Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.296 検証洋上風力入札⑦ 運転維持(O&M)費用を巡る不可解

2022年2月14日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力入札、運転維持費用、O&M、三菱商事

 洋上風力入札シリーズの7回目である。第5回で資本(建設)費について分析したが、今回はもう一つの主要費用項目である運転維持(O&M)費用について考察する。2月8日付のオンラインのニュースサイト毎日新聞にて「三菱Gの最大の勝因はO&Mのノウハウにあり、当該費用を低く抑えることが出来たから」という政府幹部等の言葉を引用した解説記事がリリースされた。これはありえないとの認識の下で、検証することとした。

経産省の判断 三菱G圧勝の原因は運転管理ノウハウ

 2月8日にオンライン記事のニュースサイト毎日新聞にて「洋上風力肝いり3海域、三菱「総取り」の衝撃 圧勝劇の背景」という記事が掲載された。三菱グループ(三菱G)圧勝の最大要因は運転維持費用(O&M費用)を圧縮できたことにあるというのである。記事全体としては、三菱G圧勝の原因解説とともに、関係者の異常な安さへの驚きや産業化・地域振興実現への懸念の声をも紹介しており、バランスを取ってはいる。また、1月7日の萩生田大臣の「個人的には、いろいろな仕組みを見てみたかったという気持ちもある」発言を引き出した質問をしたのは同紙の記者である。同記事の三菱GのO&Mノウハウに関する記載のポイントは以下の通りである。

・安さの秘訣(ひけつ)は何だったのか。最大のポイントは管理能力の高さとみられている。
・三菱商事は----幹部は「配管一本のリスクをどう見るかなど、これまでの蓄積がある。赤字前提ではなく、もう少し安くできた可能性もあった」と自信を見せる。
・経済産業省幹部も「保守、運営のコストが事業全体の約7割を占める。そこで持っているノウハウに差が出た」と解説する。

運転維持費用を分析 割合は36%

 この記事掲載を機として、今回はO&Mについて検証する。表1は、ラウンド1入札に係る調達価格比較表である。本シリーズ④、⑤に掲載したところであり、簡潔に解説する。ラウンド1は、FIT制度の下での入札となったが、上限価格は29円/kWhに設定された。「NEDO試算」は、ラウンド1に係るFIT上限価格算定の参考として、経産省の要請によりNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が取りまとめたものである。この試算のベースは、英国のCrown EstateによるGuide to an offshore wind farm(January 2019)である。

表1.洋上風力に係る調達価格比較表(FIT制度)
表1.洋上風力に係る調達価格比較表(FIT制度)
(出所)調達価格等算定委員会資料より作成

 NEDO試算では、欧州での投資環境の下(日本で欧州並みのインフラやサプライチェーンが整った場合)で、IRR(内部収益率)ゼロを前提に発電コスト12円/kWhとなり、これを基礎として、日本との価格差9割(1.9倍)および接続費用、IRR10%を加味して調達価格等算定委員会は入札の上限価格29円/kWhを導いている。12円の構成(諸元)であるが、資本費(建設費)は27.67万円/kWである。資本費については前々回の⑤にて解説し、11.99円応札の由利本荘事業を例に、電気設備や敷設工事等で極端な低価格が必要となることを指摘した(「No.292 検証洋上風力入札⑤ 資本費(建設費)は現実的か」)。

 毎日新聞が最大要因とした運転維持(O&M)費は0.97万円/kW/年であるが、これを基礎に考察してみる。表2は、NEDO試算の元データである2019年の英国の数字である。O&M以外の建設費、撤去費等((1)~(4)、(6))は一時ないし短期間に発生する費用であるが、O&M(青字)は毎年発生する費用であり20年分を取っている。これからO&M費用の割合は36%となっており、7割ではない。

表2.洋上風力に要する費用
表2.洋上風力に要する費用
(出所)Guide to an offshore wind farm By Crown Estate 2019

 洋上風力官民協議会にて経済産業省が示した資料でも、O&Mは36.2%となっている(図1)。表2と図1の出所は同一と考えられる。

図1.洋上風力産業のコスト構造
図1.洋上風力産業のコスト構造
(出所)経産省「洋上風力の産業競争力強化に向けて」(2021/7/17第1回洋上風力官民協議会)

 運転維持(保守運営)費用が全体の7割を占めるとすると、同一設備で(設備更新なしで)40年間運転継続した場合となる。ひょっとしたら、三菱Gは超長期間稼働を前提としているのかもしれない。しかしこれは調達期間20年のFIT制度および建設・撤去を含む占用期間30年の再エネ海域利用法の枠組みから外れる。あるいは、極端に低い建設費を想定した結果としてO&M費の割合が高くなったのかもしれない。これは筆者が導いた「風車以外の極端な建設費削減」と一致するが、極端の度合いが一段と高くなる。いずれにしても、経産省がO&Mをコスト差の最大要因としていることと矛盾する。

応募者のO&Mに係る実績・実力

 次に、経済産業省が決め手と指摘している三菱GのO&Mノウハウを考察する。このシリーズで何回か言及してきたが、三菱商事は国内風力発電事業の実績が殆どないので、O&Mの実績がない。海外でも三菱商事は発電事業の権利の売買は活発であるが、実践の経験に乏しく、運転開始後の管理には至っていないと言える。傘下のオランダのエネルギ-事業者Enecoは、実績はあるが今回は直接参加しておらず、他コンソーシアムに参加のOrsted、RWEほどの経験はない。

 表3は、ラウンド1に応募した事業者のO&Mの実施状況、訓練設備の整備状況を示している(「No.294 検証洋上風力入札⑥ 定性(事業実現性)評価の不可解」)。風力業界の事業実績はユーラス、電源開発、日風開、コスモエコパワーの4社に集中しておりトップランナーを形成している。これらは一段と高いO&Mのノウハウを有する。運転維持費用は、自社で行ってはじめてコスト削減が可能になることは業界の常識であり、他社委託ではコストは下がらない。

表3.応募事業者のO&Mの実施・訓練設備整備状況
表3.応募事業者のO&Mの実施・訓練設備整備状況
出所)各社のHP等より作成

 日風開は、風力の維持管理の専門会社を有し、自社のみならず他社からも委託を受けている。同社は他社に先駆けて2010年に青森県六ケ所村に風力の研修センターを設け、実物大の設備を配置し訓練を行ってきている。ユーラスも千葉県印西市に風力の研修センターを設け、独自メニューによる訓練を行っている。また、両者は2020年に日本初となる洋上風力を念頭に置いた維持管理会社を地元の大森建設と共に秋田県能代市に設立し、秋田県人を雇用し、秋田での研修センターの設立を通じて地元の人材を育成する予定としている。一方、三菱商事は、維持管理の経験がない。同じコンソーシアムのシーテックは、自らの維持管理は一部に留まる。 

 ユーラス・日風開両社は、現状で風力発電専任者を約700人抱えていると言われる。三菱商事は内外合わせて60人程度と言われる。筆者の試算によれば、3海域4案件の洋上風力事業を実施するには、オーナー企業だけで建設時400人強、運転時100人強が追加で必要になる(他に建設事業者等の人員が必要)。

カギを握るプロジェクトファイナンスの評価

 また、風力事業の資金調達はプロジェクトファイナンス(プロファイ)が基本となるが、貸し手は一般に運転開始後暫くは風車メーカーによる維持管理を求め、それを融資の条件とする。新機種の場合は特に厳格になる(長くなる)。運転実績が少ない洋上風力は、融資期間(17~18年)にわたる風車メーカー管理(運転保守)をプロファイでは求められる。要するに、洋上事業において、事業者努力による維持管理コストの削減は容易ではないのである。

 プロファイは、維持管理だけでなく、事業のあらゆるリスクを評価して最適と思われる受け手にリスクを配分する作業を徹底的に行う。リスク過大、適当なリスク配分先不在と判断されればプロファイは組まれない。FIT枠組みでは、個別事業の評価となるので、プロファイ不可能とは不適切事業計画であることを意味する。

 さて、毎日オンラインの記事であるが、以下の記載がある。

・日本政策投資銀行(DBJ)の原田文代執行役員は-------審査方法については「調達や建設段階から地域が関わることも大事だが、国内で人材も知見も圧倒的に足りない保守や運営についてこそ、地域の企業や人材を巻き込んで内製化するような計画を高く評価する仕組みに改めるべきだ」と提言する。

極まる混迷 不可欠な情報開示

 この意見は、文脈からは編集者がどのような意図で取り上げたか分り難いが、一般論としては、極めて正論である。国内事業実績が殆どなく、O&Mや人材育成の経験のない三菱Gが、審査で高評価を得られる保証・根拠はないし、O&Mでコストを下げれる実力もないと考える。今回、三菱Gは風況及び海底の調査、自営線敷設等に係る調査・調整をほとんど実施しておらず、欧州入札経験による細かい計算は示せたとしても、日本海の荒波や太平洋の激流の中で建設や保守が可能となる時間を把握しているとは思えない。

 経産省の幹部は「費用の7割を占めるO&Mのノウハウで差が付いた」と断言しているようである。そうだとすると、実績や事前調査をどう見たのか、建設費用が極端に低くないと辻褄が合わない、洋上風力事業は融資期間メーカーが維持管理するというプロファイの常識をどう考えるか等の疑問が更に生じる。

 いつも同じような締めとなるが、やはり情報開示と結果解説が不可欠である。