Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.246 2050年カーボンニュートラル達成は日本の経済とエネルギーミックスにどのような影響をもたらすのか。

2021年5月27日
名城大学経済学部教授  李秀澈

Key Words: 2050年カーボンニュートラル、E3MEマクロ計量経済モデル、電源構成の変化、マクロ経済への影響

カーボンニュートラルに向けた世界の潮流

 世界の温暖化対策は、2050年頃における脱炭素化に向けて舵を切っている。Global Cli- mate Reactionによれば、2021年5月末に世界の121カ国・700都市が2050年に「カーボンニュートラル(Carbon Neutral)、以下CN」を宣言した。東アジアでも、2020年9~10月の間に、中国、日本、韓国の順でCNを表明した。このように世界各国が相次いでCNを打ち出していることは、パリ協定の2℃、できる限り1.5℃目標達成のためには、今世紀中早期のCNの達成は避けては通れないことが共通の認識となったためであろう。

 一方、世界の総エネルギー消費に占める化石エネルギーの割合は、2018年に約85%(BP(2020))であり、日本の化石エネルギーの割合も85.5% (経済産業省(2020))と、世界とほぼ同じ水準である。現在の温室効果ガス削減技術や選択可能な政策手段を考えるときに、2050年CN達成の道程は決してやさしくないといえる。エネルギー消費の大半を占めている化石エネルギーを、今後30年でゼロ近くまで削減することは相当な経済的負担を強いると考えられる。ただし、近年、再エネや電気自動車、水素製造など多様な低・脱炭素技術革新の急速な進展は、険しいように見えるCNの道程に希望の灯りとなっている。EUがいち早くCNを宣言した背景には、その過程で生まれる低・脱炭素技術革新は、EUの産業競争力を強め、世界経済をリードする主体とさせることを確信しているためであろう(European Commission(2018))。 特に、EUは、クリーン水素、燃料電池、その他の代替燃料、エネルギー貯蔵、CCUS等の技術革新を優先課題と明記しており、2030年までの脱炭素技術の商用化を目指す技術の優先順位を設定、「気候・リソースのフロントランナー」にすることを目標としている。CNは、経済にコスト負担をかけ、成長を制約するという発想の時代は終わり、新成長の機会ととらえる時代に入っている。

 現在、日本でもCNに向けた政府内議論やロードマップ作成の最中である。ただし、CNの達成に必要なエネルギーミックスや投入可能な脱炭素技術の種類を取り上げるにとどまっており、CNの達成は新しい産業と雇用を創出する明るい経済ビジョンが定量的に示せるのか、CNによるエネルギー転換費用はどれほどであり、CNは経済にどのようなリスクとメリットをもたらせるのか、については明確なビジョンを示していない。そこで、京都大学大学院経済学研究科再エネ講座の研究チーム(部門(C))は、イギリスの「ケンブリッジエコノメトリックス(Cambridge Econometrics)、以下CE」の開発・運用している「E3MEマクロ計量経済モデル、以下、E3MEモデル(モデルの詳細については、www.e3me.comを参照)」を用いて上述の2点を明らかにする研究を行った(以下、本研究と称する)。以下にて、本研究の結果について紹介したい1

カーボンニュートラル達成に向けた政策ンシナリオの設定

 本研究では、まず日本が2050年にCNの達成に必要な政策シナリオを作成した。政策シナリオとは、モデルのシミュレーションにより政策の効果を定量的に把握するためにモデルに投入する政策パッケージである。政策シナリオの作成において、カーボンプライシングなど、ある特定の手段に依存する方法は取らなかった。むしろカーボンプライシングとともに、多数の政策のポリシーミックスで実現する方法を採用した。その理由として、カーボンプライシング(本研究では、炭素税)のみ依存する場合、必要とする税率が政治的に受容困難な高効率の税率になりやすいためである。もう一つの理由としては、CNの達成には、現実的にも主体別の多様な低・脱炭素行動が必要であり、これらの行動を促す政策手段としては、カーボンプライシングのほかにも、規制・基準の設定、補助金の採用など多岐にわたるためである。本研究では、こうした考え方に基づいて、以下のように、日本が2050年CN達成のできる多様な政策パッケージによる政策シナリオを設定した(表1)。

 部門別政策シナリオの設定において、まず、原発の存続は市場で決まるよりは政治・政策的要素が強いので、本研究では政策シナリオとして設定した。その際に、原発について次の2つのケースを想定した。1つ目は、電源の中で原発のシェアを日本エネルギー経済研究所(2020)の「IEEJ OUTLOOK 2021」(以下、OUTLOOK2021)のレファレンスシナリオに従わせることである。すなわち、原発の電源シェアが2018年に6.2%から2050年に13%(発電量は、141TWh)へ拡大することを想定するシナリオである(政策シナリオⅠ)。そして、2つ目は、原発を2040年にフェーズアウトするシナリオである。このシナリオは2018年以降原発の新規建設は行われず、稼働歴が基本的に40年に達する順で廃止するシナリオである(政策シナリオⅡ)2。したがって、本研究の政策シナリオは、大きく原発ありの政策シナリオ、そして原発無しの政策シナリオの2つの政策シナリオによって構成される。

 以上の2つの原発シナリオを前提に、2050年CN達成のための政策シナリオは、表1のように設定した。その中で炭素税は、既存の「地球温暖化対策税」に加え、2021年から50米ドル/CO2・tの税率を比例的に増加し、2040年には400米ドル/CO2・tになるように設定し、2041年から2050年までには、400米ドル/CO2・tを維持することとした。この炭素税シナリオの下で発生する税収は、税収中立原則に基づき、低・脱炭素投資、FIT、火力発電フェーズアウトに伴う費用に充当することとした。

表1 政策シナリオの内容
表1 政策シナリオの内容
注:E3MEモデルを用いた政策シナリオの設定は、Lee,et al.(eds)(2015)、Lee, et al.(eds)(2019)などでも参照できるが、CNに向けた政策シナリオの設定は本研究独自のものである。
出所:本研究の設定による。

ベースラインシナリオの設定

 以上のような政策シナリオがE3MEモデルシミュレーションのためにモデルに投入された場合、日本の経済とエネルギー構成に与える影響の度合いを測るための比較となる基準シナリオ(以下、ベースラインシナリオ)の設定が必要である。ベースラインシナリオは、通常、現行の政策以外の特別な政策が実施されない場合の経済、エネルギー構成、環境(本研究では、二酸化炭素排出)などの推移を表すシナリオとなる。

 本研究でのベースラインシナリオは、OUTLOOK2021のレファレンスシナリオを採用した。このレファレンスシナリオは、日本が現行以上の特別政策が行われない場合の経済(GDPなど)、二酸化炭素排出量、そして電源構成などエネルギー関連指標の2050年までの推移を示している。OUTLOOK2021のレファレンスシナリオでは、GDPの場合、2018年6.2兆米ドル(2010年価格)から年平均0.7%成長し、2050年には約7.7兆米ドル(2010年価格)となり、最終エネルギー消費は2050年に2018年より20.8%削減する224百万toe、発電量は2050年に2018年より3.0%増加する1,082TWh、そしてエネルギー起源の二酸化炭素排出量は2050年に2018年の1,081百万tより31.7%減少する738百万tと予測されている(表2)。そして電源構成の場合、石炭火力は2018年に32%から2050年には24%へ縮小、LNG火力は2018年に36%から2050年に 27%へ縮小する一方で、原発は2018年に6.2%から2050年に13%へ上昇、 そして再エネ発電(大型水力含む)は2018年に18.8%から33.8%へ拡大することが予想されている。

表2 OUTLOOK2021レファレンスシナリオ上の主要指標の見通し
表2 OUTLOOK2021レファレンスシナリオ上の主要指標の見通し
出所:日本エネルギー経済研究所(2020)

 参考として、E3MEモデルは、経済は不均衡が一般的であり、有効需要がGDPを決定するというポストケインジアンの理論に基づいている。すなわち、遊休資本が存在する場合に投資や消費など有効需要が増加しても他の部門が縮小するクラウディングアウト(Crowding Out)効果は起き難く、経済へのプラス効果が表れるという。これに比べて新古典派の経済理論に基づいているCGEモデルの場合、経済は常に均衡状態にあり、ある部門の需要増加は他部門の需要を減らすクラウディングアウト効果を引き起こすので需要牽引の経済刺激効果は限定的となる。

 従って、CGEモデルは低炭素化政策の投資促進効果よりは、コスト側面が強調され、政策の経済へのネガティブな影響が出やすい面がある。E3MEモデルは、低炭素政策の技術革新効果(それによるコストダウン)と新規投資(有効需要)により、エネルギーコストの変化が起きると、 各産業のエネルギー投入係数を年度別に2050年までに内生的に変化させ、それによる資本とエネルギーの投入率を変え、低炭素エネルギー産業構造への転換を促し、経済を刺激するメカニズムを持っている。E3MEモデルのこうしたメカニズムは、CGEモデルではあまり見られない特色と3いえる。

 さらにE3MEモデルに装着されている最先端のFTT(Future Technology Trans- formation)ボトムアップ技術選択サブモデル(以下、FTTモデル)では、発電部門で24の電源技術(原発、石炭火力など従来型と太陽光、風力(洋上、陸上)、バイオマスなど再エネ発電技術)、交通部門で8の交通機関(EV、FCVなど)、鉄鋼部門で18の製鉄技術(高炉、電気炉、水素還元、バイオマスなど組み合わせ技術)、空調部門の9つの技術が、投資費、維持補修費、燃料費と合わせて学習効果による技術革新スピードがボトムアップで内生的に決定されるメカニズムを持っている(FTTモデルを活用したシミュレーション分析は、Lee, et al.(2015,2019)を参照)。現在世界で使われているエネルギー・経済モデルの主流は、技術革新のスピードは技術類型にかかわらず同じ扱いをするという、トップダウンで決まっているが、E3MEモデルのFTTメカニズムは技術革新スピードが技術類型によって適切に反映されるので、2050年CN社会の姿をより科学的に描けるメリットを有している。その点、E3MEモデルがEUのエネルギー・気候変動政策に一般均衡モデルと合わせて重用される理由であるといえる。

二酸化炭素排出経路および電源構成への影響

 本研究では、以上のような2050年にCNが達成できる政策シナリオを設定し、E3MEモデルシミュレーションを行った。まず二酸化炭素排出経路については、図1のような減少経路を辿り2050年に約8000万トンまで減少することになる(政策シナリオⅠ・Ⅱ共に同じ削減経路)。2050年の二酸化炭素の排出分8000万トンは、土地利用・土地利用変化及び林業による吸収分(LULUCF:Land use, land-use change, and forestry) により相殺されることになる。そして本研究の政策シミュレーションによる二酸化炭素の2030年削減経路は、2013年より63.7%削減された4億3千万と推定されており、日本の新2030年温室効果ガス削減目標である46%より約18%もギャップがあることが示された。これは新2030年削減目標が達成されても2050年CN達成への道程は決してやさしくはないことを物語っている。

図1 2050年カーボンニュートラル達成における二酸化炭素排出経路
図1 2050年カーボンニュートラル達成における二酸化炭素排出経路
(単位:百万二酸化炭素トン)
注1:政策シナリオⅠおよびⅡは殆ど同じ削減経路となっている。
2:図の中で、BAはベースラインシナリオ、NZは政策シナリオⅠ、NZ_noNCは政策シナリオⅡを示している。
出所:本研究のE3MEモデル推定による。

 2050年電源構成については、原発維持シナリオ(政策シナリオⅠ)の場合、再エネ電源の割合が77%、LNG火力が3.8%、原発が10.5%4、調整電源として石油火力が4.1%5、そしてその他の電源が4.7%として予測された(図2)。再エネ電源の中では風力が27.7%、太陽光が25.4%であり、再エネ発電の大半を占めることが予想された。地熱と水力発電は、ポテンシャルの限界により、ベースラインシナリオ以上に伸びることは難しいことが示された。そしてバイオマス+CCS電源シェアは、政策シナリオでのスタートアップ補助の影響により、2050年には5.5%まで伸びることが予測された。

 原発2040年フェーズアウト(政策シナリオⅡ)の場合、再エネ電源の割合が89.1%、LNG火力が2.3%、 原発が0%、調整電源として石油火力が3.5%、そしてその他の電源が5.2%として予測された(図2)。再エネ電源の中では風力が39.8%、太陽光が25.8%であり、政策シナリⅠよりもさらに増えることが予想された。特に政策シナリオⅡでは、原発のフェーズアウトした分は、殆ど風力に代替されることになるが、代替分の多くはポテンシャルの高い洋上風力になることが予想される。地熱と水力発電は、政策シナリオⅡにおいても、ポテンシャルの限界により、ベースラインシナリオ以上に伸びることは難しいことが示された。そしてバイオマス+CCSは、同じくスタートアップ補助 の影響により、2050年には政策シナリオⅠとほぼ同じ水準である5.4%まで伸びることが予測された。

図2 2050年カーボンニュートラルの2050年電源構成への影響
図2 2050年カーボンニュートラルの2050年電源構成への影響
出所:本研究のE3MEモデル推定による。

マクロ経済への影響

 2050年CN達成のための政策シナリオは、政策シナリオⅠおよびⅡともにベースラインシナリオに比べてGDPを押し上げることが予測された。2つの政策シナリオによるE3MEモデルシミュレーションでは、2030年ごろまでにGDPがベースラインシナリオに比べて3%近く上昇した後、2050年には4?4.5%上昇する見通しとなっている(表3、図3)。政策シナリオⅠとⅡのGDP効果は、2030年から2050年に至るまでに政策シナリオⅡの方がⅠより0.1~0.2%ほど上回るが、これは、原発の代替電源としての再エネ発電のコストが十分に下がり、また原発を代替する再エネ投資などのよる投資効果が経済を刺激することにより、原発無しの方が原発ありの方より経済パフォーマンスは良いことを物語っている。

 2050年CN達成におけるGDPの上昇の要因としては、経済各部門からの低・脱炭素投資需要拡大(ベースラインに比べて約8%上昇)、そして雇用増加とそれによる賃金上昇の消費需要刺激(ベースラインに比べて約4%上昇)がエネルギー転換に伴うエネルギーコスト負担を上回ることに起因している。さらに化石エネルギー輸入需要の減少による貿易バランスの改善もGDPを押し上げる要因と予想されている6

表3 2050年カーボンニュートラルのマクロ経済への影響
表3 2050年カーボンニュートラルのマクロ経済への影響
出所:本研究のE3MEモデルシミュレーションによる。

図3 2050年カーボンニュートラル達成におけるGDPの経路
図3 2050年カーボンニュートラル達成におけるGDPの経路
(ベースラインシナリオ対比、%)
出所:本研究のE3MEモデル推定による。

 そして、投資需要上昇分の約8%の内訳(割合)は、発電部門の再エネ発電関連投資が約30%、産業部門の低・脱炭素投資が約50%、交通部門などその他の部門の低・脱炭素投資が約20%を占めることと予測されている。すなわち2050年カーボンニュートラル実現に向けた低・脱炭素政策の実施は、電力コストがベースラインシナリオに比べて政策シナリオⅠの場合2030年に約11%、2050年に約45%、政策シナリオⅡの場合、2030年に約12%、2050年に約55%上昇するなどエネルギーコストの上昇を伴うことになる。しかし、それを上回る再生可能エネルギー及び多様な形態の低・脱炭素投資の活性化が需要側面から経済を刺激する一方で、化石エネルギー費用がゼロ水準近くまでに削減されることになり、全体エネルギー費用側面からの経済への負担もベースラインシナリオより縮小されることになる7。また表3で示されているように、雇用の場合も、投資拡大とGDPの増加に伴い、ベースラインシナリオより2030年に1.5%、そして2050年には2%程度向上されることが予想される。

まとめと今後の課題

 本研究では、日本が2050年にCNを達成させるための炭素税をはじめ多様な低・脱炭素政策の組み合わせの政策シナリオが、現実の政策として実施されることを想定したE3MEモデルシミュレーションにより、2050年までのエネルギー構成の変化と日本のマクロ経済に与える影響について予測した。その際に、原発の特殊性を考慮し、原発あり(政策シナリオⅠ)と原発2040年フェーズアウト(政策シナリオⅡ)の2つケースについて政策シナリオの設定を行った。その結果、いずれの政策シナリオにおいても2050年にCNの達成と経済良好の両立が可能であることが示された。

 その主な要因として、発電部門の再生可能エネルギー投資拡大とともに経済各部門で多様な低・脱炭素投資需要の拡大、雇用増大による民間消費需要の増加、化石エネルギー輸入の大幅な縮小による貿易バランスの向上が挙げられる。また低・脱炭素政策によるエネルギーコストの上昇は、2050年になってもベースラインシナリオに比べて45%~55%上昇に留まり、化石エネルギー費用負担の大幅な縮小分を考慮すれば、経済にはあまり負担にならないことが明らかになった。

 ただし、本研究は幾つか課題も抱えている。まずCN達成のための政策シナリオの設定問題であるが、まだ日本政府から具体的な政策スケジュールが公表されていない段階で、本研究では、本研究チームにより想定可能な政策を設定した側面がある。日本政府のCN政策が、実質的にCNの達成に十分であるか、またその際の経済への影響はどれほどなのかに関する、E3MEモデルによる政策評価は今後の課題としたい。

 2つ目は、多様な低・脱炭素技術に関するFTTサブモデルの設定問題である。2050年CNのエネルギー構成および経済への影響に関するシミュレーションにおいては、多様な低・脱炭素技術の技術革新のスピードを適切にモデルに反映することは非常に重要である。 例えば、洋上風力、鉄鋼部門の水素還元技術、交通部門のEVや燃料電池自動車など、今後技術革新のスピードが速まることが予想される脱炭素技術の革新スピードについても、FTTサブモデでは、標準的な学習効果に従っている(例えば発電部門の電源技術は、IEAの2016年データ)。これらの学習効果は、技術革新スピードが速まっている最近の脱炭素技術のスピードを適切に反映しているとは言い難い。従って、これらの技術の普及状況、今後予想される投資規模と投資コスト、そして二酸化炭素削減効果について精査し、日本の実情により適した学習効果の調整による低・脱炭素技術革新効果の適正な反映などが今後の課題として挙げられる。

 3つ目は、政策シナリオⅠ(原発あり)より政策シナリオⅡ(原発無し)の方の2050年電力コストが、ベースラインに比べて約10%ポイントほど高く表れた。これは、FTT:Powerサブモデルで原発の電源コストが他の電源より低くシミュレーションされたためである。その主な要因として、既存のFTT:Powerサブモデルでは、原発の初期建設費用が福島第一発電所事故以降の安全規制強化によるコスト上昇を反映しておらず、また追加の安全規制費用上昇をも反映できない構造となっていることが挙げられる。FTT:Powerサブモデルにおける原発の発電コストデータの改訂および安全規制費用の反映については、今後の課題としたい。

 最後に、本研究のE3MEモデルの設定では、日本が2050年CNを達成することを前提としたが、日本以外の国は現状の政策を維持することを想定した。日本以外の国もCNの達成を前提とした場合、特に国際市場での日本の競争力構造に変化が起きる可能性があり、経済へ与える影響も多少変わる可能性もある。日本以外の国(特にEU、アメリカ、そして中国と韓国および台湾)がCN政策を実施した場合の日本経済へ与える影響に関する研究も今後の課題としたい。

参考文献

・李秀澈,何彦旻,昔宣希,諸富徹, Unnada Chewpreecha, Hector Pollitt(2020)「石炭火力発電と原発のフェーズアウトの日本経済と環境影響分析」『京都大学大学院経済学研究科再エネ講座DP』No.16
・李秀澈,何彦旻,昔宣希,諸富徹, Unnada Chewpreecha(2021)「日本の2050年カーボンニュートラルの実現がエネルギー構成及びマクロ経済へ与える影響分析-E3MEマクロ計量経済モデルを用いた分析」『京都大学大学院経済学研究科再エネ講座DP』No.32
・環境省(2020) 2018 年度(平成30 年度)の温室効果ガス排出量(確報値)について
・内閣官房/成長戦略会議(2020)「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」  https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012-1.pdf
・BP(2020)Statistical Review of World Energy Climate Ambition Alliance: Net Zero 2050
https://climateaction.unfccc.int/views/cooperative-initiative-details.html?id=94
・European Commission (2018) “A Clean Planet for all A European long-term strategic vision for a prosperous, modern, competitive and climate neutral economy”, Brussels, 28 November 2018. https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/docs/pages/com_2018_733_analysis_in_support_en_0.pdf 
・Lee, S., Pollitt,H. and Park,S. (eds)(2015) “Low-carbon, Sustainable Future in East Asia : Improving energy systems, taxation and policy cooperation”, Routledge Published, London.
・Lee,S., Pollitt,H. and Fujikawa,K. (eds) (2019) “Energy, Environmental and Economic Sustainability in East Asia: Policies and Institutional Reforms”, Routledge Published, London.


1 研究内容の詳しくは、李秀澈・何彦旻・昔宣希・諸富徹・ Unnada Chewpreecha(2021) を参照されたい。
2 このシナリオの設定方法について詳しくは、李ほか(2020)を参照。
3 ただし2つのモデルは、いずれも経済学理論に基づいており、どちらのモデルが優位であるという論叢はあまり意味がない。こうして点でEUではエネルギー・気候変動政策策定の際には、参考モデルとしてE3MEのような計量経済モデルとCGEモデルを共に重用し、比較参考している。
4 政策シナリオⅠは、原発ベースライン維持(2050年13%)シナリオであるが、FTT:Powerサブモデルのシミュレーションする過程で、モデル内生的な調整により、多少のシェア変動が起きることにになった。
5 FTT;Powerサブモデルでは、再生可能エネルギーが大きく伸びると、石油発電は競争力を失っても一定容量は調整電源として生き残る構造となっている。
6 例えば、日本の原油、LNG、石炭など化石エネルギー輸入額は2018年に19.3兆円(輸入額の約20%、資源エネルギー庁「エネルギー白書2020」)に達しており、この輸入額の激減は貿易バランス向上に大きく貢献できる。
7 たとえば、家計部門のエネルギー費用負担は、電力コストの上昇にもかかわらず、ガス・石油など総エネルギー需要の減少により、2050年にはベースラインシナリオに比べて41%減少することに予想される。