Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.325 電力需給ひっ迫「注意報」で注意すべきこと

2022年7月7日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授・安田 陽

 2022年6月27日から30日にかけて、東京電力パワーグリッド管内で日本初の「電力需給ひっ迫注意報」が発令されました。この注意報は「日本初」だったため、メディアでも連日大きく取り上げられました。本稿では、この電力需給ひっ迫「注意報」を取り巻く背景や影響について、分析していきます。

注意報は「史上初」だが…、

 電力需給ひっ迫注意報の発令は「史上初」ということもあり、メディアやインターネットでも大いに注目されました。何故史上初だったかというと、理由はとても簡単で、「電力需給ひっ迫注意報」というルールができたのは今年5月とたった1ヶ月前だったからです。

 5月27日に開催された第50回 電力・ガス基本政策小委員会では、『2022 年 3 月の東日本における電力需給ひっ迫に係る検証 取りまとめ(案)』において「前日段階で警報発令の基準(広域予備率 3%未満)には届かないまでも、需給ひっ迫の可能性を事前に幅広く周知する観点から、あらゆる供給対策を踏まえても広域予備率 5%を下回る場合には、需給ひっ迫注意報を発令し、生活・経済活動に支障のない範囲で最大限の節電の協力を促すこととする」(下線部引用者)とし、これにより「警告」に先立ち「注意報」が発令されるというルールに変更されました。6月末の注意報は、そのルール変更後初めての発令ということになります。なお、「警報」は東日本大震災後の2012年に制度化されています。

 一方で、今年3月22日は電力需給ひっ迫「警報」が発令されたので、それを思い起こし、あるいは「注意報」と「警報」を混同したり同一視して、「またか」「短期間で2回目だ」と感じた人も少なくないかもしれません。この3月の警報自体も史上初だったため、「かつて無かったのに今年初めて(しかも立て続けに!)」という印象を覚えた人も多いかもしれません。

 翌日の注意報が発令された6月26日や注意報当日の27日のメディアの言説を注意深く読み取ると、「初発令」「初の」「初めての」という表現が並びます。これ自体は事実であるものの、いつまで遡って「初めて」なのかという情報を提供しないまま「初」ばかりを強調しているかのように読める記事も少なくありません。

 メディアが連呼した「史上初」の雰囲気醸成のためか、中には今回の電力需給ひっ迫注意報を電力自由化や総括原価方式の廃止と関連づけて、「自由化以前はなかった」「総括原価方式だったら需給ひっ迫は起こり得なかった」と想像力を膨らませる発言もインターネットやSNSでは散見されます。しかし、実はこのような需給ひっ迫や節電要請は(2011年の東日本大震災直後の計画停電の時期を除いたとしても)、 2003年2007年など東京電力管内では度々発生しています。

 これらはいずれも原子力発電のトラブルに起因する電力不足であり、総括原価方式の元で建設された大規模集中電源に依存するが故のリスクとも解釈することができます。いずれにせよ、電力全面自由化以前、総括原価方式時代にも需給ひっ迫や電力不足は発生していたという厳然たる事実があります。しかし、電力自由化を否定したり総括原価方式を復活させたい人にとっては、そのような事件はなかったかのような口ぶりで、これは単純に健忘もしくは歴史歪曲による、総括原価方式の時代の復古趣味としか言いようがありません。

そもそも「注意報」とは…?

 一般に「注意報」というと、多くの方にとっては大雨注意報、洪水注意報や高潮注意報などが身近ですが、これらの注意報は気象庁によって「警戒レベル2」に分類されており(警戒に切り替える可能性が高い旨に言及されているものを除く)、「避難行動の確認が必要とされる」レベルです。注意報は発令時点で住民が直ちに何か具体的な行動に起こさなければならない段階ではありません。あくまで「注意する」「確認する」ことが必要とされます。

 電力需給ひっ迫注意報も「生活・経済活動に支障のない範囲」「協力を促す」(上記検証取りまとめ(案))と表現を限定しており、何か具体的な義務的要求事項を挙げているわけではありません。他省庁が発令する「警報」「注意報」といった法令に基づく情報発信との整合性から考えると、やはりあくまで「注意する」「確認する」ことが必要とされるレベルだと考えるのが妥当でしょう。

 ちなみに、気象庁が発令する種々の注意報や警報は、これだけ自然災害が増えて来ている日本において、多くの住民の生命に直結することも多いため、リスクコミュニケーションの点から多くの人にとって直観的にわかりやすいリスクレベルの情報発信になっています。例えば「警戒レベル5」は大雨特別警報がこのレベルに相当し、表の色も黒く塗られています。また「警戒レベル4」は高潮特別警報などがこれにあたり、色は紫、「警戒レベル3」は洪水警報などで色は赤、「警戒レベル2」は種々の注意報で色は黄で表現されています。

 仮に電力需給ひっ迫に関する情報も気象庁の警戒レベルと同じように表現するとすれば、「警戒レベル5」がブラックアウト(全域停電)、もしくは負荷遮断によるなりゆき部分停電、「警戒レベル4」が計画停電、「警戒レベル3」が電力需給ひっ迫警報、「警戒レベル2」が今回発令された電力需給ひっ迫注意報、にそれぞれ相当することになると予想されます(注: これは経済産業省が公式に発表したものではないので、現段階ではあくまで筆者個人の考えによる「わかりやすい比較」にすぎません。最終的にはさまざまな専門家の合議の上で調整され、最終決定されることが望ましいと言えるでしょう)。

 しかし、多くのメディアやインターネット・SNSでは、十分なリスクレベルの説明もなく、過剰に停電の不安を煽るような言説も見られます。本来、「注意報」を1日前に発令し、この注意報の段階で多くの企業・市民の適切な協力により(そしてもちろん一般送配電事業者や発電事業者の尽力により)、「警報」に発展しなかったということは、今年の5月に「電力需給ひっ迫注意報」という新たなルールを定めたことが功を奏したとも言えます。そのようなポジティブな評価をする声はほとんど聞こえて来ません。

 今回発令されたものは「注意報」であり「警報」ではありません。この差異についての情報を適切に説明せずにことさら停電の危機を喧伝する評論も散見します。これはリスクマネジメントの観点から、さらにはリスクコミュニケーションの観点から果たして本当に妥当かどうか、注意深く検証する必要があります。

リスクコミュニケーションは適切だったか…?

 さらにここで筆者は、 リスクマネジメントの観点から、「注意報」が発令された際のなすべき行動として、上記の「注意する」「確認する」ことに加え、「不適切な行動を取らないこと」を挙げたいと思います。「不適切な行動」とは、①根拠のない噂を流すことあるいはそれに加担すること、②パニックになること、が挙げられます。この①と②は電力需給ひっ迫だけでなく他の自然災害による注意報・警報でも同様です。そしてとりわけ需給ひっ迫に際しては、③無駄な電力浪費をすること、④生命や健康に支障を来たすような無理な節電すること、が不適切な行動として挙げることができます。

 人々は目の前に迫り来るリスクに際して、また初めて体験するようなリスクに対して、兎角パニックになって冷静な思考を失いがちですが、多くの人に(そしてメディアやインターネット・SNSで積極的に発信する人こそ特に)心掛けて頂きたいのは、リスクに際して、伝聞や憶測、思い込みで情報を流してはならない、ということです。また、十分情報が揃わない段階で根拠のない断定をしない、ということも重要です。

 残念ながら今回の需給ひっ迫に際しても、前節で紹介したように「電力自由化のせいで…」「総括原価方式でないから…」さらには「原子力発電が再稼働しないから…」「太陽光のせいだ…」という「犯人探し」が需給ひっ迫が解消しない段階から流布されました。これらに安易に「いいね」やリツイートをしない、という「訓練」が平時から危機管理のために必要です。

 まず危機を目の前にしてなすべきことは、目の前に差し迫るリスクを可能な限り正確に認識すること、そのリスクが緩和するように対応すること、不適切な行動によりリスクが拡大しないことなどであり、犯人探しが第一ではありません。性急な犯人探しは、しばしばスケープゴートとなり、本質的なリスク緩和の解決から却って遠ざかる可能性すらあります。

 また、特に情報が少ない段階では不確実性を伴うことが多いため、どうしても「~の可能性がある」「~だと考えられる」「~と推測できる」という可能性表現・推測表現を伴うことが多いということも認識する必要があります。要因を推測したり仮説を立てる場合も断定調は禁物です。リスクを伝える人(通常、政府・メディア)が上記のような可能性表現・推測表現をすると、余計に不安に思ったり不信感を抱く人もいるかもしれません。しかし、むしろ現在のような災害多発時代こそ合理的なリスクマネジメントの考え方に則り、根拠を伴わない「勇ましい断定調」こそリスクを高める、という考え方を国民全体で共有する必要があります。

 中には、「こんなに電力に不安が出てくるのなら日本に工場を置けない。日本の産業が衰退する!」というような主張も耳にしましたが、仮に停電率だけで工場やオフィスの立地を決めるのであれば、現在の日本(2020年度の需要家あたりの年平均停電時間:20分)より優秀な国は、スイス、デンマーク、ドイツ、ルクセンブルクなど欧州の限られた国だけになってしまいます。米国も実は年平均停電時間が約260分(2018年)と、日本の実に13倍で、上記の理論だとやはり米国にも工場を置けません。中国や東南アジアでは正確な統計データを入手することは難しそうですが、米国と同程度あるいはそれ以上と見た方がよいでしょう(日欧米の停電に関する統計データは筆者講演資料などを参照のこと)。

 したがって、もし上記のような発言をする産業界のトップや経営者がいるとしたら、それに対する筆者の回答は「落ち着いて下さい。意思決定者がなすべきことは、感覚論や印象論で物事を決めるのではなく、まず冷静に数字を読むことです」となるでしょう。まさに、エリートパニックの典型例です。

 その点で、今回の一連の需給ひっ迫注意報を取り巻くメディアやインターネットの言説の多くは、まさに熱に浮かれた「狂想曲」であると言えます。本来適切なリスクコミュニケーションを発信する立場の者が自らパニックを起こして不適切なリスクコミュニケーションを拡散させる火種を作ってしまったのではないか、と大いに反省すべき点が多々見られます(もちろん適切な情報提供するメディアやネット記事もありましたが)。

「まず家庭でできること」…?

 前述の「不適切な行動を取らないこと」に戻り、残る③無駄な電力浪費、④生命や健康に支障を来たすような無理な節電の説明をしましょう。③は、注意報が発令されない日常でも言わずもがなです。これは④に至らない限り個人や家庭が協力することも悪くありませんが、本来、注意報発令時に優先して行動すべきは産業・業務他の部門です。日本の消費電力量に占める家庭部門の割合は28% (2018年度, エネルギー白書2020)であり、一方で産業部門は37%、業務他部門は34%あります。

 例えば商業施設の「お客様から苦情がくるから」という理由による過剰冷房・過剰暖房を(ついでに過剰包装も)しがちですが、脱炭素が叫ばれる今、これらの過剰サービスはむしろ消費者から苦情がくる時代になりつつあります。商業施設にとっては過剰冷房・過剰暖房はなかなかこれまでの慣習を改めづらいかもしれませんが、むしろこのような注意報が出たときこそ、行動を改め企業価値を高める良い契機となり得ます。更に、断熱やデマンドレスポンスなど、日常的な消費電力量(エネルギー)の削減を経済活動の一環として盛り込む(つまり収益や企業価値を高めるために積極的に投資する)ことも必要です。

 ④については、上記で述べた通り、メディアは視聴者の関心が高いためという理由からか「まず家庭でできること」の報道を優先しがちですが、これを連呼しすぎると、生命や健康に支障をきたすような無理な節電や我慢をしてしまう人もでてきてしまい、新たなリスクをもたらす可能性もあることを念頭に入れなければなりません。事実、経済産業省自身も「生活・経済活動に支障のない範囲」(上記取りまとめ(案))と念を押しています。これは電力需給ひっ迫「警報」であっても同じです。ここでもメディアのリスクコミュニケーションが適切だったか、省みる必要があるでしょう。

 注意報が出た時点で個人や家庭で「しなければならない」ことは実はありません。「しなければならない」(義務的要求)と「することが望ましい」(推奨)は要求レベルの度合いとして全く異なるという考え方は、決して細かい言葉尻や表現のあやでなく、人々がパニックになりそうな時こそ冷静なリスクマネジメントとして切り分けが必要です。そしてそのような考え方こそ、本来、政府やメディアがリスクコミュニケーションとして発信すべきものです。

 さらに、注意報が発令された段階で個人や家庭「しなければならない」ことはなくとも、今後も注意報が発令するような状況を想定して、あるいは注意報が発令されないように、「することが望ましい」ことはさまざまあります。その中で最も確実かつスピード感があるのは家の断熱だと言えるでしょう(産業部門や業務部門も同じ)。これに関しては、3月22日の電力需給逼迫警報にまつわる拙著コラムをお読み下さい。特にこの6月の注意報は、3月の警報と同様、本来の需要ピークでない時期に発生しているため、電源側の対策では確実かつ迅速な効果が期待できず、今後の需要側の対応こそが堅実かつ実現可能性が高いものとなるでしょう。

恐怖が売れることを知っているオピニオンメーカーに踊らされないために

 最後に、本稿は下記の文章の引用で締め括ることとします。この引用文は前回の拙稿コラムでも紹介しましたが、これは2021年9月に欧州で電力市場価格がじわじわと高騰し始め、メディアでさまざまな憶測が流れた時期に書かれたものです。今回の需給ひっ迫注意報の後、改めて我々が噛み締めなければならない含蓄が含まれています。

  • この状況を説明するには2つの見方がある。複雑な要因を考慮した機微に富む見方と、状況を単純化するための都合の良い方法を見つけるナラティブ(物語的)な見方である。
  • 世論は、事実を反映していないかもしれない単純なナラティブ(物語)にしばしば影響される。そして危機は、恐怖が売れることを知っているオピニオンメーカーにとって、絶好の機会となる。

---(出典) Akshat Rathi: Making Sense of the Narratives Around Europe’s Energy Crunch,
BNN Bloomberg, Sep 28, 2021を筆者翻訳

 「恐怖が売れることを知っているオピニオンメーカー」に国民全体が踊らされないことが、災害多発時代の日本のリスクマネジメントに必要です。

(キーワード:需給逼迫、停電、リスクマネジメント)