Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.372 小水力発電の市場統合を阻む壁の分析

2023年5月25日
全国小水力利用推進協議会事務局長 一般社団法人小水力開発支援協会代表理事 中島 大

キーワード:FIP制度、中小水力発電、環境省REPOS、シミュレーション分析

 再生可能エネルギーの市場統合を目指して、FIP制度が昨年度スタートしたが、2か年度の市場価格に影響されることや制度設計の複雑さがあり、どの程度の期待収入が得られるか予想することが難しい。そんな状況下で環境省が過年度データを使ったシミュレーション分析を行い、再エネポータルサイトREPOSで結果を公表している。その概要を紹介したい。

1.はじめに

 FIP制度を利用した再エネ発電が市場価格高騰によりどのような影響を受けるかについて、以前このコラム注1に分析結果を報告した。これは数式モデルにもとづく分析であり、基準価格が相対的に小さい再エネの場合トータルで収入増につながるのに対して、中小水力のように基準価格が大きい再エネでは、価格高騰による収入増より翌年度のプレミアム減額の効果が強く効くためトータルで収入減になることを示した。

 その後環境省が、市場価格・河川流量等を元にしたシミュレーション分析を2021(令和3)年度・2022(令和4)年度の2ヶ年にわたって実施し、結果を公表している注2。これはモデル分析ではなく実データを用いたものである。

 このうち2021年度分(以下「2021年度調査」という)では、FIP制度の詳細設計には踏み込まず、市場価格で売電することが収入増減にどのように影響するかを評価し、①市場価格と発電出力にはほぼ相関がないことと、②したがって売電収入単価は市場平均単価とほぼ一致することを示していた。

 一方2022年度分(以下「今年度調査」という)では、FIP制度の詳細設計にもとづくシミュレーション分析を行っている。筆者は両調査に関与し、今年度調査結果では予想外の事象(残念ながら中小水力にとって不利なものである)を見出したことから、本稿にてその概要を報告したい。

 なお、本稿で使用する図表は、次章の図1~図3を除き、今年度調査結果報告書に記載されているものを引用した。

2.FIP制度の考え方とプレミアム算出方法

 FIP制度の考え方やプレミアム算出方法は資源エネルギー庁ホームページ「スペシャルコンテンツ」中の記事『再エネを日本の主力エネルギーに!「FIP制度」が2022年4月スタート』(2021-08-03)注3に解説されており、ここではそれをかいつまんで説明する(図1~3も同所から)。

 図1はFIT制度とFIP制度を比較したものである。FIT制度は電力販売による収入単価が固定された「調達価格」になるよう設計されているのに対して、FIP制度は電力自体と環境価値は自由に販売した上で、別途プレミアムを受け取る制度である。

 日本のFIP制度では、図2のように、電力自体と環境価値を取引市場で販売した場合に、補助後(プレミアム加算後)の期待収入があらかじめ設定された「基準価格」になるよう、月ごとにプレミアム単価を算出している。その計算式が図に示された「基準価格-参照価格=プレミアム単価」である。

 このうち基準価格は、現在のところFIT制度の「調達価格」(再エネ種類や規模により毎年度定められる)と同額に定められている。

 一方「参照価格」は、再エネ電力を市場販売した場合に期待される収入単価であり、図2・図3で「市場取引等の期待収入」として示される。ただし、現行の「計画値同時同量」制度ではあらかじめ届け出た発電電力量の上振れ・下振れ分「インバランス」として費用が発生するので、それを回避する「バランシングコスト」分を補填するため参照価格から差し引く(プレミアムに加算する)ことに注意が必要である。

 その上で、各月の参照価格は市場価格の単純平均をそのまま当てはめるのではなく、「月間補正」という考え方が導入されている。これは、前年度の市場平均が高かった月(電力の価値が高い月)はプレミアムが多く、低かった月はプレミアムが少なくなるよう補正する仕組みである。このことが第5章で行う分析に影響している。

 プレミアムの具体的算出方法は今年度調査結果報告書注2を参照いただきたい。

図1 FIT制度と比較したFIP制度の概要
図1 FIT制度と比較したFIP制度の概要
(出典)図1~3は注3

図2 月単位によるプレミアム算出方法
図2 月単位によるプレミアム算出方法

図3 参照価格の算出方法
図3 参照価格の算出方法

3.今年度調査における売電収入単価のシミュレーション手法

 今年度調査では、全国の流量観測所とダムの合計144観測地点を対象に、当該地点の流量を用いた発電所(仮想発電所)を建設したと仮定して、FIP制度を用いた売電収入を、30分コマ(電力売買の単位)ごとに算出し、売電収入の月間・年間総額を月間・年間発電電力量で除すことによって売電収入単価を算出している。この売電収入は、各30分コマの発電電力量に、卸電力取引市場単価・非化石価値取引市場単価・プレミアム単価の合計を乗じて算出したもので、バランシングコストは考慮していない(算出した売電収入の中からバランシングコストを支出する想定)。

 シミュレーション対象となるデータは、(当然未来のデータは使えないので)過去の市場データ、河川流量データ等を用いることとし、具体的には2018年度~2021年度データを対象とした(プレミアム単価算出には「前年度データ」が必要になるので2017年度市場データも参照している)。

 ただしこのシミュレーションの目的は現在計画中の発電事業に参考資料を供することにあるので、基準価格は2022年度の値を用いている。

4.時系列分析(2018年度~2021年度)でわかったこと

 今年度調査結果報告書には、全国10観測地点について、シミュレーションで得られた4年度分の算出結果(上記方法で算出した収入単価を基準価格で除した値)が図示されている。図4はその中から四十四田ダム(岩手県)のグラフを示したものである。なお、中小水力発電は出力規模ごとに4通りの基準価格(20・27・29・34円/kWh)が定められている。

 2020年度には、1月(2021年1月)に月平均価格が60円/kWhを越えるという突出した価格高騰が発生し、2021年度は高騰気味(九州以外では1~3月に20円/kWh超)ではあったが極端な高騰はなかった。これにより2021年度は、プレミアム単価が下がったことに影響され収入単価の下落が起きている。

 今年度報告書では、高騰と下落の影響を平均化して評価するため、観測地点ごと・FIP基準価格ごとに2020年度・2021年度の収入単価平均値(FIP基準価格比)を一覧表で掲載しており、それが表1である(表1掲載地点の位置は図5に示した)。この数値(パーセンテージ)は、当該2年度の平均収入単価がFIP基準価格の何%になるかを示している。

 さて、筆者は前回コラム注1で、①価格高騰の翌年度は期待収入が下落する、②両者を平均すると基準価格より下がる、③この影響は基準価格が高いほど顕著に出る、という3点を指摘した。表1の結果は概ね筆者が指摘したとおりであることがわかる。

 ただし、基準価格20円/kWhにおいて②に反する結果が見られる(四十四田ダム・徳山ダム・九頭竜ダム・土師ダム)。これは2021年度には月平均価格が20円/kWhを越える月が存在していること、つまり、20円/kWh区分においては2021年度も引きつづき価格高騰年度にあたることが影響していると考えられる。筆者が前回コラムで紹介した数式モデルでは、価格高騰年度の翌年度は平年に戻る想定であった。

 もう一点、寺内ダムでは③と逆の傾向、つまり基準単価が安いほど負の影響が大きく出ており、他の観測点でも、左から右への単調減少になっていないところがあることも考えなければならない。この点についてはまだ充分検討できていないが、次章で述べる季節相関が影響しているだろうと推測している。

図4 四十四田ダム観測地点における収入単価の変化(2018年度~2021年度、対基準価格比)
図4 四十四田ダム観測地点における収入単価の変化(2018年度~2021年度、対基準価格比)
(出典)以下すべての図表は今年度報告書から。

表 1 2020年度と2021年度の収入単価平均値(対FIP基準価格比)
表 1 2020年度と2021年度の収入単価平均値(対FIP基準価格比)

図5 表1掲載地点の位置図
図5 表1掲載地点の位置図

5.市場価格と発電出力の相関にともなう影響の検討

 分析を進める中で、FIP制度化での平均収入を引き下げる要因として、市場価格と発電出力の月平均値における負の相関が浮かび上がってきた。

 その影響が特に顕著に表れたのが蓮ダム観測地点(以下「蓮ダム」と略記)であった。図4と同様のグラフを蓮ダムについて作成したのが図6である。価格高騰があった2020年度であっても上振れ効果がないことがわかる。その原因を検討した結果、市場価格と発電電力量の負の相関が原因だろうと判断した(他原因との複合も考えられる)。

 相関関係を示すために、2019年4月から2022年3月までの市場価格・月間発電電力量を時系列で示したのが図7、両者の相関(散布)を示したのが図8である。

 ここで第2章末尾を思い出していただきたい。参照価格は市場価格の単純な平均ではなく、電力価値の高い月(正確には前年同月の市場価格が高かった月)はプレミアムが多くなり、低い月は少なくなるよう補正がかけられている。これにより、翌年度の1月(2022年1月)のプレミアムは他の月より多くなり、しかも市場価格も年度内2番目の高さになっている。にもかかわらず、図7に示された2022年1月の発電電力量は年度内で下から2番目、しかも上位10か月との差が大きい。

 プレミアム単価は月単位で算出するため、このような影響が出てくることになる。注4

 さらにディーテイルを見るため、極端な価格高騰があった2021年1月のデータを日別に示したのが図9である。日平均市場単価(図では「日市場平均」)と日発電電力量の相関を時系列で示したものであり、FIP制度による日収入も入れた。

 一目で分かるように、青線の市場価格と橙線の日発電電力量がみごとに負の相関を呈している。これでは価格高騰メリットを享受できないことがおわかりいただけよう。

 このような負の相関の原因を解明しようとすると、流域の降水・出水の特性や、価格高騰を引き起こした市場プレーヤーの行動にまで深入りする必要があるので、ここではこれ以上踏み込まない。以下、一般論に戻って、小水力と市場価格に負の相関が発生する蓋然性考察を少し進めて本稿を閉じるることにする。

図6 蓮ダム観測地点における収入単価の変化(2018年度~2021年度、対基準価格比)
図6 蓮ダム観測地点における収入単価の変化(2018年度~2021年度、対基準価格比)

図7 蓮ダムの月間発電電力量と参照価格の時系列データ
図7 蓮ダムの月間発電電力量と参照価格の時系列データ

図8 蓮ダムの月間発電電力量と市場価格の相関図
図8 蓮ダムの月間発電電力量と市場価格の相関図

図9 蓮ダム2021年1月の日ごとの発電電力量と収入
図9 蓮ダム2021年1月の日ごとの発電電力量と収入
注 基準価格は29円/kWh、最大出力は50kWに設定。

6.市場価格と発電出力の相関-中小水力はどこまで「使える」か

 私の手許に「電気を大切にね」という団扇がある。随分昔に東京電力が配っていたものだ。裏面には、でんこちゃんという東電のキャラクターが歌う「いちじよじ~ いちじよじ~ とっても暑いの 一時四時~ 、、、」という『いちじよじの唄』と、具体的な「省エネのコツ」が書かれている。

 当時は電力ピークと言えば盛夏の昼下がり、甲子園の決勝で皆がテレビを点けるとたいへんだ、などと言われたものである。

 これが最近重大視されなくなったのは、言うまでもなく太陽光発電が大規模普及したことの貢献であろう。今日では冬季の極寒で暖房需要が高まるときに需給逼迫が生じ、電力市場価格が高騰しがちになっている。

 そのようなときに(貯水ダムを持たない)中小水力発電はどのくらい力を出せるのだろうか。

 東京在住の筆者にとって、冬には晴天が続くイメージがある。太平洋岸の大部分の地方でその傾向があるだろう。東海地方ではその傾向が顕著であり、蓮ダムもその影響を受けている。

 一方日本海側の冬は曇天が続き、降水量も多い。

 水力発電ポテンシャルの高い北海道、東北地方の日本海側は雪国として知られている。冬季の降水は当然降雪であり、寒ければ寒いほどそれは積雪となり川には流出しない。一方、寒ければ寒いほど、暖房需要は高まるし、降雪日は太陽光発電も稼働しなくなり、電力市場価格が上昇する。このようにして負の相関が生じる可能性がある。

 2021年度調査で小水力発電の出力と市場価格に相関がない、という結論が出たので安心していたが、そこではすべての30分コマを対象に相関を取ったため、季節変動の影響が埋没していたのだと推測している。今年度調査では月平均でプレミアム単価を定めるというFIT制度に則して月平均で相関を取ったことで、季節的傾向が明らかになった。

 もちろん、以上は一般論であり、各地域、各河川に個別の事情がある。表1に示したように、価格高騰を挟んで増収が期待できるケースも存在する。

 今後の小水力開発において、FITではなくFIPによる売電を計画する場合には、個別にシミュレーション分析を行うことが不可欠になるのではないだろうか。

7.おわりに

 岡山県西粟倉村は、小水力発電と木材・木質バイオマスを軸にした地域振興の成功例として有名だ。プロジェクトを事業化するために「100億円の企業誘致より1億円のローカルベンチャー100社」を方針に掲げている点でも高い評価を得ている。

 再エネの主力電源化にともない市場統合が必要なことは理解できる。また電力系統を公的資源として活かすためには接続する事業者が出力制御その他の対応を求められる必要性もわかる。しかし、マイクロベンチャーが単独でその条件を満たすにはハードルが極めて高い。

 一方、多くの再エネが身近な地域資源であることや、いわゆる「植民地的」再エネ開発が地域と軋轢を起こしていることを考えれば、再エネ電源開発においてマイクロベンチャーのような地域の小規模事業者が主要プレイヤーとして活躍できる条件整備が求められるのではないだろうか。

 前回注1と今回の2回にわたり、小水力の立ち場からFIP制度のネガティブ面を取り上げた。これを乗り越えて小水力の普及拡大を目指すためには、地域小規模事業者に対して市場や系統に対応できるような支援が必用だと思うところである。


注1 https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0282.html
注2 環境省再生可能エネルギー情報提供システム[REPOS(リーポス)]『令和4年度再エネ導入促進に向けたポテンシャル・実績情報等の調査・検討委託業務報告書』中、「2.5中小水力発電の安定的普及に資するデータ作成・搭載」
https://www.renewable-energy-potential.env.go.jp/RenewableEnergy/report/r04.html
注3 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/fip.html
注4 制度設計として見ると、電力需要に対して供給が不足するときに価格が上がり、余剰のときに下がるというのは筋が通っている。