Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.404 日本とインドネシアにおける持続可能な水力発電開発に関する一考察

2023年12月7日
NiX JAPAN株式会社 代表取締役 市森友明

 当社はインフラ系のコンサルタントとして水力発電設備設計の計画・設計に加え、IPPディベロッパーとして、自社水力発電所を国内とインドネシアにて所有・運営している。本稿では、計画・設計を主業とするエンジニアリングとしての建設コンサルタントが持つ水力発電開発における優位性を述べると共に、国内外での経験、および、その開発環境の相違点から、今後の水力開発における課題や将来展望を、開発者の視座より考察する。

1.国内小水力発電所とその経済性

 当社の国内再生可能エネルギーへの総投資額は約21億円、年間売電収入は約2.5億円である(図1)。小水力発電所のプロジェクトIRRはプロジェクト毎に差はあるものの、2.5~4%、投資回収年数は13~18年である。湯谷川小水力発電所(843kW)以外は、いずれも既存施設を有効活用したモデルであり、平沢川小水力発電所(198kW)は既存の砂防ダムの落差を利用し、金沢ゆわく小水力発電所(160kW)は、昭和14年代から平成10年まで戦前に建設された大型ホテルの自家用発電として稼働していた白雲楼河内発電所の施設を一部有効活用している。

図1 国内再生エネルギー事業への取り組み
図1 国内再生エネルギー事業への取り組み

 出力200kW以下の平沢川と金沢湯涌小水力発電所は、既存施設の有効利用により、かろうじて投資回収できるモデルであり、800kW以上の湯谷川を収益モデルとすると、これらは地域貢献モデルと位置付けている。このように、国内の小規模水力発電所は、条件が良好でない限り(例えば設備利用率が100%近いモデル)、収益モデル化しにくいことが伺える。発電以外の安定事業収入があること、または複数の発電所による収益ポートフォリオを形成できることが、事業者にとって望ましい。

2.インドネシアでの水力発電開発概要

 インドネシア政府は、2060年までのカーボンニュートラル達成を表明している。従来より再エネ普及に対し様々な政策を実行しているが、水力発電が再エネ増加計画量において一定程度の割合を占めており、外資に対しても投資できる環境を提供している。

図2 インドネシアの電源構成と2060年ネットゼロへのシナリオ
図2 インドネシアの電源構成と2060年ネットゼロへのシナリオ
出典)JETRO、IEA(2022)

 このような状況において、当社は約4年間の開発期間を経て、2023年11月にトンガル水力発電所(6MW)の商業運転を開始した。トンガル水力発電所はインドネシア西スマトラ州に位置し、高低差約44.4m、最大取水量16m3/sの流れ込み式の水力発電所である。(図3,4)。トンガル水力発電事業は環境省の令和2年度「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)資金支援事業のうち設備補助事業(以下、「環境省JCM設備補助事業」)」に採択されている。

図3 海外再生エネルギー事業への取り組み
図3 海外再生エネルギー事業への取り組み

図4 トンガル水力発電所概要
図4 トンガル水力発電所概要

 本プロジェクトは2013年以来、インドネシア企業単独で各種権利取得や国営電力会社PT.PLN との売電契約締結など開発を進めていたが、技術・資金面での問題から、プロジェクトが滞っていた中、当社グループによる技術最適化及びプロジェクト資金支援決定を経て、2019年11月に出資したものである。資本構成も事業主体であるプロジェクトSPCのマジョリティ株主(75%)として本事業を進めた(図5)。当社は2014年よりインドネシアに進出し、粘り強く水力発電開発を実施していた。その活動により、水力開発関係者に広く認識されていたことに加え、2019年に9名から成るエンジニアリングの現地法人(現在は12名)を設立したことで、このような協働プロジェクトの情報が多く持ち込まれるようになった。本件はその内の一つであるが、現地化、そして関係づくりに数年の時間・コストをかける気概が必要と改めて感じている。出張ベースで現地市場調査を行っている日系企業をよく見かけるが、しっかりとしたビジネスに醸成された例はあまり見たことが無い。

 インドネシアにおける売電契約は、日本と同様のFIT(現在はFIP)制度があり、国営電力企業(通称PLN)に可能性調査(以下FS)結果と共に申請し、交渉によって詳細条件が決定される。このように、インドネシア政府としては、PLN以外の民間セクターにも機会を提供し、再生可能エネルギーの導入加速化を図る狙いがある。一方で、PLNの立場からすると、FITによる買取とPLNの経営はトレードオフの関係になることから、制度の施行スピードが遅かったり、内容も頻繁に変更されるので留意が必要である。また、買取期間は25年であるが、価格は地域によって異なった幅の範囲で決定され、また年間総発電量が制限を受ける等、日本に比較して不確定要素が多いので、ある程度の条件の下振れを許容できる事業計画が必要となる。

 このように、当社のような外資にとって、現地の有力開発地点情報に乏しいインドネシアでの水力開発は、ブラウンフィールドからの参入になることが一般的であり、また、出資規制は撤廃されたものの、売電契約(PPA)を取得する際には、現地企業とのJVが実質的に必要である。

図5 トンガル水力発電所のプロジェクト構造
図5 トンガル水力発電所のプロジェクト構造

3.両国の水力発電事業の経済性について

 トンガル発電所の事業費は現在の円レートで約19億円、プロジェクトIRRは16%、投資回収年数は約8年となり、日本と比較し圧倒的な収益性を有している。おおよその固定買取価格と事業費のバランスは(表1)、トンガル水力発電所レベルでは、建設費1億円当り、出力1kWh当りの買取価格で示すと約1.4倍程度インドネシアが高く、政府が再エネ導入量促進のために、事業者に対し有利な条件を示していることがわかる。一方で、日系企業にとっては様々な海外事業のリスクを鑑みた場合、投資判断基準となるIRRや投資回収年数は、日本での開発に比べて高めに設定することが一般的である。当社の場合資金導入コストをも勘案して国内発電では1RRを3%以上、インドネシアでは13%以上を一つの基準としているが、この基準は各開発企業の事情で異なると想定される。

表1 日本とインドネシアにおける水力発電所の経済比較
表1 日本とインドネシアにおける水力発電所の経済比較

4.オーナーズエンジニアリング・コンストラクションの優位性

 一般的にインフラプロジェクトはFSから調査設計段階のある段階において、その事業の継続実施、および、本格投資の可否を判断することとなる(図6)。事業を断念した場合、それまでの開発コストは未回収となりサンクコスト化する。開発費は事業費全体から見れば一部であるが、水力の場合、出力が小さければ開発コスト割合は上昇することから、大きな資本を持たない小水力発電開発者は、開発コストのサンクコスト化に対する寛容性が総じて低くなり、小水力発電普及の障害の一つとなっている。

図6 水力発電開発ステージと事業損害
図6 水力発電開発ステージと事業損害

 一方で、当社はエンジニアリング企業として調査・設計の内製化により、サンクコストを自社コストとして吸収することができる。さらに、金融機関に対し、技術ディューディリジェンスの役割を担うことから、その技術的信用に基づいた融資を地域金融機関より得られやすい。このような国内水力開発の形態をオーナーズエンジニアリング※1による、プロジェクトビジネスの垂直統合モデルと呼んでおり(図-7)、当社の競争優位性の一つである。
(※1 プロジェクトの発注者、またはオーナーが、そのプロジェクトのエンジニアリングを外注に頼ることなく自ら管理すること)

 インドネシアの事業は先述した通り、ブラウンフィールドから参入する場合が多く、現地の開発者がローカル設計会社に依頼して作成した技術資料を使用することにある。しかしながら、精度が必ずしも高いものとは言えず、本プロジェクトでは、オーナーズエンジニアリングの下に、当社が再設計や最適化検討を重ね、実現可能性と収益性を高めている。トンガル発電所は、当社の現地法人(PT.NiX Indonesia Consulting)と日本本社の共同エンジニアリングであるが、経済合理性を追求していく過程での両国のエンジニアでの協働技術検討プロセスにより、経済合理性と品質において、新興国の低品質・低価格と日本のオーバースペックの最適地点に落ち着く所が実に興味深い。

図7 プロジェクトの垂直統合モデル
図7 プロジェクトの垂直統合モデル

 施工においても、現地では一定規模の水力発電事業において、EPC契約ができる企業は国営建設会社等、数社に限られており、施工業者の選定には頭を悩まされる。本プロジェクトでは、現地の民間土木施工会社がJVパートナー開発者であったため、施工はオーナーズコンストラクション※2として、同社に依頼した。出資条件とした工事利益の削減によるプロジェクトの収益性向上、また発電所が稼働した際のオーナーとしての配当の享受や稼働時点での先行開発費の肩代わり精算といった完工イニシアティブにより、工期遅延と品質の劣化を抑制した。
(※2 プロジェクトの発注者、またはオーナーが、そのプロジェクトの建設を外注に100%頼ることなく、自ら管理を行うこと)

図8 プロジェクトの完全垂直統合モデル
図8 プロジェクトの完全垂直統合モデル

 また当社現地法人から工事現場に2名の社員をオーナー側の施工管理の立場として常駐させ施工管理を行った。このように、本プロジェクトは経済性評価、設計・施工管理を得意とする当社と施工を本業とする現地企業との水力発電事業には最適なJV構成となり、オーナーズエンジニアリング・コンストラクションとして、本スキームを、プロジェクトビジネスの完全垂直統合モデルと呼んでいる(図8)。また、このスキームが、リスクとリターンのバランスの改善につながり、国内インフラ技術サービスと併せて、リスク・リターンポートフォリオを形成している(図9)。

図9 リスク低減とポートフォリオ形成
図9 リスク低減とポートフォリオ形成

5.日系エンジニアリング企業の立場を活用した資金調達の優位性

 トンガル水力発電はインドネシアの国営開発銀行SMIより、事業費の約7割をプロジェクトファイナンスとしての調達を最終形とし、施工時は邦銀からの資金調達を中心としている(図5)。SMIのプロジェクトファイナンスの調達は一般的にハードルが高いが、当社の日本での実績や、オーナーズエンジニアリング・コンストラクションのスキームが、SMIからの高い技術評価に繋がり、本ファイナンスが実現している。

 施工時、および、その他建設資金として調達した邦銀の金利はインドネシアのローカル金融機関から調達金利(10%超)より圧倒的に低く、プロジェクトIRRを飛躍的に高めることに成功している。このように、インドネシアにおいて、日系エンジニアリング企業として、現地の開発課題である「高い技術力」と「低コストの資金」を提供できることが、当社の競争優位性として認知されている。

6.インドネシアの投資環境と日系インフラ系企業の競争力

 日系企業はインドネシアにおいて、様々な分野で脱炭素化ビジネスに取り組んでおり、当社が取組む水力の貢献も一定程度期待されている(図10,11)。

図10 日系企業による脱炭素化への取り組み
図10 日系企業による脱炭素化への取り組み
出典)JETRO

図11 インドネシアにおける日系企業の貢献
図11 インドネシアにおける日系企業の貢献
出典)アイビームコンサルティング,JETRO

 また、前述の通り、トンガル水力発電事業は、インドネシア政府と日本政府の協力の下で実施されている環境省JCM設備補助事業に採択されており、インドネシアにおける温室効果ガス排出削減とJCMを通じて両国の排出削減目標の達成に貢献するスキームとなっている。

図12 二国間クレジット制度(JCM)
図12 二国間クレジット制度(JCM)

図13  二国間クレジット制度(JCM)のスキーム図
図13  二国間クレジット制度(JCM)のスキーム図
出典)環境省資料「二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism (JCM))の最新動向」

 このように、インドネシアでは水力の貢献が一定程期待されており、また、有力な開発地点も残されている等、開発ポテンシャルも大きい。事業家の水力に対する投資意欲も旺盛で、日本の開発者に比べると開発コストのサンクコスト化への寛容性も大きい。一方で、ローカル調査設計会社のFSの精度は決して高くなく、当初計画の見直しはほとんどのケースで必須であると想定される。

 また当社のトンガル発電所建設において、日系ゼネコンや設備・資材メーカー、タービン・発電機メーカーの関与はない。日系企業はODA事業を中心としているために、現地での価格競争力に乏しい。トンガル発電所において、タービン・発電機はオーストリア製を導入しているが、日系企業の見積りは、オーストリア製の3倍近い価格であった。オーストリア国民の平均年収は総じて日本よりも高く、廉価な国外向け製品をつくれる環境にはないが、グローバル展開での市場規模確保から、規模の経済による生産効率化を図っており、各国での価格競争力に繋がっている。日本国内においても、日系企業の小水力発電タービン・発電機の少量生産による価格の高さが、小水力発電導入を阻害する大きな要因になっており、国内の小水力発電普及における最大の課題となっている。

7.まとめ

 本稿では、日本とインドネシアでの水力開発について、双方の開発実績を踏まえ、事業者の視座から考察した。日本の小水力発電には経済的な課題が大きいこと、また、インドネシアに比べて開発費に対するサンクコスト化への寛容度が低いことや、買取価格設定が不利であること、また、国内のタービン・発電機の価格が高いことを示した。また、エンジニアリング企業が事業者となる、オーナーエンジニアリングの有効性や、インドネシアでは、日系企業の技術と低金利資金の提供が、競争優位となることを提示した。

 今後国内開発においては、政府の資金を調査・設計といった開発費用に重点的に充当していくことで(現在様々な補助金メニューはあるものの、いずれも使い易いものではない)、日本の開発者が有するサンクコスト化への寛容性の低さをカバーできると想定される。また、タービン・発電機は海外製品の導入により経済的に成立するモデルを増やすことが可能である。現在の日本の製造メーカーは、国内展開に特化しており、製品の製造コストを引き下げることは今後も困難であろう。

 当社はトンガル水力発電所の運開を終え、現在スマトラ島南部に位置するケタウン水力発電開発(13,000kW)の開発に着手している。インドネシアでの水力発電開発の環境に身をおきつつ、国内外での発電所ポートフォリオを形成し、国内小水力発電の普及促進に貢献したいと考える。

(キーワード:経済性、サンクコスト、オーナーズエンジニアリング)