Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.256 計画経済でなく、高い再エネ目標の議論を

2021年7月22日
京都大学大学院経済学研究科特任教授・安田 陽

 2021年7月21日に開催された経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(第46回)において、第6次エネルギー基本計画の素案とともにエネルギーミックス(電源構成)案が発表されました。本報告では、このエネルギーミックスについて、数値の多寡や是非ではなく、この議論の方法論そのものについて着目し、エネルギーミックスとはそもそも何か? なんのためにエネルギーミックスを議論するのか? という根本問題まで遡って「エネルギーミックス」を再考します。

エネルギーミックスは計画経済?

 「エネルギーミックス」とは、通常、年間発電電力量に占める各種電源の比率(シェア)のことを指します。過去の統計情報を拾ってある特定の国や地域の過去のエネルギーミックスの推移を示すこともできますし、将来のエネルギーミックスをコンピューターシミュレーションなどで予測する場合もあります。

 将来のエネルギーミックスの予想は、当然ながら不確実性を伴うため、誰もが正確に予測することはできません。不確実性がある中で可能な限りリスクの少ない予測をし、意思決定するというのが科学的考え方です(4月30日付拙著コラムも参照のこと)。洪水や土砂災害、山火事や熱波など世界中で発生している異常気象に見られる通り、気候変動は人類に対する喫緊のリスクとして顕在化しています。将来のエネルギーミックスは不確実性も考慮した上で、複数のシナリオが検討されるのが望ましいでしょう。

 一方、かつて日本では「ベストミックス」という用語が流行った時期がありました。「ベストミックス」が誰にとって何の「ベスト」なのか、甚だ怪しい用語であることは、筆者も指摘したことがあります(2015年拙稿「ベストミックスは誰のため?」参照)。流石に現在では経産省もこの言葉は使わないようになっていますが、産業界の一部には依然としてこの言葉を愛用する言説も残っているようです。

 将来のエネルギーミックスを予測する際、通常、コンピューターシミュレーションによる最適化計算が用いられます(4月30日付拙著コラム参照)。あるシナリオや前提条件の元で最適な(オプティマルな)結果が得られたとしても、我々研究者はそれを「ベスト」だとは表現しません。なぜならば、将来予測は不確実性を伴う計算であるため、複数のシナリオ分析や感度分析するのが通常なので、条件が異なれば結果も異なる可能性があるからです。

 その点で、基本政策分科会が第44回会合(6月30日開催)においてさまざまな研究機関からさまざまなシナリオ分析の結果をヒアリングしたことは大変評価できるでしょう。しかしながら、そのヒアリングの結果を受けて、政府がたった一つのエネルギーミックスのシナリオしか発表しないのであれば、それはやはり「計画経済」のように見えてしまいます。

 仮に、日本国が社会主義を標榜しており、全ての(または殆どの)産業政策が計画経済の下、政府が一元的に計画していたとすれば、政府の計画経済的な一択のエネルギーミックスは、なるほど平仄に合います。社会主義を信奉する人ほど高く評価することでしょう。しかし、日本は資本主義国家であるはずです。資本主義であるならば何故市場に任せないのでしょうか? なぜこのような計画経済的な考え方が多くの人に何の疑問なく受け入れられてしまうのでしょう? ここでは資本主義/社会主義が良い/悪い、好き/嫌いの価値判断はしませんが、日本全体で市場に対する姿勢に根本的なねじれ現象が発生しているようです。我々はエネルギー問題を考える際、この根本的問いから再考しなければなりません。

混合経済における政府の役割

 「計画経済」の対局にある用語としては「市場経済」という用語もあります。しかし、「資本主義諸国でも資源配分への政府の介入はあるから、厳密な意味で純粋の市場経済というものは存在しない」(東洋経済新報社: 経済用語辞典 第4版, 2007) と経済学では一般に理解されています。「市場を尊重する」ということは決して市場原理主義を意味するわけではありません。

 市場経済と計画経済の中間は「混合経済」と呼ばれます。「混合経済では、何をどのように、誰のために生産するかという決定は、基本的には消費者と生産者の自由な相互関係の結果として決定されるが、場合によっては政府がそうした意思決定を行うこともある」(J. E. スティグリッツ他: スティグリッツ ミクロ経済学, 第3版, 東洋経済新報社, 2006)ということが資本主義社会における政府のあり方です。政府が市場に介入するのは、本来、市場が失敗した時や市場が効率的であったとしても富の再分配が行われない場合です。

 市場の失敗については2020年6月の拙稿でも紹介しましたが、エネルギー分野に関しては特にいわゆる「隠れたコスト」として見過ごされがちな外部不経済を考慮する必要があり、その点で外部不経済を多く発生する従来型電源(特に石炭火力)を規制したり、外部不経済が低い新規技術(再生可能エネルギー)を促進することが政府の役割となります。

 なお、本稿の論旨から外れ余談になりますが、外部不経済が低いと言われている再生可能エネルギーも隠れたコストがゼロではないという点は、再エネを推進したり支援する人たちこそ、肝に命じなければならないことでしょう。特に、一部の太陽光発電所による森林伐採や土壌流出は、周辺住民や周辺環境に対して少なくない外部不経済を発生させることになり、再エネ導入の意義に反します。この問題の解決は再エネを大量導入する上で解決すべき喫緊の課題となります。

エネルギーミックスにどう向き合うべきか?

 さて、混合経済を取っている資本主義国日本では、2030年や2050年といった将来のエネルギーミックスに対してどのように向き合うべきでしょうか? 政府が一択のエネルギーミックスを提示するだけでは(そして産業界やメディアや市民がそれに何ら疑問を感じずに受け入れるとしたら)、それは社会主義国の計画経済的発想です。本来、市場が機能しているのであれば市場の決定に任せ、市場が失敗しているのであればそれに応じた市場介入が必要です。すなわち外部不経済を発生させる電源を減らし、外部不経済を緩和する電源を増やすという「目標」を設定しそれを支援することこそ、政府の役割となります。それ故、多くの先進国では二酸化炭素排出削減目標だけでなく、石炭火力のフェードアウト目標や再生可能エネルギーの導入目標を定めているわけです。

 また目標を設定する際、現状の技術や制度(さらにはコスト)の諸条件を現在の延長上に積み上げただけの「現実的な」目標は、もはや許されない時代になっているという点にも留意が必要です。「現実的な」目標は一見すると責任感のある表現に見えますが、差し迫るリスクに対して行動変容が迫られている時点では、過去から現在に向かう直線をそのまま未来へ延長しても、そのリスクに対応できないことが多いからです。環境問題やエネルギー問題において「現実的な」という表現は、行動変容を忌避し未来に責任を持たない言説に変容し易いということも、我々は知っておく必要があります。

 過去から現在に向かう直線をそのまま未来へ延長する考え方は、フォワードキャスティングと言われます。それに対して、リスク回避のために行動変容が求められる状況では、未来のあるべき姿から現在まで線を結んだバックキャスティングの考え方が求められます(図参照)。それ故、目標やビジョンは現実的な積み上げ方式に拘泥せず、高い目標(例えば高い再エネ導入率)を設定することが政府の仕事になります。高い目標を設定することで市場のイノベーションも惹起でき、可能な限り市場に委ね、市場の失敗に対して科学的根拠に基づいて毅然として介入するというのが本来の政府の役割となります。

図 フォワードキャスティングとバックキャスティング
図 フォワードキャスティングとバックキャスティング
(初出)安田陽: 世界の再生可能エネルギーと電力システム 〜経済・政策編, インプレスR&D (2019)

本稿をまとめると、以上のようになります。

•将来のエネルギーミックスに対してシナリオが一択しかないとすればそれは計画経済的であり、産業界やメディア、市民こそがこのような考え方に疑問や違和感を持たなければならない。エネルギーミックスの議論をするのであれば、さまざまなシナリオ分析が必要となる。
•将来のエネルギーミックスは、市場に委ねるのが望ましい。ただし、外部不経済の発生など市場が失敗している場合は、政府がその是正(内部化)のために市場に介入することが正当な理由となる。
•政府による市場介入の手段としては、石炭火力のフェードアウトや再生可能エネルギーの大量導入が挙げられ、その目標はバックキャスティングの考え方に基づく早期かつ高位の目標値が望ましい。

 幸い、今回の基本政策分科会の資料では、2030年のエネルギーミックスは「見通し」と表現されており、「数値は全て暫定値であり、今後変動し得る」と注意書きが付されております。このような表現を用いるということは、政府審議会文書も不確実性を考慮した科学的方法論を取るようになってきた傾向であると評価できます。これを受けてメディアや市民も数字を一人歩きさせるのではなく、より本質的な理解と議論を深めることが望まれます。新しいエネルギー基本計画が明らかになる今現在、政府だけでなく、産業界やメディア、市民一人一人も従来のステレオタイプな考え方を改め、行動を変えて行かなければなりません。

キーワード:エネルギーミックス(電源構成)、シナリオ分析、バックキャスティング