などに的確に対処」として原発は重要視されている。

 いつの間にか原発も「戦略目標」として地域の緊張の大きな要素になった。周辺警備の強化の要請もある。かつて日本海沿岸に次々に原発を建設していたころにはこれほど原発の防護を考える時代がくるとはだれも思わなかっただろう。

原発、核不拡散、核軍縮。すべてで後退している

 今はザポリージャ原発の危機に目が集まっているが、世界を見渡すと、核をめぐるすべての分野の状況が悪化している。核状況はしばしば「核の拡散」「核兵器の軍縮」「原子力の平和利用(原発)の状況」という3つの分野で分析される。

 核拡散で言えば、イランの核兵器開発を縛る「イラン核合意」は米国の離脱で機能停止の状態だし、北朝鮮はミサイルや核兵器の高度化を進めている。軍縮では、ロシアは米ロ間の条約「新START」(戦略兵器削減条約)の義務履行を止めている。

 こうした核の全体状況の悪化の中で、ロシアは核兵器の使用をほのめかし、さらにベラルーシへの核兵器配備を発表した。ザポリージャ原発の危機も悪化する核状況の象徴の一つといえる。

戦争で追い詰められたら何が起きる?

 「反転攻勢」の声が高まる中で、戦争はいっそうのエスカレーション段階に入る。戦争は終わりどころか、向かう方向も見えない。今後ウクライナかロシアのどちらかが、進退きわまるほどに追い詰められたら、何が起きるのか。ザポリージャ原発でのトラブルや、核兵器の使用が現実味を帯びてくるのか。ウクライナ戦争は大変に緊張する時期に入る。