Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.403 デンマークの「20%オーナーシップ地元購入権」の終了と新たな地域共生策

2023年11月22日
デンマーク大使館 エネルギー担当官 高橋叶

 再生可能エネルギーの導入拡大が進む中、地域との調和・地元調整の円滑化はますます重要な課題となってきています。このテーマを議論する際、おそらく本コラムの読者にもご存じの方が多くいらっしゃると思いますが、デンマークの地域共生策としての「20%オーナーシップ地元購入権」が数多くの文献、あるいは各地のセミナーで好意的に紹介されてきました。が、このスキーム、実は数年前に廃止になっていることはあまり知られていません。本稿では、デンマークエネルギー庁で公開している政策レビューと、筆者が本年9月にデンマーク出張に行って各地でヒアリングを行った内容をもとに、旧スキームの廃止に関する情報と新スキームの内容を取りまとめてご紹介します。

旧スキーム:20%オーナーシップ地元購入権

 「20%オーナーシップ地元購入権」(以下、購入権スキーム)は、新しい風力発電設備の設置に対する地域の関心と支援を向上することを目的に、2009年に再生可能エネルギー推進法(the Act on the Promotion of Renewable Energy)施行により導入されました。このスキームは、研究開発用など一部を除き、高さ25m以上の風車すべてを対象に、事業者に対して最低20%の所有権を地元が購入できるよう義務付けるものでした。事業者はこの出資機会について地元の新聞等で幅広く広報を行うこととされ、風車建設予定地4.5km圏内の人々を優先としつつも同自治体内の永住権を持つ18歳以上の市民すべてに、風車株を購入する機会が与えられました。購入者は額に応じて風車の所有権を一部保持するという形になり、これにより当該事業の収益に応じて、毎年それなりの額の配当を受け取ることができます。

 風車が回って発電すればするほど利益が返ってくるこの仕組みはデンマーク国内で広く受け入れられ、社会的受容性の向上に大きく貢献してきた、というのがこれまで日本でも数多く語られてきたストーリーでした。筆者自身もデンマークでこのスキームを強く支持する人たちに何人もお会いしましたし、投資案件として優秀なので「自分の地域に早く次の風力事業が来てほしい」という声まで聞いていたくらいです。

 ではなぜこのスキームは廃止になったのか。

 デンマークエネルギー庁が行った政策レビュー(1)では、「デンマーク全土の傾向として」は、私たちが聞いてきた上記のストーリーとはかなり違った結果が確認されてきたそうです。なお本政策レビューはデンマーク語版しか存在していませんが、デンマーク人の同僚のサポートを得て全編確認を行いました。

 政策レビューにより指摘された問題点としては、大きく下記が挙げられます。

  • 所有権購入者の多くが、必ずしも風車の近隣住民ではなく、同一自治体に居住しているという点以外で当該発電事業と関連がない市民であった(購入権スキームの対象となった30のプロジェクトを調査し、4.5km圏内の住民による所有権の購入はわずか8%だった)
  • 所有権の多くが、少数による多額投資により購入された
  • 第三者への所有権売却、事業者都合での価格操作など、制度意図と異なる合意や取引が見られた

 これらの内容は筆者にも驚きでしたが、改めて考えると、私がこれまで直接にせよ又聞きにせよ受け取っていた購入者スキームに関するポジティブな意見は、金銭的に多少余裕がある層、あるいは元々風力発電に好意的な層から得たものが多く、少なからずバイアスがかかっていたかもしれません。

 筆者が今年9月にデンマークに行った際、とある再エネ開発事業者に対して「旧スキームをどう評価しますか?」と質問したところ、「自分たちの経験した範囲では、20%に達するまで地元から出資を集めるのはかなり難しかったし、20%のうちほとんどをほんの数名の裕福な農家等の出資で占めたケースが多く、しかも彼らは風車の近くに住んですらいなかった。旧スキームは、地元との合意形成という面では全く機能していなかった」とまで言われました。

 ちなみに、購入権スキームに対する政策レビューは、2011年と2019年の過去2回実施されました。2019年版では2011年時点でも確認された問題が改善されなかったことに触れ、「したがって、購入権スキームには一つや二つの調整を行ったとしても、意図と現実の合致が望まれた通り達成されるかは不透明、という結論に至るだけの事象が確認されている。この点に鑑み、購入権スキームの撤廃は注意深く検討されるべきであり、同時に代替策の検討も行う必要がある(p.23, デンマーク人同僚監修のもと筆者訳)」と述べており、実際にこのあとすぐに購入権スキームは廃止、2020年から新スキームに移行しています。

デンマークの再エネ地域共生を促す新スキーム

 ここまで、デンマークにおける旧スキーム(購入権スキーム)が廃止に向かった経緯をご説明しましたが、ではこの反省をデンマークエネルギー庁はどう活かしたのでしょうか。2020年以来デンマークで採用されている、再エネの社会的受容性向上のためのスキームは以下4つになります。

  1. ボーナススキーム
  2. 不動産価値低下補償スキーム
  3. 不動産売却オプション
  4. グリーンファンド

 一つずつ説明します。

1.ボーナススキーム

 6.5kW/人をベースに、発電電力量(売上)に応じて周辺住民に支払われるボーナス(免税対象)。運転期間を通して毎年支払われる。風力なら風車高さ8倍以内、太陽光なら200m以内に居住する住民が対象。風力なら年13万円程度、太陽光なら5万円程度の支払を想定して計算しているが、発電電力量と市場価格により前後する。ほぼ所有権を持っている場合と同じような形で支払いが行われ、明確に旧スキームの代替として設計されている。違いは、発電所周辺の居住者に限定して平等に同額の支払いになること、「出資」ではないので市民目線では初期投資等無くゼロリスクで金銭を受け取れること。

2.不動産価値低下補償スキーム

 風車高さ6倍以内ないし太陽光の200m以内に不動産を所有する人は、系統接続後無料で査定を受けられ、発電施設の設置に伴う不動産価値の低下が認められる場合にはその分補償を受け取ることができる。上記対象範囲より遠くに位置する場合も査定の申請はできるが、際限のない査定作業の発生を避けるため、4,000 DKK(約80,000円)の支払いが必要。

3.不動産売却オプション

 上記査定により1%以上の価値損失が認められた場合、不動産所有者は発電施設設置から1年以内なら、希望すれば発電事業者に当該不動産を売却することが可能(査定額で必ず買い取ってもらえる)。

4.グリーンファンド

 系統接続時に発電出力に応じて発電事業者が自治体に支払うファンド。風力なら125,000 DKK/MW(約250万円/MW)、太陽光なら40,000 DKK/MW(約80万円/MW)。使途は自治体に委ねられるが、基本的に地元住民や地元団体が地元のための何らかのプロジェクトを実行するものでなければならない(自治体に申請する)。「このお金はこの風力/太陽光の事業からきた」を明確に意識してもらう目的で、3年以内に使わなければいけないことになっている。

 以上4つが、2023年11月現在デンマークで有効となっているスキームになります。

 筆者の印象としては、対象範囲を絞り、明確に不利益を被る近隣住民に集中して補償を行うスキームに転換されたと感じました。旧スキームで対応できなかった、所有権購入の金銭的余裕がない人や、リターンの有無に限らず再エネ事業にそもそも関わりたくないような人にも、前向きに話を聞いてもらいやすい状態になったのではないでしょうか。

 一方で、自治体単位での許認可や計画策定もまたダイレクトに再エネ導入のスピード感に影響するため、対自治体のインセンティブ創出も、グリーンファンドの仕組みでうまく設計されているようです。

 既に述べた、筆者がデンマーク出張の際ヒアリングを行った発電事業者も、新スキームになってから地元とのコミュニケーションが改善したと言っていました。また、「要りもしない不動産を買わされるのが痛手なので、そういう意味では計画段階から住宅の近くを避けるインセンティブになっている」ともコメントしており、間接的な効果も大いに分析の余地があると感じました。

 さて、現状としては上記4スキームは事業者が「最低限満たさなければならない」義務で、実際のところは地域の人々とのコミュニケーションの中で、独自の追加補償に合意するケースもしばしばあるようです(例えばボーナスを支払う範囲を広く取るなど)。ここは事業者自身の創意工夫を凝らした地域への配慮とも読めますが、規制側のデンマークエネルギー庁としては透明性に欠ける上、「声の大きい」地域ほど得をする歪な状況で、地域間の不公平感(「○○市ではもっと補償額大きかったって聞いたぞ!等」)を生みかねないという懸念を抱いており、独自の合意を禁止する方向性も議論されています。

 デンマークでは、2022年の合意で、2030年までに太陽光と陸上風力の合計設備容量を4倍にすることを目指しています。新スキームがこの意欲的目標をどこまで支えられるかは、今後の政策レビューで明らかになっていくものと思いますが、少なくとも旧スキームの課題は大いに改善されたという声はすでに広く聞こえてきます。

 今回この取りまとめに当たってデンマークの多くの方々と再エネの地域共生策について意見交換しましたが、政策立案側にせよ事業者側にせよ、あるいは間に立って合意形成の促進を行う団体にせよ、どこでも聞かれた一番重要な点は「地元との情報共有は早ければ早い方が良い」ということでした。

 住民の間で、恐怖や不信感が育ってしまう前に。事業の仕様が住民意見の反映ないままに詳細に定まってしまう前に。

 この点も、デンマークでは枠組みとして自治体への計画申請や住民説明会などの手続きが義務付けられていますが、筆者がヒアリングした事業者は、制度的に求められているよりずっと早期から頻繁に地域に入って、地域とのコミュニケーションを図っているとのことでした。そのほうが事業遅延リスク(=コスト)を減らせる、という合理的な回答もまたデンマークらしさでしょうか。

 地域の理解情勢は再エネに限らずあらゆる開発に付きまとう、「これ!」という答えのない課題ですが、風力開発で世界の先頭を走るデンマークで絶えず定性・定量評価を繰り返し改良されたスキームは、ほかの国々にも大きなインスピレーションとなるのではないでしょうか。

(キーワード:風力発電、社会受容性、地域共生)

参考文献

(1)Energistyrelsen, NOTAT OM KOBERETSORDNINGEN (2019)(デンマーク語)
https://ens.dk/sites/ens.dk/files/Vindenergi/notat_om_koeberetsordningen.pdf