Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.406 火出づる国の君主論(前編)

2024年1月11日
自然電力株式会社・電源開発本部風力エネルギー事業開発統括・小川逸佳

 ニッコロ・マキャヴェッリの『君主論』は16世紀のイタリアにおいて、どうやったら長く君主でいられるかをマニュアル化したものだ。人間の本性は500年程度では変わらないようで、恐怖と報復、忠誠と報酬のバランスを説いた部分は、今世のリーダーに当てはまる部分も多い。リーダー不在と言われる今日の日本において、どうやったら支持率を維持して票を集められるのか、政治家の皆様に再エネと経済効果を使った君主論を提案してみたいと思う。何も新しいことではない。「徳」のある政治をすることにより、「特」を得るということである。

長く政権を握るためにはいい君主であればいい

 私たちが生きているのは21世紀の民主主義・資本主義社会であり、ルネッサンス期の都市国家ではないので、君主ではなく三権分立されたシステムによって統治されている。それを略して政府と呼ぶ。政府の立法と特定の行政機能は国民選挙によって選ばれた人たちが委任されて遂行している。それを政治家と呼ぶ。民主主義において政府の必要性というのは英国の社会契約論に基づくのだが、トーマス・ホッブスの『リヴァイアサン』に始まり、ジョン・ロックに継承され、ジャン=ジャック・ルソーの『社会契約論』で確立されている。おおざっぱに要約すると、人はほっておくと、好き勝手に欲望にかまけて、他人の生命と財産に危害をもたらしてでも自分の利益のために動くことがある。しかし、無駄な諍いや殺戮は結局自分にも害を及ぼすから社会全体で見れば損をしている。個人の自由は大事だけれど、個人がそれぞれ自由を主張していては結局争いが起きたり独裁者が出現したりして、自由でいられなくなる。そのため、自由にはある程度鎖をかけることが必要である。また、人民全員参加型のポピュリズム的な政治も、社会や人類にとって最大の善をもたらす制度ではないことは古代ギリシャの失敗で分かっている。そこで社会契約論となるわけだ。政府というものを築き、それに一人一人が「力」を預け個人の自由を少し我慢する代わり、もっと大きな見返りである生命と財産とそれ以外の自由を担保してもらうという、個人と社会の契約なのだ。だから、投票して政治家を選び、その政治家に力を渡して法律を作ってもらい、契約事項を執行してもらうのである。

 社会契約論と持ち出しても目が点になってしまうなら、もっと単純な話にしよう。長く政権を握るためにはいい君主であればいい。そのためには民の生命と財産を守ればいいのである。残りは資本主義経済のアダム・スミスの見えない手が導いてくれる。社会契約論で守るものは生命、財産、自由という三つの権利である。それを一つ一つ考えてみよう。まずは基本中の基本である生命を守るとはどういうことなのか。日本は「平和ぼけ」しているといわれるくらい確かに平和である。戦争も内乱もクーデターもないし、凶悪犯罪も少ない。しかし、殺人よりも、もっと広域に人類の生命に危険を及ぼすものがあるとしたらどうか。そんな害は全力で阻止、防御するべきではないのだろうか?

なぜ気温が上がると人間に危害が及ぶのか

 「熱さも喉元を過ぎれば」のごとく、2023年の夏の「異常な」暑さもいざ過ぎてしまえば、人は忘れてしまうようである。しかし、この暑さがこれから一番大きな敵となるのだ。そもそも「異常気象」という言葉には語弊がある。すでに異常ではなく、平常的、通常的に、日常的に気温が高いのである。それが私たちの生きる2024年の現実だが、どうもこの国では現実を見るのが下手なようで、正確に温暖化による暑さの危険性が理解できていない。それではなぜ気温が上がると人間に危害が及ぶのか説明してみよう。

 人類が存続できるかどうかは大きく生物的、環境的要因に支配される。人間は生物であり、恒温動物であるので、生きていくには適温でなければならない。夏場の30度と32度には大きな体感の差があるが、人間は2、3度ぐらいの変化にはとりあえず耐えられそうだ。2023年は史上でも一番気温が上昇した年1であるが、それでも一応このコラムの読者も筆者も生き延びてはいる。さらに、冷房、暖房、衣服に住居という緩衝ファクターを考慮すれば、全員ではないにしろその二倍ぐらいの変化にすら耐えられるかもしれない。しかし、長期的な肉体的ストレス、精神的ストレス(温暖化による親のストレスが子供に与える影響も懸念される2)の影響はまだ計り知れない。変化に耐えられない生物は淘汰され、適応できる生物が生き残るというダーウィンの学説は生物学の授業で皆さんが勉強した通りである。最近日本でも多様性という言葉をメディアで見かけるようになったが、生物多様性の意義は、そうしたリスクに耐えられる種を網羅するためにたくさんの種を残すことにこそある。



図1 温暖化と生物の絶滅3

 しかし、チンパンジーなどに比べるともともと遺伝子の多様性の低い人類4は、下手すると異常気象に耐えられるような突然異変には恵まれず、またその結果生き残った種はもはや人類ではないかもしれない。さらに日本はただでさえ海抜の低い地域に大都市が位置するため、温暖化による海面上昇の危険度が高い。そんなギャンブルをしなくても済むように、今から温暖化対策をして少しでも人類の生存率を上げようというのは、言わば病気になる前にビタミン剤を飲むように、比較的簡単に導入できる予防策なのだ。安全に稼働している火力電源を止めてまで洋上風力電源に切り替える理由としては、これだけでも十分である。

 また、数度の気温の変化にも負けず生き延びられたとしても、食料がなくては生きてはいけない。冷暖房の効いた部屋でコンピューターに向かっているとつい忘れがちになるが、人間は生存に必要なエネルギー源である食糧を干ばつ、洪水、ハリケーン、台風などが起きる、制御不可の自然環境に任せているのだ。2023年の猛暑で自宅のベランダのハーブは全滅してしまったが、それが小麦、米、大豆だったらどうだろうか。筆者の園芸能力はさておき、ウクライナ侵攻後、小麦などの値段が急激に上昇したことは記憶にも新しい。現在日本は地政学リスクの比較的低い国(米国、ブラジルなど)から穀物と肉類を輸入しているが、円安の日本の購買力は下がる一方であるから、買い続けると国富流出することは言うまでもない。また、これからさらに気候が変動していけば、輸出国は自国の食糧供給の方を優先するので日本に輸出する量はいずれなくなる。自給率の低い日本が食糧危機に直面することは可能性の高い将来である5

 それでは食糧があれば生きていけるかと言えば、そうでもない。これが環境的要因である。人はそれなりに住む場所がなくては生きていけない。モルディブが沈没していることは有名な悲劇だが、東京を含めて日本にも海抜以下の地域が恐ろしくたくさんがある。戦争による難民受け入れではなく、日本もこれからは国民の「気候難民6」対策を検討しなくてはいけなくなる。沈没と言えば、インドネシア7、タイでも地下水の汲みすぎにより地盤沈下しているのだが、人間はとにかく水がないとすぐ死んでしまうので、水問題もじわじわとそこまで来ているのだ8

国民の財産も危ない

 温暖化により生命が危ないことは分かったが、家が水没したり、ゲリラ豪雨で流されたりする日本では国民の財産も危ない。さらに、進化したのか退化したのかは議論の余地があるが、21世紀のホモサピエンスにとってライフラインと呼ばれるインフラはすでに生存するのに必要な環境の一部であり、立派な共有財産なのである。国連でもさんざん訴えているが、人間の尊厳を保つにはそれなりの生活水準というものが必要で、それはすなわち清潔な水と衛生的な環境が必要だということである。そのため、電気、水道、ガスが今の私たちの三種の神器なのである。コンピュータを立ち上げて珈琲を入れないと、コラムの執筆すらままならない。それなのに、少子高齢化、過疎化の日本では、今地方のライフラインが崩壊し始めている。文明国と言われる日本においてである。なぜなら、メンテナンスをするには莫大なお金と労力が必要なのだが、自治体にそのお金がないからだ。水道管、送電線、ガス管が使用耐用年数を過ぎても放置されている理由はそれだけの人口(需要)とお金(供給)がないからである。更に、ライフライン以外の基本インフラである交通や通信まで脅かされている。水道、ガス、電気、交通に通信という5つのインフラは現代を生きる私たちにとっては共有財産であり、その使用権は納税者としての権利である。それなのに、多数の地方経済が自律出来ない経済状況だから今交通と通信も崩れ始めている。

 日本は公共交通機関が世界で一番発達している国である。しかし、30年間の経済低迷と人口の減少により、ローカル線を運用し続けることが難しくなっている。そのため2023年10月から改正地域公共交通活性化再生法9が施行され、利用者の少ない赤字ローカル線を対象とした「再構築協議会」の設置が認められるようになった。ノスタルジック路線で行く、などと悠長なことは言ってはいられなくなる。鉄道の代替えとしてバスがあるではないかと思うかもしれないが、バスの運転手も高齢化と需要の減少で激減している10。地方は自家用車比率が高い、すなわち公共交通機関の利用が少ないから問題ではないと思うかもしれないが、高齢者の運転免許の返納が進めば、地方には「足」がなくなる。そこでタクシーとなるのだが、タクシーは公共ではないため、補助金がおりても値段が高い。さらに、タクシーの運転手も高齢化しているのだ。2024年からようやく日本でもライドシェアが始まるが、地方ではどれだけの自家用車がライドシェアに参入するのか、または出来るのか、はなはだ疑わしい限りである。これでは行動の自由どころか、病院にすら行けなくなるではないか。交通手段がなくなれば、生命すら危険にさらされてしまうということだ。

 地方のインフラを維持するにはお金がいる、そして自治体の収入源は税金である。人口減の中、ふるさと納税や移住支援に必死になるのはそのためだ。日本には津々浦々魅力的な食材や、自然に恵まれた地域はたくさんある。素敵な写真付きの宣伝を広告代理店に委託して、Xターン支援のための課を自治体に設けても、結局一年でどれだけ税収が増えているのだろうか。実際100万円の支援を出しても、相応の効果が出ているとは言いがたい11

スーパーヒーローの魔法の杖

 ここで一旦整理すると、日本という民主主義国家において、政府の意義というのは国民の三つの権利を守ることなのだが、今その三つの基本的権利が温暖化と社会構造の変化のせいで脅かされている。ここで立ち上がって生命、財産と自由を守ってくれるスーパーヒーローがいれば、理性のある大人は積極的に支持するはずである。そしてそのスーパーヒーローの魔法の杖が洋上風力なのである。再生可能エネルギーなら何でもいいのだが日本では洋上風力が一番効果的である。なぜなら今現在使える技術で、大型化が出来、比較的迅速に導入出来る電源が洋上風力だからである12。そして水深の深い海域に囲まれている日本において、最大限に洋上風力を設置しようとすれば浮体式にならざるを得ない。そのため本気で支持率を狙うのなら、浮体式洋上風力を進める政策をおすすめする。

 洋上風力などを主力電源にして大丈夫なのか?いまだに疑問視している方がいるなら、英国を見てみればいい。英国では1991年に初めての洋上風力風車を建設して以来30年間ひたすら洋上風力を建ててきた。そして、陸上を含めてだが、風力エネルギーは2022年に英国の主力電源として時には50%近い電力を供給している13。着床式はともかく、浮体式など技術的に未熟なのではないだろうかと思われる方は、再度英国の浮体式の歴史を参考にしてほしい。浮体式洋上風力発電はすでに2017年から事業化されているのだ。5年後の2022年のScotwindと海底使用権オプションの公募では実に25GW落札中、15GWが浮体式案件であったのだ14。そして、2024年1月の今、総勢24.7GW分の浮体式案件があるのだ15。どうして英国はここまで達成することが出来たのか?それは社会契約論で見れば簡単に説明ができる。

 英国政府は2019年にSector Deal16を発表しているが、これは読んで字のごとく「取引」である。温暖化という人類の一大クライシスにおいて、北海油田に依存している英国は産業転換を迫られていた。稼ぎ頭だった北海油田をやめなければいけないとなると英国経済は破綻してしまう。しかし、後戻りはできない。そこで、政府と国民は取引をすることにした。洋上風力産業を国家産業にしてしまうという国策を立てたのだ。英国政府は補助金、投資、融資とあらゆる金融政策で持って洋上風力を支援する代わり、民間企業は技術革新と女性の雇用率の引き上げに尽力する17と約束を交わした。国策として英国は2030年までに50GWの洋上風力を立ち上げ、そのうち5GWを浮体式とする18という目標を掲げた。これは英国政府の国民に対する公的な約束であるから、契約であり法的拘束力がある。予見性のある市場があるから、後は資本主義のもと投資がどんどん進んで、海外からも投資を呼び込むことに成功した。

 実際日本企業も2014年ごろから積極的に英国の洋上風力プロジェクトに投資を続けている19。また英国の洋上風力市場の需要が見込めるから、地域は工場誘致に成功して雇用が増えている。その結果今まで廃れていた漁港は栄え20、ロンドン以外の東海岸やスコットランドに新しい洋上風力を中心とした地域経済が生まれている。2040年までの経済効果はサプライチェーンだけでも920億ポンドと言われている21。英国のSector Dealはそんな洋上風力という国策を遂行するための官民の協定なのであり、協定により政府が政府の役割を果たし、民間企業は民間企業がするべきことをしている。だから英国では洋上風力を進めない政治家は票がもらえない22。英国以外の欧米の国も大きな目標を掲げているが、英国と同じ単純な理由でそれだけ大きい目標を立てないと大きい結果を生み出せないからだ。脱炭素化の義務は世界のシチズンである日本も負うべきなのに、未だに逃げ道を探している日本は洋上風力導入に本腰を入れないから、また国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)で「化石賞」をもらってきてしまう始末である。それでは政権の支持率が上がるわけがない。気候変動は2030年や2050年までに終わる「イベント」ではないのだ。ほかの政策を立てずとも気候変動だけやっていれば半永久的に票が得られるというのにもったいないことである。

後編に続く】

(キーワード:洋上風力、気候変動、英国)


1 Climate Central, Earth’s Hottest 12-month Streak, November 9, 2023.
https://www.climatecentral.org/climate-matters/earths-hottest-12-month-streak-2023
2 CNN, Climate change can have ‘lifelong impacts’ on young people’s mental health, report says, October 11, 2023.
https://edition.cnn.com/2023/10/11/health/climate-change-youth-mental-health/index.html
3 五箇公一、『温暖化と生物の絶滅』、2015年5月
https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/19/19-1/qa_19-1-j.html
4 Siddhartha Mukherjee, The Gene, An Intimate History, (2016), pp334-336.
5 The World Bank, What You Need To Know About Food Security And Climate Change, OCTOBER 17, 2022.
https://www.worldbank.org/en/news/feature/2022/10/17/what-you-need-to-know-about-food-security-and-climate-change
6 日本経済新聞、沈むモルディブに水上都市 気候難民、始まった大移動
テクノ新世 国家サバイバル(5)、2023年12月22日。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1021Q0Q3A111C2000000/
7 Bloomberg, Indonesia to Restrict Ground Water Use to Halt Jakarta’s Sinking、November 13, 2023.
https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-11-13/indonesia-to-restrict-ground-water-use-to-halt-jakarta-s-sinking
8 UNICEF, Water and the global climate crisis: 10 things you should know, March 2, 2023.
https://www.unicef.org/stories/water-and-climate-change-10-things-you-should-know
9 国土交通省、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律、
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000055.html
10 NHK、バス路線 全国8600キロ余が廃止 要因の4割が“運転手不足”、2023年11月24日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231124/k10014267761000.html
11 東洋経済、地方移住で支援金「大盤振る舞い」のお寒い実態
都心回帰が鮮明、3年間の移住支援は結果伴わず、2023年1月23日。
https://toyokeizai.net/articles/-/645571?display=b
12 安田陽、カーボンバジェットと2030年までに急ぐべきこと、京都大学再生可能エネルギー経済学講座コラムNo.290、2022年1月27日
https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0290.html
13 https://www.bbc.com/news/science-environment-65557469
(言及されているレポートを作成した研究所Draxは英国の最大の電力会社であり、主力電源は石炭だった。)
14 https://www.crownestatescotland.com/news/scotwind-offshore-wind-leasing-delivers-major-boost-to-scotlands-net-zero-aspirations
15 https://www.offshorewindscotland.org.uk/the-offshore-wind-market-in-scotland/floating-wind-in-scotland/
16 https://www.gov.uk/government/publications/offshore-wind-sector-deal
17 https://assets.publishing.service.gov.uk/media/5d01f5e2e5274a3cfa8a501e/Offshore_Wind_sector_deal_web_optimised_Ja.pdf
18 https://www.gov.uk/government/publications/offshore-wind-net-zero-investment-roadmap
19 https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/05/988266ddecaebea5.html
20 Gimsby港の事例:
https://green-alliance.org.uk/wp-content/uploads/2021/11/Growing_the_UKs_coastal_economy.pdf
21 https://www.offshorewind.biz/2023/10/09/offshore-wind-supply-chain-could-boost-uk-economy-by-gbp-92-billion-before-2040/
22 https://www.renewableuk.com/news/615931/Polling-in-every-constituency-in-Britain-shows-strong-support-for-wind-farms-to-drive-down-bills.htm