Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.398 地域小水力
–宮崎県日之影町大人昴発電所の事例報告–

2023年10月12日
(株)リバー・ヴィレッジ 代表 村川友美

キーワード:地域小水力、水資源と地域主体形成、既存インフラ活用、地域課題と地域の履歴

 自然エネルギーは各所に様々な形で分布しているが、その中でもとりわけ地域と密接な関係の中での開発が求められる小水力発電は、過疎高齢化が進む日本の中山間地域の、優良な地域事業になり得る可能性を有している。

 水は太陽エネルギーの影響を受け地球上で絶え間なく循環しており、「触る、取る、分ける、貯める」ことができるという特性を持つ。しかし、決して独占することはできない「公(コモンズ)」という側面も持つ。水は生命の基盤であり、特に稲作を中心とした暮らしと文化が育まれてきた農村にとっては、非常にデリケートな資源である。そのような水を活用した小規模な再エネ開発が、どのように地域社会に新たな恵みをもたらすのか、ということを事例として報告する。

 本稿では、宮崎県日之影町大人昴(おおひとすばる)小水力発電事業を事例として紹介する。本事例では、開発対象となった農業用水路を長年維持管理していた地域の用水組合が、発電事業のための新たな主体を立ち上げ、地域づくりを目的とした再エネの開発に取り組んだ。

大人用水路と用水組合

 日之影町は宮崎県北部、九州中央部に広がる九州脊梁山地の山間地域に位置しており、一級河川五ヶ瀬川が町の中央部を貫流する急峻な渓谷の町である。阿蘇山噴火の影響でできた溶結凝灰岩の地質を背後の深山から流れる水が削って出来た、深いV字の谷地形をしており、台風や豪雨による災害リスクが高い一方、水力発電のポテンシャルも高く、明治期以降五ヶ瀬川およびその支流に中規模な水力発電所が複数開発されている(資料1)。

資料1.大人天空岡からの風景
資料1.大人天空岡からの風景



 現在、町の人口は約3,200人、高齢化率が約46%と非常に高く、集落の課題意識も後継者不足による農業や集落行事の担い手不足にある。川までの高低差が100mほどもある急峻な崖地の上に農地と集落が形成され、五ヶ瀬川に流れ込む支川から取水をした農業用水路は、折り重なる山ひだを縫うように山地の中腹を何キロにも渡って集落まで水を運んできている。このような山腹水路を含むこの地域特有の農業形態は、「高千穂郷、椎葉山地域」として2015年世界農業遺産に登録された。

 大人用水組合は、日之影町大人集落の農家53戸が全長約10kmの農業用水路を共同で管理する水利組合だが、他の中山間地域と同様、組合員の高齢化、独居農家の増加に悩みを抱えていた。水路は山深い渓流から取水をしているため、大雨が降るたびに、崖崩れの恐れのある山道を車を走らせ、水路の見回りをしなければならない。

 水路には1年中水が流れているが、田んぼの耕作をする次世代は減っている。危機感を抱いていた用水組合の理事数人が、隣町で開催された大学の研究成果発表シンポジウムに訪れており、そこで地域小水力についての研究発表を行なった筆者らとの出会が、大人小水力発電事業のきっかけだった。

 私たちリバー・ヴィレッジは、大学での研究成果をもとに会社を設立して以降、地域住民が地域資源の活用として取り組む小水力発電事業の調査・設計・建設マネジメントおよび地域づくりを支援している。

 早速、農業用水路を活用した小水力発電の可能性を判断するため、現地踏査を行ったところ、高いところで水路から道路までの落差が150mもあり、また、取水している河川の流量も年間を通して豊富であるため、物理的なポテンシャルは十分であることが分かった。

 2013年秋、これらの情報をもとに理事会は、集落53戸の用水組合員へ小水力発電事業の可能性調査の実施を提案する形で、集落会議を持った。しかし、組合員の反応は重たいものだった。まず、なぜ自分達が発電事業をやる必要があるのかという意見が出た。農業を主な生業としてきた高齢の組合員の多くは、リスクを負って今から新しい事業を立ち上げることに付き合うパワーを持ち合わせなかった。そのうえ、小水力発電がどのくらいの規模になるものか、取り組むことでどのようなメリットがもたらされるのか、全く理解できなかった。そこで、まずは、小水力発電そのものの仕組みの理解と、前年から開始されたFIT制度による小水力発電事業がどのようなものなのかを理解するための勉強を続けることのみ決議をとり、勉強会を始めることにした(資料2)。

資料2. 集落での勉強会の様子
資料2. 集落での勉強会の様子

 言い出しっぺの理事や理事長はじめ、ほとんどの組合員は発電や事業に全く詳しくなかったが、用水路を使い、用水組合のため、集落の課題のために取り組みたいと考えるからには、水力発電や国の諸制度、事業のつくり方などをみんながきちんと理解できるようにする必要があった。「発電」がどんな仕組みで起こるのか、水が減ったり汚れたりすることはないこと、発電所がどのような土木施設や機械の構成でできているのかなどは、環境教育用のペルトン水車を海外から取り寄せ、実際に水路から取水をして超小型の水力発電所を再現し、集落の水神様に、五穀豊穣を祈念する年に一度の水神祭にあわせてデモンストレーションを行なって、水の新たな活用方法について子どもから大人まで見て学んだ。また、集落会議では、地域の課題、悩み、現在の農業での困りごと、不満、未来への想いなどを抽出する作業も行ない、組合の中で、それぞれの農家や個人が抱えている思いを共有したり、意見や不満をぶつけ合った。

事業のスタートと地域主体形成

 その後、大人用水組合は、農水省から「農山漁村活性化再生可能エネルギー総合推進事業」の補助金を得て小水力発電事業の可能性調査に着手した。

 調査の中では、河川流量の計測や先行水利権の調査、適正レイアウトの検討などを行うと同時に、集落の成り立ちと用水路開削の歴史を辿る作業を行なった。文献によると、集落の氏神を祀っている大人神社には、ホノニニギノミコトが祀られており、大人(おおひと)という集落の名は、明治以前は「大日止(おおひと)」と記載していたそうで、その意味するところは、「ニニギノミコト」が天孫降臨した際に稲穂を握って降り立ち立ち寄った場所、という由来だったそうだ。(後に「大人」へ改名)つまり、この大人集落には、古来、水田開発をする以前より湧水が出て稲作を行なっていた形跡があり、事実、水神祭では「古田」という小字名の空き地まで神輿を運び神事を行っていた。

 また、集落の長老の自宅蔵からは、現在の組合員のおじいさん世代の方々の名前が記載された「大人用水路開削計画書(明治22年)」が発見され、約5億円近い借金を背負いながらも水路開削を行おうと決意したその当時の水田開発への想いが、組合員の中で新たに確認された。

 集落の履歴を辿る作業は、組合員の心に変化をもたらし、集落会議の中での発言が「なんでやらなければならないんだ…」から、「私たちの代でも何かを変えなければならん」「ならばどうするか」と変化するようになってきた。

 何のために誰が、何をやるか。ここが定まると、地域小水力は動き出す。地域住民の中に「自分達がやらねば」という主体性の萌芽が見られ、「次に行こう」という合意が形成され、具体的検討へ一歩踏み出した途端、その後に来るハードルを越えるまでのプロセスは粛々と進められる。(その後のハードルもいくつもあるのだが。)

 大人プロジェクトの場合は、調査と概略設計をもとにした事業性評価で事業性ありと出た時点で、①稲作優先、②個人に負債が発生しないよう法人化、③全員一致でのみ進める、という3つの組合内ルールを全員一致で定め、その後の新法人設立、資金調達、発電用水利および慣行水利の許可申請、土地交渉、FIT申請へと進んだ。その間、町や県、銀行、先行水利権者、鳥取別府電化農協、インドネシアAHB(Associasi Hydro Bandon)などの協力を受けながら、2017年11月、流量:0.12m3/s、落差:85m、出力規模:49.9kW、建設費約9,500万円をかけた大人昴発電所発電所が完成した。(灌漑期は出力を制御し、非灌漑機にフル稼働)

 完成した昴発電所は、山間の日之影町の風景に溶け込むような趣ある石蔵の建屋になった。100年前に先人の手で掘られた農業用水路を流れる水が、新しい水力発電所を通してさらに100年後の未来まで活用されることを願って、昔からこの地域の米蔵や牛小屋に使われてきた溶結凝灰岩の石を譲ってもらい、新たに組み直して利用した(資料3)。

資料3.大人昴小水力発電所
資料3.大人昴小水力発電所

地域事業スケールの小水力発電所建設

 建設にあたっては、九州大学と一緒に実験をして開発した除塵システムを導入した。また新規事業として水車発電機システム製造に取り組んだ佐賀県武雄市の(株)中山鐵工所と協力して、インドネシア製のタービンを安価に調達し、設備費全体のコストを低減した。

 除塵システムは、山間部の渓流で取り組む小水力発電事業にとっては肝となる設備だが、リバー・ヴィレッジで開発した設備は超低コストでありながら、人力での除塵作業が不要というメンテナンスフリーの構造で、高齢化した地域事業者に大変好評で喜ばれている。この時に開発した除塵システムと中山鐵工所の水車発電機のパッケージは、その後、リバー・ヴィレッジが手がける各地域でのプロジェクトに応用され、「住民主体で取り組む発電事業」というスケール感の小水力発電を実現する技術のベースとなり、他地域での取り組みを後押しすることになった。

 ちなみに、「地域で住民主体で取り組みができる規模感」というものは、私たちが金融機関との資金調達協議・交渉の経験を踏まえ掴んでいる規模感だ。それは、そもそもの与信や債務保証などの後ろ盾、担保や保証人がほとんどない、純粋に地域住民だけで取り組む新規事業に対して、金融機関が融資を実行できる規模感、あるいは、専門技術者に外部委託せずとも、ある程度の発電所の維持管理を住民たちでやっていける設備規模・構造のことを指す。

 そういう意味でも、構造的にシンプルで安価な除塵システムを導入することや、発電所の維持管理技術をメーカーと共有することで、機器に些細なトラブルがあった時でも、住民が適切な状況判断をできるようトレーニングを導入したり、共有システムを作ることで、建設だけでなく運用コストも低減することが、非常に重要だと考えている。

 大人昴発電所は運転開始から約6年が経過するが、発電所は順調に稼働し、毎年1100万円程入る売電収益は、神楽や歌舞伎などの伝統芸能の保存や集落の困りごと解決のために使われている(資料4)。大きな額ではないが、発電事業に取り組むことで、その使途を毎年全員で話し合い意思決定するという自立した集落運営の循環が生まれている。また米価が下落することで立ち行かなくなっていた農業と既存インフラの維持管理には、新しい価値を付け加えた。

資料4. 大人用水路取水口
資料4. 大人用水路取水口

 発電事業が過疎・高齢化を止めることはできないが、農村に残された施設を適切に活用し地域事業として再生可能エネルギーを生み出すことができれば、地域に希望と活力と自信と、電気と少しの経済循環が生まれるということを本プロジェクトは実証している。