Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.382 GX脱炭素電源法:原子力回帰政策を問う

2023年7月6日
長崎大学核兵器廃絶研究センター 教授 鈴木達治郎

キーワード:脱炭素電源法、原子力政策、運転期間延長、次世代革新炉、原子力基本法

はじめに

 電力の安定供給と地球温暖化対策の重要な選択肢として、原子力発電を最大限に活用するという趣旨の「GX(グリーントランスフォーメーション)脱炭素電源法」が2023年5月に成立した1。原子力政策についていえば、許認可期限を超える運転期間の延長、新設(更新)のための政策導入、次世代型革新炉の研究開発、原子力産業基盤の維持・強化への支援など、福島第一原発事故以降の政策の大転換を明示した法律が成立したのだ。果たして、この政策に合理性・正当性はあるのかを検証する。

運転期間延長問題:科学的合理性の欠如

 東京電力福島第一原発事故後に改正された原子炉等規制法(炉規法)の下では、原子炉の許認可期限(運転期間)は運転開始から40年を上限とすることが原則となっており、例外的に60年までの延長が認められている。この規制には、脱原発を促進するというエネルギー政策からの観点もあったが、「機器の劣化」などを考慮した科学的根拠も説明されていた2

 今回の政策は、許認可期限を超えて「通常の停止期間以外で安全審査や地元合意などで長期に運転停止されている期間」について、運転を延長することを認める、という規制変更を求めたものである3。これに対し、原子力規制委員会は、2020年7月の見解文「発電用原子炉施設の利用をどのくらいの期間認めることとするかは、原子力の利用の在り方に関する政策判断にほかならず、原子力規制委員会が意見を述べるべき事柄ではない。」を引用して賛否のコメントを控えた。しかし、実はこの見解文には、当時寄せられていた電気事業者からの同様の要請に対し、「運転期間に長期停止期間を含めるべきか否かについて、科学的・技術的に一意の結論を得ることは困難であり、劣化が進展していないとして除外できる特定の期間を定量的に決めることはできない。」として、その要請を断っているのである4。自らの見解に基づけば、科学的根拠を持って、この規制変更を断ることもできたはずであり、少なくとも「ノーコメント」である必要もなかった。

 さらに、本政策が公式に発表される前から、この政策変更により炉規法をどのように改正すればよいかについて経産省と規制庁で検討を始めていたことが明らかになった5。これ自体、原子力規制委員会の「独立性」に疑いを生じる事実であったといえる。

 そもそも、現在運転中あるいは安全審査中の原子炉で、60年の運転期限を迎える時期はまだ10年以上も先である6。近々のエネルギー情勢に影響を与えるものでもない。政策プロセスとしても、政策実施のタイミングという意味でも、十分な合理性があったとは言えない。十分な議論を経てからの政策変更であってもよかったのではないか。

次世代革新炉への支援の合理性:運転期間延長との矛盾

 次に重要な政策が、「次世代革新炉」と呼ばれる新型炉の「新設(更新)」である。一般論でいえば、既存原発を運転延長したほうが、新設よりも経済性があると考えられるので、前項のように炉規法が改正されれば、60年以上も運転を延長する方が合理的だ。一方で、政府の述べているように「次世代革新炉」の方が、安全性の面でも経済性の面でも優れているのであれば、運転延長は合理的な判断ではなくなる。したがって、「運転延長」と「新設(更新)」は、そもそも矛盾する政策と考えられるのである。

 また、いずれにせよ原発の運転延長や新設に経済的合理性があるのだとすれば、法改正でのべられている「事業環境整備」(原発支援政策)は必要ないことになる。事業環境整備の必要性を電気事業や経産省が主張しているのだとすれば、原発の維持・拡大は経済的合理性がないことになる。この点における根拠あるデータも説明も示されていない。

原子力基本法に原子力産業支援:「国の責務」を明記する危険性

 原子力基本法は、1955年に成立したいわば原子力の憲法ともいえる法律であり、第2条の基本方針において「自主・民主・公開」の3原則と平和利用担保を規定している、非常に重要な基本法である。1956年の原子力白書には「この法律自体が国民の権利義務を直接規制するごとき実体法としての効力を有するものではない・・・詳細は別に法律で定めるところによる」としており、規制や政策を書き込むことは考慮されていなかった7。ところが、今回は、第1条の目的に「地球温暖化防止」を書き込み、第2条の基本方針に「運転期間延長」や「新設(更新)」のための「事業環境整備」を行うこと、「原子力産業基盤の維持・強化」等が「国の責務」であることを追加する改正案となっている。これは基本法の精神に合致するものではなく、むしろ弊害をもたらす可能性がある。

 基本法に書き込むことの意味は、今後原子力政策の基本方針として、原子力の将来がどう変わろうと「事業環境整備」が国の責務として位置付けられる、ということである。上記に述べたように、事業環境整備の必要性・合理性は現時点でも根拠があいまいであるし、ましてや将来の原発維持・拡大の合理性・必要性についてはもっと不透明である。それにもかかわらず基本法に書き込むことで、かえって政策の柔軟性を欠くことになり、国民にとって不必要なコスト負担をもたらす可能性もある。

原子力政策の再検証を

 以上、GX脱炭素電源法、特にその中での原子力政策についての合理性について述べてきた。運転期間延長と次世代革新炉への支援政策については、その科学的・経済的合理性には疑問符が付く。それどころか、原子力基本法を改正して、原子力産業支援を「国の責務」として明示するという、将来にわたって原子力政策の柔軟性を奪い、国民に多くの負担を負わせる可能性も指摘した。脱炭素政策としての合理性、必要性を問うのであれば、政策の根拠を明らかにし、十分な議論を行うことが必要ではないか。

 福島原発事故の教訓を忘れたわけではないだろうが、事故直後は「原子力政策をゼロから見直す」べく、徹底した国民的議論を行った。今回、原子力政策を大きく転換させるのであれば、事故の反省をもう一度踏まえて、原子力政策のゼロからの再検証が必要と考える。このままでは非合理的な政策により、国民負担が増えるだけである。


1 日本経済新聞、「原発運転『60年超』可能に GX電源法が成立」、2023年5月31日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA307UX0Q3A530C2000000/ 
2 縄田康光(経済産業委員会調査室)、「原発の『40年ルール』とその課題―廃炉と運転期間延長の選別が進む―」、立法と調査、No. 381, 2016年10月、pp.55-66. https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2016pdf/20161003055.pdf
3 当初、経産省は、「40年、60年」の許認可期限そのものの撤廃も目指していたと報道されている。
4 原子力規制委員会、「運転期間延長認可の審査と長期停止期間中の発電用原子炉施設の経年劣化との関係に関する見解」、令和2年(2020年)7月29日。https://www.nra.go.jp/data/000323916.pdf 
5 岩井淳哉、「経産省との非公開面談、原子力規制庁で割れる評価」、日本経済新聞、2023年1月15日。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA069OJ0W3A100C2000000/ 
6 2023年3月現在、40年寿命を超えて運転許可を得ている原子炉は4基ある。最も古い原子炉は関西電力の高浜1号で1974年運転開始。60年までにはまだ12年ある。
7 原子力委員会、「原子力白書 昭和31年版」、昭和32年12月。http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/hakusho/wp1956/index.htm