Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.229 電力市場大混乱を生むハイブリッド規制

2021年1月28日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 山家公雄

キーワード:電力市場価格高騰 行政指導 LNG市場 調整力募集

 昨年末から現在まで、冬場の需給ひっ迫とかつてない卸電力市場価格のスパイク・高止まりが続いている。市場取引の経験が長い海外を見ても、ここまで長期間に及びスパイクが続く経験はない。本稿では、どうしてこうした状況が生じたのかについて考察する。

例のない価格高原状況

 今回の、価格高騰は異例である。「スパイク」は文字通り一時的に暴騰することであり、今回の数週間に及ぶ高止まりは「価格高原(プラトー)」とも称すべき事象である(もちろんそのような表現は存在しない)。12月中旬から前日(スポット)市場価格が上昇トレンドに入り、1月6日には100円/kWh、15日には過去最高となる251.1円/kWhを記録し、その後も高値が継続している(図1)。

図1 スポット市場価格の推移 2020/11/1~2021/1/19
図1 スポット市場価格の推移 2020/11/1~2021/1/19
(出所)資源エネルギー庁「電力需給及び市場価格の動向について(1/19/2020)」に加筆

 当局の公表データ、報道、識者のコメント等をもとに、いくつか要因を考えてみる。

①予測を超えた気温低下と需要増(約1割)
②悪天候による太陽光発電の低稼働(補完関係にある風力の導入不足)
③設備予備率の低下(需給逼迫)
④LNG等の燃料制約顕在化
⑤同時同量義務に係る不透明な行政指導の存在
⑥ハード中心の安定供給(信頼度)確保対策の限界

 等が挙げられる。まだ情報公開が不十分であるが、「燃料調達の判断ミス、自由化の不徹底、行政指導の存在」が破滅的な事態を招いた主要因と考えている。以下、解説する。

1.スポット市場の動向

供給力があるなかで恒常的に供給量不足が続く状況

 上記③は①②の結果であり、西日本を主にかなり逼迫したが、最悪時でも東日本からの融通等で最低限守るべき予備力である3%は確保できた。逼迫はしたが供給力(発電能力)は存在したのである。しかるに、卸取引市場(以下、スポット市場)はスパイクし、プラトー状況が3週間以上続いている。

 スポット市場は、通常は需要曲線と供給曲線の交点で約定価格(均衡価格)が決まり、それが落札された全設備に適用される(シングルプライス・オークション)。この約定価格は、限界プラントの限界費用を反映しており、ほぼその燃料価格に収斂する。限界設備の多くは天然ガス火力と推定され、LNG価格相場が軟調局面では低下する。2020年は燃料価格低下に加えて、場所や時間帯によっては太陽光発電の増加もあり、スポット価格は低い水準で推移した。今回の特徴は、この均衡点が存在しない時間帯(コマ)が多いことである。需要量を供給量が下回ることが常態化した。何らかの理由で供給「量」が不足し、しかも継続している。12月入り後、売りと買いの乖離が拡大してきていたが、12月25日以降はさらに拡大し約定量が売りの量と一致している(図2)。

図2 スポット市場の売買入札量・約定量の状況
図2 スポット市場の売買入札量・約定量の状況
(資料)発電情報公開システム(HJKS)
(出所)電力・ガス取引監視等委員会「スポット市場価格の動向について(1/19/2020)」

価格上げスパイラルのメカニズム

 売り量が少ない場合、供給量確保に固執する小売り事業者のビッド価格が約定価格となる。供給の限界費用ベースから需要のビッド価格ベースに約定価格決定要因がシフトする。高値が高値を呼ぶ展開になる。図3は、不足時の需給状況を示したものであるが、供給曲線は玉切れのところで垂直に立ち、買い手の状況(需要曲線)により約定価格は大きく変化している。

図3 供給不足時のスポット市場(12/28/2020、1/14/2021)
図3 供給不足時のスポット市場(12/28/2020、1/14/2021)
(出所)電力・ガス取引監視等委員会「スポット市場価格の動向について(1/19/2020)」

 高値は何処で止まるのか。小売り事業者がスポット市場(あるいは時間前市場)を利用して供給量を確保する(同時同量義務を履行する)のをギブアップしたときである。「意図的なインバランス」が発生し、安定供給のラストリゾートである送電事業者(TSO)の調整力に委ねるが、この時に支払うコストがインバランス料金である(ドイツではインバランス価格はギブアップ価格ともいわれる)。

 インバランス料金は、現状ではスポット価格と時間前市場価格の平均値を基本としたフォーミュラが適用される(上限はない)。時間前市場は取引が少ないので、ほぼスポット価格が基本となる。今回のように供給量不足でどこまでスポット価格が上昇するか見通せないときは、小売り事業者はスポットでのビッドをやめてTSO調整に委ねる(インバランス調達に入る)のが合理的な行為となる。後述するがTSOは供給力の1割弱を確保しており、TSOと契約している発電事業者はTSOへの供給義務を負っている。

 しかし、スポット市場は1日平均で100円越え、最大で250円越えを記録しかつ継続した。経営危機に陥るような逆ザヤと分りながら、どうして小売りはビッドを続けたのか。スポットが上がるほどにインバランス料金は上がり、回避するために自前調達に走り、それがまたペナルティを上げる。こうして上昇スパイラルが働くことになる。早期に傷の浅いうちにTSOに委ねるという判断をしなかったのか。

市場機能への行政介入は高くつく

 それは広域機関による「計画値同時同量必達」の指導が影響している。スポット市場参加者は、特に主要な新電力にはかなり強い指導があったとされる。卸取引で残る過不足を送電事業者が調整するのだが、「両者の連携にかかる独特のルール(行政指導)が振れ幅を大きくした」といえる。当局も、どうしてスパイラルを遮断するような手を打たなかったのか。行政指導は、インバランス料金が低い水準で推移し、安易にTSO調整(インバランス調達)に走る動きを牽制することが狙いであり、スパイラルは全く想定外だったのであろう。市場機能を無視した(歪める)指導は危険であることが改めて証明された(前科は容量市場入札時のルール)。

2.調整力分担からのアプローチ

 予備力(調整力)は存在したのに、どうして高騰が生じたのか。調整力分担の視点からアプローチしてみる。LNG燃料はTSOと小売り事業者にどのように分配されたかということでもある。

小売り事業者の自主調整を信用せずにTSO調整に偏る

 TSOの調整力確保に関して、2017年度より(旧一電:旧一般電気事業者)自前調達から募集調達に移行している。2016年度に始まった全面小売り自由化を機に電気事業は領域ごとにライセンス制度が導入され、他の発電事業者の供給力を含めて公平に調達することになった。「調整力募集」のルールでは、予めTSO専用として利用できる容量(電源Ⅰ、Ⅰ’)と卸市場閉場後(Gate Clause後)に利用できる容量(電源Ⅱ)とに分類され、前者は広域機関が、需給想定に照らして必要量を毎年判断する。2020年度は、電源Ⅰの必要量は平年H3(最大3日平均需要)の7%、電源Ⅰ’は厳気象H1(10年に一度生じる猛暑、厳寒時の需要)の1%からH3の3%を指し引いた量を基礎とするとされた。電源Ⅱは、容量は示さずに設備要件のみによる募集となる。

2020年度の募集予備力は約1600万kW

 2020年度の募集結果をみると、電源Ⅰは1140万kW、電源Ⅰ’は約430万kW(うちデマンドレスポンスDRは130万kW)と、合計1570万kWの落札となった(表1)。

表1 2020年度調整力公募結果(2019/9実施)
表1 2020年度調整力公募結果(2019/9実施)
(出所)電力・ガス取引監視等委員会の資料を基に作成

 旧一電の落札率は電源Ⅰでほぼ100%、電源Ⅰ’で93%を占める。このうち、今回対応すべきリソースはどの程度かは、各TSOの約定の積み上げとなるが、冬季であり相当量確保していると考えられる。なお、電源Ⅱの応募量は13600万kWである。

 ここで検証が必要なのは、最大約1600万kW存在する電源Ⅰ(落札量でⅠ’を含む、以下同様)の行動である。既存発電事業者は限りある燃料をどう割り振ったか。まず、相対契約履行義務、計画値同時同量義務順守から相対取引向けに最優先で回すであろう。TSO向け調整力として待機している設備(出力)は2番手となる。TSO指令に対して十分な量を供給できない場合はペナルティの対象となるが、ペナルティは契約容量価格の5割増しが基本で、経済合理的に判断すると、ペナルティを払っても高騰する卸市場に向けに投入するという判断もありうる。しかし、発電事業者は系統の秩序を優先するであろう。

 今回は、スポット市場向け供給量が不足して、電力取引全体に占めるスポット取引の割合は急低下している。TSOは所定の調整力を確保できたとしても、市場参加者のインバランス需要急増に対応しなければならない。図4は、12月17日から1月13日に生じたインバランス発生量の推移であるが、不足は82万kWhを記録した。1年前同期間の不足は9万kWhである。実際、追加調整力の手当てに奔走することになった。特に西日本において顕著である。

図4 インバランスの発生状(2020/12/17~2021/1/13)
図4 インバランスの発生状(2020/12/17~2021/1/13)
(出所)資源エネルギー庁「電力需給及び市場価格の動向について(1/19/2020)」

十分なTSO予備力はスポット市場をクラウドアウトした?

 ここで、検証すべきは、予備力として確保している最大1600万kWの設備の量が少なければ、燃料はスポット市場の方により多く回ったのではないかということである。大規模災害があったわけでもなく1割程度の需要増で10倍もの価格高騰が、短時間ではなく、一定の期間長期間生じた。前述のように、今回のスパイクはスポット市場の玉不足(売りオファー不足)により、一部新電力が供給量確保(同時同量履行)にひたすら走った結果価格高騰が生じた。

 次のような仮説は成り立たないか。「TSO調整力がより少なく、スポットに燃料がより多く回っていたら異常なスパイラルを招くに至らなかった。TSOが予備力を十分に確保したことによりスポット市場はクラウドアウトされた。」

 小売事業者の供給力確保義務を強調する一方で、自主的に確保する環境整備は十分とは言えない。自由化時代の信頼度維持は、小売りとTSOで分担するという建付けではあるが、TSO優先の制度設計になっており、小売りは手段に制約がある、手足を縛られているのではないか。これは、容量市場の失敗やFIT電源予測誤差の予備力調達と同根のところがある。そもそも、肝心の卸取引市場は整備途上である。

3.LNG調達・運用からのアプローチ

燃料調達ミスが最大要因

 もっとも、燃料調達の支障がなければ、kW確保による信頼度維持の考え方でも、問題は生じなかった。LNG燃料制約はどうして生じたのか。これが、最大の論点である。まず、公表されたデータを見てみる。図5は、在庫の推移であるが、12月15日前後より急減しているのが分る。図6は、火力発電の停止・出力低下量の推移であるが、在庫量の減少に伴い「停止・出力低下量」が増えていることが分る。

図5 LNGの在庫の推移
図5 LNGの在庫の推移
(出所)資源エネルギー庁「電力需給及び市場価格の動向について(1/19/2020)」

図6 発電設備停止・出力低下量の推移(2020/12/1~2021/1/18)
図6 発電設備停止・出力低下量の推移(2020/12/1~2021/1/18)
(出所)電力・ガス取引監視等委員会「スポット市場価格の動向について(1/19/2020)」を加工

 LNGに関しては、以下の指摘が出てきている。
*LNGは、最近の中国の積極的購入、厳冬による韓国の需要増等による需要増に加えて、トラブル等による搬出難、コロナ禍による流通設備低稼働やパナマ運河混雑等による供給抑制によりスポット市場の需給がひっ迫。スポット市場で追加購入しても到着まで2カ月程度かかる。配船繰りも容易でない。
*気化ロスがあり備蓄に限界がある(2週間程度)。
*アジアを主にLNG需要が増え、日本の購買力が低下し柔軟な調達が難しくなっている。発電は自由化で需要者との接点がなくなり(小売り経由となり)、需要動向の把握が難しくなっている。東電と中部電力の燃料・火力統合会社であるJERAは世界最大級の取引き基規模を誇り、購買力が期待できるが、基本的に中部と東京の発電事業者であり、日本全体を見据えた行動になっていない(日経エネルギ-ネクスト「なぜ電力ひっ迫を招いたLNG不足を予測できなかったのか」)。
*電力会社のLNG調達は、長期相対契約から短期スポット契約にシフトしていた。ガス会社はまだ相対の割合が多く天然ガス需給ひっ迫の影響が相対的に小さい(朝日新聞)。

燃料調達ミスは自由化不徹底に起因

 上記論点に関し、自由化との関連については以下のように考える。自由化により電力需要者との距離が遠くなったのが原因というロジックは当たっていない。逆であり、発電事業(燃料事業)になりきっていないことが燃料調達判断の甘さに結びついている。自由化により、本来発電事業、小売り事業者はそれぞれで利益最大化を目指すことになる。小売りは市場から電力を仕入れて(電力コストでは差がつかない、値引き競争に偏らない)サービスで勝負し、そこからイノベーションが生まれる。発電事業は、相対や市場を見据えて独自に最大化を目指すが、燃料の調達・運用がカギを握る。今回のような需給逼迫を予想し、供給の準備ができていれば大きな利益を享受でき、結果としてスパイクの緩和に貢献する。(エリアの限られた)小売り部門に予想を任せているとしたらビジネス機会を逸する。発販(発電小売り)一体というモデルが、責任を曖昧にしビジネス機会あるいは安定供給義務を損なっている。

 また、自由化後の電気事業者においては、燃料を含むトレーディングビジネスが占める比重が大きくなり、需給調整、裁定・リスクヘッジ取引等に携わる多くの専任トレーダーを抱えることになるが、その体制になっているのだろうか。規制時代は、多少高くても安定調達を優先していた。電力会社向けの燃料ビジネスは商社等にとりドル箱になっていた。現在でも燃料コストの変動を自動的に料金転嫁できる「燃調制度」が存在するが、市場動向に対して鈍感になっていないか。

 より根本的な問題として、天然ガス取引、インフラ整備の問題がある(「京大コラムNo.194 ガスのオペレ-ション」)。日本では、天然ガスパイクラインは、LNG基地を起点とするエリア展開に留まり、広域・全国ネットワークになっていない。電力でいうTSOが存在せず、系統運用の概念もない。基地からガスを需要家に届けるだけであり、大手ガス事業者といえども「配ガス事業」に特化している。さらには、欧米では石炭や石油掘削跡地に多く存在する(気体)ガス貯蔵設備がない。天然ガスパイプライン整備構想はかねてより提起されてきたが、具体化されずに今に至っている。こうしたなかで、天然ガス価格と電力の裁定という意識もシステムも弱いのではないか。

4.設備容量による需給判断からの脱却

 安定供給に最終責任を持つ広域機関の役割は大きい。個々のTSO内で調整力が不足しそうな場合は、他のTSOに融通指令を出す。最も重要な業務に、需給見通しの策定がある。毎年3月に向こう10年間の需給見通し(供給計画)を公表する。5月には冬季実績と夏季見通し、10月には夏季実績と冬季見通しを策定し、資エ庁が公表する。今回の状況については、2020年10月に公表されているが、10年に一度の厳気象H1においても3%の予備力は確保できるとしていた。資料をみると、最大需要と供給力での判断となっている。すなわちkWによる判断でkWhは重視されていない。また、逼迫時の市場価格の予想は出ていない。この課題については、既に議論が始まっており、今後の対策が期待される。

 10月時点の冬季需給予想は、少なくともkWhに関しては外れた。想定外の寒気による需要増と解説された。一方、日本気象協会は、10月以降、2018年度並みの厳気象となり、電力需給がひっ迫することを繰り返し警告していた。予測力の強化、情報収集と頻繁な発信が非常に重要であることが理解できる。

 市場機能が最も進んでいるテキサス州では、ISOのERCOTが夏季に向けて3回(12月、3月、5月)需給予想を発表する。電源種毎の容量だけでなく予備力、停止、出力低下の容量そして州外からの調達の数字も提示される。また、予備力の水準に応じた市場価格が予め提示される。市場参加者は、その情報を基に、準備を行うのである。2018年、2019年は逼迫が予想されたが、停止や出力低下が大幅に減り、自主的に予備力を確保できた(「京大コラムNo.212 容量市場入札④容量市場なしで予備力を確保するテキサス州」)。これは機会を見て改めて解説したい。

最後に

 容量市場入札に続いて、世界に類を見ない電力市場を巡る大混乱が生じてしまった。再エネが増えたから、自由化で火力発電の余裕がなくなったから、分社化により電力会社の情報収取力が落ちたから等の声も聞こえる。しかし、日本だけ特殊ということはあり得ない。まだ自由化は途上であり、既存のスステムや考え方が残るハイブリッドな状況の中では、市場変動に脆弱であることが改めて分かった。容量市場でも、卸市場でも、経過措置やその修正において「行政指導」で取り繕うが、市場はそこを突いてくる。今次大事件の最大要因は、ガスの市場整備やインフラの遅れおよびアイブリッドで曖昧な競争環境であることは明白であり、エネルギ-全体で、市場機能が働くシステムを早急に整備しなければならない。現状の環境の下で、短期間で経営危機に陥った新電力は不憫である。

以上