Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.368 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略③
-東部はREZ-CfDを先導し、石炭火力を代替-

2023年4月24日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:オーストラリア、脱炭素、ニューサウスウェスト(NSW)州、ACT、REZ、CfD

 豪州脱炭素シリーズの3回目である。これまで、豪州の労働党政権の脱炭素政策について、世界最強の大胆な目標、市場・システム運用者が策定したロードマップ、それを実現するために導入される施策について解説した。今回より、州の政策と計画を紹介する。連邦政府を超える大胆な政策、国に先行して積み上げてきた実績を強調したい。脱炭素政策をリードするのは最大州であるNSWそして2020年に再エネ100%を達成した首都準州ACTであり、両州が先導するREZ-CfD(LTESAs)入札モデルは全国に波及し、政府も採用するに至った。今回は、NSWの政策に焦点を当てて解説する

 第1回で触れたが、豪州は州ごとに特徴がある(「No.364 遅れて来た豪州の大胆な脱炭素戦略①-連邦大の具体的なロードマップ-」)。WAとNTは需要密度が低く、系統が独立(孤立)しており、電源に占める天然ガスの割合が大きい。東・南部5州は、一つのナショナルグリッド・マーケット(NEM)を形成しているが、現状南部のSAは風力・太陽光、TASは水力主導である。一方、東部のQLD・NSW・VICは、石炭火力が6~7割を占める。多くの州は、政府の2030年再エネ82%を超える意気込みであり、再エネ資源が豊富な南部諸州は移出超を目指している(VICは南部でもある)。

 マーケット・連系線運用者であるAEMOは、2050年脱炭素に向けたNEMに係る計画ISP(Integrated-System-Plan)を公表しているが、図1は、標準シナリオStep-Changeの前提となる再エネゾーン(REZ)を示している。各州と擦り合わせているが、州の計画と異なる場合もある。41のREZがあり、うち洋上風力は6か所である。以下NSWとACTについて解説する。

図1.豪州30年ロードマップ:REZの最適配置
図1.豪州30年ロードマップ:REZの最適配置
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に加工・追記

1.ニューサウスウェールズ(NSW)州:連邦政府の手本となったREZ-CfD入札

10万kW石炭火力の脱炭素代替を如何に実現するか

 NSWは、最大都市シドニーを擁する最大需要州であるが、約10GWの石炭火力に依存しており、このフェーズアウトに対応する必要がある。280万kWのEraring発電所が2025年に廃止予定であり、当面の最大のターゲットとなる。膨大な量の再エネ開発・調達と系統安定のための柔軟性確保が必要になる。VIC、QLDのような数値目標は公表していないが、REZの制定とCfD入札のスケジュールを提示し、確実に脱炭素に取り組む姿勢をしている。これは連邦政府のお手本となった。NSW政府は保守連合であり、興味深い(注)。

 (注)2023年3月に実施された州議会議員選挙で労働党に交代した。

 NSWの脱炭素動向は連邦全体の進捗に大きく影響する。2022年12月21日に、連邦政府と州政府で78億ドル(豪ドル、以下同様)のインフラ対策が公表されたが、内訳は連邦の“Rewiring the Nation program”で47億ドル、州の施策で31億ドルである。VICとの連系線、シドニーとその周辺のREZ整備(Sydney-Ring、New-England-Link、HumeLink)が対象である(図2)。

図2.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置(南部3州とNSW)
図2.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置(南部3州とNSW)
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に加工・追記

再エネロードマップに沿い、10年間で20回入札実施

 同州は、再エネインフラロードマップ(the renewable infrastructure roadmap)を策定し、進捗に応じて改定している。直近は2022年12月13日である。同州は、現在5つのREZを計画しているが、うち4つが公表されている。12GWの再エネ+ストレージについて、入札を半年ごとに10年間実施する。明示されたスケジュールは投資の予見性、サプライチェーン構築に寄与する。重要なストレージは臨時の入札も行う。既にラウンド1(R1)は実施済みであり、R2は2023年初期に行われる。インフラ整備、石炭廃止の状況を睨みながら個々の入札を決めていく。なお、同州の入札制度は、厳密にはCfDではない。費用をカバーする最小収入を保証する最低価格を基準する一方で柔軟な販売を認めるLTESAs(Long Term Energy Service Agreements)を採用している。事業性と消費者負担極小化を両睨みする効果が期待されている。同制度の詳細については機会を見て紹介したい。

 図3は、NSWのREZを示している。「Central-West-Orana」については、R1にて2022年11月に入札が実施された。再エネ100MWおよび8時間ストレージ600MWが対象である。選に漏れた計画は、次回以降のラウンドで再挑戦可能である。

 「South-West」は、R2として2023年初期に実施される予定である。再エネ950MW、8時間ストレージ600MW、系統安定用ストレージ380MWが対象となる。「New-England」、「Hunter-Centra-Coast」は正式に公表済みである。「Illawara」は、洋上風力ゾーンとの関連もあり、調整中である。

図3.NSW州の再エネゾーン(REZ)
図3.NSW州の再エネゾーン(REZ)
(出所)NSW、AEMO資料を一部加工

ラウンド1は石炭火力に近い再エネ適地から

 入札の先陣を切ったOrana地区は、再エネ資源が豊富で需要地でもあるシドニー、ニューキャッスルに近い。ニューキャッスル周辺にはEraring、Liddle等の大規模石炭火力があり、廃止を睨んで大規模な再エネおよび調整力の開発が不可欠となる。大量のエネルギ-(kWh)が求められることから、ストレージの入札条件として総容量(duration)8時間以上の条件が付されている。

 ここで、テスラバッテリーを導入し再エネ事業をリードするNeoenと並び評価されているバッテリーベンチャーAkayshaを紹介する。2021年創設のAkayshaは、世界最大のファンド事業者BlackRockの協力の下で、革新的なバッテリー事業を企画しているが、200MW/1600MWhのバッテリー事業をOrana地区の中核設備として計画している。Akayshaは、Eraring石炭代替として州政府が実施した特別入札に参加し、落札している(Waratah-Super-Battery:850/1680)。

 このように、半年ごとのREZ入札とは別に重要設備の入札が行われている。R2のSouth-West地区は、やはり再エネ適地であり、建設中のSAとの連系線EnergyConnect沿いに展開する。

2.首都特別地域(ACT):CfDモデルで非欧州初の再エネ100%を実現

 豪州は、6つの州と2つの特別区からなるが、ACTは首都を擁する特別なテリトリー(準州)となる。米国のワシントンDCのようなイメージである。労働党政権であり、人口43万人でエネルギ-は民生用需要が多いこともあり、かねてより大胆な脱炭素政策を推進してきた。2016年には、2020年再エネ100%にコミットし、2019年10月に実現し、2020年には通年で達成した。再エネ100%は、10万人以上の都市では世界で8番目であり、欧州以外では初の快挙である。

全国の手本となったACT-CfDモデル

 手法は、CfD入札である。2020年断面の電力需要を想定し、連邦政策のRPS義務量2割と分散型太陽光5%を除く85%について、5回にわたり入札を行った。2回は太陽光で全てACT内設備である(4設備)。3回は風力で全て州外(SA、VIC、NSW)の設備である(7設備)。適正利潤を含む長期平均発電費用をカバーする基準価格(FIT価格)の入札であり、市場価格が基準価格を下回れば差額を補てんし、上回れば支払いを受ける(還元される)。期間は20年である。ACTはCO2ゼロ価値を受け取り、電力価格の差額は域内小売り事業者を通じて消費者に転嫁(還元)される。

 再エネ事業者は予見性をもって投資できる一方で、消費者は安定的な再エネコストを享受できる。豪州は、2021年度後半から2022年度前半にかけて、電力価格が3倍以上に高騰したが、ACTはCfDにより差額の支払いを受け、2022年度の電気料金はむしろ下がった。表1は、2022年度第2四半期(2Q)のCfD設備の差額状況であり、同期は3200万ドルの還元となった(1Qは5800万ドルの還元)。詳細は本コラムNo.355、357、358を参照されたい(「No.357 都市部にはCfDが似合う② 再エネ100%で料金も低下」)。

表1.ACTの100%再エネCfD契約の成果(2022/7~9)
表1.ACTの100%再エネCfD契約の成果(2022/7~9)
(出所)ACTの資料を基に作成

 ACTは、NSW州内に位置する。NSWは保守連合であるが、脱炭素に積極的であり、前術のように、REZとCfD(LTESAs)入札を対策の基礎の据える。ACTの影響を受けたと考えられる。英国CfDの影響も考えられるが、豪州はよりシンプルで個別契約的な色合いが強い。

終わりに 我が国再エネ支援策への興味深い示唆

 豪州脱炭素シリーズは、今回より州政府政策に移る。今回は、連邦政府の再エネ・ストレージ普及支援策であるREZ・CfD(LTESAs)入札制度の基となったNSWおよびACTについて解説した。労働党の連邦政府は、世界最強の2030年再エネ82%を掲げるが、各州の強力な政策と実績を見ると、荒唐無稽とは全く思えない。豪州における州政府の独立性と権限は強く、連邦前保守連合時代に脱炭素政策が滞ったなかで、州政府主導で準備が進んでいた。豪州は、政権交代の度に政策が振れると言われる。しかし、今回お手本とされたNSWや再エネ200%を掲げるTASは保守連合である(NSWは3月の選挙で労働党に政権交代)。

 日本では、第6次エネルギ-基本計画で、2030年度再エネ比率36~38%を目標に掲げるなど、再エネ主力化に舵を切ってはいるが、支援策であるFITからFIPへの移行、入札制度導入は、性急に過ぎて、新規投資が停滞している状況にある。豪州の地方が先導するRED・CfD入札モデルは、遅れた来たもののキャッチアップ方策として、非常に示唆に富む。