Research Activities


久野秀二(ひさのしゅうじ)
  • 京都大学大学院経済学研究科 教授
  • 住所: 606-8501 京都市左京区吉田本町
  • Tel: 075-753-3451, Fax: 075-753-3492
  • Email:hisano@econ.kyoto-u.ac.jp

これまで助成を受けた研究プロジェクト

1996-1998年度: 農産物種子の生産流通構造の実態とバイオテクノロジー研究開発の動向(北海道農産物協会,研究代表者:北海道大学・三島徳三教授)

1996-1998年度: WTO体制移行下におけるアグロフードシステムと農政再編に関する国際比較研究(基盤研究(B)(1),研究代表者:京都大学・中野一新教授)

1997-1999年度: 価格政策再編下の農産物需給調整の方策に関する主要品目別研究(基盤研究(B)(1),研究代表者:北海道大学,三島徳三教授)

1998-1999年度: Private Corporations and the Future of East Asian Foodand Agricultural Systems (トヨタ財団,研究代表者:ワシントン州立大学・レイモンド・ジュソームJr準教授)

1999-2000年度: 農業バイオテクノロジーの研究普及体制と利害調整過程に関する政治経済学的研究(科学研究費補助金・奨励研究(A),研究体表者:久野秀二)

2001-2002年度: 大豆の生産・流通・消費構造とGMOの影響に関する国際比較研究(科学研究費補助金・奨励研究(A),研究代表者:久野秀二)

2002-2004年度: 農業科学技術の研究開発と普及プロセスにおける社会経済的影響要因に関する学際的研究Interdisciplinary Study of Socio-economic Factors Affecting the Processof R&D and Diffusion of Agricultural Science and Technology (日本学術振興会海外特別研究助成,研究代表者:久野秀二,ワーヘニンゲン大学社会科学部)

2005-2006年度:GMOリスク評価における倫理と政治経済(昭和シェル石油環境研究助成財団、一般研究:リスク評価と管理手法、研究代表者:久野秀二)

2006年度:農業バイオテクノロジーの学際的リスク評価における倫理的及び政治経済的視点の役割に関する研究(財団法人学術振興野村基金・国際交流派遣助成、研究代表者:久野秀二)

2007年度:Tailoring Biotechnologies 京都会議2007:農業開発に向けたバイオテクノロジーの再構築を考える(財団法人京都大学教育研究振興財団・学術研究活動推進助成、代表者:久野秀二)

2005-2007年度:農業市場の制度問題と分析モデルに関する統合的研究(科学研究費補助金・基盤研究(B)、研究代表者:岩手大学大学院連合農学研究科・玉真之介教授、研究分担=農産物市場と多国籍企業の制度問題)

2006-2008年度:バイオテクノロジー・ガバナンスにおける専門知の学際化に関する国際比較研究(科学研究費補助金・若手研究(A)、農学/農業経済学/国際農業&科学技術政策)

2010-2012年度:国連農業食料ガバナンスと多国籍企業行動規範に関する政治経済学的研究(科学研究費補助金・基盤研究(C)一般、研究代表者:久野秀二)

2011-2012年度:国連「食料への権利」論と多国籍企業規制の課題(村田学術振興財団・海外派遣、研究代表者:久野秀二)
         

1996-1998年度
農産物種子の生産流通構造の実態とバイオテクノロジー研究開発の動向
(北海道農産物協会,研究代表者:北海道大学・三島徳三教授)

報告書「はしがき」(1998年8月)より抜粋
 本研究は、農作物種苗の生産流通制度の歴史と実態を調査・分析し、わが国農業の発展に寄与してきた公的機関主導による育種および種苗生産流通の体制が、今日の農産物の生産流通の国際化・自由化、規制緩和・民営化、バイオテクノロジー利用といった環境変化のなかでどのように変化しつつあるのか、それがこれからの農業生産振興にとっていかなる意味を有するのかを明らかにすることを目的としている。
 わが国における農作物種苗の生産流通制度は、①国や都道府県の試験研究機関が品種改良を行い、主要農作物種子法や旧食管法などの関連法制度による諸規制のもとに種子を増殖・検査・普及する主要農作物(コメ、オオムギ、コムギ、ダイズ)と、②これには含まれないものの、国の機関が優良種苗の生産および配布を行っているバレイショ、サトウキビおよび茶樹、③民間事業者によって育種され、比較的自由に種苗を生産・流通することのできる野菜および花卉類、の三つに分類することができる。本研究では対象を①と②に限定し、以下の論点にしたがって考察を加えることとした。
 第一に、主要農作物種子法が1986年に改正され、コメ種子の生産流通分野でも民間事業者に参入の道が開かれることになった。さらに食管法が廃止され、95年から食糧法が施行されるに至った。その具体的経過および公的生産流通体制への影響が、ここでの検討課題となる。第二に、野菜種苗については、従来から民間事業者が生産流通を主導してきた。ここでは、種苗事業の機能的特徴を一般的に論じながら、それが本来有している公的性格と、民間企業主導の種苗事業の実態とを対比させながら、種苗事業における公的規制の必要性を明らかにすることが課題となる。第三に、いずれの分野においても、公的研究普及体制の後退と民間事業者の自由な参入の延長線上に、ひとにぎりの巨大多国籍アグリビジネスに席巻されている世界の種苗市場の動向をみないわけにはいかない。1970年代から80年代にかけて、農業生産における種苗の重要性が世界的に注目され、①新品種保護制度の整備が進むなかで、および②バイオテクノロジー研究開発の進展にともなって品種改良や種苗生産への応用が現実のものとなるなかで、異業種を含む巨大多国籍企業の参入が相次ぐことになった。この過程で、農作物種苗の生産流通制度が大きな変容を遂げるのではないかと予想された。事実、数々の合併・買収劇が業界誌を連日にぎわせてきた。現在、世界の種苗市場を主導しているのは、一国の、あるいは国際機関の水準をはるかに上まわる資金力と技術力を兼ね備えた多国籍企業である。日本の種苗市場はこれら多国籍企業の直接のターゲットには「まだ」されていない。だが、彼らの次なる標的にはコメが含まれている。欧米やアジア・中南米の主立った野菜種苗企業も次々と買収されている。現時点においては予測的なことしか言及できないが、考えられる可能性をもとに、日本の農業と食糧を守り発展させる観点から、将来の種苗事業のあり方を検討することは不可欠である。
 残念ながら、種苗事業に関する研究はこれまでほとんどなされてこなかった。その重要性を鑑みれば、きわめて奇異に感じられる。だが、実際に本研究に着手して痛感させられたのは、基本統計の未整備や業界の閉鎖性によって、十分な考察を進めるのがいかに難しいかということである。これをいいわけにはしたくないが、本研究はわが国の種苗事業の全体像と、分析視角の大枠を提示するにとどまっており、不十分な点のあることも否めない。忌憚ないご批判を頂ければ幸いである。
 なお、当初の研究計画では、公的機関主導から民間企業主導へと種子生産流通制度が転換してきた先行事例であるアメリカの種子事業の歴史と実態を比較検討する予定であった。知的所有権をめぐる問題、遺伝資源やバイオテクノロジーをめぐる問題についても独自に検討する必要性を感じていた。これら残された課題についても、ひきつづき取り組んでいく所存である。
学会報告:わが国における野菜種苗生産・流通の構造と展開
(日本農業市場学会秋季研究例会:大阪府立大学、1997.11.1)
論文:種苗事業の構造と機能に関する一考察--野菜種苗を中心にして--.
(農経論叢、54集:21-37頁、1998年3月)
学会報告:コメ種子市場におけるアグリビジネスの事業展開
(日本農業市場学会秋季研究例会:広島大学生物生産学部、1998.10.17)
論文:主要農作物種子制度下のコメ種子市場とアグリビジネスの事業展開.
(農経論叢、55集:73-85頁、1999年3月)
最終報告書:種苗事業の構造と展開―規制緩和・国際化・バイオテクノロジー―.
(北海道農産物協会発行、1998年10月)
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1996-1998年度
WTO体制移行下におけるアグロフードシステムと農政再編に関する国際比較研究
(基盤研究(B)(1),研究代表者:京都大学・中野一新教授)
「多国籍アグリビジネスのバイオ戦略と『農業者の利益』」を担当
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1997-1999年度
価格政策再編下の農産物需給調整の方策に関する主要品目別研究
(基盤研究(B)(1),研究代表者:北海道大学,三島徳三教授)
学会報告:国産大豆の需給動向と生消提携の新展開:大豆畑トラスト運動を事例に
(日本農業経済学会1999年度大会:酪農学園大学、1999.7.25)
「大豆の需給動向と国内生産の振興策」を担当
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1998-1999年度
Private Corporations and the Future of East Asian Food and Agricultural Systems
(トヨタ財団,研究代表者:ワシントン州立大学・レイモンド・ジュソームJr準教授)

Abstract
Trade in agri-food products has become increasingly competitive in Asia. This process has contributed to an increase in Direct Investments in Asian countries by firms based in Japan and elsewhere. This shift reflects the changing conditions of food production in that part of the world. The proposed research will analyze these shifting patterns of agri-food production in Asia by investigating what these changes mean for the 1) competitiveness of agri-food processing firms that invest in Asian countries, 2) sustainability of Asian foodways, and 3) environmental and socio economic sustainability of affected communities.

Background and Aims of the Research Project
The recent dynamic economic expansion of the East and Southeast Asian economies has been accompanied by a surge in agri-food trade in the region. Within this context, competition in agri-food production and trade also has grown. New food consumption patterns are evolving, including the expression of niche markets for a variety of exotic and ethnic foods, including those of local and foreign origin. The expansion of these specialty markets has encouraged widespread flexible production of agri-food products, frequently by non-local firms, that have responded to expanding opportunities for direct investment in Asian countries. However, although recent research has begun to document some of the trends in agri-food trade and investment in the region, the effects of these changes on 1) how agricultural commodites are produced in areas that are sites for foreign investments and, 2) local food consumption patterns, have not been investigated. These are key conceptual issues that require extensive empirical study. It concerns whether, and to what extent, internationalization of agri-food systems embodies global standardization, or a more subtle variation in the structure of local agricultures and social diets that incorporates regional and cultural influences along with international ones. The examination of these issues is the central goal of our project. A key aspect of this pattern of change is the role of Japanese and other Asian based firms in promoting new methods of agricultural production, food processing, and patterns of food consumption throughout the Asian region. Until recently, most Japanese agribusiness firms had only a modest interest in overseas investment, and most of the investments that were made were focused primarily on sourcing supplies of agricultural commodities for re-export to Japan. This began to change in the 1980s as Japanese food processing firms, buoyed by an increasingly powerful yen, liberalization of agri-food import restrictions, steady growth in domestic profits, and attracted by lower food and labor costs overseas, began to establish a strong presence in a variety of countries around the Pacific Rim. Clearly, the increased level of activity in Asian countries by Japanese firms will have wide ranging impacts on the lives of families who produce agricultural commodities, on local environments and culture, on local foodways, and on community structures. Our objective is to begin the process of empirically isolating these impacts. In particular, we hope to be able to test the hypothesis that Japanese and other Asian based agribusinesses are more willing to target culturally specific niche markets for food products, and promote the proudction of traditional agricultural commodities, than European or U.S. firms.
Preliminary Investigations into the Local Impacts of East Asian Agri-food Restructuring (Jussaume Jr.,R.A.*, Hisano,S., Kim,C.K., McMichael,P., Otsuka,S., Taniguchi,Y., Zhibin,L.:10th World Congress of Rural Sociology, Rio de Janeiro, Brazil, 1 August 2000) or toyota.pdf
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1999-2000年度
農業バイオテクノロジーの研究普及体制と利害調整過程に関する政治経済学的研究
(科学研究費補助金・奨励研究(A),研究体表者:久野秀二)

 バイオテクノロジーの農業利用にあたっては、それが世界の食料問題の解決と持続的農業の実現とに同時に貢献できる唯一の技術であるとする見解と、生態系や人体に否定的影響を及ぼすことによって、結局は多くの環境負荷をもたらしてきた「近代的農業」の延長線にすぎないものとする見解とが真っ向から対立している。いずれも一般的な可能性としては言いうることであるが、技術それ自体とその具体的適用のあり方とは区別して論じる必要がある。したがって問題は、考えられる否定的影響を制御しながら、いかに肯定的可能性を現実のものとするかである。科学技術は本来的に外部経済性と外部不経済性を有するため、その利用を市場原理だけに委ねた場合、多くの社会的費用や絶対的損失をもたらすことになる。したがって、科学技術を社会に役立てるためには公的管理がいかに機能するかが重要となる。バイオテクノロジーについていえば、研究開発過程と普及過程、そして安全性評価過程における公的機関のイニシアチブの問題である。申請者の問題意識は、バイオテクノロジーの農業利用と公的規制の可能性を展望することにある。今回申請する研究は、そのための不可欠の構成部分として、米国とブラジルに対象を絞った事例研究を行う。今回の研究を踏まえ、ひきつづき国際機関を舞台とした欧州諸国や途上諸国との間の利害調整過程に考察を加えることによって、グローバル化した現代社会における科学技術(バイオテクノロジー)と社会の関係についてインプリケーションを提示することが当面の目標となる。

 1999年度の研究成果は,科学技術の発達に対する社会的受容のあり方の問題を考察するため,農業バイオテクノロジーの開発推進論拠を詳細に検討し,その「便益(有用性)」と「リスク」をめぐる二つの極論-「①食料増産②持続的生産③農業者利益④消費者利益ゆえに開発は不可欠である」vs「生態系および健康に否定的影響を及ぼすから開発すべきではない」-の齟齬を克服するために,これまでの安全性論議で不足していた社会経済的視点を重視すべきことを明らかにした。その際,開発企業,科学者,政府機関等の開発推進サイド,消費者団体,環境保護団体等の反開発サイド,および便益とリスクの間で揺れ動く農業者団体や途上国,国連諸機関といった主要なアクターの見解を多様なソースから収集・整理し,次年度の海外調査の足がかりを掴むことができた。

 2000年度の課題は,農業バイオテクノロジーをめぐる国際情勢を,インターネット等を用いてフォローしながら,①米国農業者およびブラジル農業者の遺伝子組み換え作物に関する意識動向を,現地調査を含めて明らかにする。②国際機関とくに国際農業研究協議グループ(CGIAR)のバイオテクノロジー政策と研究開発動向の考察をつうじて,「便益」が途上国農業者に行き渡る可能性を探る,の2点を課題として掲げた。前者については,8月にブラジル・リオデジャネイロで開催された国際農村社会学会への出席を兼ね,現地調査を行うことができた。ブラジルは米国に次ぐ世界第二の大豆生産国であるが,米国やアルゼンチンが積極的に遺伝子組み換え大豆を導入しているのに対して,国内での栽培認可を凍結し,独自性を出している。これは,最大の輸出市場であるEU諸国での反対世論の高まりと,バイオ規制政策の強化を受けたものである。国内でも,一部の消費者団体や環境保護団体が活発に運動を展開しており,中高所得層の消費者への安全性論議の浸透は進んでいる。だが,とくに大豆の伝統的生産地域である南部では,主な担い手が中小家族経営であることも重なり,農民層への情報伝達がうまく進んでいない。南部諸州ではGMフリー宣言を発表し,EU諸国の大手流通業者へのアピールも行っているが,隣国のアルゼンチンから違法に遺伝子組み換え種子が流入しており,対策に苦慮している状況にある。ブラジルでは,農業技術の研究開発をEMBRAPAが,その普及と経営指導をEMATERがそれぞれ担当しているが,一方で遺伝子組み換え技術を開発している多国籍企業およびその関連会社も地域レベルで活発な宣伝・普及活動を行っているだけに,これらの政府機関の役割が注目されている。さらに,中央政府内部での見解の対立,司法と行政・議会との対立,中央政府と地方政府の対立,産業界と消費者の対立,大規模経営と中小家族経営の対立などの構図が露呈してきており,今後の利害調整過程に関与するアクターの分布図を描く手がかりを得ることができた。後者については取り組むことができなかった。それにかわって,OECDや国連機関等を舞台とした米国とEU諸国との間の利害調整過程を詳細にフォローし,分析することができた。
論文:遺伝子組み換え作物の社会経済的評価--開発推進論拠の批判的検討--.
(農経論叢,56集,1-26頁,2000年3月)
論文:遺伝子組み換え作物の開発推進論拠の批判的検討--「食料増産=飢餓克服」論とバイオテクノロジーの可能性--.
(日本の科学者,35巻5号,33-37頁,2000年5月)
コメント:農業・食料の立場からみた生命科学/座談会「生命科学の発展と人類の未来」.
(経済,No.66,2001年3月号:14-35頁)
学会報告:遺伝子組み換え食品の政治経済学. / 原稿
(学術会議農業経済学研究連絡会主催シンポジウム:愛媛大学,2001.4.1)
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2001-2002年度
大豆の生産・流通・消費構造とGMOの影響に関する国際比較研究
(科学研究費補助金・奨励研究(A),研究代表者:久野秀二)

研究の背景と目的
 申請者は一貫してバイオテクノロジーの農業利用をめぐる問題に,社会科学的見地から取り組んできた。これまでの研究では,主にアメリカ合衆国(以下,米国)におけるバイオテクノロジー政策の展開過程と産業利用の到達点について考察を加え,いくつかの論文としてまとめてきた。これらの研究を通じて,開発主体である多国籍企業,生産・流通主体である種苗企業,政策・規制主体である公的機関(政府および試験研究機関),そして需要者である農業生産者と消費者が,バイオテクノロジー関連市場における経済主体としてさまざまな利害関係のうちに行動していることを明らかにしてきた。さらに,1999年度と2000年度に,科学研究費補助金・奨励研究(A)の助成を受けて,「農業バイオテクノロジーの研究普及体制と利害調整過程に関する政治経済学的研究」に取り組むことができた。そこでは,これらの経済主体に途上国や国際諸機関を加え,農業バイオテクノロジーの便益とリスクをめぐる見解と方針のバリエーションを各種ソースから収集・整理することができた。補助金の一部を利用して,ブラジルにおける農業バイオテクノロジー政策の動向を,現地調査を含めて精査することもできた。これらの研究の成果は,すでに発表済みの論文や,執筆計画中の論文などに結実している。しかしながら,この大きなテーマに2年間という短い期間で十全に取り組むことは困難であり,個別作物や個別地域のレベルで実証的に論じるには至っていない。したがって,中長期的にはこの大テーマの解明に引き続き取り組みつつも,当面は関連した個別課題を深く掘り下げていく必要があると考え,科学研究費の交付を申請することにした。
 今回は,個別課題の一つとして,世界で作付けされている遺伝子組み換え作物(以下,GMO)の過半を占め,同時にわが国の農業・食料において重要な位置を占めている大豆に焦点を絞り,その生産・流通・消費構造の分析と,GMO問題がそれらに及ぼす影響について考察を加えた。対象地域としては,大豆生産およびGMO生産で圧倒的シェアを誇る米国がもっともふさわしい。ただし,米国における状況は各種メディアやインターネット,あるいは申請者自身の研究者ネットワークを通じて容易に入手することができる。そこで今回は,米国に加え,大豆生産・輸出量が米国に次いで世界第二位であるにもかかわらず,消費者運動の影響と司法の判断によって,連邦政府のGMO認可がペンディング状態にあるブラジルを,研究対象に含めることにした。
 わが国では,食料安保(自給率)確保の課題と水田作営農対策の課題とに関わって,大豆生産振興政策が始動している。少なくない加工企業や商社が,国産大豆の調達を図る一方で,海外から非GMO大豆や有機大豆の調達を試みている。ただし,大豆の大半は植物油脂やその副産物である大豆粕(飼料用)として利用されており,わが国のように基本食料として日常的に食されることは世界的には稀であるため,海外での調達は契約生産をベースになされている。これまでのところ,高品質大豆や有機大豆の調達に実績がある米国が中心であるが,ブラジルでも日系企業の動向が注目されており,高付加価値大豆に活路を見いだそうとする中小家族農家もこれに応じる動きをみせている。他方,欧州諸国でも日本でも,植物油脂や家畜飼料に関するGMO表示の行方がいまだ不透明であるが,その動向は主要生産国におけるGMO大豆生産の成否に決定的な影響を及ぼすと考えられる。そこで本研究では,主要生産国(米国,ブラジル)における大豆生産・流通構造とGMO政策の現状,および主要消費国(日本,欧州)における大豆流通・消費構造とGMO政策の現状を複合的に考察しながら,今後の展開方向について政策的インプリケーションを提示することを課題とした。
 小麦やトウモロコシと並ぶ国際商品である大豆の研究においては,生産から消費に至る商品連鎖を国際的な視点から分析することが不可欠である。 情報が広く流通している米国の状況に言及した論文や文献は多数存在するが,南米(ブラジル)と欧州諸国を視野に入れた研究はきわめて少ない。本研究ではさらに,たんなる商品連鎖をシステム論的に 分析するのではなく,①農業という独自のフィールド,②多国籍企業という農業とは異質の経済主体,③政策形成や公的規制,消費者運動という既存の市場理論では包摂しきれない政治的上部構造の問題, 等々を包括的に論じながら商品連鎖を解明する点で,既存研究にない特色を有している。そのため,本研究では,わが国で近年ようやく注目されるようになったアグリビジネス研究,農業社会学研究, 国際政治経済学研究等を接合することによって,新しい理論装置を提示することをも指向した。

2001年度の成果
 遺伝子組換え作物の急速な商品化を受けて,大豆の主要生産・輸出国である米国,ブラジル,アルゼンチンの実態を把握するための文献調査ならびにブラジル・アルゼンチンの現地調査を行うとともに,主要輸入・消費国である欧州諸国と日本の消費者世論と食品安全規制の動向を調査した。 コーデックス委員会や生物多様性条約バイオセイフティ議定書,OECDなどの国際交渉の場では,徐々に産業界と米国やアルゼンチン等のGMO生産・輸出国の意向が反映しづらくなり,EU諸国を中心とした規制強化の方向に政策調整がシフトしてきている。そうした中で,ブラジルでは今なおGMOの栽培認可がペンディングされており,主にEU諸国向けに非GM大豆の生産基地としての地位を確立しつつあるが,隣国であるアルゼンチンやウルグアイからGM大豆種子が不法に流入し栽培されている実態も報告されている。とくに中小家族経営が集中する南部国境諸州では,反GMO政策をとる州政府や農業普及機関,環境NGO等の活動が活発であるだけに,農業生産者は難しい選択を迫られている。現地調査を行った最南端のリオグランデドスル州では,農業普及機関(EMATER)はGM大豆か非GM大豆かという選択にとどまるのではなく,有機農業を含む環境保全型農業やローカルマーケットへの志向を強め,いずれにせよ競争が激化して中小家族経営に不利な大豆のバルク生産・バルク流通から脱却するよう,農家への普及活動を進めている点が注目される。 なお,アルゼンチンは米国以上にGMOが急速に普及しているが,とくにブラジルとのスタンスの違いについては,アルゼンチンの大豆生産の主要な担い手が中小家族経営ではなく,大規模商業的農業経営である点,ブラジルと比べてNGOやオルタナティブ農業の活動が脆弱である点に求めることができる。
論文:Soybean Production and GMO Issue in Brazil.
(Simone Mattar Altoe, et al.: The Review of Agricultural Economics, No.57, pp.135-155, March 2001)
研究会報告:ブラジル南部における大豆生産実態調査について
(農林水産政策研究所GMOプロジェクト研究会,2002.1.23)
学会報告:Brazilian Farmers at a Crossroad: Biotech Industrialization ofAgriculture, or New Alternatives for Small Family Farmers?
(Hisano,S.* and S.M.Altoe: 3rd International Congress of European Latinamericanists, Amsterdam, 3-6 July 2002)
学会報告:Beyond the GMO Discourse: Reformation of Institutional Scienceand Technology in Southern Brazil..Part1, Part2
(Hisano, S.* and S.M.Altoe: IDS Conference 'Science and Citizenship in a Global Context', Susses:UK, 12-13 December 2002)
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農業科学技術の研究開発と普及プロセスにおける社会経済的影響要因に関する学際的研究
Interdisciplinary Study of Socio-economic Factors Affecting the Process of R&D and Diffusion of Agricultural Science and Technology
(日本学術振興会海外特別研究員制度,オランダ王国・ワーヘニンゲン大学社会科学部に客員研究員として赴任)

研究課題設定の背景にある問題意識
 研究課題「農業科学技術の研究開発と普及プロセスにおける社会経済的影響要因に関する学際的研究」を設定するに至った問題意識は2点ある。 第1に,社会経済的研究の必要である。ここで農業科学技術とは,主にバイオサイエンスとバイオテクノロジーであり,より具体的には遺伝子組み換え技術である。周知のように,遺伝子組み換え技術の農業・食料分野への適用をめぐっては,国内外で政治的交渉事項に発展するまでに議論が過熱している。一般に,食品としての安全性,開放系利用にともなう自然生態系への影響,そして生命操作の倫理的問題性が争点としてとりあげられている。とくにわが国では,農業生産者・消費者等の「受益者」のみならず,アカデミズムの研究者も含め,国民的な議論と慎重な評価・検討が十分になされないうちに一気に商品化の波に直面したという事情もあって,関心と議論は技術的安全性の問題に終始してきたきらいがある。しかし,遺伝子組み換え技術をはじめ,新しい科学技術の研究開発と実際的利用は,社会経済的文脈なり政治的文脈と切り離してはありえない。とくに近年,競争的環境が激化し研究期間の短期化と外部資金への依存を余儀なくされるなかで,技術研究者は各国政府の科学政策や資金提供者である外部企業などの意向を強く反映せざるをえなくなっている。ほかに代替策や代替技術が存在するにもかかわらず特定技術が選択される背景に,経済的利害関係が介在する場合が少なくない。そのため,同じ基礎研究段階から出発しながらも,応用研究,開発研究,適用技術へと段階を経るごとに別物に変容する可能性がある。また,同じ研究開発プロセスを経た科学技術であっても,実際の適用条件によって,それがもたらす社会経済的影響は大きく異なったものとなる。他方,農業生産者や消費者を「実需者」とカッコ付きで表現したように,当該技術によって全経済主体が公平・公正に便益を受けることは実際上ありえず,過去の農業科学技術がそうであったように,階層間格差や地域間格差による制約,あるいはそれらの格差をさらに助長するような作用が予想される。つまり,科学技術は所与のものとして実用化され,社会のなかで機能しているわけではない。農業科学技術とそれが実際に適用される農業・食料生産をとりまく社会経済的制度環境,農業・食料システムの構造と再編などへの視点が重要となる。科学技術の評価は,技術的な安全性のみならず,社会経済的,政治経済的な文脈においてもなされなければならず,したがって社会科学研究者による当該問題の体系的な考察が不可欠となっている。 第2に,学際的研究の必要である。それは2つの次元においていえる。(1) 上記のことから明らかなように,社会科学と自然科学との共同と総合が不可欠である。社会経済的な条件と影響を顧みない科学技術研究と同様,科学技術の知見を顧みない社会経済的研究も一面性を免れえない。さらに,社会科学も自然科学もともに多様なアプローチを内包する。社会科学には経済学,社会学,政治学,法学,倫理学など相互に交流可能な学問領域がある。一見すると遺伝子組み換え技術に同じ態度で望んでいるように思われる自然科学にも,分子生物学,遺伝学,作物学,昆虫学,生態学,栄養学など多様な関連領域があり,実際に技術評価の手法も姿勢も結論も多様である。これらの専門領域による総合的な科学技術評価が求められている。(2) 申請者が属する経済学における研究には,主に近代経済学のカテゴリーによる計量経済学的な研究と,政治経済学のカテゴリーによる構造分析的な研究とがある。政策判断に不可欠なリスク便益分析を遂行するためには,前者のアプローチが有効になると考えられる。だが,当該技術をとりまく全体像が不鮮明な状況下で,しかもリスク自体が不確実性をともなっている状況下で,その定量化(費用化)を図ることはそもそも困難であり,いかなる結果が算出されようとその一面性は免れえない。また,リスクも便益もともに,それがどのような経済主体にとってのどのような性格(量的にも質的にも)のものであるかを判断すること自体がシビアな論争テーマとなる。言い換えれば,社会経済的階層性を与件として片づけるのではなく,それ自体を研究対象に据えるためにも,政治経済学的なアプローチによる構造的・動態的な分析が不可欠となる。十全な社会経済的評価を遂行するためにも,両アプローチの共同と総合が求められている。


派遣先における研究計画
 以上の問題意識にもとづき,申請者はこれまでにいくつかの研究成果を残してきた。だが,国内には集団的・体系的に当該研究をするための環境が圧倒的に不足しており,農業社会学や科学技術社会学を専門とする他大学・他機関研究者との個人的ネットワークによって,かろうじてその不足を補うといった状況にある。こうした限られた数の研究者が,実際に遺伝子組み換え技術の影響評価に関わるようなしくみは確立していない。これに対し,欧米諸国では政府の審議会や専門家会合,議会の公聴会,科学アカデミーの検討チームなどに,倫理学や社会学,経済学の研究者が参加するケースが少なくない。場合によっては,NGO等に所属する在野の研究者の参加が保障されることもある。こうした学際的な研究プロジェクトが実現しうる背景に,社会科学諸領域による科学技術評価が体系的な学問として,方法論的にも制度的にも確立し,数々の実績を上げてきたという事情がある。例えば,欧州諸国には学際的アプローチによる科学技術評価を行うためのセクションを備えた大学が少なくなく,オランダのワーへニンゲン大学(Technology and Agrarian Development Group,略称TAO)や英国のエセックス大学(Centrefor Environment and Society)が それに該当する。ワーへニンゲン大学のTAOは,バイオサイエンスとバイオテクノロジーを柱に「農業と科学と技術の社会的統合のあり方」について,関連領域の自然科学者と社会科学者が共同で研究を行っているセクションである。この中心テーマに接近するために,例えば,利害関係者による研究開発プロセスへの参加および技術と資源の管理のあり方,公的セクターと民間セクターの農業技術研究開発への関与のあり方などを研究している。また,これらをたんに理論的に探究するだけでなく,①同じ学部の農村開発社会学部門の成果も踏まえながら,つねに世界各地の農業実態を具体的にイメージし,技術普及のあり方もあわせて検討している点,および②研究開発と普及の参加型プロセスを実践するために,数々のセミナーやシンポジウムを企画し,その組織と運営にも携わっている点が特徴的である。
 このような研究環境下にあって,申請者は冒頭の研究課題に接近するために,以下の研究計画を立てることにする。(1)上記問題意識にもとづき,遺伝子組み換え技術の 社会経済的評価をめぐる世界水準の研究動向をサーヴェイし,理論的豊富化(精緻化)を図る。具体的には,文献研究のみならず,研究会や教育プログラムに積極的に参加することを通して,TAOの社会科学スタッフがフォローしている農業社会学,科学技術社会学の研究成果を吸収するとともに,申請者が有している政治経済学的アプローチをその成果と相互交流させることによって,社会科学の総合による農業科学技術の評価手法を確立するための手がかりを得る。(2) 学際的アプローチを研究面と教育面で実践しているTAOのプログラム,および欧州各地(とくに英国)で実践されている同様の教育・研究プログラムを調査・検討し,その制度条件と到達点を整理する。具体的には,プログラム設置に至った経緯と運用実態,運営主体による自己評価,学生・院生による評価と彼らの卒業後の進路などをフォローする。さらに当該研究領域におけるセミナーやシンポジウムの企画・運営に実際に携わることによって,日本に適用する場合に必要となるノウハウを吸収する。これらの成果は派遣期間中,ないし帰国後に日本語にて積極的に発表し,国内における学際的プログラムの確立と発展に役立てる。


1. 学際的科学技術評価のための研究・教育活動への参加
(1) Introduction Agro-ecological Technology Studies (修士院生Management of Agro-ecological Knowledge and Social Change向け,TAO,Departmentof Social Sciences, September-October 2002, Wageningen University)
* キーワードは,interaction of technology and society, the role of (differenttypes of) expertise, etc.
* Introduction to the field: major concepts and themes
* Bringing in the agrarian question
* Institutions, Science and Technology
* Tailor-made Biotechnologies
* Regulation and global institutions
* Expertise and experience
(2) Critical Reflection on Science/Technology, Values and Sustainability (PhD院生向け,Mansholt Graduate School of Social Sciences, October 29-December3, 2002, Wageningen University)
* 哲学・倫理学における Science and Technology Study
* 主要テキストは,Philip Kitcher, Science, Truth, and Democracy, Oxford UP, 2001.
* 参加者6名中,3名は自然科学分野から
* 担当教授は,Prof.dr. Michiel Korthals, Applied Philosophy, WageningenUniversity
(3) IDS Conference "Science and Citizenship in a Global Context: Challenges from New Technologies" (12-13 December 2002, Sussex:UK)
* Sussex大学Institute of Development Studies (IDS) 主催による Science andTechnology Study と Development Study との対話を目的としたカンファレンス
* Dealing with risk and uncertainty
* Science, expertise and regulation
* Constructing social solidarities
* Global connections
* Approaches to citizen participation
* Comparative reflections
(4) "Who twists the helix?: A trans-disciplinary exploration of the powers that could decide our genetic futures" (the 50th anniversary of the DNA double-helix, March 17-19, 2003, CambridgeUniversity)
* experts と 10数名のcitizen jury との共同作業的カンファレンス
* 生物学,遺伝学,公衆衛生,社会学,教育学等々の多様な分野から研究者・NGOが集まり,以下のテーマで議論。最後にcitizen jury から「見解(評決verdict)」が発表された。
* 1953 to 2003: What can we learn from the first fifty years of DNA
* Genes And Us: What questions do geneticists ask? How useful are the answers?
* Finding the facts / Twisting the truth : Who should tell us what to believe?
* DNA plc: What should be the role of business in making our common future?
* Genes in Society/Nature: What response to geneticisation?
* Our unequal planet: Can genetics feed the world rather than make things worse?
* Genetics, Global Health and Big Business
* Citizens, Consumers & DNA
(5) Technology, Social Choice, and Development (学部学生International Development Studies および修士院生Management ofAgro-ecological Knowledge and Social Change向けコース, March-April 2003,Wageningen University)
* 研究プロジェクトパートナーのKees Jansenが講師
* New technologies can provoke heated discussions. The societal concerns about pesticide and biotechnology are two typical examples. This course will explore the idea that technology paths are an outcome of social choices instead of individual choices or autonomous scientific work. How are technology development, transfer, and use, as social activities, interwoven with the social organization and practices of teams, firms, policy platforms, laboratories, social movements, farmer communities, and so on? The subject matter of this course is how social organization regulates technology development and use, and, conversely, how institutional change may be a response to new technologies. The course examines the usefulness of the concept 'social choice' for understanding the links between society, technology, and inequality and underdevelopment.
* コースの構成は,リーダーを前提とした講義+学生による文献サマリー(プレゼン)+ディスカッション,および実践課題として農薬規制をテーマにしたグループ・インタビュー+コーディング。
(6) Innovation & Integration in Biotechnology (Biannual Platform Meetingof Netherlands Biotechnological Society (NBV), April 15, 2003, Wageningen)
*午後の並行セッションの一つ "The biotechnology debate is dead, longlive the genomics debate!" (NBV working group on Societal Aspectsof Biotechnology 主催) という挑戦的な企画に参加。学会,産業界,倫理・社会学,市民団体から,バイオテクノロジー論議の現状・問題点と今後のあり方について報告。
(7) Challenges and Risks of GMOs: What risk analysis is appropriate? (Amsterdam Maastricht Summer University, supported by the OECD Co-operativeResearch Programme on Biological Resource Management for Sustainable AgriculturalSystems, July 16-18, 2003, Maastricht: European Institute of Public Administration)
* The Concept of Risk Analysis
* The Multinational Dimension: Existing Legal Framework (relevant WTO-frameworkand interface with other multilateral agreement)
* Risk Analsis in Different Countries (relevant EU legislations for environmentalprotection and food safety; the role of new European Food Safety Authority;IPR regime in the EU; The USA; Japan; perspectives and problems for developingcountries)
* Lessons Learned and Remaining Challenges
* The Various Stakeholders' Positions (organic agriculture; processingsector; mainstream EU farm sector; mainstream US farm sector; consumers'organisation; media)
* The Integration of the Various Stakeholders' Positions: General Discussion
* 20ヵ国以上から講師含め50名以上,バイテク研究者,政策担当者,弁護士,企業関係者から社会科学者,農業団体・消費者団体に至るまで,幅広い専門分野の参加者が活発な議論を通じて,リスクアセスメント・リスクマネジメント・リスクコミュニケーションのあり方について認識を深めた。科学と社会,リスクアセスメントとそれ以外とを二分した上で,それぞれの問題を別個に論じる傾向があった点は,後援者OECDや講師選択にともなう制約か。-->事後報告書のために提出したコメント
(8) Technology and Risk: Public Perception and Social Assessment (OsloSummer School in Comparative Social Science Studies, August 4-8, 2003,Oslo: University of Oslo)

     * 講師急病のため,キャンセル
(9) Towards Efficient Risk Analysis: Development so far and remaining challenges(EIPA Seminar on the European Food Safety Authority, October 20-21, Maastricht:European Institute of Public Administration)
* 2002年に発足した欧州食品安全庁(EFSA)の機能と役割,リスク・アセスメント,リスク・マネジメント,リスク・コミュニケーションの役割分担などをめぐって,欧州委員会,加盟国関連機関等から行政担当者や専門委員らが報告・議論を行った。
* ひとことで表現すれば,EUの食品安全行政は日本や米国のかなり先を進んではいるものの,まだまだ調整課題は山積みの様子。欧州レベルでハーモナイズできていないものを,国際レベルで合意形成を図ることは至難の業と言えようか。
(10) Precaution and Progress: Lessons from the UK GM Crops Dialogue (InnogenCentre Annual Conference, November 13, 2003, Edinburgh)
* Innogen Centre とは,英国経済社会研究機関(Economics and Social Research Council,英国の社会科学版,学術振興会に該当?)の財政補助によって2002年度から発足したゲノミクスの社会経済的側面に関する大規模プロジェクトの一つ。エジンバラ大学とオープン大学が拠点。ほかに,ランカスター大学とカーディフ大学を拠点とするCesagen,エクセター大学を拠点とするEgenisがある。
* 英国ではGMO商品化の政策決定に際して,全国規模の市民参加型討論,世界最大規模の圃場試験(環境影響)科学委員会による安全審査経済的影響評価などが並行して取り組まれてきた。今年の夏以降,それらの最終報告が相次いで発表され,世界中から注目されている。
* このシンポジウムは,スコットランド政府の後援を受けて実現したもので,分野別に取り組まれてきたGMO評価を横断的に経験交流し,認識を深めようとするもの。
* 英国の最大の特徴は,当該問題に関する政府諮問機関であるAgriculture and Environment Biotechnology Commissionに,消費者や生産者,NGOを含む広範な利害代表者が含まれているだけでなく,通常は限られた専門家に占められる科学委員会にも,アグロエコロジーの著名な研究者,リスク社会学分野の著名な研究者が名前を連ねていること。まだまだ不十分ながらも,これだけ学際的な影響評価を全国規模で実施しえたのも,こうした「多様な専門性」を踏まえてのこと。
(11) Food Law(修士院生Food Safety専攻向けのコース, November-Devember 2003, WageningenUniversity)
* Prof. Bernd van der Meulen, Chairgroup of Law and Governance
* 1) The briefest of introduction to law; 2) Food law: development, crisis,and transition; 3) General Food Law; 4) Consumer information: labellingand claims; 5) Food production; 6) Food safety and product liability; 7)Global level of food law; 8) Intellectual property rights; 9) Novel foodregulation; 10) Enforcement
(12) Investigating Knowledge (修士院生International Development, Communication,Technology and Policy -track専攻向けのコース, January-February 2004, WageningenUniversity)
* Dr. Guido Ruivenkamp (Chairgroup of Technology and Agrarian Development),Dr. Noelle Aarts (Chairgroup of Communication and Innovation Studies),Prof. Bernd van der Meulen and Dr. Dik Roth (Chairgroup of Law and Governance)
* Part One: Knowledge and Interaction (Setting the scene; Researching commoditisationof knowledge and changing dynamics in agricultural knowledge networks;Knowledge and interests; Misunderstanding science?)
* Part Two: Changing the Script of Biotechnology (Agro-industrial biotechnologyand its script; Technological hegemony: biotechnology as reflecting andimposing specific relations of power; From politicising to emancipatingproducts: reconstruction of agroindustrial biotechnology into tailor-madebiotechnologies; Democratising biotechnology: a discussion on the program,tailor-made biotechnologies for endogenous developments)
* Part Three: Investigating Knowledge and Law: A confrontation betweenlaw on knowledge and knowledge of law (IPR and legal positivism; The natureof law and patents on genes; Sociology of law; Regulation of GMOs)
(13) European Course on Biotechnology Ethics (Organised by Bio-T-Ethics, which is funded and managed by EC Quality of Life Programme, The EuropeanAssociation for Higher Education in Biotechnology, and University of Genova,20-27 March, Genoa, Italy)
* This course is aimed at Ph.D. students/young researchers of Life Sciencesand Ethics. It fulfils the interdisciplinary requirements for the EuropeanDoctorate in biotechnology. It is designed to provide, through a case-basedapproach, an interactive, interdisciplinary forum of discussion, coveringthe themes of ethical theory and practice, European law on biotechnology,risk and risk perception, social factors in technological development andtechnological practice and politics.
* Bio-T-Ethics is EC-funded and consists of 13 institutes and researchcentres from 10 different European countries. This course will be facilitatedby internationally recognized academics including Wybe Bijker, Franco Celada,Louis-Marie Houdebine, Matthias Kaiser, Julian Kinderlerer, Alex Quintanilha,Carlos Romeo-Casabona, Ray Spier, Ruud Ter Meulen and Jurgen Simon.
(14) TAO/SG Seminars on Governing Biotechnology: Global-National Interactions, March - June 2004, Wageningen University
* This seminar series is organised by TAO group, in which I'm working onmy research projects now in Wageningen, in cooperation with Studium Generale.Kees Jansen, a lecturer of TAO, is a leader of the organising group, supportedby Aarti Guputa (TAO), Shuji Hisano (TAO), and Wiebe Aans (SG). An announcementtext is reading as follows:
* The emergence of biotechnology complicates the 'development question'ever more, with new images of hope and fear multiplying all over the globe.Biotechnology has led to renegotiations over the boundaries between scienceand society, between democracy/participation and research agenda setting,between the public and the private, between experts and lay people, andbetween interantional organisations and national goverments. This seminarseries explores the problem of governance of biotechnology from an internationalperspective. It particularly explores the development of global modelsof biotechnology regulation and their transmittal to and translation orreversal in developing countries. Many biotechnologists have already startedto debate issues of ethics. It is time to expand this debate with socialscience prespectives on international governance, politics, and the socialshaping of science. A key issus is whether and how emerging biotechnologygovernance principles and norms can reproduce or contest existing powerrelations and forms of control, both globally and nationally.
* http://www.sls.wau.nl/tad/events/seminars/19AnnouncementBioTalk.pdf
(15) One Day Seminar "Science, Risk and New Possibilities for Development"14 May, Wageningen
* This seminar is organised by CERES (Research School for Resource Studiesfor Development, located at Rural Development Sociology Group of WageningenUniversity) in co-operation with Economic Research Council of the UK.
* This seminar is also organised as a IPAR (Integrated Planning AgainstRisk) seminar series, of which the Centre for Development Studies, Universityof Wales Swansea is in charge.
* Contents are as follows: i) "Farmers' uncertainties in climaticallyvariable environments" (Prof. Herman van Keulen, Plant Research International,WUR), Genomics and Rural Livelihoods (Dr. Bart Gremmen, Applied PhilosophyGroup, WUR); ii) "Is possible for local farmers to gain ownershipover the 'new' genomics scientific and technical knowledge?" (Dr.Niels P Louwaars, The Netherlands Centre for Genetic Resources, WUR), "NoTitle" (Prof. Tiny van Boekel, Production Design and Quality management,WUR), "Between Prescriptive Codes and Social Construction" (DrGuido Ruivenkamp, TAO, WUR); iii) "The Right of the Poor to GenomicInformation" (Paul Richards, TAO, WUR), "Why Hightly HazardousPesticides are not Banned" (Kees Jansen, TAO, WUR); iv) "MadFarmers, Rational Scientists? NAFTA, Transgenics and the Revalorizationof Maize Landraces in Mexico" (Dr Gerard Verschoor, Rural DevelopmentSociology, WUR), "A Clash of Beliefs: The constructions of risks amongfishermen and biologists in Jalisco, Mexico" (Humberto Becerra, PhDstudent, WUR)
(16) IAC Training Programme on Sustainable Agricultural Development 2004:Tailor-made Biotechnologies for Endogenous Developments (May 24 - June4, Wageningen UR International Agricultural Centre)
* This course is organised by Guido Ruivenkamp, a senior lecturer of TAO,in which I'm working on my research projects now in Wageningen. Guido iscoordinating several projects such as Tailor-made Biotechnologies NetworkProject" and "Tailoring of Genomics". If you are interestedin these projects, please visit the following website: http://www.tailormadebiotechnologies.net
(17) Parallel sessions 'Genomics for the poor -- Genomics between prescriptive code and social construction: An analysis of the constraints and possibilities for social choices in genomics for developing countries', Parallel sessions of Genomics Momentum (Genomics for our world), 30 August - 1 September, Rotterdam
* The sessions are organised by Dr Guido Ruivenkamp, TAO at WageningenUR
* The provisional subjects of the sessions are as follows: Session 1) Lessonslearnt in tailoring biotechnologies to the needs of the resource poor;Session 2) The quest for inclusive approaches within genomics research;Session 3) Case studies genomics for southern crops breeding; Session 4)Responses from the South and new perspectives for re-charting genomics
* Provisional speakers include: Dr G Pakki Reddy (APNLBP, India), Dr SG Hughes (Egenis, Exeter University, UK), Dr A Feenberg (Simon Fraser University,Canada), some researchers from EMBRAPA (Brazil), CAMBIA (Australia), etc.
(18) EurSafe 2004: Science Ethics and Society, 5th Congress of the EuropeanSociety for Agricultural and Food Ethics, September 2-4, Katholieke Universiteit Leuven, Belgium
* The scientific programme is divided into 4 parts: Part 1) Ethics as adimension of animal production and consumption; Part 2) Ethics and sustainablity:food production, environmental policies and future generations; Part 3)Ethics, world food security and development; Paret 4) Ethics and the biobasedeconomy of the 21st century: agriculture expanding into health, energy,chemicals and materials

2. 欧州諸国における農業バイオテクノロジーをめぐるSTS的諸活動・諸政策の動向
(1) 欧州委員会等の政策をめぐる会合への参加
  • EC International Conference "Towards Sustainable Agriculture for Developing Countries: Options from Life Sciences and Biotechnologies" 30-31 January 2003, Brussels (European Commission) homepage
  • The Greens/European Free Alliance, Friends of the Earth, EURO Coop, The Heinrich Boll Foundation "GMOs: Co-existence or Contamination?" 28 May 2003, Brussels (European Parliament) homepage
  • Challenges and Risks of GMOs: What risk analysis is appropriate? (Amsterdam Maastricht Summer University, supported by the OECD Co-operative Research Programme on Biological Resource Management for Sustainable Agricultural Systems, July 16-18, 2003, Maastricht: European Institute of Public Administration) 上述 homepage --> 事後報告書のために提出したコメント
    • OECD (2004) Challenges and Risks of Genetically Engineered Organisms, OECD Biological Resource Management in Agriculture: Paris.
  • Towards Efficient Risk Analysis: Development so far and remaining challenges (EIPA Seminar on the European Food Safety Authority, October 20-21, Maastricht: European Institute of Public Administration) 上述 homepage
  • Precaution and Progress: Lessons from the UK GM Crops Dialogue (Innogen Centre Annual Conference, November 13, 2003, Edinburgh) 上述 案内 
  • European Course on Biotechnology Ethics (Organised by Bio-T-Ethics, which is funded and managed by EC Quality of Life Programme, The European Association for Higher Education in Biotechnology, and University of Genova) 上述 homepage
(2) 文献サーヴェイ
(3) 当該問題に詳しいオランダおよび英国の研究者へのヒアリング

3. The role of OECD and its expertise networks on the international harmonisation processes of biotechnology regulation
Recent developments in biotechnology have underscored the importance ofinternational expertise networks in shaping biosafety regulation. Theseexpertise networks generate consensual knowledge, change policy agendas,and standardise and harmonise regulatory models, which in turn necessarilyaffect the national or regional regulatory policies. These networks havebeen organised in a variety of international organisations, such as theCodex Alimentarius Commission (FAO/WHO), the Cartagena Protocol on Biosafety(CBD/UNEP), etc. We also need to pay attention to the leading role of OECDactivities over two decades, though its functions are different from thoseof the UN organisations. Since 1982, OECD has undertaken work on biotechnologyregulation through organising expert groups. Among several prominent outcomes,the concepts of "substantial equivalence" and "familiarity"are the most important and influential as a de facto standard in the internationalharmonisation processes. Especially since 1999, when a backlash againstGMOs got increased throughout the world, the priority of OECD's activityon biotechnology has turned to promoting dialogues with non-member countriesas well as civil society. Based on the line of this thought, several internationalconferences have been organised.The objective of this paper is to reveal:historical overviews of OECD activities on biotechnology; how pertinentexpertise networks have been organised; and what kinds of discourses havebeen carried out by the expert groups and how disseminated to other partsof international communities. This paper is also given the role of a preliminarystudy, supposed to be followed by some in-depth interviews with key actorsinvolved to grasp the dynamics in these processes.
Shuji Hisano, "OECD Models for Biotechnology Regulation and BusinessInterests" pdf 
(TAO/SG BioTalk Seminar Series #2, Wageningen University and Research Centre: NL, April 20, 2004)
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2005~2006年度
GMOリスク評価における倫理と政治経済
(昭和シェル石油環境研究助成財団、一般研究:リスク評価と管理手法)

遺伝子組換え作物・食品(GMO)のリスク分析にあたって、専ら科学技術的側面から安全性を評価するリスク評価と、専ら行政的側面から安全性を担保するリスク管理がそれぞれ追求されてきた。最近は消費者・市民の理解と受容のためのリスクコミュニケーションが重視されている。だが、GMOは生態系的・社会経済的な構造と動態にも深く関わっている。したがって、当該技術の是非は、リスク分析の川下段階でコミュニケーションを図ることによってだけでなく、幅広い利害関係者の参画や社会科学者を含む学際的な専門性の参集によって、リスク評価段階や研究開発段階から積極的に論じられる必要がある。学際的アプローチは科学者・専門家の倫理的省察を喚起するが、GMOを中立的な科学技術的成果物としてではなく一つの政治経済財と捉える立場から、倫理を抽象的な行動規範に矮小化することの限界も明らかとなる。この課題に先進的に取り組んでいる欧州諸国の事例から、その到達点と課題を明らかにし、わが国におけるGMOリスク分析への示唆を得ることが本研究の目的である。
実施インタビュー
  • Dr. Tom MacMillan, Food Ethics Council, Brighton, UK (2005.12.14)
  • Prof. Julian Kinderlere and Dr. Mike Adcock, Sheffield Institute of Biotechnological Law and Ethics, University of Sheffield, UK (2005.12.16)
  • Prof. Michiel Korthals and Dr. Henk van den Belt, Applied Philosophy Group, Wageningen University, The Netherlands (2005.12.19)
  • Dr. Marianne van Dorp, Wageningen International WUR, The Netherlands (2005.12.19)
  • Prof. Guido Ruivenkamp, Institute for Innovation and Transdisciplinary Research, Free University of Amsterdam / Centre for Tailormade Biotechnologies and Genomics, Wageningen University, The Netherlands (2005.12.20 / 2006.6.27)
  • Prof. Frans Brom, Ethics Institute, Utrecht University, The Netherlands (2006.6.23)
  • Dr. Linda Fulponi, Directorate for Food, Agriculture and Fisheries, OECD (2006.6.24)
  • Prof. Joyce Tait and Dr. Catherine Lyall, ESRC Innogen Centre, University of Edinburgh, UK (2006.6.28)
  • Dr. Aarti Gupta-Biermann, Environmental Policy Group, Wageningen University, The Netherlands (2006.6.29)

参加ワークショップ・カンファレンス
  • Workshop Pro-poor Biotechnologies, AIDEnvironment, Amsterdam, The Netherlands(2006.6.21)
  • EurSafe (European Society for Agricultural and Food Ethics) 2006 - Ethicsand the Politics of Food, Oslo, Norway (2006.6.22-24)
  • CERES Summer School 2006 - Technocracy@Development, Wageningen, The Netherlands (2006.6.26-27)

研究成果
  • 研究成果報告書 (2007年3月)
  • Ethicisation of Biotechnology Research, Politicisation of Biotechnology Ethics (Hisano S.: 1st International Conference of Tailoring Biotechnologies: Reconstructing Agro-biotechnologies for Development?, Kyoto: Japan, 3-5 November 2007)
  • Actuality and Potentiality of Ethical Reflections for Reconstruction of Technology (Hisano S.: 5th CSG and ERSC Conference Genomics and Society, Amsterdam: NL, 17-18 April 2008)
  • 遺伝子組換え作物をめぐる科学技術と社会 (日本の科学者、41巻12号/通巻467号: 22-27、2006年12月)
  • 遺伝子組換え技術はどこへ向かうか (農業と経済、73巻14号: 5-19、2007年12月)
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2006年度
農業バイオテクノロジーの学際的リスク評価における倫理的及び政治経済的視点の役割に関する研究
(財団法人学術振興野村基金・国際交流派遣助成)

研究目的は、「GMOリスク評価における倫理と政治経済」(昭和シェル石油環境研究助成)および「バイオテクノロジー・ガバナンスにおける専門知の学際化に関する国際比較研究」(科学研究費補助金)とほぼ重なっている。後者を研究プロジェクト本体とすれば、前者はその準備(企画)段階、本課題は後者が採択されるまでの補完的位置にある。
  • この助成金によって、2006年7月24日から29日まで南アフリカ・ダーバンで開催された国際社会学会大会に参加することができ、帰路に立ち寄ったオランダ・ワーヘニンゲン大学で研究プロジェクトに関する複数のミーティングに出席することができた。
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2007年度
Tailoring Biotechnologies 京都会議2007:農業開発に向けたバイオテクノロジーの再構築を考える
(財団法人京都大学教育研究振興財団・学術研究活動推進助成)

(1) 研究集会の背景
 このたび助成の対象となった研究集会は、オランダ・ワーヘニンゲン大学を拠点に2001年から取り組まれてきたTailormade Biotechnologies Network(TMBT)プロジェクトの実証的成果、ならびに同プロジェクトを基盤に2005年から刊行されている国際学術雑誌Tailoring Biotechnologies(TB)誌の理論的成果を交流することを目的とした。
 代表申請者(久野)は、2002年7月~2004年9月に日本学術振興会海外特別研究員としてワーヘニンゲン大学に滞在し、研究の一環として上記TMBTプロジェクトに関与するとともに、TB誌にはその刊行時から編集委員を務めてきた経緯がある。
(2) 研究集会の概要
 研究集会には、オランダ5名(うち1名は台湾人学生)、英国1名、イタリア1名、オーストリア1名、米国4名、ブラジル2名、ガーナ1名が報告者として参加するとともに、国内からは代表申請者を含む日本人5名、タンザニア人学生1名が研究発表を行ったほか、5名の日本人研究者、6名の学生・大学院生(中国、フィリピン、オーストラリアからの留学生を含む)が参加し、計13ヵ国32名による国際色豊かで活発な議論が行われた。
 第1日目(11/3)は、2本の基調講演と2つのセッションを行った。まず、プロジェクト・リーダーでもあるProf. Guido Ruivenkamp(オランダ:ワーヘニンゲン大学/アムステルダム自由大学)が、農業バイオテクノロジーをめぐる「科学技術と社会の関係性」について、批判理論や科学技術社会学、政治経済学の諸成果を踏まえた理論的・実践的な枠組みの提示を試みた。その要点は、科学技術が社会の構成物であること、したがって、その再構成が可能かつ必要であることを理論的・実証的に明らかにしたことにある。その上で、遺伝子組換え作物(GMO)に関わって、その社会的構成と再構成への認識を欠落させている点で、当該技術の推進派(pro)も反対派(anti)も同種の弱点を抱えているとして批判した。これに対し、第2報告のDr. Rachel Schurman(米国:ミネソタ州立大学)とDr. William Munro(米国:イリノイ・ウェスレヤン大学)は、当該技術をめぐる政治経済的利害の圧倒的偏在をBiotechnology Projectと捉え、その実態を明らかにするとともに、それに対抗する世界各地の取り組みを紹介しながら、反対運動(anti)が必ずしも科学技術を社会的文脈から切り離しておらず、むしろオルタナティブな農業や社会のあり方への展望を踏まえており、実際のバイオテクノロジー政策や多国籍企業の事業戦略に一定の修正をもたらしてきたことを論じた。
 これに続き、第1セッション「Contested Biotechnology, Ways Forward」では、Dr. Franz Seifert(オーストリア:ウィーン大学)、Dr. Guido Nicolosi(イタリア:カターニャ大学)、吉田省子・松井博和(北海道大学)、Dr. Les Levidow(英国:オープン大学)による欧州諸国や日本の事例報告をもとに、GMOとその規制をめぐる対抗関係が論じられ、それぞれの社会経済的・政治的・文化的な差異が反対世論や規制制度のあり方に大きく反映している様子が浮き彫りとなった。第2セッション「Policies and the Making of Biotechnology Development」では、Dr. George Essegbey(ガーナ:科学技術政策研究所)、Elibariki Msuya(タンザニア:京都大学大学院生)、Dr. William Munro(米国:イリノイ・ウェスレヤン大学)、Wânia Silva(ブラジル:パラナ州立マリンガ大学)から、それぞれサブサハラ・アフリカ全体のバイオテクノロジー研究開発・規制政策の状況、タンザニアの事例、南アフリカの事例、ブラジルの事例について報告があった。なお、時間の都合から、後半の2報告は第2日目の冒頭に行った。
 第2日目(11/4)は基調報告の3本目として、Dr. Les Levidow(英国:オープン大学)から、欧州で推進されてきた科学技術政策Knowledge-Based Bio-Economy(KBBE)と各地で広がりつつあるAlternative Agri-Food Networks(AAFNs)との対抗関係についての報告を受け、科学技術、農業・食料、それらをめぐる社会関係のオルタナティブなあり方に関する示唆を得た。
 これに続く第3セッション「Potentiality of Reflection, Actuality of Reconstruction」では、久野秀二(京都大学)が農業バイオテクノロジーの再構築を展望するにあたっての、科学者・研究者の批判的省察(critical reflection)の必要性と倫理および学際的教育の役割について論じ、Dr. Joost Jongerden(オランダ:ワーヘニンゲン大学/アムステルダム自由大学)が農民自身の内在的な批判的省察・農業技術再構築への志向性を歴史的に論じ、Wietse Vroom(オランダ:ワーヘニンゲン大学/アムステルダム自由大学大学院生)はペルーに立地する国際農業研究機関CIPの取り組みを事例に、公的研究機関の批判的省察と農業技術再構築に果たす役割と現実的可能性について実証的に論じた。
 第4セッション「IPR and New Technology Regime」では、知的所有権の問題と新しい科学技術レジームの動向に関する3つの研究が発表された。Eric Deibel(オランダ:ワーヘニンゲン大学/アムステルダム自由大学大学院生)は生命(遺伝資源)をめぐる私的所有権とオープンソースの考え方について理論的考察を加え、大塚善樹(武蔵工業大学)はバイオ燃料を事例に、科学技術、食料、環境、エネルギーなどの諸要素とそれらをめぐる各アクターの利害関係が交差したところに、バイオ燃料レジームの形成が見いだされると論じた。Elta Smith(米国:ハーバード大学)とDr. Kaushik Rajan(米国:カリフォルニア大学アーバイン校)は、Biocapitalという概念を提示しながら、ゴールデン・ライスと医薬品を事例に、バイオテクノロジーの商品化が、単なる科学技術研究や人道的介入(例えば「企業の社会的責任」事業)の所産ではなく、それらを取り巻く政治経済的利害が制度的文脈を通じて具現化したものであると捉えることの重要性を明らかにした。
 第5セッション(特別セッション)では、オプションである第3日目のエクスカーションに関わって、京野菜のブランド化戦略をめぐる遺伝資源管理の難しさと「地域locality」概念の可能性と問題性についての報告が、池島祥文(京都大学大学院生)と久野秀二(京都大学)によってなされた。
 最後に、TMBTプロジェクトの成果をもとに作成したドキュメンタリー・フィルム(ガーナ編、エクアドル編、インド編、キューバ編のうち前2者)を上映し、2日間の研究報告と議論を踏まえた総括討論を行った。Biotechnologies、Tailoring、Alternative、Reconstruction、Pro-Antiなどのカギとなる諸概念についての認識の齟齬が露呈するとともに、そうした概念整理を踏まえたさらなる理論的・実証的な研究の積み重ねと研究者の国際的ネットワーキングの重要性が確認された。
        
(3) 研究成果の公表と今後の予定
 本研究集会の発表論文は、事前にフルペーパーを準備することを義務づけ、全18報告のうち16本のペーパー、2本の報告資料をプロシーディングとして当日配布することができた。TB誌のホームページでは、発表の際に使用したパワーポイント資料へのアクセスが可能になっている
 また、一部のペーパーを除き、Wageningen Academic PublishersからGuido Ruivenkamp, Shuji Hisano, Joost Jongerden eds., Reconstructing Biotechnologies: Critical Social Analysesとして出版することが確定している(2008年4月刊行予定)。その他のペーパーもTB誌への掲載を予定しており、本研究集会の成果が関連する学会等で広く共有され、議論が喚起されていくものと期待される。
 今回の研究集会は、当該テーマに関する第1回目の国際カンファレンスとして位置づけられる。上記の出版を受け、その1年後となる2009年に第2回目の国際カンファレンスを別の国で開催することが非公式に決められている。
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2005-2007年度
農業市場の制度問題と分析モデルに関する統合的研究
(科学研究費補助金・基盤研究(B)、研究代表者:岩手大学大学院連合農学研究科・玉真之介教授、研究分担=農産物市場と多国籍企業の制度問題)

研究の目的=1990年代は、グローバリゼーションの下で、戦時期に起源を持つ国家単位の各種市場制度が貿易自由化と市場原理主義に崩されていく過程だった。しかし、21世紀に入ったいま、市場競争がもたらす諸問題が明らかとなり、農業をめぐる市場制度の新たな構築を強く要請するようになっている。この研究は、こうした現状認識の下に、農業市場を農産物市場のみでなく、農業金融市場、農地市場などの各種農業関連市場を含めた総体として捉え、それらにおける市場制度問題の究明とそれに対する分析モデルの理論的、方法的研究を行うことを目的とする。この目的に対して、本研究は以下の3つを具体的な課題とする。(1)各種農業市場の制度問題をグローバル、ナショナル、ローカルという3つの場で明確にする。(2)各種農業市場の制度問題を分析するためのフレームワークを理論的、方法論的に研究する。(3)そのフレームワークに基づいて、各種農業市場に対する実証研究のための分析モデルを提示する。
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2006-2008年度
バイオテクノロジー・ガバナンスにおける専門知の学際化に関する国際比較研究 
(科学研究費補助金・若手研究(A)、農学/農業経済学/国際農業&科学技術政策)

本研究の課題と目的
 遺伝子組換え作物・食品(以下GMO)をはじめとする農業科学技術のあり方は、農業・食料の生産・流通・消費をめぐる国際政治経済上の重大争点となっており、各国農業政策や貿易政策、途上国農業開発などを考える際にも避けては通れない問題となっている。本研究は、申請者が一貫して追究してきた、農業バイオテクノロジーの政治経済学的把握の成果を踏まえ、これを「グローバル・ガバナンス」ならびに「科学技術と社会」という文脈の中に位置づけなおしながら、自身の研究を含む社会科学的(政治経済学的)アプローチの役割を「学際的専門知の制度化」という視点から再確認することを目指している。
 近年、GMOのリスク分析にあたっては、消費者・市民の理解と受容を図るためのリスクコミュニケーションが重視されており、その前提として、専ら科学技術的側面から安全性を評価するリスク評価と、専ら行政的側面から安全性を担保するリスク管理とがそれぞれ追求されているが、基本的にはリスク評価における科学的判断の「健全性」が錦の御旗とされる傾向が続いている。しかし、GMOは生態系と健康への影響だけでなく、広く農業・食料システム全体に関わるとともに、各国・各地域の文化的・社会経済的な構造と動態にも深く関わっている。価値中立的な「健全な科学」論は、研究開発から事前・事後のリスク評価に至る過程でなされる一連の科学的判断が、問題設定や考察範囲、評価手法によって大きな偏差を被るだけでなく、現実社会における政治経済的な利害関係――各国の科学技術政策や農業政策・貿易政策上の位置づけ、農業関連産業(アグリビジネス)の事業戦略、これらと直接・間接に関わる科学者自身の利害――から自由ではないという事実を捨象した抽象物であり、それのみによって当該技術の社会的妥当性が付与されるとは考えられない。以上のような問題意識から、欧州諸国を中心に、リスク分析の川下段階でコミュニケーションを図るだけでなく、より川上のリスク評価段階や研究開発段階での意思決定過程に、広範な利害関係者や社会科学を含む学際的な専門性を参画・参集させることによって、GMOに典型的な「科学技術と社会」の断絶・対立を克服していこうとする動きが生まれている。
 こうした欧州諸国での試みは、科学技術社会学の研究者を中心に、近年わが国でも積極的に紹介されているが、市民コンセンサス会議等にみられるように科学者(専門家)と市民(非専門家)との対話への問題意識は徐々に涵養されてきているものの、科学者の間に存在する「異なる専門性」への自覚が喚起されることは少ない。とりわけ、研究開発やリスク評価の過程に不可避な政治経済的な利害関係への省察、科学者自身の倫理的省察が要求されることは稀であり、むしろ価値判断を伴う領域への関与を意識的に回避する傾向が依然として強い。
 このような状況に鑑み、本研究は第1に、研究開発やリスク評価にたずさわる科学者の社会的・倫理的な省察の必要性が指摘されるようになってきた欧州諸国における科学技術政策の動向、ならびにGMOに関連する各種研究プロジェクトの実施状況を考察することを通じて、学際的アプローチの意義と課題を明らかにすることを目的としている。その際、わが国や米国、ブラジルなどの状況を比較対照とする。
 第2に、GMOの研究開発やリスク分析は各国・各地域の政策課題にとどまらず、そのあり方(バイオテクノロジー・ガバナンス)は国際的整合化の対象ともなっている。経済協力開発機構(OECD)や国連機関(FAO)など、グローバルなレベルでバイオテクノロジー・ガバナンスに関わる国際諸組織が「専門知の学際化」の必要性をどのように認識し、実践に移しているのか(いないのか)を明らかにする。

本研究の学術的な特色・独創点と研究史上の位置づけ
 わが国でも、一部の農業経済学研究者(中嶋康博『食品安全問題の経済分析』日本経済評論社、2004年)が食品リスク分析に関わって、欧州諸国等の経験を踏まえた実践的研究に取り組んでいるが、詳細な制度論や経済学的分析に学ぶべき点が多々あるものの、リスク分析が導入され実践されてきた欧州諸国内部で今なお続いている理念的・政策的な論争を十分に反映したものとはなっていない。当該領域における社会科学的研究が主に社会学や政治学によって担われてきたことが一因と思われる。本研究は方法論においても、狭義の「専門性」に制約されない「学際的アプローチ」を追求している点を、第1の特色としている。
 第2に、主に科学技術社会学の立場から行われてきた「科学技術と社会」の関係性への考察を政治経済学の立場から批判的に摂取しながら、社会(消費者・市民)一般に対峙するものとして捉えられる傾向にあった「科学的専門性」を、GMO等の農業技術を具体的表象に、政治経済的な利害構造のなかに再把握することを企図している。わが国でも、一部の科学技術社会学者が「リスクの政治学」(小林傅司編『公共のための科学技術』玉川大学出版部、2002年)にも言及するようになっているが、本研究の差異性は、農業政治経済学という専門性から、社会学的把握を相対化することにある。申請者は久野秀二『アグリビジネスと遺伝子組換え作物』(日本経済評論社、2002年)で、主に政治経済学的な分析手法を用いて、GMOの商品開発過程における利害構造の解明を試みた。この成果をバイオテクノロジー・ガバナンスの問題に適用することを、本研究は企図している。
 第3に、近年の科学技術政策には「参加」や「倫理」等の用語が多用されているが、これを字句通りに受け取るのではなく、如何なる社会的文脈の中でこうした「言説」が作り出され、それが実際に如何なる社会的・政治経済的な意図と作用を含んでいるのかを批判的に分析しようとする点である。欧州バイオテクノロジー政策に関わって言説分析を試みた既存研究(Gabriele Abels, "The European Research Area and the Social Contextualization of Technological Innovations", in Jakob Edler et al., Changing Governance of Research and Technology, Edward Elgar, 2003)に学びながら、これを「学際性」をめぐる文脈に適用することを、本研究は企図している。
 第4に、バイオテクノロジー・ガバナンスのグローバル化という実態を念頭に、国際比較的視点から「専門知の学際化」の態様を明らかにしようとする点も、本研究の特色である。この点で、申請者がこれまで取り組んできた、米国やブラジルを事例とする「農業バイオテクノロジーの研究普及体制と利害調整過程に関する政治経済学的研究」(1999~2002年)で得た理論的・実証的知見や、欧州を事例とする「農業科学技術の研究開発と普及プロセスにおける社会経済的影響要因に関する学際的研究」(2002~2004年)で得た問題意識や研究者ネットワークなど、本研究に関連する経験と研究蓄積を活かすことができる。

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2010~2012年度
国連農業食料ガバナンスと多国籍企業行動規範に関する政治経済学的研究
(科学研究費補助金・基盤研究(C)一般、研究代表者:久野秀二)

研究目的
 2007~08年の「世界食料危機」状況と中長期的な食糧需給逼迫見通しを受けて、国際社会は世界食料サミット等の場で危機対応を迫られてきた。そこでは、WTOを中心とする多国間自由貿易レジームの建て直しを模索する動きと、国連人権理事会「食料への権利」に象徴される国際人権レジームの構築に向けた動きがせめぎ合っている。国家・国家間組織だけでなく、グローバル化が進む農業・食料システムの主要なアクターとして影響力を行使する多国籍アグリビジネスや、問題領域ごと、あるいは領域横断的にネットワークを形成しながら国際社会で発言力を高める市民社会組織の展開も無視できない。本研究は、とくに国連機関の役割(意義と限界)に注目しながら、農業・食料のグローバル・ガバナンスをめぐって錯綜する利害関係主体の対立と調整の過程を歴史的・構造的に明らかにすることを目的としている。

学術的背景
 近年の国際政治経済学では、国際政治も国際経済も国家間関係を軸に分析しようとするネオリアリズムの潮流に対して、経済的取引の増大を通じた国際社会の相互依存関係の高まりを背景に、その整序システムとして国際機関の役割に注目する相互依存論や国際レジーム論等の潮流が優勢である。そこでは非政府組織や多国籍企業も国際関係の重要なアクターと捉えられている。グローバル・ガバナンスとは、こうした多様な利害関係主体による政治・経済・社会レベルの複合的な諸連関が、国際的な政策課題(問題領域)ごとの原則・規範・ルール・政策手続き等の制度化すなわち国際レジームの形成をもたらし、逆にそうして形成された国際レジームによって各主体の行動や主体間の諸関係が制約されるという動態的な状況を全体として総括する概念である。
 1995年にWTO体制が発足して以来、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスは、新自由主義的な自由貿易レジームによって主導されてきたが、その結果として、日本のような食糧輸入国はもちろん、先進輸出国においても農業構造の再編(家族農業の淘汰)が急速に進み、農業・農村経済の持続的発展とはほど遠い状況にあることが次第に露呈してきた(『農業と経済』2009年6月号特集「どこへ向かう世界の農業政策」)。途上国農業開発においても、世銀IMFによる経済構造調整プログラムの功罪が議論されるようになっている(同上)。こうした中で発生した「世界食料危機」によって、それ以前から国連機関や市民社会組織によって議論されてきた「基本的人権としての食料」あるいは「食料主権」という考え方があらためて注目を集めるようになった(久野秀二「食料サミットと国際機関の対応」『農業と経済』2008年12月)。2000年に国連人権委員会(現在は人権理事会)に任命された「食料への権利」に関する特別報告者による旺盛な活動、2004年に国連食料農業機関FAOで採択された「適切な食料に対する権利の漸進的実現のための自主的ガイドライン」はその一部である。そこでは、加盟国・締約国が遵守すべき法的責務が主に議論されてきたが、最近では、国家の法的権限を超えるような国際機関・多国籍企業主導による開発援助・投資・貿易・知的所有権レジームのあり方も含め、「食料への権利をすべての人民の基本的権利として尊重・保護・実現すること」が強く求められるようになっている(久野秀二「国連『食料への権利』報告と求められる農政改革」『農業と経済』2009年6月)。そのなかで本研究が注目するのは、多国籍アグリビジネスの事業活動が「食料への権利」に及ぼす影響と、こうした国際社会での動向に対する多国籍アグリビジネスの側からの応答である。それは、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスにおける多国籍企業の政治的・経済的な影響力の増大というだけではなく、とくに1992年のリオ地球環境サミットを前後して高まってきた、多国籍企業による社会的・環境的な行動規範や認証・表示制度の導入と普及を通じたCSR(企業の社会的責任)の実践と、国連を中心とする人権レジームの動きとが密接に関わるからである(久野秀二「多国籍アグリビジネスとCSR」『農業と経済』2008年7月)。事実、「食料への権利」に関する特別報告者(オリビエ・デシュッター氏)は、同じく国連人権理事会に任命され、企業の社会的責任や多国籍企業行動規範などを検討している「人権と多国籍企業及びその他の企業」に関する特別報告者(ジョン・ラギー氏)との連携を進めている。ところが、当該問題領域で活動する国際的な市民社会組織は、多国籍企業のCSRイニシアチブの評価で意見が分かれている。それらが法的拘束力のない自主的ガイドラインにとどまっており、国連人権レジームも国際法上の制約(司法判断適性や域外適用義務の限界、不履行に対する救済構造の欠如など)ゆえに多国籍企業規制の実効性に疑問が持たれているからである。
 研究代表者の久野は、上に参照した諸研究に先行して、科学研究費補助金を受けながら、農業バイオテクノロジーを対象に国際的な政策形成過程の政治経済学的分析(久野秀二『アグリビジネスと遺伝子組換え作物』2002年)、とりわけ科学技術の研究開発・商品化・利用規制・事後評価をめぐる利害構造と正当化言説(イデオロギー構造)を、経済学・政治学・社会学・倫理学にまたがる社会科学諸領域の成果にも学びながら学際的・批判的に分析する作業を進めてきた(久野秀二「遺伝子組換え作物の社会科学-科学技術が社会に受け入れられるには」2005年;Ruivenkamp G., Hisano S., and Jongerden J., eds. Reconstructing Biotechnologies: Critical Social Analyses, 2008など)。本研究はこうした成果を踏まえ、とくに国際政治経済学のレジーム論やグローバル・ガバナンス論を援用しながら、錯綜する利害関係主体の対立と調整の過程を明らかにすることを目的としている。

研究期間内に明らかにしようとすること
 第1に、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスの全体構造を、FAO等の国連機関、WTO、世銀グループ、食料サミット等の国際会合などの役割と相互関係を整理しながら明らかにする。そのため既存研究の整理と関係機関における資料の収集と分析を進める。
 第2に、国連人権理事会を中心とする国際人権レジームの到達点と問題の所在、そして今後の可能性を明らかにする。国際政治学や国際法学の専門的知見にも学びながら、ヒアリング調査を含む各種資料を具に分析していく。
 第3に、多国籍企業の行動規範づくりをめぐる実証分析および言説分析を進めながら、自主的ガイドラインを前提に行動規範の制度化を志向する国連機関や市民社会組織の現状認識と将来展望を、フィールド調査を含む各関係主体へのインタビューを通じて明らかにする。
 第4に、以上を総括しながら、農業・食料をめぐるグローバル・ガバナンスを、国際人権レジームによって主導することの可能性と課題を明らかにする。
 
学術的特色・独創性・予想される成果と意義
 これまで国民国家体系を前提にアプローチしてきた農業経済・農業政策研究の限界を乗り越えながら、グローバル資本主義下の農業問題把握に国際政治経済学の分析枠組みを適用することによって、農業経済学研究の可能性の幅を広げることを目指している。とくに、これまでの研究で見落とされがちであった国際機関、多国籍企業・国際産業団体、市民社会組織といった非国家的なアクターの動向と相互関係の全体像に「農業・食料のグローバル・ガバナンス」という視角からアプローチする点で独創的であり、学術的貢献も小さくないと考える。
 なお、この研究課題を十全に遂行するためには、多様な専門領域の知見が必要である。研究代表者は農業バイオテクノロジーの政治経済学的研究を通じて「学際的アプローチ」の必要性を自覚するに至っているが、それは個別研究者自身による学際性の獲得によってカバーしきれるものではない。将来的には、他領域の研究者を巻き込んだ共同研究へと発展していくことを想定しており、したがって本研究はいわばその準備作業としても位置づけている。
 同時に、博士後期課程の大学院生数名を研究協力者に含めることによって、農業問題の国際的な研究を志向する彼・彼女らに対する教育効果も期待している。

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2011/12年度
国連「食料への権利」論と多国籍企業規制の課題
The U.N. Concept of the Right to Food and Perspectives for Regulation of Transnational Corporations
(村田学術振興財団・海外派遣、研究代表者:久野秀二)

派遣先:Department of Political Sciences, Faculty of Social Sciences, VU University Amsterdam
期間:平成24年4月15日~9月3日(142日間)

研究目的
 本研究の目的は、主に国際政治経済学の理論枠組みに依拠しながら、食料不安時代の農業・食料ガバナンスにおける、国家、国際機関、多国籍企業、小農・市民社会組織など多様な利害関係主体による政治・経済・社会レベルの多層的・複合的な諸連関を明らかにすることにある。その際、鍵となる概念が、国連人権理事会を中心に議論されてきた「食料への権利(the right to adequate food)」である。また、これまで国連貿易開発会議(UNCTAD)や国際労働機関(ILO)を軸に議論されてきた多国籍企業行動規範を、「食料への権利」をはじめとする基本的人権の実現と国家・国際機関・多国籍企業の国際的義務という観点から再把握しようとする国連人権理事会の取り組みも重要である。こうした国際人権レジームに関する研究は、国内では国際法の分野でわずかになされているにすぎず、これを国際政治経済学の観点から、しかも農業・食料分野を対象とする研究は皆無に等しい状況である。したがって、本研究ではこれらの概念をめぐる議論、およびその実現に向けた取り組みに焦点を当て、そのキャッチアップに努める。

具体的な研究活動
 本研究は、申請者が関連する課題で受けている科学研究費補助金(基盤研究C、平成22~24年度)と合わせ、平成24年度前期のサバティカルを利用した4ヶ月半の在外研究期間中に実施した。
 第1に、滞在したアムステルダム自由大学(VU)社会科学部政治学科には、多国籍企業ガバナンスに関する国際政治経済学研究に従事する研究者が複数名おり、関連資料の収集と文献研究の傍ら、彼らの知見を吸収することができた。しかし、国連機関に関する研究や農業食料ガバナンスに関する研究は彼らの守備範囲を超えていたため、同学科所属の研究者が他部局やアムステルダム大学(UvA)関連部局とジョイントで運営しているAmsterdam Global Change Institute(AGCI)主催の研究会やワークショップに積極的に参加することによって、主に地球環境問題や途上国開発問題をめぐる国連内外のグローバルガバナンスについて多くの知見を得ることができた。とくに近年の国連では、6月に開催された国連持続可能な開発会議(Rio+20)が象徴するように、持続的発展(sustainable development)をめぐって様々なパートナーシップが構築され、ミレニアム開発目標(MDG)等の実現に向けた取り組みが進められている。そこで追求されている官民連携(PPP)の実態と教訓、その問題性に関する実証的かつ言説分析的なアプローチの必要性については、本研究課題にとっても示唆に富むものであった。他方、農業食料ガバナンスについては、主に文献研究に依拠したが、申請者が従来から共同研究を進めてきたワーヘニンゲン大学の研究者(食料主権など農業食料ガバナンスの社会運動的側面について)やユトレヒト大学の研究者(食料の倫理的調達やアグリビジネス企業のCSRイニシアチブなど、多国籍企業と市民社会組織との連携を通じた農業食料ガバナンスの意義と問題点について)とも意見交換を行った。
 第2に、滞在期間中にオランダ国内外で開催された国際学会・ワークショップに積極的に参加し、関連領域における国際的研究の最新動向について多くの情報を得ることができた。具体的には、①エラスムス大学国際社会研究所(ISS)で開催された「Land Grabbing」(大規模農地取得を通じた国際農業投資)に関する国際会議[6/11、オランダ・ロッテルダム]、②国際人権規範と国家および非国家主体の責任をテーマにした国際研究学会(ISA)大会[6/18-19、英国・グラスゴー大学]、③参加型民主主義とガバナンスに関する理論的研究や実践交流、環境や開発などの政策形成過程の批判的言説分析が議論された解釈的政策分析(IPA)学会大会[7/5-7、オランダ・ティルブルグ大学]、④オルタナティブな農業食料システムを志向する生消提携運動等の社会運動、先進国と途上国とを問わず広がりを見せている食料主権運動の到達点と類型化、食料・飼料・燃料(3F)コンプレックスの実態などが議論された国際農村社会学会(IRSA)大会[7/29~8/4、ポルトガル・リスボン]である。
 第3に、国連「食料への権利」論を活動の基軸に据えている市民社会組織FIAN(FoodFirst Information and Action Network)のオランダ支部(アムステルダム)とドイツ支部(ケルン)での聞き取り調査、多国籍企業行動規範に関する調査・告発・政策提言活動を行っている市民社会組織(SOMO、アムステルダム)での聞き取り調査を行った。FIANオランダ支部では、日本でも関心を集めつつあるLand Grabbingにオランダ企業や年金基金が直接・間接に関わっていることを問題視し、その実態調査や啓発活動を強めていることがわかった。彼らが発表した報告書は、日本の政府資金や民間直接投資、各種ファンドによるLand Grabbingへの関与を調査・分析する上で非常に参考になる。他方、ドイツ支部では全国各地に地域支部を展開し、政府・企業・市民を対象にした多様な活動を展開していること、オランダ支部と同様にドイツ企業や年金基金がLand Grabbingに関与している実態を明らかにする作業を進めていること、ドイツでは市民社会組織と政府機関との対話が制度化されており、FIANによる20年以上に及ぶ地道な活動を反映してドイツ政府も「食料への権利」を認定し、他の先進諸国に率先して同権利の国際社会での主流化に向けたイニシアチブを発揮していることがわかった。FIAN International(ドイツ・ハイデルベルグ)ではとくに「食料への権利」を遵守(respect, protect, fulfil)する国家・国際機関・多国籍企業の国際的義務に関わって、国際法上の義務履行主体である国家が法的管轄域外でも同様に義務を負うことを意味する域外適用義務(Extraterritorial Obligation: ETO)という概念の確立と国際社会における主流化が目指されている。申請者もその実現のために関連領域の専門研究者や市民社会組織によって構成される国際コンソーシアムのメンバーとなり、今後の研究活動及び実践活動のための意見交換を始めたところである。

この派遣の研究成果等を発表した著書、論文、報告書
  • 久野秀二「農業論壇:米国干ばつと食料危機-食料への権利確立を」、『日本農業新聞』2012年9月3日付4頁
  • 久野秀二「新自由主義的食料安全保障と多国籍アグリビジネスの種子支配」、日本有機農業学会・立教大学経済学会シンポジウム、2012年9月29日
  • 久野秀二「誰がタネを制するか-種子ビジネスの現状と対抗運動の可能性」、『農業と経済』78巻12号、2012年12月、5-21頁
  • Hisano, Shuji, “What the U.S. Agribusiness Industry Demand for Japan in the TPP Negotiations?” 京都大学経済学研究科ワーキングペーパー、予定
  • 以上の他に、本研究活動の成果をもとにした共同研究(アグリフードレジーム再編下における海外農業投資と投資国責任に関する国際比較研究)を構想し、研究代表者として科学研究費補助金(基盤B)に申請したところである。
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