Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.206 イリノイ州における電力小売の自治体アグリゲーション

2020年10月8日
京都大学大学院経済学研究科特定講師 中山琢夫

キーワード: 自治体アグリゲーション(Municipal Aggregation)、CCA (Community Choice Aggregation)、基本サービス料金(Basic Service Rate)

はじめに

 アメリカにおけるCCA(Community Choice Aggregation)・自治体アグリゲーション(Municipal Aggregation)の取り組みについて、前回のコラム(No.193)では東海岸のマサチューセッツ州の例を、前々回のコラム(No.184)では西海岸のカリフォルニア州の例を中心に取り上げた。

 2017年12月末の時点で、CCA(自治体アグリゲーション)は全米におおよそ750あった。このうち過半数以上を占め、数で他州を圧倒しているのがイリノイ州である。イリノイ州は、年間の売上・顧客数においても全米トップを誇っている。州内の売上シェア・顧客シェアについても他の州よりも大きかった(表1)。本コラムでは、イリノイ州における自治体アグリゲーションについて概観する。

表1 州ごとのCCAの基本指標
表1 州ごとのCCAの基本指標

※2017年12月末時点
出所:O'Shaughnessy et al., (2019)より作成
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イリノイ州の自治体アグリゲーション

 イリノイ州では、2009年の下院法案House Bill 0722の下で、自治体アグリゲーションの設立を許可する法案が可決された。現在では、イリノイ電力会社法(Illinois Power Agency Act)のSection 1-92において、自治体(Municipality)や郡(County)が電力需要をアグリゲーションすることが認可されている。

 イリノイ州の自治体アグリゲーションは、2012年から2013年の間に、kWhあたり3セントのコスト削減を実現したことで、競争的な電力小売料金を提供することができた。その結果、自治体アグリゲーションの売上げはこの期間に急増し、売上と顧客の点で全米のCCAのリーダー的存在となった。年間の売上のピークは2014年の25TWhであったが、この年からピークアウトしており、2014年から2016年にかけて縮小し、2017年には16TWhにまで落ち込んでいる。

 しかしながら表1が示すように、2017年末には約16TWhの売上があり、この点でも全米最大の市場規模を維持している。この時期に投資家所有の大手ユーティリティ(IOU: Investor Owned Utility)の基本サービス料金が上昇するにつれ、活動している自治体アグリゲーションの数は回復傾向にあるという。

 この変化の最も顕著な要因は、大手IOUの基本サービス料金の低下にある。この料金は、2011年に平均6.5セント/kWhであったものが、2014年には5.2セント/kWhにまで低下した。一部の自治体コミュニティでは、自治体アグリゲーションが競争力を失ったために、活動を停止しているところもある。いくつかの自治体コミュニティでは自治体アグリゲーションを維持することを選択しているが、その場合においても、基本サービス部分を含む事業全体のコスト削減のために、電力メニューから自主的なグリーン電力(Green Power)を削除している(図1)。 

図1 イリノイ州の自治体アグリゲーション(CCA)の売上と大手IOUの標準サービス料金
図1 イリノイ州の自治体アグリゲーション(CCA)の売上と大手IOUの標準サービス料金

出所:O'Shaughnessy et al., (2019)
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 図1が示すように大手IOUの基本サービス料金(Basic Service Rate)は2014年までは低下しているものの、それ以降は上昇傾向にある。ここ2-3年で、イリノイ州では自治体アグリゲーションが復活していると言われているものの、2013年〜2014年のピーク期のレベルにまで回復するかどうかは明らかではない。 

 イリノイ州の自治体アグリゲーションは、“Plug In Illinois: Power of Choice”というサイトで確認することができる。このリストには、オプト・アウト(Opt-Out)方式を推進している自治体アグリゲーションプログラムが示されており、最新の情報に随時アップデートされる。このサイトは、州の公益事業を監督するイリノイ州商務委員会(Illinois Commerce Commission)が所有しており、電力供給(小売)事業者やベストな選択方法について顧客を教育するために設置されている。

 このリストには、自治体コミュニティ、現状、供給事業者、価格、現契約の満了期間、サービス対象地域、住民投票の年月が示されている。このうち現状(Status)の項目を見てみると、図1示すように、2014年以降、アグリゲーション(CCA)の売上が減少している。このことは、プログラムそのものが終了した自治体アグリゲーションが、少なからずあることを示唆している。人口約270万人の大都市シカゴでも、2012年11月に住民投票によって自治体アグリゲーションの設立が認可されたものの、2015年8月にはプログラムが失効している。

 “Plug in Illinois” では、一概に自治体アグリゲーションを推奨しているわけではない。電力自由化州のイリノイ州では、顧客が電力小売事業者を選ぶ時には、同州をカバーする大手ユーティリティであるComEd (Commonwealth Edison)社や、Ameren社の電力供給(小売)料金を理解することが重要だと主張する。そして、料金を比較することを推奨している。合理的な消費者(顧客)であれば当然、安い電力小売価格を提供する事業者との契約を選択するだろう。

 とはいえ、いまだ多くの自治体アグリゲーション(CCA)は、大手IOUと競争的な価格を実現している。図2が示すように、イリノイ州におけるIOUのひとつであるComEd社がカバーする地域において、2017年の時点で76%の自治体アグリゲーション(CCA)が、ComEd社の基本サービス料金(Basic Service Rate)よりも同等か、あるいは安価な競争的な価格を提供している。さらに、多くの自治体アグリゲーションでは、自発的なグリーン電力料金もまた、基本サービス料金を値引くことで価格競争的な価格を実現しているという。

図2 ComEdサービスエリアにおける自治体アグリゲーション(CCA)の基本サービス料金
図2 ComEdサービスエリアにおける自治体アグリゲーション(CCA)の基本サービス料金

※データ:ICC(2018a, 2018b)
出所:O'Shaughnessy et al., (2019)
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まとめ

 本コラムでは、自治体アグリゲーション(CCA)で全米をリードする、中西部のイリノイ州の取り組みについて概観した。イリノイ州の自治体アグリゲーションは、大手IOUと比べて安い小売価格を実現することで、価格競争的に多くの顧客を獲得した。イリノイ州の自治体アグリゲーションでは、再生可能エネルギー100%を、RECを購入することで達成することが主流となっているようだが、基本サービス料金を低く抑えることでその全体費用を合理的にしようとしている。

 大手IOUが、自治体アグリゲーションと競争するために基本サービスの電力小売価格を値下げし、2014年に最低価格を達成すると、中小企業や家計の電力需要を取り纏めて供給する自治体アグリゲーションの売上や顧客数も減少した。つまり、2013年〜2014年の期間でピークアウトしている。現在も成長傾向にあるカリフォルニア州やマサチューセッツ州とは少し異なった状況にある。

 では、イリノイ州の自治体アグリゲーションの役割はすでに終わったのかというと、必ずしもそうではない。イリノイ州の自治体アグリゲーションは、ピーク時からは減少しているものの、2017年時点での州内の総売上シェア11%、顧客シェア34%は、未だ全米トップをリードしている。

 また、イリノイ州の自治体アグリゲーションの台頭は、大手IOUの基本サービス料金の引き下げに刺激を与えたことは間違いない。大手IOUも3割以上の顧客を失うとなれば、さすがに料金引き下げ等の経営戦略の見直しをせざるを得なかっただろう。自治体アグリゲーション電力小売料金の引き下げは、直接的に需要家の顧客のベネフィットとして還元される。

 イリノイ州のエネルギーミックスのうち、再生可能エネルギーが占める割合はまだわずかである。しかし、イリノイ州には未開発の陸上風力資源が多く賦存している。もちろん大手IOUの風力発電開発を妨げるものではないが、自由化州の特徴を活かして、競争的な独立系発電事業者(IPP: Independent Power Producer)と自治体小売アグリゲーションがPPA契約を結んで、クリーンなエネルギーを安価に供給するようなビジネスモデルもまた、今後期待されるようになるだろう。