Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.364 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略①
-連邦大の具体的なロードマップ-

2023年4月10日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:オーストラリア、脱炭素戦略、ロードマップ、REZ、統合費用

 オーストラリア(豪州)では、2022年5月に自由党から労働党へ政権交代が起こった。労働党のアルバニージー政権は、2030年度再エネ比率82%と世界最高値を目標に掲げており(現状約3割)、石炭火力発電は2040年までにほぼ廃止される。昨年末までに実現のための主要な政策を打ち出している。既に再エネ比率等にて世界で最初・最高の称号をいくつか獲得している。数回にわたり、豪州の脱炭素について、連邦政府と州政府の戦略について解説する。初回は、連邦主要地域(東部・南部)のロードマップについて解説する。

1.豪州の電力事情:地域により異なる状況、ナショナル市場は東・南部

権限が強い6州、2準州

 豪州は、島国ではあるがロシア、カナダ、米国、中国、ブラジルに次ぐ世界で6番目に大きい領土を有する。人口は約2600万人であり、一定の地域に集中している。連邦国家であり、州の権限は強い。6つの州(ニューサウスウェールズNSW、ビクトリアVIC、クイーンズランドQLD、西オーストラリアWA、南オーストラリアSA、タスマニアTAS)と2つの準州(ノーザンテリトリーNT、首都特別地域ACT)から成る。首都キャンベラのあるACTは、NSW内に位置する。2021年度電力需要量は、多い順にNSW70TWh(以下単位略)、QLD69、VIC53、WA44、SA14、TAS12、NT5となっている。

 州の権限は強く政権党の方針の影響を強く受ける。また地域により電源構成は大きく異なるが、再エネ・蓄電設備(ストレージ)導入により早期脱炭素を目指すという点では略々一致している。図1は、2021年の豪州電力情勢を州ごとに示したものである。

図1 オーストラリアの電力情勢(2021年)
図1 オーストラリアの電力情勢(2021年)
(出所)豪州気候変動・エネルギ-・環境・水省“Australian Energy Update 2022”に加筆

急増する再エネはナショナルで3割、SA州で7割

 2021年(暦年)の連邦全体での電源構成は石炭51%、ガス18%、風力10%、太陽光12%であり、水力を含む再エネは2020年度の24%から29%への急拡大中である。東部3州(QLD、NSW、VIC)は石炭が6~7割、SAは2/3が再エネ、TASは水力が81%、WA・NTはガスが6~8割と各地の資源賦存状況に応じた構成比となっている。再エネ比率は大きく異なるが、全ての州において前年度に比べて上昇している。

 特に、SAは2021年平均で65%と一定規模以上の系統では世界最大のシェアを記録している。2022年平均では70%、同年12月平均では85%に達しているが、再エネの殆どは風力(2/3)と太陽光(1/3)である。2016年に設置された当時世界最大のグリッドバッテリー(いわゆるテスラバッテリー 現在能力150MW/194MWh)等の活躍が寄与している。

 電力システムは、全国大の卸取引市場であるNEM(National Energy Market)は東・中部6州(VIC、NSW、QLD、SA、TAS)にて形成されているが、SAおよびTASと他州との連系線は細く天候等による孤立化する懸念がある。WAとNTは独立系統である。なお、NEMの運用者はAEMO(Austrian Energy Market Operator)で、州間連系線のシステム運用も行う。連邦政府の脱炭素方針の核心である再エネ比率2030年82%は、NEMベースの数字であり、ロードマップはAEMOが州やTSOと連携して策定している。

 以下、豪州連邦政府のエネルギ-・環境政策について、解説する。急速な再エネ普及と現実にそれを支えているバッテリーの活躍が、世界で最も大胆といえる豪州政策の背景にある。2016年11月に設置されたテスラバッテリー“Hornsdale-Power-Reserve”は系統に慣性力を提供できることがシステムオペレーター等により認定され、豪州では系統安定用を含めて大型バッテリーが導入されつつある。確固とした政策があるから再エネ・蓄電池が普及しているとも言える。政策と技術・現実との相乗効果が働いている。

2.大胆な目標設定と具体的なロードマップの策定

 豪州は、保守連立の前政権は、石炭・天然ガス事業者の影響もあり、必ずしも脱炭素政策に前向きではなかった。2022年5月に労働党への政権交代が生じ、緑の党等の協力を得て世界で最も積極的と言われる脱炭素政策を打ち出す。2030年再エネ電力82%はその象徴である。6月にはマーケット・連系線オペレーターであるAEMOが、具体的なロードマップISM(Integrated System Plan)を公表し、政府目標は達成可能であることを示す。東部の多くの地域でかつてない大規模洪水が生じていること、燃料コスト暴騰とインフレが市民の生活を直撃したこと等が背景にある。電力価格は2021年平均75ドル/MWhから2022年は209ドルへ上昇した。

2030年再エネ82%、2043年石炭ゼロ

 表1は、脱炭素政策の骨子であり、目標とロードマップの概要を示している。温室効果ガス削減は、2030年で2005年対比で43%としているが、これは最低限の数値としている。前政権は26~28%であった。2040年には排出ゼロに近づくとしている。後れを取りもどすべく、2030年迄の8年間で再エネ比率を2021年の29%から82%へ高める。これはドイツの80%を超える。石炭火力フェーズアウトは、必ずしも時期は明示されていないが、「標準シナリオ」では2043年となる。技術的経済的に実現し易い電力部門で思い切りスタートダッシュをかけ、熱・運輸・材へ繋げる方策である。首都圏のACT(Australia Capital Territory)では、2020年に再エネ100%が実現し、焦点は熱・運輸に移っているが、この影響もあると考えられる(「No.357 都市部にはCfDが似合う② 再エネ100%で料金も低下」「No.358 都市部にはCfDが似合う③ 2045年脱炭素に目途」)。

市場・系統運用者が2050年ロードマップを策定

 2022年6月には、全国卸電力市場(NEM)および州間連系線の運用者であるAEMOが、ロードマップであるISPを改定・発表した(図1)。送電事業者(TSO)とも連携し、2050年脱炭素へ向けた4つのシナリオを試算(シミュレーション)しており、STEPシナリオが政府の再エネ82%削減と符合する。再エネ、ストレージ(バッテリー、揚水等)の適地を提示し州間連系線、再エネゾーン(REZ:Renewable Energy Zone)間連系線、大規模揚水等のインフラ整備を提案し、潮流計算によりシステム維持が可能であることや経済性を確認する。風力、太陽光、バッテリーの3点セットが集合するREZは41カ所を想定している。シナリオには、世界の水素供給国を目指す「水素大国ケース」も試算しているが、ステップケースの2.5倍もの膨大な再エネ開発が必要となる。

 AEMOのCEOであるDaniel Westerman氏は「先行する欧米の主要なオペレーターにISPを説明したが、高評価を得た」と語っている。ISPは2年毎に改定され、現在2024年版に向けて作業が行われているところである。

表1.豪州脱炭素政策の骨子 目標とロードマップ
表1.豪州脱炭素政策の骨子 目標とロードマップ
(出所)各種資料より作成

標準はStep-Change、水素大国シナリオは再エネ2.6倍

 図2は、4つのシナリオを図示したものである。Slow-Changeは、コロナ禍等からの景気回復が緩やかで、2030年代は排出が成行きを下回とし、PVを主に再エネが普及するシナリオである。Progressive-Changeは、カ-ボンニュ-トラル戦略に沿うが、2040年代に削減に拍車がかかるケースで、2030年以降の排出量は932MTである。Step-Changeは、2030年迄に排出が急減するケースで、2040年には排出は僅かとなり、総排出量は891MTである。これが標準シナリオとなる。Hydrogen-Superpowerは、世界で水素競争力をもつケースで、2030年には排出は略々ゼロとなり、総排出量は453MTである。

図2.豪州の脱炭素シナリオ(ISP2022、NEM)
図2.豪州の脱炭素シナリオ(ISP2022、NEM)
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に追記

 図3は、シナリオごとの電力設備容量導入量推移を示している。Stepケースでは、2050年は総容量約280GWで、わずかにピーク用ガス火力が残る以外は再エネとストレージになる。石炭は2043年に無くなる。Hydrogen-Superpowerケースでは、2.6倍の約730GWが必要となり、膨大な再エネ開発が不可欠となる。日本は、豪州産水素に期待しているが、同国の膨大な再エネ開発が前提となる。

図3.豪州シナリオ毎の電力設備導入量推移(GW)
図3.豪州シナリオ毎の電力設備導入量推移(GW)
(出所)豪州気候変動・エネルギ-・環境・水省“Australian Energy Update 2022”を加工

Stepシナリオでは電力使用2倍、系統再エネ9倍、ストレージ30倍

 図4は、Stepシナリオへの移行が可能となるための電力需給の前提である。電力使用量は2倍増の320TWh、系統接続の風力・太陽光は9倍増の141GW、分散型太陽光は5倍増の69GW、ガスピーカーは7GWから10GWへ、石炭火力は2043年にゼロ、ストレージは2GWから61GWとなる。太陽光、風力、ストレージの「脱炭素3点セット」により電力使用を2倍増とするのである。

図4.豪州30年ロードマップ(Stepシナリオ) 2050年へのエネルギ-移行
図4.豪州30年ロードマップ(Stepシナリオ) 2050年へのエネルギ-移行
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)を加工

41の再エネゾーンをインフラで繋ぐ

 以上の前提について、具体的にどこにどの程度実施されるのか、それを示したのが図5である。電源は太陽光、風力、蓄電池(Shallow-Storage)が各地にプロットされている。風力は南を主に広域に展開し、太陽光は中・北部に多い。揚水(Deep-Storage)はQLDに3ヶ所、NSWに2ヶ所、VICとTASに1ヶ所ずつ計画されている。連系線は、SAとNSWを繋ぐEnergyConectが建設中で、NSWとVICを繋ぐVNI-West、VICとTASを繋ぐMarinus-Linkが許認可手続き中である。最大の消費地で石炭火力10GWが存在する(廃止される)NSWでは、北からNew-England-Link、Sydney-Ring、HumeLinkが許認可手続き中である。NSW、VIC、SA、TASの連系線が強化され、一体化が進むことが分る。なお、太陽光、風力、蓄電池の脱炭素3点セットは、適地毎に再エネゾーニング(REZ)で括られ、そこを連系線・基幹送電線が通ることになる。REZは、洋上6ヶ所を含み41カ所形成される(次回解説する)。

図5.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置
図5.豪州30年ロードマップ:インフラ、設備の最適配置
(出所)AEMO:2022 Integrated System Plan(2022/6)に加工・追記

 以上、連邦政府の脱炭素政策の目的と計画(ロードマップ)を見てきたが、システム・マーケットオペレーターが責任をもって潮流、排出、経済性を試算し、青写真を提示している。もちろん、州政府とも擦り合わせているが、州政府はISPを参考にしつつも、独自の戦略を進めている。前の保守連立政権では脱炭素戦略が曖昧であり、州政府が先行していた。経済性に関しては、系統整備・ストレージ設置等の統合費用を加味しても再エネが最も安価であることが示されている。

3.統合費用込みでも圧倒的に低い再エネ

 ここで、電源種毎の発電費用試算をみてみる。豪州の風力、太陽光の発電コストは低く、経済的には極めて合理的な選択肢となる。課題は系統の信頼性確保となるが(それに尽きる)が、ここ数年の系統安定化技術の活躍で不安は払しょくされつつある。大きな役割を果たしているのが、SA州の年間再エネ比率7割という実績、その主要因となる新設された同期調相機(Synchronous-Condensers)および高機能インバーター付きバッテリーの活躍である。同期調相機は物理的な機械運動で無効電力を発する設備で、革新インバーター付きバッテリーは疑似的な同期機能をも有する。

風力、太陽光、ストレージの統合利用は極めて合理的

 図6は、AEMOが試算した2030年度の技術毎・領域毎の発電コスト(LCOE)を比較したものである。単独運転(Standalone)では太陽光、陸上風力はどの状況でも圧倒的に低い。太陽光はMWh当り50ドル(A$)以下、陸上風力は50ドル前後である。洋上風力は100~160ドルであるが、低排出のCCS火力や原子力(SMR)よりかなり低い。

図6 技術毎・領域毎の発電コスト比較(LCOE,2030年)
図6 技術毎・領域毎の発電コスト比較(LCOE,2030年)
(出所) CSIRO(Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization)
“GenCost 2022-23 Consultation draft(2022/12)”

 興味深いのは、陸上風力・太陽光の組み合せは、統合コスト込みでも十分に低いということである。VRE比率が60%から90%まで段階的に上がってもあまり差はない(右側の点線枠)。統合コストとは、VREの変動を吸収するために系統にサービスを提供するハード・ソフトの費用のことである。具体的には送電線や揚水の整備、同期調相機、革新インバーター付きバッテリー等である。

送電線と並び大きな役割を担う革新インバーター付きストレージ

 図7は、図4の点線枠の拡大図である。送電線整備の役割りが大きいが、系統に設置する設置では、同期調相機よりも(革新インバーター付き)ストレージの役割りが大きい。これは、SA州での実績が影響していると考えられる。

図7 統合コスト込みVRE-LCOE(2030年)
図7 統合コスト込みVRE-LCOE(2030年)
(出所)図4と同一

 終わりに 政策目標の信頼性をシステムオペレーターが担保

 今回は、豪州脱炭素戦略シリーズの初回である。豪州の地域別エネルギ-情勢の概要、連邦政府の脱炭素目標と達成のためのロードマップについて解説した。世界最強とも言える目標、鍵を握る太陽光・風力・ストレージの脱炭素3点セット導入と火力発電廃止への決意が、具体的で説得力のあるロードマップにより確認できる。安定供給と経済性に責任をもつシステム・マーケットオペレーターによる作成で信頼性を担保している。

 次回は、目標を達成するための政策手段について解説する。大きい目標と具体的で説得力のある政策であり、投資家等の信頼、事業の予見性を獲得しており、多くの事業計画が続々と登場している。なお、本コラムでは3回シリーズでACTの再エネ100%対策として「都市部はCfDが似合う」を紹介したが、これは豪州再エネ普及対策の先駆けで、核心をついている。頭出し的な論考であり、参考とされたい。