Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.385 電力小売全面自由化:家庭と小規模事業への影響と将来の課題

2023年7月28日
京都大学大学院経済学研究科再エネ経済学講座 特定助教 張 砣(ちょう た)

キーワード: 電力小売全面自由化、操作変数法、証拠に基づく政策評価方法

 2016年4月から施行された低圧電力小売市場の完全自由化政策(小規模事業や家庭用電力を対象とする)は、電力市場改革の重要な一環である。この政策は、旧大手電力10社が地方市場における独占的地位を打破し、低圧電力市場への参入障壁を低下させ、新たな小売電気事業者の参入を促進し、市場競争を活性化し、小規模事業と家庭の電力価格を下げることを目指している。しかし、2016年以来、電力市場の各面で大きな変化が起こっている。したがって、証拠に基づく政策評価方法(Evidence-based Policy Assessment Methods)を用い、小売電力自由化政策の効果を定量的に評価し、未来の政策の方向性を明らかにする必要があると考えられる。

政策の背景と進行状況

 政策が実施されてから約7年間にわたり、新たな小売電気事業者の低圧電力市場への浸透率(市場シェア)は徐々に向上してきた。2023年3月時点で、全国の新電力小売業者の家庭用電力市場に対する平均浸透率は24.55%、低圧電力市場に対する平均浸透率は17.19%、そして全販売電力量(高圧及び超高圧を含む)に対する平均浸透率は17.65%にまで上昇している。

 資源エネルギー庁が2022年に発表した政策報告1によれば、小売電力の全面自由化政策が家庭用電力のコストを下げる影響があったと推測されている(図1参照)。Joskow(2006)などの先行研究も、小売電力の自由化が実際に小売電力価格を減少させる効果があることを示している。

 しかし、2016年以降、小売電力価格に影響を及ぼす要因は大きく変動しており、例えば、ロシアとウクライナの対立の影響を受け、平均燃料費調整単価は、2016年4月の-3.25円/kWhから2022年12月の9.19円/kWhへと上昇した。また、再生可能エネルギーの大量導入により、電力システムに安価な電力を提供している一方で、再エネ賦課金は2016年の2.25円/kWhから2022年の3.45円/kWhへと増加している。

 以上のような複雑な状況を鑑みて、新電力の市場浸透率が低圧電力(小規模事業用電力と家庭用電力を含む)の価格に与える影響を厳密な実証分析を通じて定量的に研究する必要性を認識している。そこで、本研究では日本の小売電力市場のモデルを構築し、電力・ガス取引監視等委員会から提供されたデータを使用し、2016年4月の小売電力全面自由化以降に小売電力価格に影響を与えた要因を定量的に分析する。

図1 2010年から2022年までの家庭用電力(電灯契約)と産業用電力(電力契約)の小売価格推移
図1  2010年から2022年までの家庭用電力(電灯契約)と産業用電力(電力契約)の小売価格推移
注:この期間中、家庭用電力の単価は約25%上昇し、一方で、産業用電力の単価は約58%上昇した。出典:資源エネルギー庁(2022)『電力・ガス小売全面自由化の進捗状況について』

モデルの構築と因果関係の識別戦略

 本研究では図2に示すような日本の小売電力価格モデルを構築した。小売電力価格のコストは、卸電力価格、送電コスト、小売企業の労働コスト、再生可能エネルギー料金の追加、およびその他の運営コストという5つの部分に分けられている。

 その中で、卸電力価格は新たに設立された小売電気事業者が卸電力市場から電力を購入するコストを指し、小売電力コストの61%を占めている。送電コストは地域外から輸入される電力により算出される。小売電力会社の雇用コストは、都道府県が公表する小売業の月平均賃金により評価される。再生可能エネルギー発電促進賦課金は2016年の2.25円/kWhから2022年の3.45円/kWhまで増加し、それゆえ小売電力価格に影響を与える重要な要素となっている。本研究で使用された双方向固定効果モデルにより、時間の経過と共に変化しない地域特性や地域によって変化しない時間特性も、固定効果パラメータを通じて制御されている。

図2 小売電気価格のコスト構造、実証分析のフレームワーク、代理変数、および対応するデータソース
図2 小売電気価格のコスト構造、実証分析のフレームワーク、代理変数、および対応するデータソース

 上述した二方向固定効果モデル推定には潜在的な問題が存在する。それは、小売電力価格が高い地域では新規の小売電力会社が多く設立される傾向があるという事実である。つまり、本研究が推定しようとするのは小売電力会社の導入が小売電力価格に与える影響であるが、上述した逆方向の影響が存在するため、推定値が真の値と異なるバイアスが生じる。それを修正するために、本研究では操作変数法を採用している。

 電力小売市場の競争についての文献でよく取り上げられる概念の一つが、消費者の古い供給者から新しい供給者へ移行する際の転換コスト2(Switch Cost)である。そこで本研究では、地域外から転入した家庭数を新規設立の小売電力会社の市場シェアの操作変数として使用した。これは、家庭の転入決定が一般的に小売電力価格とは無関係であり、転入後の消費者は、転換コストが低いため、新電力会社に切り替える可能性が高いからである。図3に示すように、毎年の4月から6月は転入が多い時期で、この時期に新電力の契約数およびシェア率が最も急速に上昇している。そのため、転入者数は新電力のシェア率の操作変数として利用可能である。

図3 新電力取引量の小売市場シェア
図3  新電力取引量の小売市場シェア
注: 各年の4月、5月、6月は引越しをする人々が多いため、この時期に新電力会社との契約数および市場占有率の上昇が最も顕著であることがわかる。

自由化政策の効果

 電力小売自由化政策には低圧電力と低圧電灯の二つの契約が含まれいる。それゆえに、これら二つの契約を個々に推定する必要がある。以下では、二つの契約の特性を比較しながら説明する。低圧電力契約は、供給電圧が200V以下、供給力が50kW以下の電力契約を指す。そして、それは低圧電灯と低圧電力の二つに区分できる。低圧電灯契約は単相電流で、一般家庭に適している。一方、低圧電力契約は三相電流で、大型電化製品(例えば業務用冷蔵庫、エレベーターなど)を使用する小型商業施設や小型店舗に適している。電力・ガス取引監視等委員会が公開した2022年10月のデータによれば、低圧電灯契約の販売額は低圧契約の総販売額の87%を占め、全国の総電力消費量の35%を占めている。一方で、低圧電力契約は全体の低圧契約の13%しか占めていない。

家庭向けの電気料金(低圧電灯契約)への影響

 全国的に見ると、2016年4月から2022年10月までの間に、新電力会社の販売電力が家庭電力消費比重が28%に上昇しました。この結果、操作変数回帰の分析によれば、全面的な自由化政策により、家庭用電力の単価は0.889円/kWh低下すると予測される。2022年の家庭一つ当たりの年間電力使用量が3273kWhと仮定した場合、電力小売自由化政策により、各家庭は年間で電力負担を2909円削減することができる。しかしながら、新電力会社の浸透率の地域差により、この効果は明らかに異なる。東京地域では新電力会社の浸透率が最も高く、2022年10月には37.16%に達した。本研究の推定によれば、自由化政策により東京地域の家庭用電力価格は1.285 円/kWhに低下した。一方、新電力会社の市場浸透が遅い北陸地域では、この価格低下効果は0.220 円/kWhにとどまっている。

小規模事業用電力価格(低圧電力契約)への影響

 本研究では、自由化政策が低圧電力契約の平均小売電力価格に与える影響も評価した。全国的に見ると、2016年4月から2022年10月までの間に、新電力会社の販売電力が小規模事業用電力消費比重が22%に上昇しました。したがって、操作変数回帰の結果に基づき、全面的な自由化政策により小規模事業の電力消費単価は1.10 円/kWh低下すると予測される。これも新電力会社の市場浸透率の地域差により、効果が異なる。関西地域では新電力会社の浸透率が最も高く、2022年10月には30%に達した。そのため、本研究の推定によれば、自由化政策により関西地域の小規模事業の電力価格は1.51 円/kWh低下したと考えられる。しかし、新電力会社の市場浸透率が遅い北陸地域では、この価格低下効果は0.55 円/kWhにすぎない。

図4 推定される電力小売全面自由化政策による各地域の電気料金に対する純減少効果
図4 推定される電力小売全面自由化政策による各地域の電気料金に対する純減少効果

今後の政策方向

 本研究の実証結果は、2016年4月から始まった日本の小売電力市場の全面自由化政策が、家庭と小規模事業の電力料金を大幅に引き下げたことを示している。2020年末から21年初にかけての卸電力市場の価格高騰以来、新電力の経営は困難をきわめている。だが本研究の結果によれば、にもかかわらず自由化政策が新電力の市場参入を促し、結果として市場競争を活性化させ、価格低下を通じて国民や産業に広く便益をもたらしたことが実証的に明らかとなった。この点は、小売電力市場の全面自由化政策による成果として正当に評価されてよい。

 しかし、この自由化政策の進行速度は地域によって大きく異なっている。新電力の浸透率が低いことが原因で、料金規制の経過措置の廃止が延期され、小売電力市場は現在も自由料金と規制措置料金の二重の運営モデルを維持している。これは市場の分断を引き起こし、市場効率を損なう可能性がある。したがって、今後の政策の重点は、これらの地域における新規電力会社の浸透をどのように促進するかという課題に置かれるべきであろう。これらの差異は地域固有のビジネス環境に関連しているため、地域の差を考慮に入れた政策をどのように策定するかが、今後の電力市場自由化の成功の鍵となるだろう。

参考文献

Hartley, P. R., et al. (2019). "Electricity reform and retail pricing in Texas." Energy Economics 80: 1-11.

Joskow, P. L. (2006). "Markets for power in the United States: An interim assessment." The Energy Journal 27(1).


1 資源エネルギー庁(2022). 『電力・ガス小売全面自由化の進捗状況について』. Accessed on April 23, 2023. Available at: https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/052_03_01.pdf.
2 転換コストとは、消費者が現行の電力会社から新規の電力会社へ移行する際に負担するコストのことを指し、それには新規供給業者の情報を検索するためのコスト、最も経済的な電力契約を見つけるための計算コスト、契約変更に伴うコスト、さらには供給業者を変えることに対する消費者の心理的な抵抗感によるコストなどが含まれる。参照:Creti, A. and F. Fontini (2019). Economics of electricity: Markets, competition and rules, Cambridge University Press.