Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.331 産業政策 vs.自由貿易ルールの葛藤
~EUが英国洋上風力ローカルコンテンツ政策をWTO提訴~

2022年8月18 日
京都大学大学院経済学研究科特任教授 永田 哲朗

キーワード:WTO、自由貿易、産業政策、ローカルコンテンツ、幼稚産業、英国、台湾、中国、EU

 英国はこれまで陸上風力の開発では欧州の大陸諸国に遅れを取っていたが、脱炭素の柱として洋上風力を掲げ、「セクターディール」と呼ばれる洋上風力関連の国内産業育成策を推進している。しかしながら、EUはこの政策が英国国内製品の調達(ローカルコンテンツ)を強制するため競争制限的であり、自由貿易ルールに違反するとして3月末にWTO(世界貿易機関)に提訴するに至った。

 その一方、近年のコロナ禍やウクライナ侵攻などを踏まえ、経済安全保障の観点から、自由貿易の対極とも見られる産業政策の位置付けが、世界的に再検討されるという動きも見られる。

 ここでは風力発電の拡大も含め、ある国が取ろうとしている産業(ないしは環境)政策と、自由貿易・競争原理を旨とするWTO、TPPなどの多角間貿易ルールとの整合性について考えてみたい。

1. 英国セクターディールに対する評価

(1) 英国の洋上風力開発方針

 陸上風力の産業育成では大陸諸国に遅れをとっていた英国は、2019年に政府と産業界との連絡組織として「洋上風力セクターディール」を発足させ、2030年までに洋上風力30GWの導入を目指すこととなった。その主な合意内容は次の通りである。

①洋上風力導入の予見性確保のため、政府は最大5.57億ポンドを支援
(CfDと呼ばれる価格差保証)。

②洋上風力の国産品調達率(ローカルコンテンツ)を、産業界は2030年までに60%に引き上げ。

③洋上風力の直接雇用を、現在の7,200人から2030年に27,000人に増加。洋上風力で働く女性比率を2030年までに1/3以上に引き上げ。

④洋上風力関連の輸出を、2030年までに5倍に増加(年間26億ポンド)

⑤強固なサプライチェーンを構築し、生産性向上と競争力強化を図るため、風力産業界は共同組合を設立し、最大2.5億ポンドを出資。

 翌2020年には、上記30GWの目標に10GWが上乗せされて40GWとなり(そのうち浮体式が1GW)、その実現に向けて英国政府は港湾やインフラ設備等に1.6億ポンドを投資するとともに、英国製品の60%調達目標を改めて表明している。

 こうした動きも踏まえ、昨年11月にグラスゴーで開催されたCOP26の直前において、英国政府は2050年の排出ゼロ目標を2035年に15年前倒しする「ネットゼロ戦略」を公表した。

 実際に、英国はこれまで洋上風力導入量の面では世界をリードしてきており、2021年に中国に抜かれるまでは長く第1位を保持してきた。英国の風力による発電比率は急速に上昇しており(図1)、特に洋上風力の伸びが顕著である(図2)。

図1.英国の電源別発電電力量
図1.英国の電源別発電電力量
(出所:JETRO)

図2.英国の太陽光、風力の発電設備量
図2.英国の太陽光、風力の発電設備量
(出所:JETRO)

(2) EUによる英国のWTO提訴

 こうした英国の国内産業育成策に対し、自由な競争を制限しておりGATT(WTOの前身)第3条4項(国内外無差別)に違反するとして、EUは今年3月にWTOに提訴することとなった。

 英国政府は、再エネ事業者からの電力買取に対しては、従来からStrike Price(再エネ原価)とReference Price(市場価格)との差額を補填するCfD(Contract of Difference)という制度を通じて支援しているが、昨年12月にCfDの対象として認可するための資格要件にローカルコンテンツを加えたことから、EU諸国との対立が一気に表面化し、提訴に至ったものと思われる。EUの背後には、オランダ、フランス、スペイン、デンマーク、ベルギーなどの存在が推測されており、洋上風力の立地点不足が懸念される中で、英国洋上風力の潜在性に目が付けられているとの見方もある。

 今後は、先ずは英国・EU間で外交ルートの交渉が行われるが(60日間)、決着しない場合はWTOによる協議に移行する。そしてWTOの場では、当事国以外にも利害を有する国の参加が認められ、9ヶ月の協議(通常延長のケースが多い)を経た後に裁定に至る。

 英国は、EU諸国の再エネ支援策との類似性を主張することも予想されるが、例えばフランスは2035年までにローカルコンテンツ50%を目標としているものの、あくまでも自主努力目標であり、英国のように政府が法制度上コミットしているものとは全く異質である。また、英国はウクライナ侵攻を反映した経済安全保障を持ち出す可能性も指摘されているが、西側諸国内の市場調達の問題としては説得力に欠ける。

2. 台湾のローカルコンテンツ方策

 こうした視点から見ると、台湾の洋上風力に関するローカルコンテンツ要求も、英国と似たような構図にあるように思われる。

 台湾の洋上風力は、2018年以降順次運転期間を満了する原子力の代替を目指して開発が始められたものであるが、西海岸の沖合が遠浅で風況も良好であること、電機、機械、造船など既存国内産業との関連が深くサプライチェーンの発展につながることなどから、東アジア諸国の中ではかなり積極的な取り組みが進められてきた。

 しかしその一方で、洋上風力への応募資格要件として国内サプライチェーン計画を求めており、そのハードルが高いことは当初より外国企業などから批判されてきた。台湾政府はWTOルールも意識して、国産化要求基準・比率を定義(明文化)せず、行政指導に依存している。2018年の募集では、① 国内産業育成への貢献度を重視して選定した案件は優遇固定価格で買い取り(3.8GW)、② それ以外は競争入札による落札価格で買い取る(1.7GW)という2つの異なる方式を採用しており、合計5.5GWが2025年までに運転を開始することになる。その後も累計で2030年までに14GW、2035年までに20GW以上を導入するという意欲的な目標を設定している(図3)。

図3.台湾の洋上風力ポテンシャル
図3.台湾の洋上風力ポテンシャル
(出所:台湾経済部能源局)

 上記の2方式による募集は、サプライチェーン構築に関する要件遵守の成否によって適用される買取価格が異なるため、国内製品優遇を禁止するWTOルールに抵触しないかどうかは微妙なところである。2019年には、国際特許、製造・輸送コスト、国産部品使用要求などの理由から、台湾国内での風車組立工場の立地を断念しデンマークに戻すような事例も発生している。台湾政府は、部品や部門ごとの実態に応じてより弾力的・競争的な枠組みを目指すとしており、もし今後差別や不利益を被っていると考える外国企業(メーカー、開発・工事事業者等)や政府が現われなければ、英国のような事態の回避は可能なのかも知れない(訴えが無ければWTO自らは動かない)。

3.WTOの役割をめぐる各国の思惑

(1) 加盟20年を迎えた中国と米国のスタンス

 WTOは今年6月に4年ぶりの閣僚会議を開催し、ウクライナ侵攻下における食糧供給、コロナワクチン対応、漁業への補助金などについて合意するなど一定の成果は上げている。その一方、中国に対して知的財産保護、国有企業優遇などの面で不満を抱く米国は、中国への制裁関税や市場監視を継続するとともに、WTOの裁定機関である「上級委員会」への委員派遣を拒んでおり、WTOの機能回復はまだ見通しが立っていない。

 WTOに代表される自由貿易ルールやTPPなどの自由経済圏の功罪・得失については、近年様々な議論が交わされているが、2021年12月は中国がWTO加盟20周年を迎えた節目であったことから、この間の実績・評価についても関心が高まった (因みに台湾は1ヶ月遅れて加盟)。加盟20年を経て、中国の輸出額は290兆円と9.7倍に、輸入も230兆円と8.4倍に増え、貿易総額の世界シェアは13.1%とトップに立った(図4)。一方、GDPも世界6位から2位に上昇しており(米国との経済規模比は13%→73%)、2017年までは途上国グループ向けの優遇関税なども活用しつつ、自由貿易のメリットをフルに享受してきたと言うことができる。

図4.中国の貿易総額と世界シェア
図4.中国の貿易総額と世界シェア
(出所:時事ドットコム)

 ここで強調すべきは、自由貿易のメリットが生じたのは中国だけでなく、相手国も同様という点である。例えば、日本から中国への直接投資額は2020年に1.15兆円と2000年の10倍以上に増えている。自動車産業に代表されるように、中国の国内市場開放の恩恵に浴した日本企業は数知れない。

(2) 中国脱炭素化ビジネスの存在感

 世界各国の脱炭素目標に呼応して、中国も2060年のカーボンニュートラルを宣言しているが、洋上風力の分野だけを見ても中国の近年の躍進は著しい。特に2021年単年に導入された新規設備量は、前年の4倍を超える17.4GWに達して世界全体の8割以上を占めることとなり、累積導入量でも26.8GWと英国を抜いて一挙に世界一に躍り出た(図5)。また、中国の洋上風車メーカーが世界市場での上位4社に並び、4社合計のシェアでは7割を超えている。

図5.各国別洋上風力累積導入量(2021年末)
図5.各国別洋上風力累積導入量(2021年末)
世界全体(55.7GW)の中で、中国が26.8GW(47.4%)、欧州合計が27.8GW(50.0%)
(出所:IRENA)

 このような急成長の背景としては、固定価格買取制度の運用や海域指定などにおける政府支援も指摘されているが、これだけ巨大な量産化が実現した際のコスト削減効果は極めて大きいはずであり、国際的な価格競争力も蓄えていることが推測される。将来的にはかつての欧州諸国が歩んできたように、国内市場を踏み台とした国際市場への転進も予想されるところである。

 洋上風力に留まらず、太陽光、EVから、排出権取引制度(ETS)等の金融部門に至るまで、世界市場を見据えた中国の脱炭素化ビジネスは測り知れぬ存在感を示している。そうした路線を進むためには、自由貿易の旗を掲げ、各種自由経済圏への参加を進めることが有利と考えているようであり、WTOでは違反とされた項目の是正を進める一方、上級委員会の代行組織である「多国間暫定上訴アレンジメント(MPIA)」の運営に参画して紛争解決をリードするなど、WTO、TPP等に懐疑的な米国に代わって、自由貿易の擁護者としての立場をアピールする姿勢が鮮明になっている。

(3) 環境政策を織り込みたいEU

 その意味では、EUのグリーンディールが狙っている先には中国と共通する部分も多い。今後脱炭素化ビジネスを進める上でも、またEUタクソノミー、炭素国境調整措置(CBAM)などの世界標準化を目指す上でも、WTOルールとの整合性の確保は不可欠との認識が強く感じられるところである。

 炭素国境調整措置は、排出削減対策がEUより緩い国からの輸入品に炭素価格を課し、公正な競争確保とEU域外での炭素抑制を同時に目指そうとするものであるが、昨年7月に対象品目、排出量算定手法、課金方法などの規則案を公表して以来、「脱炭素を装った保護主義、途上国経済を圧迫、WTOルール違反、貿易摩擦や報復の可能性」などとする反発も域内外から寄せられており、今後の見通しはまだ不透明である。

4.多角間自由貿易の利益は誰に帰属するのか

 近年の米中対立、コロナ禍、ウクライナ侵攻などにより、半導体、レアアース、食糧、エネルギーなどに対する供給不安が次々と顕在化したことから、経済政策全般の方向としても、従来の規制緩和、自由化、民営化など市場機能を重視した「小さな政府」から、再び政府の関与領域を拡大する「大きな政府」にシフトし、将来有望と思われる産業を育成するための産業政策も強化すべきとの声が聞かれる。

 しかしながら、仮にある国内産業の育成を国策とするにしても、その一方でTPP、WTOなどに代表される多角間自由貿易体制の強化も、日本経済の死命を制する枠組みとして日本政府が先頭に立って推進してきた国策であり、両者の整合性やバランスについては十分な検証が必要である。

 その際に忘れられがちな視点をいくつか列挙すると以下の通りである。

①輸出は善(外貨獲得)、輸入は悪(国富の流出)とする家計か商店などと混同する固定観念がいまだに消えない。外貨を溜め込むだけで使わなければ意味は無く、相手国に消費の機会を与えているだけである。貿易は双方ともが割安と思える商品・サービスを互いに交換できるという点が最大のメリットであり、国内だけで金を回すことを是とするのであれば、自給自足に近い江戸時代が理想ということになる。

②個々の産業や地域の得失と国民経済全体の得失の見え方が非対称のため、政策上のバイアスがかかり易い。何故ならば、前者は特定しやすく声も大きいのに対し、後者は薄く広がるため受益者の声が捉えにくいからである。

③「幼稚産業論」は、かつて産業政策・保護貿易の数少ない論拠とされていたが、経済的な意味合いとしては、単に途上国幼少産業の育成期を擁護するという字句以上に深いものであり、市場機構や個々の企業では解決できない外部経済性がある場合こそ政府の出番ということである。即ち、将来の成長、技術革新、コスト低減が見込まれたとしても、その経済効果が外部に漏洩するため、初期投資や技術開発費用を個々の企業では回収できない場合などに当てはまる(技術・知識集約等の面で政府が果たすべき役割については、拙筆の京大コラム#182「風力発電の情報プラットフォーム」参照http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0182.html)。

④念のため補足すれば、これは市場の特性や制度上、民間ベースのビジネスモデルでは採算に合わず実現できないというケースであって、政府が民間より賢く将来の見通しにも明るいという意味ではない。

⑤現在の多くの最終製品は多国間を複雑に跨って生産されており、サプライチェーンが国内で完結するものは少ないため、挙証可能な追跡には限界があり費用も嵩むことになる(EUの炭素国境調整措置案でさえ、スコープ1=自社排出分までに留めている)。農畜産物などについても同様で、単なる国内自給率だけでは実態を示すことにはならず、使用する輸入肥料・飼料・エネルギー・機材などを統合すれば、隠れた海外依存率はかなり変わってくることが、今回のコロナ禍でも明らかになった。

5.日本の洋上風力産業化の方向

 以上述べてきた経緯や国際動向などを踏まえると、日本の洋上風力の産業化にあたっては何に留意すべきであろうか。

 周知の通り、洋上風力の推進に向けては2020年に官民協議会が発足し、洋上風力産業ビジョンとして大きな方向性が示されたが、その中には国内調達比率を2040年までに60%にするという目標数値も含まれている(図6赤枠内)。

図6.洋上風力産業ビジョンの目標設定
図6.洋上風力産業ビジョンの目標設定
(出所:経済産業省)

 官民協議会の目標として設定されていることから、この数値達成に向けて日本政府が直接・間接にどの程度までコミットしているかについては必ずしも明確ではないが、英国や台湾の事例から考えれば、この国内調達比率はあくまでも産業界の自主努力目標である旨を明示しておくこと、そしてFIT・FIPや入札上の資格要件にすべきといった発言は慎むことが、あらぬ誤解や摩擦を避けるために必要と思われる。

 第2に、日本が英国、台湾と共通するのは、現在のところ国内に風車メーカーを持たないことである(拙筆の京大コラム#139「風車メーカーが無い国の戦略」参照http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0139.html)。洋上風力の発電コストの内訳では構造物や工事、保守・運転などの割合が高く、風車製造コストが全体に占める比率は24%と陸上風力に比べれば低くなっているが(図7)、それにしても風車以外で60%の国産化を達成するには相当の努力が必要である。

図7.洋上風力発電のコスト構造
図7.洋上風力発電のコスト構造
(出所:経済産業省)

 日本に限らず一般論として言われているのは、国産化比率引き上げ目標とコスト削減目標とは往々にしてトレードオフの関係に陥り易いという点である(国内取引のアナロジーで言えば、多少高くても地元企業を使って欲しいとの要請にも通じる)。両目標が同時に達成できるのであれば全く問題は無いが、万一両立できない場合、優先すべきはコスト削減目標の方であることを再認識しなければならない。そうでなければ、将来的に価格競争力を持って世界市場に進出するというビジョンも実現できないということになる。

 第3に、かつて日本製太陽光パネルが全盛期にあった2010年に、日本政府は太陽光パネルにローカルコンテンツ義務を課していたカナダ・オンタリオ州を相手取り、自由貿易違反としてWTOに提訴して2013年に勝訴しているが、もしブーメランのように逆の立場に立った場合には、姿勢の一貫性を問われる問題でもある。同様に、洋上風力分野においてローカルコンテンツ比率を高めようとすれば、将来の海外進出に際して輸出先から同じ扱いを受ける可能性があることも否定できない。国際貿易は何事も相互主義である。

 いわゆる産業政策には、インフラ整備、技術開発支援、補助金、税制、金融支援から、カルテル、設備統合・合理化、輸出入割当等に至るまで様々な形態を含んでいる。そしていずれの場合も市場による資源配分(ヒト、カネ、モノ)を変えることとなり、それによって別の産業あるいは最終消費者の経済厚生を損なう恐れもあるため、経済全体の差引として十分なプラスの付加価値を産み出すことが求められる。

 脱炭素化という大きな目標に向けても、限られた資源をいかに効率的に活用していくかが鍵であることは同じであり、場合によって海外の優れた製品、技術、ノウハウ、資本などに頼ることが有効な手段となることもあり得る。今後の選択肢の一つとして、その道を閉ざしてはならないのは確かである。

 19世紀のドイツで国内産業育成にも尽力した宰相ビスマルクは、「愚者は己の体験に学び、賢者は他人の体験に学ぶ。」と述べたとされる。自分限りの身近な感覚に囚われず、多くの先人や同時代人の知見を活用すべしとの教訓である。