Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.393 洋上風力、画期的入札のアイルランド・ラウンド1

2023年9月26日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力入札、アイルランド、エスカレ条項、出力抑制補償、高い上限価格設定

 ポストパンデミックやウクライナ侵攻を背景としてインフレが生じている。一方、競争的な入札システムが継続し現実とのミスマッチが生じ、世界的に洋上風力事業が窮地に陥るケースが増えてきている。応札ゼロのケースも起きている。こうしたなかで、2023年5月に結果公表されたアイルランドのラウンド1入札は、競争要素と昨今の激変する環境に配慮した条件設定がミックスされ、成功裏に終了した。アイルランドは、洋上風力の潜在量が豊富であるが遅れて始まったという点で日本と似ており、非常に参考になる。今回は、これを紹介する。

1.風力で再エネ供給基地を目指すアイルランド

風力で2030年再エネ80%へ

 アイルランドは面積、電力需要でみると略々北海道と同程度である。北海道は、圧倒的な再エネ資源を有しているが、系統が孤立していること、需要規模が小さいこと等を理由に、再エネ普及に限界があるとされてきた。この制約は本州との連系線増強により解放されようとしている。アイルランドも島国で独立系統である。現在英国領である北アイルランドとウェールズに連系線が通じているが、直流連結であり、同期系統(一つの交流系統)ではない(「No.245 2030年再エネ70%を目指すアイルランド -「EUの北海道」で進む慣性対策-」)。

 孤立した系統のなかで、2050年ネットゼロ、2030年電力の再エネ比率80%を掲げているが、多くを風力発電に頼る計画である。英国が脱炭素の先陣を切っている影響も大きい。アイルランドの2022年再エネ比率は40%である。風力は35%と9割近くを占めるが、ほぼ100%は陸上風力である。島国で孤立系統であることから、風力の増大は柔軟性整備が欠かせないが、実際に高効率蓄電池の整備が進んでいる。国際連系線として、英国との間に500MWの海底ケーブルが存在する。将来構想として、再エネや水素の輸出をも目指し、フランス間で700MWの連系線建設計画がある。

洋上風力は2030年で7GWに目途、2050年で37GWを計画

 四方を海に囲まれ、緯度が高く風況がよく、洋上風へ力の潜在量は非常に大きく、EUへのグリーンエネルギ-供給基地としての期待は大きい。政府は、2030年迄に着床式で5GW導入、浮体式で2GW建設開始の目標を掲げている。また、EUへの輸出や水素産業育成を前提に2050年迄に37GWの目標を持つ。

2.世界の注目を集めた「ラウンド1」

迅速かつ周到に準備されたラウンド1、2023年5月に3.1GWが落札

 実際のところ洋上は出遅れたが、海域のゾーニング、入札方法、許認可システム等各種制度の整備が急ピッチで進められてきた。2022年11月に入札ルールが決まり、12月には6ヶ所が有資格事業として認められた。2023年4月27日から5月3日までに第1回CfD入札が行われ、5月3日に競争比率1.45、7日に最高入札価格150ユーロ/MWhが発表された。5月11日に落札結果が公表され、4ヶ所計3.1GWが落札となった(図参照)。なお、2ヶ所は不採択となったが、独自にCPPA(Corporate Power Purchase Agreement)を締結することも、次回の入札に参加することも可能である。

図 アイルランド洋上風力ラウンド1採択事業
図 アイルランド洋上風力ラウンド1採択事業
(出所) EirGrid:ORESS 1 Provisional Auction Results(5/11/2023)に加筆

上限価格150ユーロ、平均落札価格86.05ユーロ

 落札された4事業3.1GWは発電電力量で13TWhに相当するが、現状電力需要の1/3超、2030年時点での1/4超 を賄う水準である。平均落札価格は86.05ユーロ/MWhとなった。価格は、CfDの基準価格(Strike-Price)を競う。英国方式に準じており、発電コストや政策事情、地元貢献等が勘案されて政府が上限価格を決め、その下で競争入札が行われる。上限価格は150ユーロ/MWhと余裕ある水準に設定されたが、インフレ状況やセーフガード(一定の量確保)を勘案したとされる。86.05ユーロは平均値であるので、150ユーロ以下で複数の価格が落札されたこととなる。

 この86.05ユーロ/MWhをどう解釈するか。政府は「直近1年間の平均電力卸価格は約200ユーロであり、低い水準に落ち着いた」としている。業界団体Wind Energy Irelandは、95~115ユーロ以下を予想しており、かなり低い水準と言える。一方で、同じ時期に実施された英国のR4、R5をみると、高くなっている(表参照)。

競争重視を続けた英国のR4、R5は問題噴出

 英国のCfD-R4は、上限価格は2021年9月に約69ユーロ/MWhとされ、落札価格は2022年6月に57ユーロと公表された(注:現在価格ベース、英国のCfD入札は2012年価格で示されており現在水準およびユーロへの換算を要する、表の注を参照)。空前の低水準落札価格のなかで落札量7GWを確保し、成功とされた。しかし、その後のインフレ等の影響により、採算が合わなくなる。バッテンフォールは落札した1.4GWのNorfolk Boreas事業について、高額のペナルティを負担し中止(撤回)を公表した(2023年7月20日)。状況は他事業も同じであり、中止の火種を抱える(「No.387 洋上風力入札見直しが喫緊の課題に -欧州で大手が落札事業から撤退-」)。

 英国のCfD-R5は、2022年12月に上限価格が66ユーロと少し引き下げて公表されたが、2023年9月に発表された入札結果は応札ゼロとなった。事業者からはインフレ環境を考慮した設定が訴えられていたが、政府の対応は予算増額に留まった(「No.392 洋上風力、欧米で40~50%価格引き上げが相場に」)。

表.最近の英国・アイルランドにおける洋上風力入札状況(単位:£・€/MWh)
表.最近の英国・アイルランドにおける洋上風力入札状況(単位:£・€/MWh)
(出所)各種情報より作成

奏功した事業者リスク軽減策:価格インデックス導入と出力抑制補償

 アイルランドの落札平均価格86.05ユーロ/MWh(約13円/kWh)は、インフレ環境の中では低い水準と言える。同国は、系統や港湾のハードインフラおよび許認可等のソフトインフラは整備途上、サプライチェーン未整備といったリスク要因を抱える。建設時期が2020年代中頃と、欧米で建設ラッシュが生じる最も繁忙な時期と重なる。ゾーニングとCfD入札を同時に進めているような綱渡りの状況でもある。このリスクの下では価格引上げ圧力が働く。

 しかしながら、入札条件で事業者に配慮しており、これがリスク低下そして価格低下に大きく寄与している。建設のみならずO&M期間を含めたプライス・インデックス(エスカレ)条項、出力抑制損失の補償条項を入れている。また、CfD期間は、英国の15年に対して20年と5年長い。但し、2023年7月以降に欧米で相次いだ条件引き上げ交渉、事業中止、評価損計上等を考えると、低すぎるのではとも考えられる。

迅速対応にインセンティブ、立地コミュニティへ協力金を長期間支給

 ローカルコンテンツ的な条項は含まれていないが、今年度中にも産業化戦略を取り纏める予定で、地元立地に対するインセンティブ導入が予想される。なお、2030年着床式5GW導入目標の実現に向けて、早い着工や稼働に対して優遇する措置が講じられる。立地住民への協力金も織り込まれており、建設後から運転開始後20年間に渡り、年間2400万ユーロがコミュニティに支払われる。

最後に

これからの洋上入札方式とは

 今回は、インフレ環境における洋上風力入札の在り方について、アイルランドの事例を紹介した。膨大な潜在量を抱えるなかでの遅れた参入であり、ラウンド1は2023年5月に結果が出ており、日本よりも遅れている。しかし、競争入札の形を取る一方で、エスカレ条項、出力抑制補償を入札条件に織り込み、事業者リスクの軽減を図っている。また、上限価格を高めに設定し一定量が確保できる仕組みも採用している。その結果、「電力需要の1/3を占める量を低コストで確保」する成果となった。競争条件を厳しくすれば、低コストで相当量を持続的に確保できるものではない。アイルランドの方式は、欧米のみならず日本でも非常に参考になると考える。

以上