Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.336 脱炭素のための優先順位

2022年9月22日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授・安田 陽

 今年(2022年)2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、世界中でエネルギー危機が叫ばれています。ガス価格をはじめとする化石燃料の市場価格はとめどもなく上昇を続け、それにつられて電力市場価格も高騰しています。欧州では、価格の高騰だけでなく、今冬のガス供給途絶の可能性についても検討しなければならない状況です。このようなエネルギー危機の中、昨年まで盛んだった脱炭素の議論がどこかに行ってしまったという声も聞こえるほどです。

 日本において日本語で情報収集する限り、「脱炭素の議論がどこかに行ってしまった」という主張が支配的になってしまうかもしれません。しかし、海外の情報をつぶさに(それほど血眼にならずとも冷静に先入観なく)ウォッチする限りでは、脱炭素の議論はどこかに行ったわけでも後退したわけでもなく、むしろウクライナ危機以前よりも更にアクセルを踏み込んでいることが伺えます。

 再生可能エネルギー、とりわけ風力発電と太陽光発電は、脱炭素を進める上で最上位の優先順位に位置しているということは、もはや国際共通認識と言えるでしょう。そして、その導入は2030年までに急がなければならないという優先順位については、「カーボンバジェット」や「決定的な10年」という考え方を紹介しながら 2022年1月27日の拙稿コラムで述べた通りです。この議論や行動は、ウクライナ危機以降も後退するどころか、今般のエネルギー危機を解決するための最有力手段として、世界中で更に加速しています。

 例えば、国際連合(国連)は、ウクライナ危機が始まってから2ヶ月目の4月の段階で声明を発表しています(国連プレスリリース 2022年4月22日 、下線部は筆者)。これは日本語にも翻訳され、ウェブサイトで読むことができます。

  • エネルギーについては、各国政府に対し、戦略的備蓄、追加備蓄を使用して、このエネルギー危機の短期的な緩和に役立てることを呼びかけています。さらに重要なこととして、市場変動に影響されない再生可能エネルギーの導入を世界中で加速させ、石炭やその他すべての化石燃料を段階的に廃止する必要があります。
  • 「今こそ、この危機を機会に変える時でもあります。私たちは、石炭やその他すべての化石燃料の積極的な段階的廃止と、再生可能エネルギーの導入と公正な移行の加速化に向けて協力しなければなりません」と事務総長は述べました。

 また、国際エネルギー機関(IEA)も、ウクライナ危機発生後1ヶ月もしない段階で「欧州連合の天然ガスのロシア依存を低減するための10項目の計画」を発表しています。そこでは、「風力・太陽光発電の新規プロジェクトの展開を加速させる」と題した項目が4番目に提示され、以下のような提言がなされています(筆者仮訳、下線部筆者)。

  • 再生可能エネルギーの設備容量の追加を更に迅速に進めるための協調的な政策努力によって、来年にはさらに20 TWhを供給することができる。そのほとんどは、許認可の遅延に対処することで完成時期を早めることができる系統規模の風力発電や太陽光発電のプロジェクトである。これには、各種許認可機関の責任の明確化と簡素化、行政能力の向上、許認可プロセスの明確な期限設定、申請書の電子化などが含まれる。
  • 屋根置き太陽光発電システムの導入を早めれば、消費者負担を軽減することができる。設置費用の20%をカバーする短期的な補助金プログラムにより、約30億ユーロの費用で (IEAの基本ケース予測に比べて)投資ペースを倍増させることができる。これにより、屋上太陽光発電システムの年間出力は最大で15 TWh増加することになる。
  • 今後1年間で、再生可能エネルギーによる発電電力量が35 TWh増加し、天然ガスの使用量を60億m3減少させることできるが見込まれる。

 また、このIEAの声明文書では、バイオマス(バイオエネルギー)についても5番目の項目の中で(興味深いことに)原子力発電とともに並列して挙げられており、

  • EUの大規模なバイオエネルギー発電所は、2021年には総発電容量の約50%で運用されていた。適切なインセンティブとバイオエネルギーの持続可能な供給が行われれば、これらの発電所は2022年に最大で50 TWhの電力を増加させることができる。

と述べられています。

 もちろん、IEAはあらゆるエネルギー源を管轄する国際機関なので、原子力発電の利用拡大についても提言しており、そのニュースは(そのようなニュースこそ)日本にも素早く伝わってきます。特に日本のメディアの中では、同文書の中で20 TWhの増加が見込めるとされている原子力発電のみを盛んに報道し、それよりも大きな貢献が見込める再生可能エネルギーやバイオエネルギーに関してはほとんど言及しないという、ちぐはぐさが目立ちました。

 一般に、このような国際機関の合意形成された声明文書では、どのような項目が何番目に登場しどの程度の分量が割かれたかが重要となります。1〜3番目の項目は天然ガスの販路や貯蔵に関する提言であり、天然ガス代替源として再生可能エネルギーが最初の項目に配置されているということは、再生可能エネルギーの優先順位が最も高いことを象徴していると言えるでしょう。

 同様の優先順位は、同機関事務総長のファティ・ビロル氏の以下のような発言にも表れています(2022年5月13日IEAウェブサイト解説記事。筆者仮訳、下線部筆者)。

  • 今日の危機に対する持続的な解決策は、再生可能エネルギーとエネルギー効率化、その他の低炭素技術の迅速な展開による需要削減にあるという事実を見失ってはならない。

 ここでは再生可能エネルギーが第1に挙げられ、第2にエネルギー効率化(省エネルギー)が挙げられているという点が重要です。第3に挙げられた「その他の低炭素技術」の中には日本でも盛んに議論されている原子力や水素が入りますが、やはりこの第1、第2、第3の優先順位は、国際機関のトップの発言として十分に熟考されたものと見ることができるでしょう。

 更に、ウクライナ問題によって直接的にエネネルギー危機に晒されている欧州連合(EU)でも、4月の段階でフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が下記のように発言しています(2022年4月22日欧州委員会声明。筆者仮訳、下線部筆者)。

  • 我々がすべきことはロシアの化石燃料から多様化するだけでなく、再生可能エネルギーに対する大規模投資が必要だ。

 ウクライナ危機によって直接的なエネルギー危機に直面しているわけではない米国も、じわじわと高騰するエネルギー価格に対応するために、ホワイトハウスが下記のようなブリーフィングを公表しています。

  • 再生可能エネルギーの世界的リーダーとして、米国と欧州委員会は、再生可能エネルギープロジェクトの計画・認可の迅速化と、洋上風力のような両地域が優れた技術をもつ戦略的エネルギー協力に取り組む。 (2022年3月25日声明。筆者仮訳、下線部筆者)
  • 長期的には、経済安全保障と国家安全保障の問題として、また地球の存続のために、私たちは皆、クリーンで再生可能なエネルギーにできるだけ早く移行する必要があります。そして、どの国もエネルギーを必要とするために暴君の気まぐれに従うという時代は終わりです。終わらせなければならない、終わらせなければならないのです。(2022年3月26日バイデン大統領演説。筆者仮訳、下線部筆者)

 上記のような世界の主要国際機関公式文書や各国のトップリーダーたちの発言を並べてみると、「再生可能エネルギー」と一緒に「加速」や「できるだけ早く」というキーワードが共通して選ばれていることがわかります。これが、冒頭で筆者が「更にアクセルを踏み込んでいる」と表現した理由です。また、その加速の具体的な方策として「認可の迅速化・簡素化」など法制度に関わる対策が挙げられているのも注目すべき点です。

 日本ではとかく昭和時代から「夢のような技術」の開発に将来を託すような傾向があり、あと10年で本当に技術的にも経済的にも実現可能かどうか未知数な技術が(十分な科学的根拠なく)過度にもてはやされ、現時点で既に実現可能な段階に達した技術に対して冷淡なのかもしれません。更に、「ものづくり」を重要視するあまり「しくみづくり」が軽視されがちで、法制度やルールの改善で新規技術の導入や低コスト化が加速されるということにあまり関心を払わないのかもしれません。

 日本では言語の壁があるためか、この国際議論の優先順位がなかなか伝わらず、技術的・経済的実現可能性が不透明で優先順位が相対的に低いものまでもが国際ニュースとして過度に取り上げられがちです。日本でも、気候変動やエネルギー危機に対応するための優先順位という観点から、国際情報が公平にバランスよく報道され、人々のあいだで科学的根拠や最新国際動向に基づいた冷静な議論が進むことを期待したいと思います。(3,648字)
(キーワード:ウクライナ危機、エネルギー危機、国際動向)