Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

TOP > コラム一覧 > No.370 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略④ -南部3州、連系線と革新バッテリーで再エネ100%超へ-

No.370 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略④
-南部3州、連系線と革新バッテリーで再エネ100%超へ-

2023年5月1日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:オーストラリア、脱炭素、連系線、革新バッテリー、ビクトリア州、サウスオーストラリア州、タスマニア州 

 豪州脱炭素シリーズの4回目、州政府の脱炭素戦略解説の2回目である。豪州における州政府の権限は大きく、前保守連合政権で脱炭素進展が滞る中で、州政府が特徴ある政策を展開し国全体をリードしてきた。前回は、中心部である東岸で、特徴ある再エネ・ストレージ普及策を提唱・実施しているNSW州およびACT首都地域を取り上げた。今回は、再エネ資源に恵まれ脱炭素で地域振興を目指す南部のSA州、VIC州、TAS州について解説する。SAは、蓄電池が慣性力を含む系統維持に寄与することを証明し、2022年平均で再エネ比率70%を記録した。VICは2035年再エネ95%、TASは2040年水力・風力で「再エネ200%供給拠点」を公約に掲げる。

 マーケット・連系線運用者であるAEMOは、2050年脱炭素に向けたNEMに係る計画ISP(Integrated-System-Plan)を公表しているが、図1は、標準シナリオStep-Changeの前提となる再エネゾーン(REZ)を示している。各州と擦り合わせているが、州の計画と異なる場合もある。41のREZがあり、うち洋上風力は6か所である。以下南部諸州のSA、VIC、TASについて解説する。前回はNSW、ACTについて解説した(「No.368 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略③-東部はREZ-CfDを先導し、石炭火力を代替-」)。QLDは本シリーズでは省略する。

図1.豪州30年ロードマップ:REZの最適配置
図1.豪州30年ロードマップ:REZの最適配置
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に加工・追記

1.ビクトリア州(VIC):労働党主導で世界最強の脱炭素政策を推進

 驚愕の公約を打ち出しているのは、VIC州の労働党政権である(表1)。同党は、2022年11月の州議会議員選挙で勝利し3期目に入った。選挙の2カ月前に、新たに「蓄電池導入2GW(2032年)、4GW(2034年)、9GW(2040年)」を公約として打ち出す。1カ月前には、従来の目標を前倒しする「2035年迄に排出75~80%削減、再エネ比率95%」を公約として発表する。蓄電池の目標設定は豪州初である。選挙では環境・エネルギ-政策が最大の争点となり、具体的な数値が提示された。残念ながら選挙の争点とはならない日本とは、様相をかなり異にする。

表1.VIC州、脱炭素政策の概要
表1.VIC州、脱炭素政策の概要
(出所)筆者作成

要の位置でインフラ整備が優先

 大胆な目標設定で、環境・エネルギ-政策をリードする同州であるが、地理的にも要の位置にある。NSW、SA、TASの3州と接し(TASとは海底ケーブルにて)、南部で風況がよくTASとともに洋上風力の適地である。全国で6ヶ所の洋上風力REZがあるが、うち3ヶ所はVICとTASに位置し、VICのGippsland-Coast-REZの開発が先行している。同REZ内の2.2GW“Star-of-the-South”事業は、連邦政府のトッププライオリティに位置付けられた(2022/12)。東京電力リニューアブルパワー株式会社が買収したスコットランドの浮体式洋上風力事業者のフローテーションエナジーも参戦している。

 メルボルンを擁するVICは需要地でもあるが、シドニーを擁し最大の需要地であるNSWへ通過州でもある。VIC・TASの豊富な再エネ資源を全国で利用する必要がある。このような状況下、連邦政府は、2022年12月に公表したインフラ整備事業“Rewiring the Nation program” の最初の事業としてVIC事業を採択した。NSWとの連系線VNI-West、TASとの連系線Marinus-Linkに予算が計上された(図2参照)。VIC独自の予算とタイアップする。同時にシドニーおよびその周辺の基幹送電網も予算が計上され、3州を貫く連系線整備に向けて大きく前進することとなった。なお、SA-NSW間の連系線EnergyConnectは建設中である。

図2.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置(南部3州とNSW)
図2.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置(南部3州とNSW)
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に加工・追記

州営電力会社SECの復活

 VICの2035年再エネ95%は、同年の石炭ゼロとセットとなるが、実現まで13~14年と時間が限られている。対策の柱は、州営電力会社SEC(the State Electricity Commission)の復活である。州政府が51%、民間ファンド等が49%を所有する半官半民の事業者で、発電を主に小売りも手掛ける。それにREZを整備して入札で計画的に再エネ・蓄電池を整備する。時間が限られる中で、入札による効率性を織り込みながら州政府主導で遂行する、ということである。化石資源から再エネ・ストレージへ大きく転換する中で、新産業や雇用の果実を地域で享受する。なお、洋上風力は、連邦政府の管轄でかつ巨大事業となることから、民間事業者に期待するとしている。

バッテリーと連系線運用、REZ整備

 再エネ・バッテリー整備に係るVICの金字塔は、豪州最大のVBB(Victoria-Big-Battery、300/450)の導入であり、2021年12月に全面運開している。Neoenによるテスラバッテリーを使用する事業で、容量の一部(250/125)で夏季ピーク期間にNSW間連系線の運用容量保障契約をAEMOと結ぶ。20年間契約に係る費用はVIC政府が負担する。この画期的なモデルは他地区の参考となった。また、州の西端に位置するMurray-River-REZは、風況はいいが送電混雑が頻繁に生じる「難所」であり、VICは混雑解消のためのシステムを募集した。革新インバーター付きバッテリーを提案したEdify-Energyが落差した。同期調相機(Synchronous-Condenser)に競り勝ったのである。これはSAのテスラバッテリー慣性力サービスと並び、蓄電池の可能性を示す大金字塔となった。

 連邦政府は、脱炭素支援をまずはVICに投入することを決めたが、同州の積極的な政策と実績が認められたと考えられる。

2.サウスオーストラリア州(SA):バッテリーと連系線で再エネ輸出州に

 化石資源の少ないSAは、風力・太陽光の蓄積が進み、サイクロンの発生等により度々大停電に見舞われ、2016年9月にはブラックアウトが生じた。同期調相機の設置に加えて、テスラバッテリー(Hornsdale-Reserve-Battery)を含む3つのバッテリーが稼働し、調整力の火力への依存度は劇的に低下している。再エネ比率は、2022年は平均7割を記録し、同年12月には平均85%まで上昇し11日連続で100%越えを実現した。

再エネ比率:2022年70%、同年12月85%を実現

 連邦政府やAEMOが「システムを維持しつつ再エネ比率を高めることが出来る」との確信を持つことが出来た要因として、SAの実績が挙げられる。図3は、同州における再エネシェアの推移を示したものである。2010年は10%程度であったが、2015年35%程度、2018年50%程度と上がり、20年度平均では58%、2021年度平均65%そして2022年は平均70%程度を記録している。一定規模(2021年電力需要量14TWh)以上の系統では最大である。

図3 South-Australia州の発電電力量シエアの推移 (2010~2022年、月単位)
図3 South-Australia州の発電電力量シエアの推移 (2010~2022年、月単位)
(出所)AEMO、APVI、BoM、OpenNEMに加筆

 再エネ比率は上がり続けており、直近の2022年12月は平均で85.4%となった。また、同月は10日18時45分間もの間100%以上を記録した。この間の技術毎の割合は風力67.6%(10%抑制)、屋根置太陽光26.3%、太陽光6.1%(35%抑制)であり、平均市場価格は-$3.26/MWhを記録した。

常識を覆したテスラバッテリー

 ここで、SA州で生じた電力常識を覆すような出来事を紹介する。フランスの再エネ事業者Eneonは、2017年11月に、テスラ製バッテリーを用いて当時世界初の大規模グリッドストレージ“Hornsdale-Reserve-Battery”(俗称テスラバッテリー)100MW/129MWhをSAにて運開した。同設備は、隣接する風力発電の電気を利用して、柔軟性や予備力を提供し、系統の安定に大きく寄与した。2020年には150/194に拡張して、系統へ慣性力を提供する実証事業を開始し、2022年7月にAEMO等より正式に系統慣性力技術係る認定を受ける。オペレーターからお墨付きを得た効果は大きく、豪州各地で同様の設備導入の動きが生じる。

 グリッドストレージの系統安定化効果を如実に示す事例が登場する。2022年11月12日に、嵐が到来し送電線等がダウンし、SAは1週間他州から孤立化する。既に年間平均の再エネ比率が2/3になっているなかでの孤立化は、2016年のブラックアウトを想起させたが、システムを維持できた。図4は、AEMOの中間報告からの抜粋である。

図4 2022/11/12事故時の周波数変動状況(SA州、Vic州)
図4 2022/11/12事故時の周波数変動状況(SA州、Vic州)
(出所)AEMO(the Australian Energy Market Operator)資料に加筆

1週間の系統孤立化を乗り切る

 11月12日の16時39分直前にVIC間の連系線がダウンし孤立化し、周波数は維持すべき50Hzより乖離する。しかし2分後の16時41分にはほぼ収束する。SAの周波数を(紫線)見ると、直後に50.5Hzまで跳ね上がるが、50.3Hzまで直ちに下落し、以降なだらかに収束に向かう。Vicの周波数(緑線)も、SAほどではないが49.9まで降下した後直ちに49.96Hzまで戻し、2分後には50Hzに回帰している。

 当時、豪州には大規模バッテリーは12ヶ所存在しているが、うち3ヶ所はSAにあった。Hornsdale(150/194)およびDarlymple-Notrh(80/8)はSAの安定化に寄与し、Lake-Bonney(25/52)はVIC側の安定化に寄与した。孤立化は1週間続くが、バッテリーは発電・需要の±に瞬時に対応できるように出力中位を維持する運用が行われた。火力発電も変動の吸収に寄与はしたが、瞬時性はバッテリーが勝った。

 2022年11月の嵐による系統孤立化は、2016年9月のブラックアウトと対比される。まだ精査が必要であるとの前提の下で、大規模グリッドストレージの効果は高く評価されている。SAは、複数のグリッドストレージ計画があり、2026年にNSW間の約900kmにおよぶ連系線EnergyConnectが完成する。その頃には再エネ比率は常時100%を超え(火力は無くなり)、大量の再エネを移出す

豪州最大のエネルギ-ハブが整備中

 豪州では、風力・太陽光・ストレージの脱炭素3点セットによるエネルギ-拠点(ハブ)の整備計画が相次ぎ登場している。代表的なエネルギ-ハブはNeoenがSAにて整備中のGoyder-South-Hubであり、最終的には風力1200MW、太陽光600MW、バッテリー900/1800が3ステージに分けて整備される。第1期の風力1号機400MWは、100MWがACT政府、40MWがACT内の小売り事業者そして200MWはSA内のBHPオリンピックダムの銅鉱山に供給される。関連バッテリーは、ACT内に100/200のCapital-Big-BatteryそしてBHPベースロード用にBryth200/400である。

3.タスマニア州(TAS):水力と風力で「再エネ200%基地」を目指す

 TASは、豪州最南端に位置する離島であるが、豊富な水力資源が利用されている(2021年比率81%)。揚水発電を整備するとともに、陸海の豊富な風力資源を開発し、VICとの直流海底送電線Marinus-Linkを整備し「本土」に移出する構想を有する。2020年3月にTAS政府は、再エネ目標を、従来の2022年100%を2040年200%に改定し、水素を含む「グリーン電力供給基地」を目指す。2022年12月に連邦政府、VICの助成措置の適用が決まり、実現に向けて大きな一歩を踏み出した。なお、世界風力エネルギ-学会(WWEA)は、2023年度会議を5月にTASで開催する。

終わりに 参考にしたい遅れても脱炭素トップを睨む姿勢

豪州の大胆な脱炭素政策を牽引する州

 豪州脱炭素シリーズ第4回は、再エネ資源に富む南部3州(VIC、SA、TAS)の政策を解説した。

 地域資源を積極的に開発し、カ-ボンニュ-トラルを実現するとともに東部諸州に向けた供給を織り込む。今回は触れないが、洋上風力電力を利用した水素構想も多く、世界の供給基地も視野に入る。非常に積極的な政策と可能性・実績を擁する南部に関しては、連邦政府はインフラ整備等に優先して予算を配分する。

 労働党の連邦政府は、世界最強の2030年再エネ82%を掲げるが、各州の強力な政策と実績を見ると、荒唐無稽とは全く思えない。豪州における州政府の独立性と権限は強く、連邦前保守連合時代に脱炭素政策が滞ったなかで、州政府主導で準備が進んでいた。豪州は、政権交代の度に政策が振れると言われる。しかし、今回お手本とされたNSWや再エネ200%を掲げるTASは保守連合である(NSWは3月に保守連合へ交代)。

バッテリー技術が再エネポテンシャルに着火

 豪州は、先進国のなかでは脱炭素政策は遅れていた。日本と同様であるが、最強の再エネ目標にコミットする等一気にフロントランナーを目指す勢いである。繰り返されるサイクロンによる甚大な被害、国産資源でありながら世界市場価格を適用し稼働を下げた火力発電への不信、鉄・銅・リチウム等資源大国としてグリーン化へ傾斜等が背景にあるが、革新グリッドバッテリーの登場と普及が与えた効果と自信は大きい。

 脱炭素に係る欧米、中国の情報は多いが、豪州は日本ではほとんどブラックボックスであった。脱炭素では、資源大国で将来の水素輸入先という文脈で語られてきた。しかし、IEAのゼロカーボンシナリオを地で行っており、その意味で非常に参考になる。日本の水素輸入が実現されるとすると、豪州の脱炭素は「水素超大国シナリオ」に則ることととなり、2030年前半にも実現する。豪州の水素戦略に関しては、機会を見て解説したい。