Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.208 容量市場入札③ 米国と本質的に異なる制度

2020年10月15日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:容量市場 米国PJM 市場メカニズム 新陳代謝

 9月14日に公表された第1回容量市場入札結果は、約定価格が14,137円/kWと上限値に張り付き、発電事業者は年間1.6兆円もの収入を追加で得ることとなった。この殆どは小売り事業者が負担するが、発電事業者との売買契約見直しが不十分な場合、主に卸市場から調達している場合は、電気料金を引き上げることになる。競争上それができない事業者は、経営難に陥る可能性がある。相対売買契約は総括原価方式に近い考え方となる。

 手本とされている米国PJMはどうなっているのだろうか。今回は、容量市場入札結果に係る考察の3回目であるが、PJMの容量市場を解説し日本との比較を行うことで、日本が抱える課題について考察する。(「No.204 容量市場入札① 1万4千円/kWになってしまった容量市場価格」「No.205 容量市場入札② どうしてあり得ない高価格になったのか」

1.はじめに

米国PJMとの比較表

 表1は、日本と米国PJMの違いについて整理したものである。一見して、かなり異なることが分る。約定価格に大きな差あることはもとより、目的、電力市場全体における位置づけといった本質的なところで根本的に異なっていることが分る。以下で具体的に解説する。なお、米国東中部に跨る独立運用機関RTOであるPJM(Pennsylvania New-Jersey Maryland)の位置は図1を参照されたい。

表1.日本と米国PJMとの容量市場の差異
表1.日本と米国PJMとの容量市場の差異
(出所)各種資料、ヒアリングにより筆者作成

図1.北米独立運用機関ISO/RTOマップ
図1.北米独立運用機関ISO/RTOマップ
(出所)FERC

容量市場の設計:卸取引市場と密接にリンク

 容量市場は、将来の発電可能容量(実需要を上回る予備力)を確保するべく、発電設備に提供を約束させ、その対価として容量当り価格を落札した容量に乗じて提供する仕組みである(図2)。価格は予備力需要曲線とオファーカーブの交点で約定された水準となる。需要曲線は市場運用者(日本では広域機関OCCTO)が決めるが、指標価格とそれに対応する必要調達量を起点に下に凸の曲線を描く。指標価格はNet-CONE(Cost of New Entry)と称されるが、新設の火力発電の固定費が回収可能となる水準に設定される。

図2.2020年度実施 容量市場入札の需要・供給曲線(日本)
図2.2020年度実施 容量市場入札の需要・供給曲線(日本)
(出所)第27回 容量市場の在り方等に関する検討会資料(9/28/2020)に加筆

 ネットとなっているのは、発電設備は卸市場や需給調整(アンシラリーサービス)市場にてkWhやΔkWの価値に応じて固定費(の一部)を含んで支払われており、それを差し引く必要があるからだ。従って、卸価格、需給調整価格やその落札量予想により、指標価格は変動する。発電設備の基本活動は発電電力量(kWh)を販売することであり、卸市場取引が当然基本となる。すなわち卸市場が正常に機能しているとの前提でNet-CONE(容量市場の指標価格)を決めることになる。卸市場の信頼性、指標性に確信が持てないと、指標価格自体に恣意性が入り込む。表2は、PJMでのNet-CONE採用値および推定値であり、資本費・固定費(Gross-CONE)より以上に卸・アンシラリー市場での販売収入見通しの影響を受けることが分る。

表2.PJMのNet-CONEの採用値(2021/22)、予想値(2022/23)
表2.PJMのNet-CONEの採用値(2021/22)、予想値(2022/23)
(出所)the Brattle Group “PJM Cost of New Entry Combustion Turbines And Combined Cycle Plants with June 1, 2022 Online Date”(2018/4)

2.米国PJMの特徴

約定価格は新設所要コストの4割程度

 まず、約定価格を比較してみる(表1)。前回、前々回でもPJMと比べて日本の今回の水準は異常に高いことを紹介した。図3は、PJMでの指標価格、約定価格の推移である。約定価格は100ドル/MW・日前後で推移している。これは年間/kWに換算すると約36ドル/kW(約4000円/kW)となる。また、指標価格の4割程度であるが、2015/2016年度以降、年間250~750万kWの新規設備が落札している。容量市場で固定費の一部が回収されれば、十分な投資誘因になっていることを示している。高効率の新設設備は、卸市場、アンシラリー市場で収益を上げられると踏んでいるのである。あるいは投資回収が進んでいる既存設備にも約定価格が適用されることを踏まえれば、多数の設備を所有している事業者はトータルで採算がとれると考える。

図3.指標価格、約定価格、新規落札設備の推移(PJM容量市場)
図3.指標価格、約定価格、新規落札設備の推移(PJM容量市場)
(出所)the Brattle Group “PJM Cost of New Entry Combustion Turbines and Combined-Cycle Plants with June 1, 2022 Online Date”(2018/4)に加筆

指標価格が前提とする設備はより柔軟性の高い単機燃焼タービン

 指標価格(Net-CONE)は、主に卸市場の価格により変動するが、新設設備として想定しているのは燃焼タービン(CT:Combustion-Turbine)である。これは化石燃料ガスを単機タービンにて発電するもので中・小規模、柔軟性や起動性に富み、主にピーク用・調整用として利用される。設置へのリードタイムが短く、資本費が比較的安価である。容量市場の対象時期が3年後と設定されている理由と考えられる。

 一方日本は、対象設備はコンバインドサイクル・ガスタービン(CCGT)であり、ミドルからピーク用と分類されるが、燃料費が石炭よりも安価であれば、ベースロード用にも使える。ガスと蒸気の2種類のタービンから成り、発電効率は高くなるが、CTに比べて大規模で資本コストが嵩み、柔軟性に劣る。対象時期も4年後である。ちなみにNY-ISOも容量市場があるが、1年半後である。これから、PJMでは新設設備として、より柔軟性に富む設備に期待していると考えられる。

天然ガスを主にクリーンエネルギ-が追加され石炭が退出

 次に、PJM容量市場でのリソース毎の落札状況の推移を見てみる(図4)。2021/2022期では、ガス7500万kW超、石炭4000万kW程度、原子力3000万kW程度、再エネ1500万kW程度、デマンド゙レスポンス1000万kW程度となっている。合計約1万7000kWであり、これは日本の調達総量とほぼ同じ規模である。日本との対比では、デンマンドレスポンスが多いことが特徴的である。日本は、415万kW(発動指令電源の内数)の落札に留まる。

 トレンドを見ると、ガス、再エネ、デマンドレスポンスが増えている一方で、石炭が大きく減少している。PJM管内は、気象条件に加えて原子力が多く、豊富な炭田・ガス田を抱えていることもあり、米国の中では再エネの普及が遅れているが、一定の存在感があり、今後も増えると見込まれている。デマンドレスポンスは12/13から14/15にかけて大きく増えたが、以降減少傾向にある。これは、ベースラインの見直しを行う等基準を厳格したことによる。なお、21/22では1200万kWと増加に転じている。

図4.落札容量の推移(PJM容量市場 2007~2021年)
図4.落札容量の推移(PJM容量市場 2007~2021年)
(出所)PJM “Overview of PJM” (2018/5)

 図5は、容量市場が運用されて以来2021年まで入札で追加された累計容量を示している。PJMが“A More Efficient Cleaner Fleet”と誇っているように、追加された約3600万kWのうち約8割は天然ガス火力である。一方、ほぼ同量である3650万kWの石炭が退出(廃止)している。

図5.リソース毎追加累積容量(PJM 2007年~2021年)
図5.リソース毎追加累積容量(PJM 2007年~2021年)
(出所)PJM “Overview of PJM” (2018/5)

新陳代謝盛ん、コスト低下が狙い

 また、デマンドレスポンス、省エネ等でデマンド関連リソースが累計で約1300万kW追加されたことを特記している。さらに、「新規設備の追加により電力価格が40%低下した」としている。この図より、PJMの容量市場運営の目的は、既存火力発電の収入補填・温存ではなく、より高効率、クリーンな設備に代替を進め、電力価格低下を促す手段と考えていることが分る。

 以上、PJM容量市場の実績をみていきたが、明らかに日本の初回の結果や巷で喧伝される容量市場の考え方と異なる。約定価格が日本より断然低い、単なる既存電源の収入補完ではなく、むしろ非効率は既存設備から高効率、クリーンな新設設備への新陳代謝を進める手段として捉えられている。その結果、卸電力価格の低下を促す結果となっている。

3.日米制度の本質的な違い

日本の一部の解釈と大きな違い

 日本では一部に「卸市場から調達する小売りは発電設備の費用を負担しないフリーライダーであり、容量市場は不当な扱いをされている発電設備を救済するもので、高い約定価格はその資質に見合うもの」との感情的な議論も見受けられるが、容量市場の本質を見誤っている。また、いうまでもないが、卸市場価格が高騰するときは火力は儲け、小売りは損をする。

 しかし、日本の初回入札は火力発電は棚ぼた式の利益を享受し、このような意見が極論とは言えない、むしろ裏付けるような結果となってしまった。容量市場はトータル費用回収のツールとなり、相対取引の総括原価的な要素が維持され、自由化したにも拘らず日本の電気料金は高留まる。5年間もかけて制度設計の議論をしてきており、パーツをみるとお手本としたPJMモデルに似てはいる。しかし、そもそも目的が異なる、根本的な思想が異なることから、このような結果を生んだと言える。。以下で検証してみる。

電力市場の在り方、尊重度合が本質的に異なる

 PJMでは3年後に稼働可能な発電設備等は、必ず容量市場にオファーしなければならない。売り惜しみは許されない。また、落札した設備等は、必ず翌日市場にオファーしなければならない。容量市場が高価格で約定する場合は、容量が確保されるあるいは高効率でクリーンな設備が増えることから、卸市場ではその効果で価格が下がることになる。そのためには、容量市場で落札した設備は必ず前日市場にオファーする義務が生じる。容量市場と卸市場は密接にリンクしているのである。

 日本は、この市場機能を担保する基本原則が疎かにされている。何故か、どちらの義務も課されていない。極端な例かもしれないが、容量市場への参加しなかった結果約定価格が高くなり、発電設備は大儲けしても、それが卸市場に反映されず、卸価格は下げ渋る。また、新設で落札しても、本当に設備投資が行われるのか。日本のルールでは、落札した設備は別の設備が代替することも条件付きではあるが認められている。あり得ないとは思うが、そういう懸念も生じうる設計になっている。

 必要以上に膨らんだ「維持費用」にてオファーすることは、PJMではあり得ない。個々の設備情報が把握されており、一定の範囲からはずれたコストでオファーすると自動的に入札プロセスから外されるのである。日本では、入札ガイドラインにて費用項目が列挙されているが、厳密な規定とはいえず、解釈の余地が生じる。これはガイドラインを策定した電力ガス取引監視等委員会も中間評価で認めている。また、第3者評価機関の監視はPJMでは事前に機能しているが、日本では事後監視となった。この点は、制度設計の過程で議論されてたが、結果評価でも抑止力が働くとされた。

終わりに

似て非なる制度

 今回は、日本が手本としてきた米国PJMの状況を紹介し、彼我の違いを解説した。形は似ているが、本質・精神に大きな違いがあり「似て非なるもの」と言える。容量市場は、電力取引に市場原理、価格機能を導入して後、断続的に直面する課題の解決策の一環として登場するが、基本は価格メカニズムへの障害を省くことを目的としている。日本の自由化は、2020年7月3日梶山大臣の「送電線利用の先着優先を見直す」発言を機に漸く本格化する。25年遅れである。発電・小売り一貫体制が多く残っているなかで、最重要市場である卸取引市場はまだ整備の途上にある。

 こうしたなかで、制度の是非をきちんと議論しないままに「日本版容量市場」は性急に導入された。容量市場の目的を、既存火力電源の救済策と歪めて捉え、制度設計に陰に陽に反映されたと考えられる。その結果、海外では例を見ない高価格となり大やけどを負ってしまった。「市場」からのしっぺ返しと言える。容量市場制度見直しの議論が始まったが、米国PJM制度の本質をもう一度理解すべきである。見直し委員会にPJMの担当者を呼んで見解を伺い、アドバイスを受けるべきであろう。

現実になったIEAマチュー氏の警告 歪む電力市場

 2018年7月の「電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会中間とりまとめ」には、「一般に、容量メカニズムは供給信頼度確保を目的として導入され、容量市場は、長期的に必要な供給力を確保する観点からは、他の同種の制度よりも、より良いと考えられている」とあり、その根拠としてIEA Matthew Wittenstein 氏の見解を引用する。

 しかし、脚注にて「同氏は同時に「容量メカニズムは短期的/長期的な供給力を確保するために効果的な政策であるが、市場に歪みが生じることのないよう、慎重に設計されなければならない。」、「市場大容量メカニズム(容量市場)は、技術的に中立で、供給側、需要側の両方の資源を含め、将来を見通した制度であるべきである。」などの指摘を行っている。」と紹介している。本文と脚注が逆転してるように感じるが、改めて同氏の指摘を噛みしめるべきである。総括原価色の残る相対取引にかかる費用を維持するための容量市場では、虎の子の卸市場を歪めてしまう。

 次回は、容量市場は市場機能を歪める、消費者の利益にならないとして、容量制度を導入しなったテキサス州が誇るEnergy-Only-Marketの最新情勢を解説する。