Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.397 市場支配力の理論と実際(後編)~米国RTO/ISOの自動抑制策~

2023年10月12日
資源エコノミスト 飯沼芳樹

キーワード:市場支配力、診断方法、米国RTO/ISOの自動抑制策

 前編では市場支配力に係る概念について整理した。本編では、RTO/ISOの市場支配力抑制策について概説する。

RTO/ISOの市場支配力抑制策

 米国のRTO/ISO市場では自動的に市場支配力を抑制する仕組みが採用されている。これらの仕組みは市場の約定処理にビルトインされており、約定前の段階で市場支配力を行使する能力があると判断された供給事業者の売り札を修正する仕組みとなっている。

 加州電力危機を経てこの20年間に蓄積した経験からいくつか明らかになっている知見がある。一つは、電気事業の場合は単に発電設備の市場シェアの高低だけでなく、送電線の利用状況によっては発電機1基のみによっても市場価格を操作可能なケースがあり、また送電線の利用状況を前もって予見することが極めて難しいという事実である。

 現在の抑制策が採用されるまでは、特定の電源を年ベースでコスト回収を保証してマストラン電源として指定していたが、これら電源は入札価格に係らず受け入れざるを得ない電源ということで、市場支配力を潜在的に行使する力があった。こうした問題を避けるためにゾーン制からノーダル制に転換する際に取り入れたのが、自動市場支配力抑制の仕組みである。

 再生可能エネルギーが系統内で増えるにしたがい、送電線の制約を予見することが更に難しくなる。加えて、より多くの給電指令可能な電源が必要となることから、これら電源の市場支配力行使の可能性が高まるということも、約定処理前の段階で自動的に市場支配力を抑制する仕組みが必要となる理由でもある。

 卸電力市場にはゾーン市場、ノーダル市場があるが、それぞれ市場支配力が行使されるプロセスが異なる。ゾーン市場では、一日前市場で送電及び発電市場での全ての運用上の制約を考慮しているわけではないので、リアルタイムにかなりの再給電の処置が必要となる。したがって、このプロセスで市場支配力抑制策が採られていないと、市場支配力の問題が生起することになる。一方LMP市場でも、全ての送電線及び発電設備の運用上の制約が考慮されるが、市場支配力行使の影響は一日前及びリアルタイムの市場価格に出る可能性がある。

 米国には現在7つのISO/RTOが電力市場を運営している。これら組織された市場における市場支配力抑制策は大別すると「構造アプローチ」と「行為・インパクト」アプローチに分けることができる。

 構造アプローチを採用しているのが、北東部のPJMと西部のCAISO。一方、ISO-NE、MISO、NYISO、SPPは行為・インパクトアプローチを採用している。また、ERCOTは両アプローチを採り入れたハイブリット型である。

 構造アプローチは、特定の送電線混雑解消のためにPivotalなプレイヤーが存在するかどうかをチェックし、問題がある供給事業者の売り札を規制側が決定した価格に置き換えて約定処理するアプローチである。この置き換えられた代替価格は、有効競争下の当該供給事業者の入札価格の推定価格であり基準価格(reference level offer price)となる。  

 行為・インパクトアプローチは約定価格に与えるインパクトを評価するアプローチである。最初に供給事業者の入札価格が一定の閾値以上となっているかどうかをテストし、このテストをクリヤーできないと、次にインパクトテストを実施する2段階評価の方法である。行為、インパクトテストの両テストをクリヤーできないと、当該供給事業者の入札価格は、構造アプローチ同様、基準となる推定価格に置換されて約定処理される。

 いずれのアプローチでも支配力の観点から問題ありと判断されると、当該供給事業者の入札価格は基準価格によって置き換えられる。この基準価格は市場支配力を抑制する上で極めて重要なパラメーターになることは言うまでもない。同価格の考え方は有効競争が働いている仮想市場の入札価格である。

 具体的には、基準価格のレベルを決める主要な方法としてはコストベースと市場ベースがある。ISO/RTOの殆どが採用している方法は、コストベースの基準価格である。コストベースは主として燃料費などから構成される増分費用に一定の比率を加えたものである。このアプローチでは、ISO/RTOと市場参加者の間で事前に電源毎に基準価格を決めている。PJMのように入札参加者が日々の入札に当たってコストベースの電源毎の基準価格をエナジー価格と一緒に提出しているISO/RTOもある。市場ベースとしては、市場が競争的な状況下で約定した価格情報に基づいて決める方法もある。だが、実際に限界費用を推定するのは容易ではない。同費用は刻々変化するからだ。

 以下、構造アプローチを採用しているCAISOとハイブリッド型のERCOT、行為・インパクトアプローチのMISOの特徴を紹介する。

CAISOの局所的市場支配力抑制策

 送電線の混雑は競争的な市場でも、市場支配力の懸念がある非競争的な市場でも発生する。CAISOの市場支配力抑制策は、特定の送電線混雑が非競争的な制約によるものであると診断される場合に自動的に抑制策が採られる。送電線の制約が非競争的なものであると判断する基準がRSIである。

 具体的には、Pivotalな3社のRSIによって評価している。評価者はISO内部の市場モニタリング部が担当し、有識者からなる独立した市場サーベイランス委員会が勧告等を行っている。なお、ISO/RTOの多くは外部の中立的なコンサルやPJMのようにスピンアウトした独立した組織に市場評価を委託している。

 CAISOが採用している構造アプローチはPJMの構造アプローチ同様、特定の送電線路に制約がある場合に、その制約を解消するために必要なカウンターフローを提供するPivotalな供給事業者の市場支配力を抑制しようとするものである。送電線の制約に対するカウンターフローとは、言うまでもないが、送電線に混雑をもたらしている方向とは反対方向の潮流である。カウンターフロー量は、特定の電源が系統に併入する量に分流係数を掛け合わせものになる。



 ここで、Kはカンターフローを提供する全ての発電事業者の集合、PはKの部分集合でテストの対象となる供給事業者3社が属する集合、すなわち分子は集合Pに属さない発電事業者の発電力になる。

 このテストの結果RSIが1以下になると、当該送電線の制約は「非競争的」な送電制約ということになり抑制策が採られることになる。非競争的な送電制約が発生すると、当該事業者の入札価格は競争的なLMPか限界費用を反映したデフォルト価格のどちらか高い方に抑制されることになる。

ERCOTはハイブリッドアプローチ

 ERCOTの市場支配力抑制策は構造アプローチと行為・インパクトアプローチのハイブリッド型の二段階テスト方式(Two-Step Test)を採用しており、SCEDに組み込まれている。なお、ERCOTでは同域内の発電設備の5%以下しか所有していない発電事業者は市場支配力に係る規則から免除される。また、市場支配力抑制策を自主的に申請し認められれば、市場支配力乱用の申し立てに対する防御となり、実際にCalpine、NRG等のIPPが申請し認可されている。

 二段階テスト方式でも他の市場支配力抑制策同様に、制約を競争的制約と非競争的制約に分けている。競争的制約はノーダル制を採用する前のゾーン間の制約に相応し、非競争的制約は、HHIと分流係数に基づき年、月ベースで評価している。

 第一段階では、入札価格の上下限を除き競争的制約のみで計算し、第二段階で使用する「基準LMP」を得る。第二段階では、各電源は第一段階で得られた当該電源のノードの基準LMPか、事前に定められた入札上限価格(MOC: Mitigated Offer Price)のどちらか高い方に抑制されて最適に給電される。したがって、非競争的な制約が無ければ第一段階の結果と第二段階の結果は同じということになる。なお、事前に決められる各電源のMOCは、熱効率、燃料価格、O&Mコスト等によって決まる推定限界費用に基づく。

MISOの行為・インパクトアプローチ

 MISOの抑制策の対象は、物理的出し惜しみ、経済的出し惜しみと非経済的な発電の三つの行為である。ここで非経済的な発電とは、送電線に制約をもたらして利益を得るため、故意に非経済的なレベルまで出力を上げるような発電を意味する。同ISOは、抑制策が必要かどうかを判断するために、行為テストとインパクトテストから成るアプローチを採用している。特定のユニットの売り札が両テストで定められている閾値以上になると、自動的に基準となるレベルの売り札(default bid)に置き換えられ市場支配力が抑制されるシステムになっている。

 デフォルトとなる価格は、過去の入札価格、LMPの平均、限界費用など5方式によって決めている。抑制する基準となる閾値は、抑制の対象となる制約地域のタイプの違いによって異なる。制約地域のタイプは、狭域制約地域(NCA)とダイナミック狭域制約(DNCA)、広域制約地域(BCA)と呼ばれる制約地域の3地域である。

 NCAとは、送電線や予備力に制約があり、これら制約が特定の12か月間に500時間以上バインディングすることが予想され、少なくとも供給事業者1社がPivotalである地域である。DNCAは、五日間の時間数の少なくとも15%バインディングした送電線の制約があり、DCNA地域に適用される行為・インパクトテストを少なくとも1社の供給事業者はパスしている地域で、NCAとして分類するに十分な期間に亘って制約が継続しないと予想される、あるいは決定できない送電線制約地域を意味する。BCAは、市場が競争的であり多くの供給事業者がいるため送電線の制約等があっても一般的に市場支配力に帰結しないと考えられる地域である。

 以上の地域の違いによって、物理的・経済的出し惜しみに係る行為テストの閾値は異なる。NCA地域では認可されていない出力変更や停止等の物理的出し惜しみは、自動的にインパクトテストが実施される。BCA地域での閾値はNCA地域ほど厳しくない。経済的出し惜しみのテストは物理的出し惜しみとは異なるテスト内容となり、BCAとNCA毎にそれぞれ閾値が決められている。

 インパクトテストによって、約定価格に顕著な変化をもたらさないと判断されれば、不必要な抑制策を避けるためにデフォルトの売り札に置き換える抑制策は実施しない。インパクトテストの閾値もBCAとNCAそれぞれ規定されている。例えば、BCAであれば、一日前市場あるいはリアルタイム市場の各地点でのLMPが200%増あるいはMWhあたり100ドルのどちらか低い方が閾値となる。

おわりに

 本稿では主として短期市場であるスポット市場における市場支配力とその抑制策について紹介した。市場支配力はこれら市場に限らず、容量市場の課題でもある。需要、供給とも基本的に非弾力的であることはスポット市場と同じであり、市場支配力が行使されやすい特性を有していることに変わりがない。

 今回取り上げた市場支配力とは水平的市場支配力の問題である。電気事業の水平的な市場支配力の問題についての分析は比較的多いが、垂直的な市場支配力についての分析も必要である。少数の発電設備所有者とその余剰電力を巡る多数の小売事業者の存在という構造がわが国特有のものなのかというと必ずしもそうではない。米国でも程度の差はあれ同じような問題を抱えている。これらの問題は今後の筆者の研究課題としたい。

参考文献

James Bushnell and Catherine Wolfram, Ownership Change, Incentives and Plant Efficiency: The Divestiture of U.S. Electric Generation Plants, CSEM WP 140, March 2005

James Bushnell et.al, Members of the Market Surveillance Committee of the California ISO, Final Opinion on Local Market Power Mitigation and Dynamic Competitive Path Assessment, July 1, 2011.

California ISO, Annual Report on Market Issues and Performance, various issues.

J.M. Clark, Toward a Concept of Workable Competition, American Economic Review, June.1940.

Christoph Graf et.al., Market Power Mechanism for Wholesale Electricity Markets: Status Quo and Challenges, FSI working paper, Stanford Univ. June 20, 2021

Department of Justice, Competition and Monopoly: Single-firm Conduct under the section 2 of the Sherman Act, 2008.

Alexander MacKay and Ignacia Mercadal, Deregulation, Market Power, and Prices: Evidence from the Electricity Sector, MIT CEEPR Working Paper Series, January 2022.

Potomac Economics, The State of the Market Report for the ERCOT Electricity Markets, various issues.

Potomac Economics, The State of the Market Report for the MISO Electricity Markets, various issues.

Gary Taylor et.al. Market Power and Market Manipulation in Energy Markets: From the California Crisis to the Present, Public Utilities Report, 2015.

以上