Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.377 洋上風力発電のEEZへの展開における漁業をめぐる問題-洋上風力のEEZ展開②-

2023年6月14日
(一財)東京水産振興会理事 海洋水産技術協議会代表・議長 長谷成人

キーワード:EEZ 、浮体式洋上風力、漁業、棲み分け

1.はじめに

 政府において、洋上風力発電の対象水域をEEZにまで広げるための法整備の検討が行われている。気候温暖化の影響は、漁業の世界でも、重要魚種の来遊変動、海藻が減少・消失する磯焼けの拡大などすでに深刻な状況になっている。温暖化を抑止するため必要な脱炭素が急務のこの時代に、浮体式の技術を活用しながら、国連海洋法条約に基づいて洋上風力発電の対象水域をEEZまで拡大しようというのは自然な発想で、本シリーズでも紹介されている国連海洋法条約との関係についての論点と検討の方向自体に異論はない。4月4日総理大臣官邸で第3回再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議が開催され、岸田総理は「浮体式洋上風力発電について、官民が協調し、早期に今後の産業戦略及び導入目標を策定し、国内外から投資を呼び込みます。」と述べられた。ここでは、「残された課題」の代表例である漁業との調整について論じたい。

2.避けて通れない漁業との調整

 EEZで操業しているのは、わが国で一般的に沖合漁業と分類される漁業だ。沖合漁業にも様々な漁法がある(図1)。

図1.漁業の操業概念図
図1.漁業の操業概念図
(出典:水産庁HP)

 ここで問題になるのは、多くの沖合漁業者にとって、風車の魚礁効果や施設の保守点検のための雇用創出といった、これまで風車の設置について合意が形成されてきた地区における沿岸漁業者には通用した漁業振興策が魅力を持たないということだ。例えば、浮きはえ縄の一種である近海まぐろはえ縄を例にとれば、その幹縄の長さは150キロにも及ぶ。幹縄には針のついた枝縄が2000本以上。針に餌を付けながら仕掛けを次々と海に流す作業で4~5時間。はえ縄を流し終わったら、休息・仮眠ののち、10時間くらいかけて縄を揚げ魚を収獲していく。大中型まき網であれば、いわし、あじ、さば、まぐろなどを探索しながら、魚群に遭遇すればそれを取り囲む網綱の長さは2キロ近く、網の深さは250メートルにも及ぶ。高さ147mの霞が関ビルなど楽々と、たいていの高層ビルでもすっぽり入る大きさだ。底びき網は、まさに広い海の底層を網をひきながら操業する。福島沖の浮体式洋上風力の実証研究事業で調整が大きな問題になったのは主にこの底びき網漁業であったi。いずれの漁船も、風に吹かれたり、潮に流されたりする中で漁具を操りながら漁をする。もしそこに、数多くの繋留索で支持された巨大な風車が林立すれば、風車そのものの位置のみに限らずその周辺では物理的に操業ができなくなる。実は、このような漁法による漁業が沖合漁業の主力であり、食糧安全保障の一環として国民への食料供給、特にたんぱく源供給を担う基幹漁業なのだ。

 もう一つ問題がある。沖合漁業者にとっては、一つ一つの洋上風力案件の面積は自らの漁場全体に占めるシェアとしては必ずしも大きくはない場合であっても、今後どれだけの案件と調整が必要になるのかということが示されないままに、「この案件についてだけでも個別に判断して欲しい」と個々の発電側の企業に言われてもそれは無理な相談だ。着床式も合わせた洋上風力全体として2030年10GW の次には40年30-45GWの政府目標があるが、この先どこまで拡大していくのだろうという不安が漁業界に存在する。5月29日、(一社)日本風力発電協会は、2050年に浮体式だけで60GWの電力を供給することを提案した。この提案では、風車の大型化を考えても浮体式だけで東京タワー並みの高さの風車が5000本近い勘定になるのではないか。総理が言うように官民が協調して導入目標を策定するなら、水産業界抜きの「官民協議会」ではなく、水産業界も交えた対話により、まさに協調した目標が策定される必要がある。そうでなくては案件形成が円滑に進むはずがない。

3.沖合域での操業水域の実態

 EEZにおいて浮体式洋上風力発電を進めようとするなら、漁業が密に行われ、物理的、空間的に共存が難しく漁業に「支障を及ぼすことが見込まれる」水域に発電側の個々の企業が案件形成努力を向け、いたずらにトラブルを生むだけのような非効率なことは避けなければならない。このため企業任せではなく、政府レベルで洋上風力発電施設と共存ができない漁法・漁業との棲み分けについて事前に調整を図ることが不可欠だ。そこで、岩手大石村学志准教授と武蔵大阿部景太准教授に依頼して漁船に装備されたAIS(自動船舶識別装置)のデータをもとに作成してもらった沖合域での漁業活動の概況を可視化する図を示す(図2、図3)。

図2.2018年1月1日 - 2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁船航海時間の分布
図2.2018年1月1日 - 2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁船航海時間の分布

図3.2018年1月1日 -2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累推定漁獲努力時間の分布
図3.2018年1月1日 -2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累推定漁獲努力時間の分布

 これは、違法漁船の撲滅を目指して活動する国際非営利団体Global Fishing Watchのデータをもとに、わが国漁船のうちのモニター対象船約6500隻について集計したものだ。6500隻という数字は、2021年漁船統計の総トン数ごとの漁船数に対し、15㌧以上20㌧未満の漁船では約3割、20㌧以上100㌧未満では7割以上、100㌧以上では97%をカバーするデータであり、沖合域でのわが国漁船の活動状況を相当程度反映している。図1の航海時間には、漁撈活動中だけでなく漁場と港の往復航、探索活動なども含み、図2の漁獲努力時間については、機械学習漁獲行動解析による推定による。全般的傾向を示すためここではすべてのデータを合算して示しているが、漁法別の分析も当然可能だ。

4.わが国EEZの現状についての漁業面の補足

 図2及び図3は、わが国が向かい合っている外国との間で中間線原則に則り設定しているEEZをベースに作成しているが、見て頂ければわかるように、その中には、北方四島水域のような係争水域を含む。わが国のEEZは向かい合っている外国との間の境界が長年にわたり画定できないでいる。その理由は、領土問題のほか、日ロ韓などと違いEEZの境界線について中間線原則をとらない中国との考え方の違いや北朝鮮との間のようにそもそもの外交関係の不存在など難しい問題が並ぶ。

 日韓漁業協定や日中漁業協定では、漁業に関することだけではあるが、わが国の主権的権利を行使できない(相手国漁船を取り締まれない)水域が広く定められ、排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(漁業主権法)では、取締りを控える水域が政令で定められている。例えば、東シナ海のわが国EEZでは、わが国漁船の操業実態が薄いことが図3から見て取れるが、現実の洋上は中国漁船が事実上占拠している実態があることは、漁業関係者以外も知っておくべき現実だと思う。

5.おわりに

 洋上風力発電の漁業への影響については、このような操業への物理的、空間的な直接的影響のほかにも、風車が林立した場合の魚の回遊への影響予測が難しいといった問題などもある上、今後さらに、さんまをはじめ多くの魚種で起こっている海洋環境の変化による漁場の変動ということも想定されるから、過去漁船が航海しない空白水域なら支障は見込まれないと断言できるものでもない。しかしながら、まずは政府が、EEZへの展開についての法制的な検討と並行して、「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれる水域」を見出すために最大限の努力を払うとともに、個別案件ごとの打診ではなく対象となる漁業者の関係するすべての計画を示すことが必要だと考える。

著者紹介

一般財団法人東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長 長谷 成人氏
1957年生まれ。1981年北大水産卒後水産庁入庁。資源管理推進室長、漁業保険管理官、沿岸沖合課長、漁業調整課長、資源管理部審議官、増殖推進部長、次長等を経て2017年長官。2019年退職。この間ロシア、中国、韓国等との漁業交渉で政府代表。INPFC、NPAFC(カナダ)、宮崎県庁等出向。


i 東京水産振興会「水産振興コラム 洋上風力発電の動向が気になっている 第7回沖合域の漁業と浮体式洋上風力発電(福島沖を事例として)」