Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.407 火出づる国の君主論(後編)

2024年1月18日
自然電力株式会社・電源開発本部風力エネルギー事業開発統括・小川逸佳

前編から続く)

洋上風力は伸び悩む経済の救世主

 経済波及効果の話をしたので、ここで社会学から経済学に切り替えて洋上風力を見てみよう。なぜなら資本主義は民主主義の前提条件ではないが、ある一定レベルの生活が保障されていないと民主主義はすぐにポピュリズムに落ち込み持続出来ないからだ1。お金がないと財産はもちろん、自由も、さらに生命までも危険にさらすことになるのでお金は大事である。また貨幣経済の中、お金はそのまま財産でもある。しかし、お金は使えば減る。減ったら稼げばいいのだが、日本はその稼ぐ力が減退しているため、最近日本の納税者は相対的に貧しくなっている。



図1 平均賃金で見た「安い日本」~高齢化すると平均賃金も下がる~2

 資本主義経済では単純に人口が減れば国民総生産(GDP)は縮小する。日本は少子高齢化社会のため、生産性に劇的な変化がない限りGDPは縮小せざるを得ない。そこでようやく鎖国気味の日本も外国人就労者への門戸を広げ始めているものの、人口減少は一朝一夕ではどうにもならない。そして日本の経済力の弱体化は外国為替に影響が出てしまっている。最近発表になった国際通貨基金(IMF)の2023年の1人あたりGDPを見ると、日本は先進7ヶ国(G7)の中で最下位である。人口1人あたりのGDPが低下しているということは、日本では今一人一人の稼ぐ力が低下しているということだ。それは産業のシフトに日本が乗り遅れているため、付加価値のあるジョブに就労していないからである。しかし、「失われた30年」で投資を怠ってきた企業、学力低下が問題になっている日本の教育制度から、ジョン・メイナード・ケインズの「アニマルスピリット」3やヨーゼフ・シュンペーターの「創造的破壊」の思考を持った大志のある青年や業界破壊するような企業がすぐに生まれるとは考えにくい。また、既存の産業で稼げていれば問題ないのであるが、日本の農業、漁業はいまだに個人や家族経営で大型化していないため、就労者数の減少はそのまま生産能力の減少を意味する。また、製造業においては値段競争に勝てない電気製品で苦労し、半導体で失敗し、造船業も製鉄も苦しい。自動車は唯一の勝ち組だったのだが、そこでパラダイムシフトが起きてしまった。いいものを安く作ればそれは売れる。ただその「いいもの」の定義が変わってしまったのだ。この数年の間に自動車のいいものは電気自動車(EV)であることが前提になってしまっている。そのためEVへの移行が遅れている日本の自動車業界は国際競争力を失い、中国企業などに国際シェアを奪われている。

 今政府が進めるグリーントランスフォーメーション(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)はまさに上記の問題に対応するためであるが、上記の理由ですぐにユニコーン企業が生まれたり、和製イーロン・マスクが生まれるわけではない。それなら手っ取り早く産業ごとインストールしてしまうしかないだろう。通常なら新しい産業を生み出すには時間がかかるのだが、すでに洋上風力においては経済システムまで出来上がっているので、日本は導入すればいいだけである。別の見方をすれば、経済の活性化にはいつの時代もインフラ投資が有効だとされるから、今の時代に合致したインフラ事業に注力すればいい。それが洋上風力なのだ。風という低コストの資源から価値のある電気という商品を作り出せる21世紀の錬金術とも思える洋上風力は、日本の伸び悩む経済の救世主ともいえる。

 洋上風力という起爆剤を利用すれば、日本全体のパイはまた膨れて、国民一人あたりの一切れが大きくなる。リスクばかりが注目される昨今の洋上風力業界であるが、安田陽の言葉を借りれば、洋上風力事業は「優良物件」であり、「一度建設して適切にメンテナンスをすれば…(中略)…地政学的リスクや市場リスク・政策リスクにも左右されず投資が回収できるという電源は、とても信頼性の高い電源」なのである4。また、GXでもDXでも電気は必需品であり、前提条件でもあるので、クリーン電源がないことには始まらない。よって大型の再エネ電源の導入は最初に解決しなければならない最優先問題なのである。水素という声もあるのだが、そもそも国産で水素を製造するにはそれだけの非化石由来の電源が大量に必要であるから、やはり洋上風力を先に作るしかない。水素を輸入していては国富が流出するばかりで堂々巡りになってしまうのでナンセンスである。

 試しにIMFのグラフ機能から洋上風力の導入目標が意欲的な5国の1人あたりのGDPを取り出してみた(図2および表1)。2020年以降、上昇する国々と日本(赤矢印)の差は歴然としている。もちろん洋上風力の各国経済における影響というのはまちまちだが、グリーン産業経済の流れは変わらないと想定すると、海に囲まれている日本の場合、洋上風力の波に乗ることが上昇曲線を作る早道であると言えるのではないだろうか。



図2 洋上風力の導入が意欲的な国・地域の1人あたりGDPの推移 (IMF) 6
(グラフの凡例は表1に記載)



表1 洋上風力の導入が意欲的な国・地域の1人あたりGDP (2023年) (IMF)7

 また、財産を減らさないためには無駄使いをやめるしかない。日本は現在火力発電に依存しているが、火力発電の原材料は主に石炭、石油に天然ガスであり、日本では産出出来ないから輸入に頼っている7。そのためには外貨を購入する必要がある。そこを地産地消型の洋上風力へ転換すれば、年間数兆円の節約になるのだ。洋上風力はまさに出費を抑え富を生み出し、ついでに温暖化対策まで行うという一石三鳥の産業なのである。更にエネルギー・セキュリティまで入れると一石四鳥であるから、政治家の皆様には積極的に活用していただきたいのである。

それぞれの地域が主役になれる

 君主論という体で始まり、徒然なるままに書いてしまったが、これは中央におられる政治家に限定した助言ではない。世界とか脱炭素とかいうと遠い海の向こうで起きていて、自分の市や町には関係ないと思われてしまうかもしれないが、実はこの洋上風力というのは便利なもので地方経済にも使えてしまうのである。それどころかぜひ地方でこそ使ってほしいツールなのである。洋上風力はインプットが風でアウトプットがグリーン電源という製造業と見ることも出来るのだが、地方にしか洋上風力産業に不可欠な「風」という原材料がないからだ。そのため産業がなく経済的に苦しい地域こそ、積極的に洋上風力を導入するべきである。下の図を見ていただければ、全国の過疎化が進む地域と風況のよい場所の重なる部分が多いことに気が付く。



図3 過疎関係市町村都道府県別分布図(総務省)8



図4 NeoWinds(洋上風況マップ) (NEDO) 9

 もし洋上風力の経済波及効果を疑うのなら、英国のSector Deal10を読んでいただきたい。

  • 洋上風力セクターは真に英国全土にまたがるセクターであり、特に、経済的変化に適応しようとする沿岸地域などの成長と経済的利益を創出する機会を提供します…産業政策では、自然に存在するクラスターを利用し、地方経済への投資と成長の機会をさらに増やすためのセクターによるリーダーシップの提供を提案します。

翻訳のセンスはさておき、非常に頼もしいではないか。

 都市対地方の格差は長年問題視されつつも、洋上風力が出てくる前は抜本的な解決策がなかった。しかし、洋上風力は解決するツールとして実に有効である。現在はまだ都心部などの需要の大きい場所に供給するというモデルであるが、地方で作った洋上風力由来の電気を地方で消費すれば、蓄電池や水素といった加工という過程を必要としないため、経済的にも効率的である。また、地産するメリットとして、地元の利用者には安価な地元産のグリーン電気を提供して地元住民の出費を抑え、同時に蓄電や水素に変換するなど加工をして、容量市場に売電するモデルを築けば収入源ともなる。さらにグリーン電気やグリーン水素を利用した商品を開発すれば、新しい付加価値を引き出すことが出来る。地元への利益はこれだけではない。温暖化の影響により、気候変動による災害は増加すると想定されているので、リスクの分散化のためにも地域ごとのマイクログリッド化を進めるべきである現代のエネルギー・マネジメント・システムと情報伝達ツールを導入すれば、村ベースの社会組織を保ちながら、都市経済の余剰を享受することが可能なのだ。

 マクロ的な視点で見ると、ポスト資本主義の今、まさに次の社会経済のシステムが模索されている。都市と地方の格差、価値と幸せの再分配には分散型社会が良いと言われているが11、洋上風力はその分散型社会へと進化する原動力になる。分散型社会というとややこしいが、地域中心の地産地消を核とした循環型経済を作ることにより、地域の自治を高める社会構造である。中央集権型社会は、国民を政治の傍観者にしてしまうが、分散型社会においてはそれぞれの地域が「主役」になれるというわけだ12

政府がリーダーシップを取って調整するのが効率的

 洋上風力という産業は海を使う。そして、海を利用するということは既存の漁業と利益相反する可能性があることは否めない。以前洋上風力の協議会で、「一つの産業が消えて、一つの産業が生まれるのはおかしい」という発言があったが、洋上風力をすることで必ず漁業が消えるというわけではない。またそうするべきでもない。前編でも書いたが、食糧自給率の低い日本において水産蛋白源は貴重13であり、日本の海産物は輸出品としての価値も高い。そこできちんとした利益調整が必要になるのである。そこかしこに勝手に家を建てたり工場を建てられないのと同じで、海も利用計画と利用するための制度を作らなければならない。共存するためにはルールがいる。畑を休めるように、漁業を控えるべき場所というのもあるはずだ。転作をするように、洋上風力を取り入れることはできないだろうか。実際に農業と太陽光は共存し始めている。

 既存の権利は永久の権利ではない。ダムや道路の公共工事がいい例である。社会契約論で見ても一般意思を遂行するために政府は存在しているので14、公共性がある事業は個人ではなく政府がリーダーシップを取って調整するのが効率的である。しかし、日本の洋上風力においては事業者と呼ばれる企業にその役が押し付けられているから効率が悪いのである。また公共工事と同じく、個人の既存の権利が制限されるからにはその代価を支払うべきであるが、その代価はきちんと明確に透明性を持って算出されるべきである。社会への便益と個人の利益のバランスに正確な答えはないのだが、利用権を明確化し予見性を高めるということは最終的に財産と自由を守ることにつながる。難しい問題に直面した時こそリーダーシップを発揮するときであり、政治家の腕の見せ所ではないか。

人類の歴史はエネルギーの歴史

 時間もエネルギーも流れる。エイドリアン・ベジャンに言わせれば、エネルギーも富も情報も流れやすいところに流れ、支流は集まって大河となる。そして今まで流れが届かなかったところにも届き始めているということだ。そしてその流れを加速させるには流動構成の形を変える自由を与えるということであり、「自由に変動する流動の配置には、見過ごされている地域を太い支流に結びつける能力がある」15。

 人類の歴史はエネルギーの歴史である。人は食物をエネルギー源とし、そのエネルギーを消費して生きている。食料を求めて人はアフリカ大陸から世界各地へと旅立って行き、旅の途中で火を起こすことを知った。火という熱エネルギーを得た16ことにより、食べられる食物が増え、更に取り入れるエネルギーの量も増加した。また、暖を取ることにより居住区域が広がり、生命の延長も可能になった。文明はエネルギーの利用により前進してきたが、人類の歴史は均等に進化してきたわけではない。いくつかの「転換点」があって、階段を上るようにステップアップしてきたのだ。最初に火を使い始めた時がその一つである。エネルギーをもっと効率的に利用するために、人は「車輪」を発明し、もっと早く、遠くまで行けるようになり、同時に車輪により多くのモノを運べるようになり、一大帝国を作り上げた。車輪だけではない。回転を利用することを覚えた人類は、水車を発明して水の流れを取り込み、風車を作り出して吹く風を捉えた。それだけではない。人は帆を膨らませ大海すら超えていった。

 火は蒸気機関の発明にもつながる。近代の産業革命はまさに蒸気機関なしには起こりえなかった。また、「電気」の発明により、次第に電子を動かす電力という形でエネルギーを利用することが飛躍的に増えていった。そして現代では電気信号によりナノレベルの小さなモノや情報までを動かすようになる。一気に大量のエネルギーを作り出し、消費することで早くたくさん「動く」ことが可能になった。よりたくさんのエネルギーを求めて、人は原子力を発明することになる。

 人が動き、モノが動き、もっと動かすために組織が生まれ、経済が出来、そのための貨幣が発明された。お金もまた「力」になり、エネルギーを動かしていく。また逆にエネルギーもコモディティ化され、決まった単位で売買できる商品となった。それが私たちの生きる2024年なのだ。

 そして今日本は浮体式という「船」に乗り、洋上風力に吹かれて21世紀のグリーン産業の大航海時代へと乗り出そうとしている。かつての風車と帆船が浮体式洋上風力風車になったのだ。これはそんな船のキャプテンに捧げる助言である。そして今日も私は太公望17のごとく、そんなことを考えながら釣り糸を垂らす。

(キーワード:浮体式、風車、エネルギー)


1 だからBasic incomeの必要性の議論がなされるのだが、ここでは紙面が足りないので割愛する。
2 熊野 英生、「平均賃金で見た「安い日本」~高齢化すると平均賃金も下がる~」、第一生命経済研究所、2022年9月14日
https://www.dlri.co.jp/report/macro/203118.html
3 https://www.meti.go.jp/statistics/toppage/report/minikeizai/kako/20161026minikeizai.html
4 安田陽、「世界の再生可能エネルギーと電力システム 経済・政策編」、インプレスR&D、2019年、pp.39。
5 独断と偏見で筆者が選びました。
6 https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPDPC@WEO/JPN/MAE/GBR/USA/NOR/DNK/ESP/AUS/TWN
7 https://shizen-hatch.net/2022/12/06/fossil-fuel/
8 https://www.soumu.go.jp/main_content/000807380.pdf
9 https://appwdc1.infoc.nedo.go.jp/Nedo_Webgis/index.html
10 https://www.gov.uk/government/publications/offshore-wind-sector-deal
11 色々あるが、例えば:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/interview/detail/opinion_07.html
12 https://www.mskj.or.jp/thesis/9265.html
13 https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/24jikyuuritu.files/attach/pdf/230807-1.pdfhttps://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002917.html
14 https://www.cambridge.org/core/journals/review-of-politics/article/abs/three-general-wills-in-rousseau/448B62DFE5077668595BC0EBB6DE03E9
15 エイドリアン・べジャン、「流れといのち」、紀伊国屋書店、2016年、pp.82-83。
16 エネルギーを得ると言うと語弊がある。正しくは、エネルギーをコントロールする術を手に入れた。エネルギー不変の法則により、宇宙に存在する量は変わらない。人はエネルギーの形を変えて、利用できる形にしているだけである。
17 http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200506/card.htm