Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.387 洋上風力入札見直しが喫緊の課題に -欧州で大手が落札事業から撤退-

2023年8月3日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力入札、英国、バッテンフォール、オーステッド、シーメンスガメサ、サプライチェーン

 脱炭素はもとより、ウクライナ侵攻により高まったエネルギ-安全保障の面で再エネ開発が加速している。欧州を主に再エネ目標値の大幅上方修正が続出しているが、特に切り札とされる洋上風力において各国、各地域で顕著である。一方、資材等の価格高騰の影響で既定の落札価格では採算が取れずに、事業を断念する動きが出ている。7月20日、バッテンフォールは英国のラウンド3で落札した1.4GWの事業を中止すると発表した。大手風車メーカーの経営悪化もかねてより危惧されている。こうした動きは相次いでおり、開発や安定調達の実現のために、入札方法の見直しが必至の状況となっている。今回はこれを解説する。

1.洋上風力開発事業者の相次ぐ入札見直し要請

バッテンフォールが英国の大規模洋上風力事業を中止、最大4.2GWにも

 7月20日、スウェーデンの大手洋上風力開発事業者であるバッテンフォールは、2021年12月に開発同意を受け2022年7月にCfD契約を締結していたNorfolk Boreas事業(発電容量1.4GW)について、中止すると発表した。同事業は英国洋上風力入札ラウンド3を構成する。理由等は以下の通りである(分り易さのため筆者のことばを含む)。

  • CfD契約後、資材価格が高騰し採算が大きく悪化した(2年間で約4割アップ)。
  • 英国政府には、見直しを要請していたが状況は進展していない。
  • (同社は)洋上風力を積極的に開発し、脱炭素社会実現に貢献してきたが、事業者として採算性確保は大前提。
  • ペナルティを支払っても、トータルコスト負担よりも軽いと判断(ペナルティは5億4000万ドル)。

 英国の洋上風力入札は、他の再エネも基本同様であるが、CfD(Contract for Difference)方式を採用している。これは、市場価格を参考にした長期固定の基準価格(Strike-Price)を定め、実際の市場価格が基準価格を下回る場合は差額を補てんし、上回る場合は払戻しを行う(還元する)ものである。基準価格が実際の発電コスト(リアルコスト)に近い水準であれば、CfDの下限価格(市場価格が下回る場合は補填)は最低収入を保証する支援策となる。一方、基準価格がリアルコストを明らかに下回る場合は、上限価格(市場価格が上回る場合は還元)の存在は、将来に渡り不採算を強いることになる。

 基準価格を入札で競うが、バッテンフォールはNorfolk Boreas事業をMWh当り37.35ポンド(48ドル)にてCfD契約を締結した(図1)。これは2012年度価格ベースであり現時点では45ポンド(58ドル)となる。これが状況の変化で大幅な採算割れとなっている。バッテンフォールは基準価格の見直しあるいは何らかの政府支援なしには採算がとれないと判断した。同社はやはりラウンド3案件であるVanguard East事業およびVanguard West事業についても見直しを検討するとしている(3事業合計で4.2GW)。

図1 英国洋上風力事業位置図(2022/12)
図1 英国洋上風力事業位置図(2022/12)
(出所)the Crown Estate : Offshore Wind Report 2022 に加筆

オーステッドも3GW事業への支援を要請

 2022年2月のウクライナ侵攻以降、資材価格高騰が顕著となり、落札事業者より落札条件の見直し要請が続いていた。世界最大の洋上風力事業者であるオーステッドは、完成すると世界最大の約3GWとなるHornsea 3事業について、英国政府に2023年3月に支援を要請している(図1)。同事業は、やはりラウンド3採択事業で、Norfolk Boreas事業と同時期に同額にてCfD契約を落札している。2023年3月に政府年度予算が確定したが、見直しや支援策は導入されなかった。何らかの政府の支援がなければ、オーステッドも中止を選択する可能性が高い。オーステッドは、7月13日にドイツでの7GWリースオークションから、設定価格が高すぎるとして撤退を表明した。また米国でも、資機材高騰により価格調整を求めており実現できなければ撤退を視野に入れている、とされる。

急騰する風力設備価格

 バッテンフォールは、「CfD契約締結後、資材価格等の高騰でコストは約4割上がり、前提が大きく変わった」としている。調査会社のGlobal Data社は、2023年4月25日に「2年間で風力発電設備価格は約38%上昇した」と発表したが、この数字と一致する。図2は、IMF/IEAが発表した風力発電設備関連主要鉱物の価格推移であり、パンデミック前よりも平均で93%上昇している。

図2.風車関連鉱物の平均価格推移
図2.風車関連鉱物の平均価格推移
(出所)IMF/IEA

2.3大風車メーカーは全て経営悪化

Too Big Too Fastの光と影

 一方、風力発電メーカーの苦境は、一足先に明らかになっている。再エネ先進地域である欧州は、洋上風力でも先行し、サプライチェーン整備やセントラル方式導入、入札方法革新等により事業規模を急拡大し、価格低下をリードしてきた。入札革新は確かに大きな役割を果たしてきたが、競争激化による価格低下は、風車メーカーへ大きな負担を強いていた。メーカーは、大型化によるコスト削減、IOT技術を駆使した故障率低下等を推進してきた。発電所当りの事業規模拡大、入札事業の大規模化もコスト削減に寄与してきた。規模拡大と風車コスト低減による相乗効果への期待もあり、風車メーカーはかなり無理をして研究開発や大型化を短期間で行ってきた。

 しかし、急速な風車大型化が限界に達しつつあるなかでの資材価格高騰により、事業環境は臨界点を超えた感がある。べスタス、シーメンスガメサ、GEの3大メーカーは低収益に苦しみ、需要急拡大に対する巨額の設備投資負担も生じている。暫くは15MWクラス機種での生産を志向するとともに、適正価格の設定を強く要望している。バッテンフォールの開発中止もこの流れの中にある。

経営危機に陥ったシーメンスガメサ

 シーメンスエナジー(SE)は、6月22日に、子会社のシーメンスガメサ・リニューアブル(SGR)の風車品質保証等費用が急増し、また金額や修理完了時期が不透明であることから、2023年度利益見通しを白紙に戻すことを公表した。累計130GW超の風車販売容量のうち15~30%が品質問題の対象となる、今後5年間にわたり10億ユーロ(10.9億ドル)の負担となる可能性がある、としている。SEの株価は35%下落した。

 SGRの異変は2021年度には顕在化していた。SGRは2021/10~12期に884百万ユーロの純損失を計上したが、これを主因にSEも赤字に転落した。SEは、2022年5月にSGRを100%子会社化し、経営支援する方針を打ち出した。2022/10~12期はSGRの部品不良に係る損失は472百万ユーロへ拡大した。そしてこの6月の利益予想白紙という事態に至る。SEはSGRの株式売却と連結からの切り離しも打ち出す。こうした状況は、べスタスおよびGEも同様である。GEは、2022年度は風力部門で22億ドルの損失を被った。べスタスは、2022/10~12期で210百万ユーロの損失を計上している。

大型化の停止と信頼できるモデルへの集中

 風車メーカーの対策は、巨額の費用(開発費)を要する性急な風車の大規模化開発を見直し、信頼できるモデルに絞り標準化を進めることである。3洋上風力メーカーは、15MW超の機種開発を控える方針である。脱炭素化、安全保障の視点で急増する需要に対応するためにも、安定供給は最重要課題となる(図3)。資源価格高騰を反映した入札ルール設定も強く要請している。風車メーカーの苦境は開発事業者の収益をも圧迫し、バッテンフォール、オーステッドは開発・応札中止等を決断するに至る。

図3.世界の風力発電導入目標・見通し・開発計画:世界で大幅に上方修正
図3.世界の風力発電導入目標・見通し・開発計画:世界で大幅に上方修正
(出所)JWPA Wind Vision 2023 (2023年5月)

3.ウクライナ侵攻後、サプライチェーン強靭化に軸足が移る

 風力事業者は、業界としても適正価格設定を強く訴えてきた。2022年2月のウクライナ侵攻を受けて、EUは脱ロシアの具体策 “REPowerEU Plan”(リパワ―EU)を同年5月に公表した。2050年目標として風力は1000GW(当時180GW)、うち洋上は300GW(当時28GW)が掲げられた。達成に向けて許認可期間の短縮とサプライチェーン(SC)の更なる整備が打ち出された。資材価格が高騰しているなかで強靭なSCの整備が強く意識されたのである。

 因みに、欧州で2050年洋上風力300GW導入を達成するためには、現状の欧州における製造能力が7GW/年であることで、2025年までに30GW/年の製造の能力に大幅に引き上げる必要があるが、欧州全体での価格改訂のコミット無しで、風車メーカー他が大規模投資を実施するであろうか。価格政策の転換なしで洋上風力の大規模導入は可能なのか疑問視する声もある。

北海沿岸諸国の2022年5月宣言

 リパワーEUが発表された5月18日に、北海沿岸に位置するEU4か国(ドイツ、オランダ、デンマーク、ベルギーの関係者がデンマークの洋上港湾都市エスビアウに集まり、そしてフォンデアライエン欧州委員長も参加し「300GWの1/2に相当する150GWを北海に設置する」との共同宣言が採択された。関係者として政府首脳やオーステッド、RWE、シーメンスガメサ、ベスタス、Elia等の代表者が集まったが、事業者側からは、価格重視からサプライチェーン配慮への入札制度見直し、インフラの効率的整備の重要性を訴える声が相次いだ。また、採算が取れないCfDからCPPA(Corporate Power Purchase Agreement)への拡大・支援を求める声も上がった。なお、その後欧州主要9か国は、2030年までに120GW目標を設定している(図3)。

コストから安定調達への転換 最高価格116円の登場

 欧州の再エネ入札は、最近不調である。2021年以降の主要国の入札結果を見ると、デンマーク、ドイツ、イタリア、フランス、スペインと募集量を大幅に下回る応札が続いてきた。許認可に要する時間が長いことやCfD等で最高価格が低いことが要因であり、これらの改善が喫緊の課題となっている。ドイツは、2023年3月に実施した太陽光発電の入札で、最高価格を€0.737/kWh(116円/kWh)に設定し、2022年6月以来となる応募量超過を実現した。コスト重視からサプライチェーン重視、量的確保への転換点となった可能性がある。

終わりに 日本こそ見直しが必要

目標値上方修正に向けた方向転換

 洋の東西を問わず、洋上風力は再エネ普及そして脱炭素実現の切り札である。ウクライナ侵攻後は、エネルギ-安全保障の視点も加わり、開発目標値も大きく上方修正されている。大胆な目標設定とメーカー等の技術開発および大胆な設備投資そして入札改革等に拠る競争促進が相俟って、量的拡大とコスト低下を実現してきた。しかし、展開が早すぎて、風車の故障率が高まりメンテナンス費用が増大する一方で、資源価格暴騰が生じ、風車メーカーの事業環境は急速に悪化する。入札競争で低価格落札を実現してきたデベロッパーは、採算が厳しくなり、入札価格の見直しや事業支援を要請するようになり、大規模事業の中止が現実となっている。風力事業関係者は、持続可能な事業環境に向けたSOSを発するが、2022年5月の北海沿岸の宣言に関する洋上風力関係者の声はその象徴であった。

日本は、「周回遅れの罠」に要注意

 日本は、ラウンド1の結果等を受けて、2022年入り後ラウンド2のルール見直しの議論を進めていた。委員会等で事業者は欧州等の現状を踏まえた入札ルール設計を訴えたが通らず、サプライチェーン整備途上のなかで事業者には非常に厳しいルールとなった。2023年6月末にラウンド2の入札が締め切られたが、応札事業者は洋上風力の獲得のために最低価格の3円/kWhで応札しているとの噂もあるが、その価格で採算が取れるのだろうか。落札事業者の経営を圧迫する可能性が高い(「No.380 洋上風力第2ラウンド、事業意欲を削ぐ価格評価ルール」)。

 バッテンフォール等の事業中止決断やサプライチェーン重視要請を受けて、英国政府も「状況は承知している」と理解を示し始めている。また、入札不調は欧州全体で見られており、ドイツでは太陽光入札で思い切った上限価格引き上げを実施している。日本でも「政策の柔軟性」を期待したい。