Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.286 CN主役への動きが顕在化する水素 京大再エネ講座シンポジウム報告③

2022年1月14日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

(キーワード)水素戦略、水素国際協力、水素パイプライン、水素市場

 京都大学経済学研究科再エネ経済学講座は、12月10日にシンポジウムを開催した。本稿は、筆者がコーディネートを行った第2部「CNの主役風力、太陽光、水素は2030年、2050年にどう臨むか」の第3回報告であり、(株)テクノバ エネルギー・水素グループ グループマネージャーの丸田昭輝氏の講演を紹介する。CN達成に不可欠のピースとして脚光を浴びる水素であるが、日本ではまだ実感を持って受け止められていない。丸田氏から、欧州を主にかなり綿密な国家戦略の下に、予想を超える速度で進展している現状および日本の取るべき方策について、解説がなされた。

 本稿では、丸田氏が用意した約50頁にも及ぶ説明資料から筆者がポイント考えたものを選び、筆者の感想を交えて解説している(「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」)。なお、丸田氏には予告編として本コラムに寄稿頂いている(「No.273 欧州「Fit for 55」政策パッケージにおける水素・合成燃料の位置づけと今後の展開」)。

1.水素がCNの主役となる理由

2050年の水素情勢

 カ-ボンニュ-トラル(CN)が実現するためには、大量の水素は必要不可欠となる。脱炭素とは、文字通り化石資源からゼロエミ電力、バイオマス、水素に切り替えることである。例えば、石油製品の多くが水素製品に代わることを考えると、そのインパクトが理解できる。丸田氏は、先鞭を付けたEUの2050年ビジョン(図1)およびIEAのネットゼロシナリオ(図2)等で説明する。

 図1は、EUが2018年11月に公表した2050年ビジョンの最終エネルギ-消費8シナリオである。省エネ、循環経済化、電化を徹底したうえで再エネ水素・合成燃料を利用する「複合シナリオ」にバイオマスCCSを加える⑦が「コスト最適化シナリオ」であり、その場合水素および水素由来燃料が約2割を占める。なお、いずれのシナリオでも電力は5割程度となる。このEUビジョンが、CNシナリオの基礎となっていく。

図1 なぜ水素か:EUの2050年ビジョン(2018/11)
図1 なぜ水素か:EUの2050年ビジョン(2018/11)
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

 図2は、IEAが2021年5月に公表した2050年ネットゼロシナリオである。上図の1次エネルギ-では、CCSなしの化石資源が略々ゼロになるなかで、再エネと原子力で約8割を占める。下図の最終消費では、電力が約5割で水素(関連品)は約1割を占める。

図2 IEAのNet-Zeroシナリオ
図2 IEAのNet-Zeroシナリオ
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

COP26等にみる最新世界動向 2030年に向けて

 次に、COP26での最新動向が紹介される。まず、11月1~2日に英国主催の「ワールド・リーダーズ・サミット」にて、以下のように4つ(電力、道路輸送、鉄鋼、水素)のBreakthrough Agenda(2030年までのクリーン技術普及の国際協力)が決定された。いずれも目標年次は2030年である。

・電力:クリーン電力をすべての国にて最も安価で信頼できる選択肢とする
・道路輸送:ZE車をすべての地域にて安価で、持続可能なニューノーマルとする
・鉄鋼:すべての地域にて効率的でZEに近い鉄鋼生産を確立し、グローバル市場で好ましい選択肢とする
・水素:再エネ・低炭素で安価な水素を広く入手可能にする

 COP26において、Breakthrough Energy創設者であるビル・ゲイツは「グリーン製品と既存製品の差額(グリーンプレミアム)を削減する必要ある。そのため、Breakthrough EnergyはCatalystプログラム(注)を開始した。15億ドルをグリーンプロダクトに投資するが、その10倍の誘因効果がある。」と発言している。

(注) The Catalyst Program:投資対象は Direct air capture (DAC)、Green hydrogen、Long duration energy storage (LDS)、Sustainable aviation fuel (SAF)。すでにEC、米国、英国とはパートナー締結済み。

 COP26以外であるが、米国DOE長官およびEU委員長の最新発言を紹介する。ジェニファー・グランホルム米国DOE長官は、Hydrogen Shotイニシャチブとして「現在の再エネ由来水素製造コストを80%削減し現在の約5ドル/kgは10年以内に1ドル/kgへ。クリーン水素需要は5倍増に」と発言している。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、European Hydrogen Week基調講演(11月29日)にて、以下の様に発言した。EUの取組みに加速度がついていることが理解できる。

・EUは欧州投資銀行とともにBreakthrough Energy Catalystとのパートナーシップを立ち上げた。特にクリーン水素にフォーカス。
・2021年入り後世界で200以上の新水素プロジェクトが開始されているが55%は欧州。欧州は現在、水素技術の特許と論文で世界のリーダー。
・ガス価格の高騰によりグリーン水素はグレー水素よりも安価に。欧州の目標は2030年に1.8ユーロ/kg。
・2030年までに、グリーン水素製造量を1000万トン/年に拡大。
・昨年に立ち上げたEuropean Clean Hydrogen Allianceには1500メンバーが加盟。
・ECはアフリカの水素セクターに投資。地中海の両岸でクリーン水素市場を創出されうが、これは欧州にクリーンエネルギーをもたらし、アフリカ大陸に持続可能な開発をもたらす。

2.着実に進む水素需給体制

2050年の需給バランス

 多くの国、地域で水素の長期需給見通しが形成されてきている。図3は、COP26直前に公表されたIEA-WEO2021に掲載されている図で、各国・地域が発表した2050年の計画値を整理したものである。中国、米国、EU、カナダはバランスがとれている。一方日本、韓国は供給不足となっている。中東と豪州からの輸入が予想されるが、出遅れ感は否めない。

図3 2050年の水素需給(IEA、WEO2021/11)
図3 2050年の水素需給(IEA、WEO2021/11)
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

 表1は、IEAが2021年10月に水素国際展開について取りまとめた一覧表である。ドイツは、近隣のモロッコ、サウジアラビアだけでなく豪州、カナダ、チリともかなり踏み込んだ展開をしていることが分る。また、ドイツはIndo-German Energy Forum (IGEF)にて、直近でインドと水素セッションを複数実施しているとの説明があった。

表1 ドイツの水素国際展開
表1 ドイツの水素国際展開
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

現実化する水素取引

 脱炭素化時代、水素は主要なエネルギ-源となる。エネルギ-商品として取引市場が整備されていくことになるが、欧州では既に現実となっている。図4は、ドイツのある地域での電力価格の内訳を示している。水素電気分解に要する電力についてはネットワーク料金は既に免除されているが、再エネ賦課金に関しても2022年1月より免除されることが決まっている。

図4 水素取引への支援策(ドイツ)
図4 水素取引への支援策(ドイツ)
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

 また、2021年6月に海外で製造・輸入されるグリーン水素に関する資金調達プログラム“H2Global”が、ドイツ国際協力公社(GIZ)と民間組織(ドイツ水素燃料電池協会等)との協力により、立ち上がった。供給側オークションは長期購入契約(10年間)にて、需要側オークションは短期再販契約にて締結され、供給と需要の価格差は補填される。プロジェクト要件は、水電解規模100~150MW ×4~5件であり、2021年度は約500MWが製造され、2024年から供給が開始される予定である。

進む水素パイプライン整備構想

 水素の輸送インフラ整備計画についても、着々と準備が進んでいる。EUではグリーン水素が前提となり、天然ガスは水素あるいは水素と回収CO2による合成メタンに置き換わる。ガスパイプラインが縦横に整備されているなかで、電力網と水素(合成ガス)網との運用は一体化が進んでいく。丸田氏は、ドイツ・オランダにおける電力とガスの運用者(TSO:Transmission System Operator)が共同で整備・運用計画を議論している、との説明を行った。

 図5は、欧州ガス事業者が想定する基幹水素パイプライン(バックボーン)である。2020年7月に、ガスTSOの11社が欧州委員会に向けた提言書に掲載されている。PLは既存設備改修、新規、追加可能性に分類され、貯蔵地は既存・新規の岩塩ドーム、帯水層、涸渇ガス田が想定されている。需要地は産業クラスター、クラスター以外の都市がプロットされている。バックボーンは2020年代半ばより構築が始まる。水素網の総延長の75%が天然ガス配管の改修、25%が新設と予定されている。それが実現する場合は2040年迄に270~640億ユーロの投資が必要となる。

図5 欧州ガス事業者が予想する水素網
図5 欧州ガス事業者が予想する水素網
(出所)TECHNOVA「水素はいかにカーボンニュートラルに貢献するか」(2021/12/10)

水素・脱炭素ガス市場の構築に向けて

 丸田氏は、欧州委員会の「水素・脱炭素ガス市場パッケージ(Hydrogen and decarbonized gas market package)」に注目している。従来の気体燃料インフラは天然ガスのみを想定してきた。これを改訂し、水素やバイオガス、バイオメタンの統合を目指す。2021年3月のパブコメ文書が提示され、12月14日に発表予定となっている。以下は、パブコメ文書のポイントである。

・費用効果の高い水素インフラ整備と競争的な水素市場の創出
・再エネ・低炭素ガスの分散型製造の促進(バイオメタン、合成メタン)
・消費者の権利の明確化と、より競争的・透明な供給の確保
・包括的なインフラ計画の策定(特にガス、水素、電気、冷暖房市場)
・天然ガス需要の固定(高止まり)の抑制
・水素市場の構築、水素パイプライン構築、水素の欧州域内輸入の準備、低炭素水素の定義に対する提案

 丸田氏は、以上のような欧州の動向を基に、また田中伸夫元IEA事務局長の「ガス網のほうが、電力網よりも巨大かつ長時間のエネルギー供給が可能」との発言を紹介し、日本もパイプラインの整備と電力事業とガス事業のコラボが重要ではないかと訴えた。

熱・燃料における純水素の位置付け上昇

 また、熱・燃料においては水素の役割りをより大きく、合成燃料の役割りをより小さくする方向であるとの解説があった。EUにおける「非バイオ再エネ燃料(RFNBO)」の定義は変更される。Fit for 55パッケージ(2021/7)にて欧州再エネ指令(RED:Renewable Energy Directive)の修正案が提示され、RFNBO(グリーン水素、合成燃料)の定義は「グリーン水素とDAC由来CO2を活用した合成燃料」となった。その活用は、合成燃料は電力では脱炭素化が困難な運輸分野(航空機・船舶)および産業部門のみで活用され、また産業部門で使用される水素の50%はグリーン水素になる。

まとめと日本の目指すべき途

 最後に、まとめと日本の目指すべき途について解説があったが、以下に丸田氏のレジメを掲載する(一部編集)。

まとめ

・水素はエネルギービジネス、エネルギー安全保障、脱炭素化の準主役と認識すべき
・欧州から「脱炭素化に水素は必須」の流れ
 ・当面は世界の主役は欧州か? フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が積極的
 ・「再エネ指令」の改定と「水素・低炭素ガス市場パッケージ」に注目
 ・水素パイプライン建設が進む(電力インフラを補完、欧州では電力会社とガス会社が連携)
 ・国内(域内水素製造)+輸入支援のスキーム
・目覚めた米国は?  グランホルムDOE長官も積極的
・米国、欧州連合、英国はビル・ゲイツと連携

日本はどうすべきか

・多くの国と対話&MoUを締結
 ・民間(商社等)のイニシアティブに期待 /国際枠組みの活用 /アジア・アフリカとの連携(水素、合成液体燃料、合成メタン etc)
・今こそ大胆な投資・支援を
 ・水素は「官製市場」 /ビル・ゲイツと組むのも一案 /スキーム、スキーム、スキーム(水素コストの低減)
・水素インフラ:2050年を見越すと日本でも水素パイプラインの議論をすべき段階か

筆者の所感:遅れと誤方向の懸念

 丸田氏の欧州を主とする包括的な現状解説は衝撃的であった。EUは、1.5℃レベルへの引き上げを前提に、CN実現に向けた水素社会到来必然性の整理、実現するための戦略構築、グリーンの定義等国際標準に向けた準備、水素市場およびインフラの役割と整備にむけたロードマップ作成、事業実施主体と技術開発・資金調達等について、真剣に議論していたが、その進捗が加速化している。日本よりもかなり先を行っているとの印象を強く持った。

 特にEUとして、ドイツとして海外事業の取組み・協力が広域かつ具体的である。また、グリーン電力とグリーン水素(そしてバイオマス)が主役になるなかで、電気事業、ガス事業、熱供給事業およびインフラが融合して進んでいくビジョンが形成されつつある。また、取引プラットフォーム提案、賦課金免除等の水素商品取引に向けた環境整備が着実に進んでいる。再エネ電気由来のグリーン水素が念頭にあることも改めて確認できた。世界を対象に分析しているIEAも基本的にEUと同じ構図である。

 以上を受けて日本はどうすべきか、丸田氏の提言「多くの国と対話&MoU締結」「今こそ大胆な投資・支援を」「水素パイプラインの議論を」は説得力を持つ。これに「国内再エネ資源を活用するグリーン水素を主役に」を加えたい。