Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.383 コンピューターシミュレーションによる将来予測と政策決定

2023年7月13日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 安田 陽

 筆者はいくつかの国際機関の専門委員や議長を務める身として、講演や各種媒体、ソーシャルメディア(SNS)などで国際機関の動向や最新成果物の内容を日本の方々向けに紹介することがあります。例えば図1や図2に示すように、種々の国際機関は「2050年における世界の電源構成における再エネの比率は約9割になる」という将来予測をしています。その際、「世界ではコンピューターシミュレーションで将来予測をしています」と言うと、割とびっくりされたり、「そんなことができるのか?」「当てにならないのでは?」という懐疑的なご意見を頂いたりします。

図1 国際エネルギー機関(IEA)による2050年までの電源構成の推移
図1 国際エネルギー機関(IEA)による2050年までの電源構成の推移
(参考) IEA: Net Zero by 2050 (2021) のデータより筆者作成

図2 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による2050年までの電源構成の推移
図2 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による2050年までの電源構成の推移
(出典) IRENA: World Energy Transitions Outlook 2023 – 1.5°C Pathway (2023)
(PES: 現行エネルギー計画シナリオ, 1.5-S: 1.5°Cシナリオ)

 世界では(特に国際機関では)このようなコンピューターシミュレーションが政策決定の際に大いに参考されています。その事実を紹介すると単純に驚く人が少なからずいるということは、そのようなニュースや情報がメディアやSNSで殆ど流れておらず、多くの人が「知らされていない」状態にあるのではないかと推測できます。また、科学とは、単に自分の考えと同じか違うか、結果が好きか嫌いかではなく、本来、方法論が重視されます。懐疑的なご意見は、科学的方法論のあるべき姿が何かということをやはり「知らされていない」からかもしれません。そんな混沌とした現在の日本の中で、科学的な将来予測や政策決定のあり方について論じてみたいと思います。

コンピューターシミュレーションと不確実性

 因みに、今回の一般向けコラムでは敢えて「コンピューターシミュレーション」と言う表現を使っていますが、一般に研究者の間では「数値計算」「数値解析」という用語が専ら使われます。「シミュレーション」は元々「模擬」を意味し、縮小模型を使った模擬実験も含まれますが、現在ではモデル式を計算機上で解いた方が手っ取り早いため、シミュレーションといえば主に数値解析のことを指すのが一般的です。模擬であるが故に、実際の現象とは必ずしも完全に一致するわけではなく、不確実性が存在するというのが大前提となります。この不確実性は「誤差」と呼ばれます。

 さて、筆者が専門とするエネルギー・技術の分野では、さまざまなコンピューターシミュレーションが発達しています。例えば、筆者の専門の一つである耐雷設計の場合は、数マイクロ秒(10万分の1秒)オーダーの過渡電磁界現象(雷)を扱うため、計算刻み幅数ナノ秒(1億分の1秒)程度で数百マイクロ〜数秒程度の対象期間の演算を計算機(コンピューター)上で模擬(シミュレーション)したりします。

 また、送電網のシミュレーションの場合は、三相交流(正弦波)をオイラーの公式で複素数に変換し、複素ベクトル行列にしてその逆行列を解くことにより、三相交流の電圧・電流波形の挙動を再現します(直流近似した潮流計算の方法もあります)。系統事故のような過渡的現象を模擬する場合は数ミリ秒刻みで数分間の対象期間を計算し、年間の需給バランスを見るような場合は1時間刻みで8760時間(=24時間×365日)の対象期間のシミュレーションを行うのが一般的です。

 図3および4に、エネルギーシステムの将来予測をするためのさまざまなシミュレーションモデルやそのタイムスケールの関係を示します。前述の2つの例は、タイムスケールが最も短いレベルでの解析であることがわかります。

図3 エネルギーシステムを模擬するさまざまなシミュレーションモデル
図3 エネルギーシステムを模擬するさまざまなシミュレーションモデル

(出典) IRENA: 再生可能な未来のための計画 (2018)

図4 シミュレーションのさまざまな構成要素とタイムスケール
図4 シミュレーションのさまざまな構成要素とタイムスケール

(出典) IRENA: 再生可能な未来のための計画 (2018)

 このようなコンピューターシミュレーションは工学の分野ではもはや当たり前に使われています。しかし、同じコンピューターシミュレーションでも、コストを考慮した経済学的手法が入ったり、数年先あるいは10~30年先を対象とした数値計算では、意外なほど多くの人が「そんなバカな!」と疑問に思ったり、懐疑的に思ったりするようです。

 もちろん、計算をする対象が遠い未来であればあるほど不確実性が高くなりますが、それは「当てになる」対「全く当てにならない」の0か1かの二元論ではありません。その間に「ある程度はあてになる」という状態が幅広く存在し、誤差の「程度」がどのくらいか、どのくらい実際に応用して有用か、が本来議論されます。

 実際、前述の耐雷シミュレーションもそのモデルの模擬が現実の現象と合致しているのか否かは常に議論されています。多くの場合、現実の雷放電とは異なるとても単純化された雷の模擬波形を使いますし、自然現象が相手であるために実際に観測が困難なケース(例えば日本にはまだ非常に少ない洋上風車への落雷の実測)もあります。誤差が非常に多い場合もあります。だからと言って「当てにならん!」と切り捨てられるわけではなく、そのような不確実性を考慮した上で「ある程度」の有用性を考えながらモデルが提案され、現場で応用され、場合によっては改善・精緻化が進みます。これが科学の進歩です。

 この不確実性を考慮した「ある程度」の信頼性は、例えば、安全係数(尤度)であったり、感度解析(パラメーターを変化させてその結果に与える影響を予測する)だったり、マルチシナリオだったり、確率指標といった形で表されます。このような方法論は工学の分野ではお馴染みです(余談ですが筆者も確率密度関数を用いた雷リスク評価の論文を書いたこともあります)。つまり、コンピューターシミュレーションの重要な点は、それが当たるか当たらないかという占いのような二元論ではなく、「不確実性」をどれだけ考慮してモデルや計算に織り込むかという点にあると言えます。

エネルギー技術・経済モデルの国際動向

 前述の図1や図2は国際再生可能エネルギー機関(IRENA)の2017年に発表された報告書(日本語版は2018年)ですが、この報告書ではさまざまなエネルギーモデルが紹介されています。特に図1の「長期エネルギー計画モデル」や「地理空間計画モデル」、「発電コストモデル」に相当するモデルとして、TIMESやBALMORELなどの世界的に有名なモデルが挙げられています。このモデルを使ってコンピューター上でシミュレーションをしているわけです。

 特にTIMES (The Integrated Markal-Efom System) モデルは、国際エネルギー機関の技術協力プログラムのひとつであるIEA-ETSAP (Energy Technology Systems Analysis Program) の活動として開発されているエネルギーモデル開発環境 であり、最適な技術の組み合わせ、投資時期、投資金額、価格、排出量などの算出を行う技術モデルです。線形計画法、混合整数計画法、二次計画法などを組み合わせ可能な最適化開発ソフトウェアCPLEXにより最適化問題を求解でき、単に工学的技術だけでなくコストも含めた経済学的な最適化を行うことができるのが特徴です。このTIMESの開発には日本人研究者も参加しています。

 このTIMESモデルは、米国エネルギー省(US DoE), 欧州連合(EU)の欧州委員会共同研究センター(EU JRC), 英国エネルギー・気候変動省(UK DECC)など、各国の政府・研究機関を中心に幅広く利用されています。さらに、本コラム冒頭で紹介したIEA, IRENAの分析でも用いられています。

 さらに、国際的にはこのようなエネルギー技術・経済モデルはしのぎを削る開発競争となっており、例えば図5に示すように電力システムの詳細解析を含む工学モデルと、コストや投資を含む経済モデルの融合が始まっています。日本の研究者も個別に頑張ってはいますが、このような国際的な開発競争において日本は蚊帳の外になりつつあります。そもそもこのような国際動向がメディアには殆ど取り上げられず、多くの日本の人々が時代の最先端の情報を「知らされていない」状態にあります。AIやロボットやドローンと同じく、エネルギーシステムのシミュレーションの分野も(特に工学系だけでなく経済も含めた社会科学系も)目覚ましい勢いで進歩しているということは、もっと多くの人に知ってもらいたいと思います。

図5 経済モデルと電力系統運用モデルの統合
図5 経済モデルと電力系統運用モデルの統合
(参考) N. Helisto et al.: Including operational aspects in the planning of power systems with large amounts of variable generation: A review of modelling approaches, Energy and Environment (2019) より筆者翻訳して再構成

根拠に基づく政策決定(EBPM)とコンピューターシミュレーション

 IRENAの報告書に戻ると、「本報告書の主な対象である読者層は、電力会社内の部門責任者などエネルギーに関する意思決定者、ならびに新興経済国の政府、電力会社、および規制機関に所属し、シナリオベースの電源増設の長期計画を担当するエネルギー計画の実務者や職員である」(同書p.21)と明記されており、上記のモデルによる計算結果は政策決定や産業界の意思決定に役立てられることがそもそもの前提となっていることがわかります。

 「科学技術立国」日本では、工学系のシミュレーションに異論を挟む人は少ないものの、コストや投資などの経済学的要素が入ると途端にシミュレーション結果を無視して自論展開を始めたり、「当てにならない」としてシミュレーションそのものを否定ないし軽視する言動も多くみかけます。本来、社会科学も科学の分野の一つであり、そこで用いられる方法論自体が科学的です(一方、「科学技術」は英語では “science and technology” と表現され、技術と科学はあくまで別物という考え方に立脚しています)。更に近年は根拠に基づく政策決定(EBPM)という用語も市民権を得つつあり、日本でも少しづつですが政策決定に科学的根拠や科学的方法論を取り入れようという動きもあります(旗を振っているだけで進んでいないという指摘もあります)。

 特に日本では長らく、政策決定は数の力や声の大きさ、あるいは密室やアンダーテーブルでの不透明な決定が当たり前かのように思われてきました。しかしながら、上記で紹介した報告書のように、今や21世紀は、政策決定も科学的方法論に基づく時代なのです。特に国際連合(国連)を始め、IEAやIRENAなどの国際機関、さらにはEUのような国家の集合体のような巨大な国際組織は、ただでさえ民族や言語や文化が異なるため合意形成が難しく、それ故に円滑で効率的な合意形成するために「科学的手法」を出発点にすることが大前提となります。もちろん、政治的な駆け引きや必ずしも産業界からの科学的ではないロビーイングの圧力もあるでしょうし、必ずしも理想論通りには進まない部分もあります。しかし、理想論通りに行かないからといって全てがカオスでなんでもありの世界ではなく、科学という土俵からできるだけ外れないように不断の努力を払うことが、特に国際機関でこそ必要となります。

 EBPMは単なる理念や掛け声だけでなく、具体的な方法論が必要です。多くの場合、EBPMには費用便益分析(CBA)が評価手段として用いられており、ある手段や技術を採用した場合にそれを実現するためのコスト(C)はいくらか、それを採用したことによって得られる社会的便益(B)がいくらかを試算し、BがCを上回った際にその手段や技術を採用することが正当化されます。ここで「正当化」というと、日本語ではすっかりネガティブな意味すら持つ汚れた言葉になっていますが、英語では正義と公正の女神であるユースティティア(テーミス)を語源とする “justified”という表現が用いられるという点が重要です。

 CBAは日本でも土木や公共事業の分野で導入されていますが、海外では電力・エネルギー分野でも法律レベルで要求されている国や地域も多く、何より政策や規制評価(規制影響評価, EIA)の手段としても使われています。また、意外なところでリスクマネジメントもCBAの考え方が必要とされており、実際にJIS Q 3100:2019『リスクマネジメント -指針』(原文はISO 31000:2018)では、

  • 最適なリスク対応の選択肢の選定には,目的の達成に関して得られる便益と,実施の費用,労力又は不利益との均衡をとることが含まれる。 (6.5.2)
  • 対応計画で提供される情報には,次の事項を含めることが望ましい 。(6.5.3)
    • 期待される取得便益を含めた,対応選択肢の選定の理由
(以下略)

などと費用と便益の評価が推奨されています。気候変動もエネルギー危機も地球全体に迫り来る巨大なリスクのうちの一つであり、それに対処するためにはリスクマネジメントを含む科学的方法論が必要となります。CBAなどの定量評価や科学的根拠のない意思決定は、それ自体がリスクとなります。

日本における議論と今後のあるべき姿

 もちろん、日本も全く何もやっていないわけではなく、例えば電力広域的運営推進機関 (OCCTO) が今年3月に発表した送電網増強の「広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)」には、CBAの手法が取られ、不確実性を考慮した感度分析も行われています。このマスタープランは、その後日本政府の「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」にも組み込まれましたが、CBAの形跡が殆ど見られない透明性の低いGXの政策決定の中では殆ど唯一と言ってよいほどの例外だと言えるでしょう。

 さらに、GXに遡ること2年前の「第6次エネルギー基本計画」の議論の最中には、図6に見られるような国内さまざまな機関によるコンピューターシミュレーションの試算結果が政府の審議会で比較検討されたこともありました(このうち、本コラムで紹介したTIMESを用いた試算結果もあります)。これこそEBPMの好例とも言える事例ですが、メディアでも殆ど取り上げられず国民の耳目も惹かず、このような比較的検討がその後のエネルギー基本計画にGXにどのように反映されたのかは不透明なままとなっています。

図6 基本政策分科会での議論
図6 基本政策分科会での議論

(出典) 経済産業省 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会: 2050年シナリオ分析の結果比較, 第45回会合資料1 (2021.7.13)

 冒頭でお伝えした通り、世界では(特に国際機関では)コンピューターシミュレーションで将来予測し、政策決定に役立てています。日本は(一部ではその試みはあるものの)、そもそもそのような国際動向があること自体が国民に知らされておらず、その必要性すら十分な議論が進んでいない状況です。「政治」といえば鶴の一声や数の力やアンダーテーブルや中抜きだと思い込んでいる(思い込まされている)人も多く、そもそもまずコンピューターシミュレーションによる定量評価を行って科学的方法論に基づいて意思決定しようという理想論があることすら多くの人が知らされていません。理想論だけでは現実は解決しないよ…という声も特に日本では多く出がちで、国連をはじめとする国際機関の方針がしばしば理想論に過ぎると批判されることもありますが、理想論が語られないとズルも不正も何でもありのカオスにしかならず、特にエネルギー問題では大きな外部不経済が垂れ流されたままの現状維持の言い訳に使われがちになってしまいます。

 EBPMや科学的根拠に基づく意思決定は、天から降ってくるものでもありませんし、「お上」による上位下達を指をくわえて待つものでもありません。国民がこの問題に関心を持ち、それを政策決定者に常に要求することが重要です。また、メディアも一次資料にあたりながら国際動向を国民に紹介し、良い取り組みについては評価し、未達や不作為があれば厳しく指摘するというジャーナリスティックな姿勢が必要です。日本の政策決定や意思決定に、科学が足りない。意思決定の方法論の時点で日本は先進国にあるまじき状況にある、という認識から我々は出発しなければなりません。

(キーワード:エネルギー技術経済モデル、根拠に基づく政策決定(EBPM)、不確実性)