Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.392 洋上風力、欧米で40~50%価格引き上げが相場に

2023年9月15日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:洋上風力発電、基準価格引き上げ、英国、米国、事業断念

 再エネの切り札である洋上風力は、世界で高い導入目標が掲げられ、政府が海域ゾーニングを行い募集が進んでいる。しかし、インフレと競争政策とが相いれず、事業者と政府の間の認識が乖離している。対応が遅い政府に事業者が痺れを切らし、大幅な条件改定を要請し、落札事業の断念を決断する動きが相次いでいる。大規模でリードタイムの長い洋上風力は初期設定を間違えると事業者に致命傷を与える懸念がある。今回は英国、米国で生じた事例を紹介する。遅れて来たサプライチェーンが未整備な日本にとって、正に「他山の石」である。

1.入札ゼロの英国洋上風力:エネルギ-安全保障の危機

 筆者は、前々回に英国のラウンド3落札事業であるNorfolk Boreas事業について、スェーデンのジャイアントであるバッテンフォールが高額なペナルティを支払って中止を決断したことを紹介した(「No.387 洋上風力入札見直しが喫緊の課題に -欧州で大手が落札事業から撤退-」)。他の巨人も欧米の事業を見直す動きがあることも合わせて紹介した。その見直しが相次ぎ表面化している。

2023年度洋上風力入札ゼロとなった英国、コスト4割増を無視

 9月10日、今年度の英国政府による再エネ入札(CfD)結果が発表されたが、期待の洋上風力は応札はゼロであった。前回は7GWの落札があった。再エネ全体では、前回は11GW落札があったが、今回は3.7GWに留まった。太陽光1.9GW、陸上風力1.8GWであり潮流、バイオマスも落札された。

 洋上風力は、設備価格等の高騰を踏まえた基準価格(Strike-Price)設定が強く望まれたが、政府は上限価格を少し下げて44ポンド/MWh(前回46ポンド)に設定した。これは2012年価格ベースの水準であり、現在価格では約60ポンド(11,000円)に相当する。因みに英国の電力価格は87ポンド(16,000円)である。バッテンフォールが落札事業を断念した際に「設備価格が4割高騰している」と訴えていたが、今回もRWE等が4割増を訴えている。因みに、太陽光は45.99ポンドから47ポンドへ、陸上風力は42.47ポンドから52.29ポンドへと引き上げられている。

野党は"Energy Security Disaster"と警鐘

 英国政府は、カ-ボンニュ-トラル実現に向けて洋上風力導入目標を2030年50GWと設定している(うち5GWは浮体式)。現在14GWであり、あと7年弱の間に36GW設置する必要がある。事業者からは「目標達成は不可能」という声が上がる。消費団体からも「今回の洋上逸失により消費者は「年間10億ポンドの損失を被る」と訴えている。ガス火力新設に比べて洋上は圧倒的に安いのである(ガス火力は9倍高いとの試算もある)。英国政府は、数年のうちにインフレが落ち着くとみているようであるが、脱炭素が遅れる、「アクセルとブレーキ」ペースでは事業者は投資予見性を持てない等の批判が渦巻いている。野党の労働党は今回の結果を"Energy Security Disaster"と評している。

2.価格引き上げか減損処理かを迫られる米国洋上風力事業

 米国は、インフレ抑制法(IRA)の施行もあり、驚異的なペースでクリーン投資を拡大しており、洋上風力も53GWもの計画がある。しかし、急激なコスト高に見舞われ、多くの案件を抱える事業者は、不良資産化の脅威に襲われている。多くの事業者が落札条件の見直しか、資産減損かを迫られている。

2030年30GW、2050年110GWの目標

 バイデン政権は、2030年までに温室効果ガス排出量を2005年比で50~52%削減を掲げており、切り札の一つとして洋上風力に力を入れている。洋上風力に関して、2021年3月に2030年に30GWの導入、2022年9月に2035年に浮体式15GWの導入を掲げた。また、2023年3月の「洋上風力発電の開発に関する戦略」では、2050年に110GWを目指すとしている。

 欧州に比べて遅れたが、連邦政府と州政府が連携しゾーニング整備、募集実施を急ピッチで進め、計画容量は53GWに積み上がる(2023年5月末時点)。2022年8月に成立したインフレ抑制法(IRA:Inflation Reduction Act)による支援措置への期待も寄与している。洋上風力は、現在操業中が2ヶ所42MW、建設中が2ヶ所932MWである。殆どが東海岸に位置しているが、最近はカリフォルニア州やテキサス・ルイジアナ州でも入札が行われている。上位州を見ると、ニュージャージー州(11.9GW)、ニューヨーク州(8.3GW)、マサチューセッツ州(8.2GW)、カリフォルニア州(6.1GW)、ノースカロライナ州(5.3GW)となっている(図1)。

図1 米国州別・段階別洋上風力発電開発状況(2023/5末)
図1 米国州別・段階別洋上風力発電開発状況(2023/5末)
(出所)DOE: Offshore Wind Market Report: 2023 Edition(2023/8)

遅れて来た米国にインフレ、サプライチェーン問題は深刻

 官民の連携で急速に環境整備が進んでかに見える米国であるが、インフレやサプライチェーン制約の直撃を受け、事態は深刻になっている。インフレ、サプライチェーンの不調、金利上昇、政策支援措置の遅延等を背景に、事業コストが大幅に増加している。陸上風力の導入は進んでいるが、洋上はこれからであり規制、インフラ、サプライチェーンは整備途上にあり、欧州に比べて深刻度がより大きい。率先して引き上げてきた金利負担も重くのしかかる。計画の多くは欧州の事業者が占めているが、大量の案件を抱えた欧州事業者は、落札条件の見直しを訴えており、撤回・中止も視野に入っている。

多数案件を抱えるオーステッドは苦境に

 世界最大の洋上風力事業者であるオーステッドは、6月規制当局に対して、Sunrise Wind (924MW、RI/MA州)のPPA条件に関し、インフレ条項付に変更できなければ最終決断できない、と申し立てた。また、同社はSunrise Wind、Ocean Wind 1(1100MW、NJ州)、Revolution Wind(704MW、RI/MA州)の3事業について、8月30日に資産価値が23億ドル減少したと発表した(図2参照)。内訳は、サプライチェーン整備の遅れで7億ドル、金利上昇で7億ドル、税制優遇措置の遅れで9億ドルとしている。同社の株価は20%下落した(2021年のピークからは7割下落)。税制について、IRAにて優遇税率は30%であるが、ローカルコンテンツや移行地域立地の場合はそれぞれ10%の上乗せがある。この条件を巡り当局と交渉してきたが納得できる結果にならなかったようである。

図2.米国東岸の洋上事業と条件見直し候補(Orsted、Eqinor/BP)
図2.米国東岸の洋上事業と条件見直し候補(Orsted、Eqinor/BP)
(出所)DOE: Offshore Wind Market Report: 2023 Edition(2023/8)を加工、加筆

エクイノール/BPは54%価格引き上げを要請 24~28円/kWhに相当

 ノルウェーのエクイノールとBPは、8月31日付で、3ヶ所計3.3GWの事業について、基準価格(Strike-Price)の54%引上げを要請した。Empire Wind 1は118.38→159.64ドル/kWh(NJ州)、 Empire Wind 2は107.50→177.84ドル/kWh(NJ州)、Beacon Windは118.00→190.82ドル/kWh(MA州)である(図2参照)。引き上げ後の価格は円換算で24~28円/kWhとなる。条件変更が認められなければ、契約を破棄するとしている。NY州最大の消費者団体は、この価格変更が実現すれば、30年間で148億ドルの消費者負担増が生じると試算している。

 なお、8月29日にはメキシコ湾で初となる洋上風力リース権に係る入札結果が発表されたが、3ヶ所のうちテキサス州の2ヶ所は応札ゼロで、ルイジアナ州の1ヶ所は辛うじて一社(RWE)が入札した。41,472ヘクタールに対して560万ドルという入札価格、すなわち平方キロメートルあたり約 13,500ドルと非常に低い価格となった。連邦政府のリース権価格としてはオバマ政権以来最低を記録した。

終わりに

不可欠なサプライサイド重視の発想

 インフレ、サプライチェーン問題が再エネ開発の隘路となっているが、特にリードタイムが長く大量の資材を使用する洋上風力は、厳しい入札競争に晒されてきたこともあり、現実のコストと入札条件とのギャップに苦しんでいる。脱炭素の切り札という点では誰もがも認めており、風車等を製造する大規模な設備投資が喫緊の課題である。サプライヤーやデベロッパーが確信をもって事業出来る環境整備が重要である。英国では建設コストが4割上がっている。米国でも5割を超える価格引き上げの要望が出ているが、これはkWh当り20円台後半の水準である。米国では「出遅れた分立て直しが課題」との認識がある。陸上風力で大きな実績をもつ米国でもかような認識であろ。風車メーカーが存在せず、風力全体としてサプライチェーンに課題が多い日本では、よりサプライサイドを重視する視点が必要となる。