Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.371 仏独間電力輸出入問題を解体する

2023年5月18日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 安田 陽

 日本から遠く離れた二つの国の電力輸出入を巡って、日本で熱い議論が湧き上がっています。長年、欧州の電力システムの統計分析に取り組んできた筆者にとっては、このようなマニアックな問題に日本の多くの人が注目してくれるのは大変嬉しいことですが、反面、表面的な理解だったり、先入観や感情論が先行したりと、議論が荒れているのが残念なところです。本稿ではこの仏独間の輸出入問題についてできるだけわかりやすく解説します。

 日本でなぜ仏独間の輸出入がたびたび取り沙汰されるかというと、フランスが原発の導入率が極めて高い一方、ドイツは2023年4月に脱原発を完了し、両国の電力政策が真逆で注目されやすいからと考えられます。また、後述の通り、欧州では国際連系に関して2種類の統計データがあるため、どちらの統計データを採用するかで「輸出入」の向きが逆転することがあり、それゆえ誤解や混乱が増殖するようです。

 例えば図1はドイツのネットワーク規制庁(Bundesnetagenture、略称BnetzA)が発行する「モニタリングレポート」からの引用図です。2枚のグラフの仏独間の「輸出入」の矢印とその数値を見比べてみるとわかる通り、左図(計画取引)ではドイツからフランスに対して「輸出超過」になっているのに対し、右図(物理潮流)では「輸入超過」となっており、年間純輸出入の向きが完全に逆転しています。結局、ドイツは年間を通じてフランスから電力を輸入しているの?輸出しているの?どっちを採用すればいいの? …非常に混乱します。

図1 ドイツから周辺国に対する電力「輸出入」
図1 ドイツから周辺国に対する電力「輸出入」
左図: 計画取引、右図: 物理潮流

(出典: BnetzA: Monitoringbericht 2022)

 このような状況では、自論に都合がよい方を恣意的に選択して、「ドイツはフランスから電力を輸入している」「いや、輸出している」という水掛け論が行わるということが容易に推測されます。本稿では純粋に学術的に分析を行い、この輸出入問題がなぜ混乱を招くのか、本質的な点は何かについて解説していくこととします。

計画取引と物理潮流

 まず欧州の国際連系線(2つの国を結ぶ送電線)を通じた電力国際取引を考えるにあたって理解しなければならないのは、電力の輸出入は特定の政府組織や国を代表するような大きな企業(例えば「電力会社」)が計画的あるいは意図的に「輸出入」を行うわけではないという点です。欧州の電力は取引所を中心に取引されているため、売り手も買い手も多数存在し、需給曲線の均衡により匿名多数プレーヤーによる意思決定が行われます。欧州の電力取引所は国境を越えて取引されるため、売り手も買い手も輸出入を行っているという意識はなく、限界費用(≒燃料費)が安い電源から約定され、その結果、たまたま国境を流れて電力が輸送されることも多いという状況です。

 また、瞬間的に(実際には市場取引の単位である15分〜1時間の時間枠で)電力の輸入が行われたとしても、それは必ずしもその国の電力が足りないことを意味するわけではありません。国境を超えた電力市場では、ある電源がスタンバイができていたとしても市場で約定されない発電所もあり、他国の発電所から買った方が安く(この場合でも売り手買い手に国境を超えるという意識はない)、結果的に輸入超過となる時間帯もあります。この点、電力市場がまだ十分成熟していない日本では多くの人が誤解しやすいかもしれません。

 更に、欧州の電力の「輸出入」を考えるにあたって、もう一つ気をつけなければならない点は、既に示した通り欧州では国際連系に関して2種類の統計データがあるということです。欧州の送電系統運用者(送電会社)の連盟である欧州送電系統運用者ネットワーク(ENTSO-E)からは、①「計画取引 (commercial scheduled exchanges)」と②「物理潮流 (physical flows)」の2種類の統計データが公表されているということに留意が必要です。ENTSO-Eによれば、両者は

  • 計画取引 (commercial scheduled exchanges)
    各市場時間単位及び入札ゾーン間の方向ごとに、明示的及び暗黙的な割当による計画された商業取引の合計が公表される。トータルの商業計画取引とは、各入札プロセス後の明示的な割当と暗黙的な配分に対応する、過去すべての時間軸(年、月、四半期、週、日、日中)の方向と境界(例:2つの入札ゾーン間)、市場時間単位ごとのMW単位の計画を集計したもの。
  • 物理潮流 (physical flows)
    市場時間単位ごとの入札ゾーン間の物理潮流を、可能な限りリアルタイムに近い形で、かつ申請期間終了後遅くとも1時間後の時点で提供する。物理潮流とは、国境を越えた隣接する入札ゾーン間の電力量の実測潮流と定義される。

と定義されます(ENTSO-E: Help Pageより筆者仮訳)。なお、計画取引が1日前の情報だとする主張も日本ではあるようですが、ENTSO-Eの計画取引データは前日(day ahead)とトータル(total)の2種類が提供されており、トータルの方は日中市場(時間前市場)を含む当日のデータも入手できるということにも留意が必要です。

 簡単に言えば、計画取引は市場で決定された契約上の取引であり、物理潮流は実際に観測された値と考えてよいでしょう。よりわかりやすく例え話で考えると、野菜の輸出入の統計を見る場合、①’ 取引契約書に基づく統計データと、②’ 実際に国境で商品の数量をチェックした統計データの2種類あるという状況に相当します。両者は一致するのが理想ですが、(A) 途中で一部の商品がダメになってしまったり(送電損失)、(B) 契約書通りに商品が発送できなかったり(計画値インバランス)、 (C) 第三国を経由した別の迂回路を通ったり(ループ潮流)といった形で、①と②はしばしば値が乖離します。

 この①と②の差(②-①)は計画外潮流 (unscheduled flows) と呼ばれ、送電網の管理運用にとってはやっかいで、場合によっては系統事故を引き起こし、ひいては電力の安定供給に支障を来たします。実際、欧州でもこの計画外潮流に関しては長年監視が行われています(例えば欧州規制庁(ACER)のウェブサイトおよび2020年の報告書附属書3を参照のこと)。

 ここで上記の計画外潮流の主な要因のうち、(A)の送電損失はおおよそ5%以下であることが知られており、(B) の計画値インバランスもそれを解消するための予備力(調整力)の応動電力量は年間消費電力量の数%程度です(例えばフランスは年間消費電力量約450 TWhに対して予備力応動電力量は上方下方それぞれ4.5 TWh程度)。したがって、(A)や(B)に起因する計画外潮流は一般に小さく、多くの場合、深刻な計画外潮流は(C)によって引き起こされます(より専門的に追求したい方は、Singh(2016)Kunz(2018)などの学術論文がお勧めです)。

 欧州の電力システムはメッシュ系統なため、仮にあるエリアからあるエリアへ電力を輸送しようとしたとしても、その経路通りに電力潮流が流れるとは限らず、もしかしたら第三国を経由した別の経路を通って流れてしまう可能性もあります。したがって、二国間の連系線潮流を物理潮流で議論しようとする場合、二国間の輸送電力量(統計データによっては輸入・輸出と記載されているため余計に誤解されやすいです)だけに着目しただけでは不十分で、第三国とやりとりする輸送電力量も精査する必要があります。この状況は前述のKunz(2018)論文で詳しく論じられているので、同論文掲載図から本稿向けに判りやすくアレンジした図を図2として示します。

図2 ドイツ、フランス、スイス周りの計画外潮流概念図
図2 ドイツ、フランス、スイス周りの計画外潮流概念図
(参考: Kunz(2018)掲載図を元に筆者アレンジ)

 図2は独、仏、瑞(スイス)の三つの国の連系線の計画外潮流の様子を表した概念図です。ここでは、①計画取引(紫色矢印)で見ると独が仏に対して輸出超過になっています。また、②物理潮流(橙色矢印)で見ると仏が独に対して「輸出超過」となっています。したがってここでは③計画外潮流(薄橙色矢印)が仏から独へ大きく流れることになります(この計画外潮流を仏独間では(X)、独瑞間では(Y)、仏瑞間では(Z)とします)。仏から独を経由して他国(ここでは瑞)に流入する計画外潮流は同論文では割当外潮流(unallocated flows)と定義され(黄色矢印)、仏から独・瑞を経由して一部仏に戻る潮流であるループ潮流(loop flows)(水色矢印)とは区別されています(一般に両者を併せてループ潮流と総称することも多い)。図2はあくまでわかりやすい理解のための概念図であり、実際には仏独瑞以外の隣接国との流入・流出や送電損失があるためより複雑になります。このように、物理潮流②の結果だけを見て「輸出入」の量や向きを判断しても、割当潮流やループ潮流が分離できず、「輸出入」の実態を表せない場合があることがわかります。

 この計画外潮流の経路は一般に送電線自体が能動的に制御することはできず、時々刻々と変わる各発電所の出力や需要(電力消費)、線路インピーダンスから構成される複雑な潮流方程式を数値解析(コンピュータシミュレーション)で解かないと判りません。ENTSO-Eのような送電系統運用者にとっては、この計画外潮流を事前に予測したり、さまざまな手法(例えば移相変圧器など)で緩和したりすることは、電力の安定供給の維持のために不可欠なことになります。それ故、物理潮流を監視するということは(特に送電系統運用者にとって、「輸出入」の問題とは切り離して)重要になります。

仏独間の計画外潮流の推測される原因

 さて、仏独瑞の実際のデータを見ながらさらに話を掘り進めていきましょう。既に図1で見た通り、仏独間では計画取引と物理潮流の2つの統計データの間で年間純輸出電力量の向きが逆転するほど大きな乖離があります(このような大きな乖離は他に独=ポーランド間でも見られますが、欧州全体では向きが逆転するほど乖離する事例は少数です)。ここでは、この2つの統計データのどちらを採用すべきかという価値判断を性急にする前に、なぜこのような乖離が発生するかについて分析していきます。

 まず、前述の(C)ループ潮流の可能性について検討するために、仏独間、独瑞間、仏瑞間の3ヶ国間の国際連系線の利用状況を見てみましょう。図3は、(a)仏独間、(b)独瑞間、(c)仏瑞間の①計画取引、②物理潮流および運用容量の2022年の年間時系列波形を表したものです。また図(d)は計画外潮流(すなわち(a)〜(c)の各図の②–①の波形)を(X)仏独間、(Y)独瑞間、(Z)仏瑞間として描画したものです。

図3 仏独瑞連系利用状況 (2022年)
図3 仏独瑞連系利用状況 (2022年)

(データソースENTSO-E: Transparency Platformより筆者作成)

 まず図(a)から、仏独間では独→仏向きの運用容量(グラフ下部の赤線)を超えた(グラフでは下側に逸脱した)計画取引①(青線)があることがわかります。青線は多くの時間帯でマイナスの領域に分布しており、年間で積分すると独から仏に対して輸出超過となります(図1左図の通り)。なお、運用容量を超える潮流は(短時間の例外を除いて)電力の安定供給の観点から望ましいことではなく、本来、市場取引の段階で制約があるのが一般的ですが、なぜか仏独間では運用容量を超えた輸送量の約定が許容されている現状です。ENTSO-Eが公開する統計データでも、運用容量の前日予想データは公開されておらず、ここでは1週間前予想のデータを用いて運用容量の曲線を描画しています。仏独間はさまざまな電圧階級の送電線が複数のルートで張り巡らされており、管理がしづらいとは予想できますが、前日予想運用容量が公開されておらず、市場取引の際の制限に反映されないということが、計画外潮流が発生しやすい原因の一つだと推測できます。計画取引が運用容量を大きく超えているためか、実際の独→仏の物理潮流②(緑線)は計画潮流より絶対値が小さくなり(グラフ上では上方にシフト)、大きな計画外潮流(X)が結果的に仏→独向きに流れることになります。この計画外潮流は図(d)の青線で表されます。

 一方独瑞間の図(b)を見ると、計画取引①(青線)では運用容量(赤線)の範囲内にほぼ収まっているものの、実際の物理潮流②(緑線)は運用容量を逸脱していることが見てとれます。この運用容量の逸脱も本来望ましいことではなく、何らかの対策(例えば短期的には動的線路定格(DLR)の活用、長期的には連系線の増強)が望まれます。この計画外潮流(Y)は、図(d)の緑線を見てわかる通り、全期間に亘って(X)と似たような推移をすることがわかります。

 また、仏瑞間の図(c)からは、計画取引①は仏→瑞向きに運用容量に近い値が支配的なものの、物理潮流②はそれよりも低く一部瑞→仏向きに逆転している時間帯もあります。この計画外潮流(Z)は図(d)ではマイナスの領域に描かれ(茶色線)、先の(X)仏独間、(Y)独瑞間とちょうど逆の傾向があることがわかります。

 図3(d)の三つの国の計画外潮流の関係性をより可視化するために、それぞれの相関図を取ってみたのが図4です。この図は2022年における(X)仏独間の計画外潮流に対して(Y)独瑞間、(Z)仏瑞間の計画潮流の相関プロットを取った図ですが、この図から明らかに(X)と(Y)が強い相関(自由度修正済決定係数 0.6107、回帰係数0.772、P値0.000以下)を持つことがわかります。また、(X)と(Z)も弱い逆相関(自由度修正済決定係数 0.4206、回帰係数-0.4874、P値0.000以下)を持つことがわかります。

 このことから、仏独間で発生した計画外潮流がほぼそのまま独瑞間の計画外潮流に波及し、さらに仏瑞間の計画外潮流にも影響を及ぼしている可能性があることがわかります(なお、本稿の分析では相関関係があることのみがわかり、因果関係がわかるわけではありません。因果関係を検証するにはまたより専門的な統計分析が必要となります)。図2の概念図で示したループ潮流が仏独瑞周りで発生していることが強く裏付けられます。

図4 仏独瑞計画外潮流の相関 (2022年)
図4 仏独瑞計画外潮流の相関 (2022年)

(データソースENTSO-E: Transparency Platformより筆者作成)

 なお、本稿は非専門家向けのわかりやすい情報提供を目的としており、分析はこの程度で留めますが、より専門的な定量分析に関しては、電気学会研究会で報告予定ですので、そちらの研究会論文をご参照下さい。

まとめと教訓

 物理潮流の統計データだけを見ると「ドイツはフランスから電力を輸入している!」という形となり、それはそれで誤りではないものの、周辺国も含めた計画外潮流について考慮しないと実態を表しているとは言えず、多くの人を誤解させる結果となります。物理潮流で見た「輸出入」は第三国を経由したループ潮流が含まれている可能性があり、特に仏独間は「輸出入」の方向が異なるほど計画外潮流が大きいため、計画外潮流がどのようになっているかを無視して物理潮流だけで無理に「輸出入」の量や方向を判断することは多くの誤解の元となります。

 すなわち、二国間の輸出入(とりわけ年間純輸出電力量)を議論する場合、やはり市場取引の結果である計画取引のデータを用いるのが妥当ということになります。どうしても送電線の運用や電力の安定供給の観点から物理潮流で見たいと言う場合は、複雑な潮流計算や計量経済学的な手法で上記のループ潮流を推定する必要があり、それは高度に専門的で複雑な分析が必要となるでしょう。それなしに物理潮流の「輸出入」の値や方向だけ見ても、「見かけ上の」ものを近視眼的に見ているだけとなってしまいます。

 冒頭の例えで言うなら、フランスからスイスに野菜を運ぶトラックがドイツ周りでどんどん迂回してやって来ている状況です(同様に、ドイツからフランスに野菜を運ぶトラックもスイス周りで多く迂回しています)。もちろん、電力の安定供給の観点から物理潮流に着目することは重要ですが、その場合は結果だけを安易にチェリーピッキングで切り取るのではなく、計画外潮流にきちんと言及し、欧州特有の電力システムの状況について丁寧に説明しなければなりません。

 以上の議論をまとめると、以下のようになります。

  1. 欧州の電力システムの統計データに「計画取引」と「物理潮流」の2種類がある。
  2. 物理潮流にはループ潮流が含まれることがあり、それに言及しない限り二国間の「輸出入」の実態から大きく乖離する可能性がある。
  3. 物理潮流の把握は系統運用や電力の安定供給には必要だが、特定国間の「輸出入」を議論する場合に敢えてそのデータを(特にループ潮流の存在を無視したまま)表面的に用いるのは大きな誤解を拡散することになる。
  4. 二国間の輸出入を議論するには、計画取引データを用いることが妥当。
  5. 計画取引データを用いると、フランスに対して輸出超過 (本稿ではデータ提示はないものの、この傾向は過去10年に遡って同様)。
  6. (詳しい定量分析は本稿の範囲外であるものの)物理潮流データを用いても、ループ潮流を考慮に入れると、ドイツはフランスに対して輸出超過。

 以上、日本から遠く離れた二国間(実際には第三国もまきこんだ)の電力輸出入について、そして遠く離れているが故に多くの先入観や誤解が渦巻く仏独間の電力「輸出入」問題について、分析的に論じてみました。この問題について、表面的な理解による恣意的なチェリーピッキングやそれに端を発した水掛け論に終止符が打てれば幸いです。

(キーワード:国際連系線、実潮流、計画外潮流)