Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.334 電力需給ひっ迫の背景を考える

2022年9月9日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:電力需給ひっ迫、電気価格高騰、電気料金引き上げ、低い予備率、中途半端な自由化、ERCOT

 電力需給ひっ迫が頻繁に生じ、電気料金の上昇が止まらない。多くの新電力が活動を停止し撤退の動きも出ているが、大手電力も軒並み赤字決算となってる。世界的な資源価格高騰の影響を受けているが、夏季・冬季のピーク時予備率は3%を下回る危険水準になるとの予測が出ており、資源高だけでは説明がつかない。政府からは供給力不足が喧伝される。安定供給を誇っていた日本だが、3.11東日本大震災以降10年強で何が起こっているのか。今回はこれを考察する。

10年で電力システムは大きく劣化

 電力システムが危い。需給ひっ迫が頻繁に生じているが、特に冬季ピーク時の予備率は危機的な低水準となると予想されている。卸市場価格は高騰し、電気小売り料金は上昇が止まらない。多くの新電力が活動を停止ないし撤退し、大手電力(旧一電)も赤字に陥っている。まともに契約できない電力難民が生じ、活動に支障が生じている事業者も出てきており、安定供給とは程遠い状況になっている。日本はどうしたのだろうか。3.11東日本大震災前までは電力安定供給を誇った日本であるが、この10年強の間に、別の国のように不安定な状況になった。電力需給逼迫問題はこれまでも本コラムで何回か取り上げてきたが(「No.311 どうして電力価格が高騰し供給量が増えないのか」)、今回は、供給力不足に焦点を当てて、政府が説明する通説と「中途半端な自由化が招いた」説を示す。

1.供給力不足の予想とシステムの現状

2022年度冬季は危機的な状況

 人口減、省エネ進展等により、電力需要は3.11以降は低水準で推移している。脱炭素が進むと電力需要は増えるとする見方もあるが、向こう10年間では伸びは小幅にとどまる。一方で、近時や今後数年間の夏季・冬季ピーク時余力(予備力)は危険水域とされる3%を下回るエリアが出現する。2023年1~2月は、北海道以外は3%を下回る。東京はマイナスであり、対策後で辛うじてプラスとなる(図1)。このように、数字上は供給力は極めて不十分ということになる。後述するが、30%を超えるテキサス州との違いは大きい。

図1.2022年度冬季の電力需給見通し
図1.2022年度冬季の電力需給見通し
(出所)資源エネルギ-庁「2022年度の電力需給対策について(2022年7月20日)」

再エネ以外の電源開発は停滞

 供給力とは、そのときに発電出来る状況にある設備の容量であり、休止・停止・出力低下が想定される設備は供給力にカウントされない。当然であるが、投資により新設電源が供給力に追加される。新規設備は、一般に新技術を伴い、効率性や環境性は向上する。電源の新陳代謝の促進が社会にとり重要になるが、価格機能はこれを促すとされる。価格が上がると予想される場合は、投資は増える。しかし、日本では、再エネ以外は新規投資が生じていない。

短期の供給力は「停止・出力低下」で決まるが、旧一電に決定権

 さて、休止・廃止・出力低下であるが、「休止」は老朽化等により廃止が想定されている設備である。「停止」はメンテナンスによる計画停止、事故等による計画外停止により構成される。「出力低下」とは定格出力に至らない水準での運転を行うことであり、減少分は供給力からはずれる。燃料調達難による場合が典型的であるが、これは「燃料制約」と称される。この「計画停止、計画外停止、出力低下(燃料制約)」は、短期の供給力を決める決定要素である。設備があっても稼働しなければ供給力にならない。ひっ迫・価格上昇を予想すると、合理的な事業者は稼働できる設備を増やそうとする。

 個々の設備の状況や運転方針は、十分な情報開示がなければ所有者にしか分らない。大手発電事業者の「市場支配力を行使するツール」となりうる。従って、洋の東西を問わず規制当局の主要監視項目となる。「情報の非対称性」が最も生じるところである。日本では、電源容量の8割は旧一電が保有しており、この情報を独占している。卸取引市場は、旧一電の余剰電力に依存するが、図2は、旧一電が卸市場にオファーしうる量を模式的に示している。「停止・出力低下」ここでも大きな位置を占めている。

図2.旧一電 卸市場入札可能量の全体像
図2.旧一電 卸市場入札可能量の全体像
(出所)電取委「スポット市場価格の動向等について」(2021/2/5)に加筆(吹き出し)

2.どうして供給力が不足するのか

 供給力が不足する原因は何か。政府による説明(通説)と筆者による仮説を以下に展開する。

(1)政府が説明する通説

火力投資停滞は再エネ普及が原因

 原子力発電は、廃止や再稼働の遅れにより、発電電力量は少量に留まる。大規模火力は、再エネ普及により利用率が低下したことで、投資誘因が生じ難い。また、燃料価格の軟調が長期間続き電力価格が低水準で推移したが、これもときおり指摘される。火力は老朽化が進み休止設備が多くなる。再エネは、普及はしているが既存設備の減少を補完するほどではなく、出力は天候の影響を受けいざというときに頼りにならない。以上のような要因の下で、供給力が不足する事態が生じた、と説明される。

 例えば、東京電力エリアは原子力が全く運転できていない。福島の廃炉と柏崎刈羽の非稼働により、3.11以前は約1500万kWあった容量はゼロになっている。このような状況下では、ベースロード電源を補うべく石炭等の火力発電が建設されることになる。実際、3.11直後は相当量の建設計画が生じたが、実現は少数に留まっている。東日本全体でも、原子力はまだ再稼働ゼロである。

エネ基では原子力活躍 柔軟性無視

 通説は一理あるのだが、説明不足の感は否めない。大規模火力の投資不足は、原子力の再稼働を意識していることが大きい。エネルギ-基本計画では原子力は常に2割強の比率を占めるが、計画通りは無理としても想定外に稼働するかもしれない。火力の稼働率は確実に大きく下がることとなり、新規投資は躊躇される。また、再エネが増えると出力(発電電力量)が変動するが、変動に応じた柔軟な設備(フレキシビリティ)が求められるはずである。ピーカーとも言えるが、海外では活躍するが日本ではあまり聞かない。エネ基にも供給力として明示されない。電力市場が未整備で価格機能が弱く、柔軟性の投資誘因が弱いのだ。また、再エネの発電電力量の予想は保守的に小さく見積もられる。

(2)中途半端な自由化が原因

エンロン事件の教訓:市場支配力監視

 次に、「中途半端な自由化原因」について解説する。電力自由化開始して間もない2000年前後に、米国ではカリフォルニア大停電、エンロン破綻が生じ、自由化の是非が議論になったが、中途半端な自由化原因説は有力であった。自由化が原因ではなく、自由化がきちんと行われなかったことが原因だとする。市場支配力を有する事業者が好き放題に活動すると、とんでもない価格が出現する、市場支配力の監視等市場の規律は非常に重要である、ということを学んだ。その後は旧システムには戻らず、市場機能を強化・整備する方向に進み現在に至っている。

 自由化(市場機能)を実現するためには、一般送電事業者(TSO)はインフラ運用機関として完全中立となる。小売りと発電は独立した事業として、市場機能(価格シグナル)により利益極大化行動を採り最適資源配分が実現される、という説明になる。

市場支配力が行使されやすい日本

 日本はまだ機能していない。旧一電は圧倒的な市場支配力をもったままであり、発販一体で個々に独立はしておらず(送電事業もグループ会社)、旧一電時代の思考が続くことになる。すなわち、所要経費は必ず回収できる、顧客は長期契約相対(自己取引)の範囲、発電は自己需要への供給を意識し余剰分は行政指導で卸市場へオファーする。燃料価格が低い状況下では、このような発想や取り決めはある程度機能したが、燃料価格が高騰すると、不十分な自由化の限界が露呈する。燃料高の中で停止や出力低下が生じる(燃料制約)。主力のLNGはスポット市場からの購入が減り、取引市場に出る量は減る。約9割の相対的に低い長期契約は、相対契約の顧客向けに使用される。限界費用も平均値からスポット価格に突然変更され、市場取引への依存が大きい新電力は活動できなくなる。こうした行為は、旧一電時代の発想と言える。

 独立した発電事業者は、価格シグナルにより稼働や投資を判断し、利益極大化を目指すが、その視点が弱い。もっとも、旧一電のなかには、自由化の本質、価格機能が需要であることを理解している事業者も存在する。また、卸市場価格に実質上限値(キャップ)が存在する。小売りも燃料費調整制度により料金価格に上限が存在する。こうした中では、高騰する燃料価格を電力価格に転嫁し難いことは理解できる。制度、大手事業者のマインド、世界的な資源価格高騰等の要因が複合的に絡んで、システム不全が生じている。

3.いよいよ細分化される電力市場 新規投資実現を目指して試行錯誤

当面は政府の介入で、経過的に供給力を確保するしかない

 中途半端な自由化と従来制度の残滓が残る中で、歴史的とも言える資源価格高騰が生じ、電力システムが大混乱に陥っている。真の自由化の実現、価格機能の発揮を目指すべきではあるが、現状その余裕はなく、当面は政府が介入して供給を確保することはやむを得ない。しかし、供給力確保を急ぐあまり、それでなくとも複雑な制度がさらに細分化されようとしている。暫定的、経過的な措置であり、危機が収まったときは骨太なシステム構築を目指すべきである。以下、解説する。

自由化された電力市場

 自由化された電力市場は、市場運用者(日本ではJEPX)が監視する卸取引市場を中核に、TSO(一般送電事業者)が運用する需給調整市場(アンシラリーサービス市場)、リスクヘッジを行う先物(先渡し)市場から構成される。価格機能の中核は卸取引市場の前日(スポット)市場であり、実需給に近づくに連れて時間前市場、需給調整市場で調達された電力が供給される。先物市場もスポット市場の情報が基礎となる。自由化された電力取引では、価格シグナルにより稼働・流通すべき発電設備と出力が時々刻々決定される。価格シグナルにて市場参加者の意思決定が行われる。特にスポット市場価格が最重要指標となる。価格スパイクを防ぐためにスポット価格に上限価格が設けられる場合は、未回収の固定費を補うツールとして容量市場が設けられる場合もある。

 図3は、日本、ドイツ、テキサス州(ERCOT)の電力市場を比較したものである。一見して、容量市場のないERCOTがシンプルであり、日本が非常に複雑であることが分る。日本では、後述するが「第2容量市場(新規投資入札)」と「戦略予備力(休止火力の追加公募)」が検討されており、世の中に存在する「市場」が網羅され、あたかも見本市の様相である。

図3.日本、ドイツ、テキサスの電力市場比較
図3.日本、ドイツ、テキサスの電力市場比較
(出所)各種資料より筆者作成

価格シグナルが機能するシンプルなテキサス市場

 電力市場は国や地域により多様であるが、最もシンプルと言われるのがテキサス州であり、市場と系統の運用者であるERCOTでは、前日とリアルタイム(時間前)そしてアンシラリー市場が一体化している(発電設備は複数の市場にオファーできる)。主力のリアルタイム市場は5分毎に設備の出力が決定され、需給調整が行われる。リアルタイム市場価格は、運転予備力のひっ迫度合いや送電混雑を反映した最重要シグナルとして機能する。容量市場は存在せず、エネルギ-オンリー市場と称される(図3)。予備率や価格の予想値が公表されるが、発電事業者はそれを基に設備の稼働や出力そして設備投資を判断する。このシステムは上手く機能しており、設備投資意欲は太陽光、風力を主に旺盛で、2019年に6%台に下がった計画予備率は2023年以降は35%程度に上昇する(図4)。日本の現状(図1)と比べると彼我の違いには驚く。

図4.ERCOT夏季ピーク時発電予備力の見通し
図4.ERCOT夏季ピーク時発電予備力の見通し
(出所)ERCOT

日本は世界にある市場の見本市

 一方、日本は、実需給に近いところは未整備と言わざを得ない。時間前市場は取引量が少なく、TSOが調整力(予備力)を調達する需給調整市場は2021年度に部分的に始まったが、事前に募集する制度から徐々に置き換わっているところである(図3)。

 再エネを除いて新規投資は不活発で、需給ひっ迫の最大要因とされている。容量市場は設けられているが、過去2回の入札では新規案件は入札されていない。市場の数が極端に多く、複雑で、スポット価格の指標性は埋没気味である。第2先渡し市場といえる「ベースロード市場」に加えて、第2容量市場といえる「新規投資入札」の早期創設が予定されている。これは、1年間の固定費補填では新規投資が生じないという理由で、「カ-ボンニュ-トラルと安定供給の両立に資する新規投資」を対象に複数年間の固定費を補てんする。経過措置として低炭素の火力発電も対象となる。

 休止電源については、政府肝いりにより小売り事業者とのマッチングが行われているが、TSOは追加公募という形をとる。市場を作っている一方で行政指導で廃止予定の電源をコスト保証で待機させる。この追加公募は「戦略予備力」と言えるのではないか。ドイツは容量市場ではなく戦略予備力を選択している。

最後に 真の自由化、価格機能発露を目指して

 前節で見たように、日本の細分化された複雑な市場では、スポット価格の指標性はいよいよ埋没する。「中途半端な自由化」から「国の管理強化、実質総括原価」に後退しかねない。当面は供給力確保のためやむを得ないとしても、この見本市の恒久化は絶対に避けければならない。世界に対して説明がつかないであろう。

 政府資料を含めて、エネルギ-オンリー市場のERCOTについては、2021年2月の大停電等を大きく取り上げ、参考にすべきシステムではないかのように取り扱う。しかし、ERCOTでの設備投資計画は他のISO/RTOに比べて突出して多く、2022年5月時点の系統接続状況を見ると、検討中を含めて太陽光110GW、風力20GWそして蓄電池60GWにもなる。再エネ投資を主に2023年の予備力は35%にも達する。

 システム不全の要因は、通説と中途半端自由化説の間にあるのであろう。筆者は後者よりに位置すると考える。真の解決は「シンプルな市場」を整備することにあるのではないか。