Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

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No.249 電力卸市場が核心となるための方策
-鍵はメリットオーダーと市場監視-

2021年6月10日
京都大学大学院経済学研究科 特任教授 山家公雄

キーワード:電力卸市場 競争市場 相対取引 メリットオーダー 市場監視

 電力自由化、市場機能活用に舵を切った日本だが、最大の電力市場は旧一般電気事業者の相対取引市場であり、卸市場の影は薄い。この冬の卸市場価格高止まりや容量市場の高額落札という異例の事態も「旧一電市場の存在」に起因する。本論では、相対取引が市場取引に如何にして移行するか、市場価格が指標性を発揮できるようにするかについて、米国を例に解説する。メリットオーダーに基づく送電線利用と市場支配力行使の監視がカギを握る。

1.悲劇は競争環境の核心である卸市場未成熟であること

電力自由化に舵を切ったが道半ばの日本

 日本は電力自由化に舵を切ったことになっている。事業構造について、垂直統合型から発電と小売りは競争に、送配電は地域独占に分離する。これは構造改革と称される。小売りは2016年4月より「全面自由化」された。発電がいつ自由化されたかは議論があるが、一応各事業にライセンス制度が導入された2016年4月とみることもできる。送配電分離は2020年4月より法的分離として実現している。この2020年4月をもって一応構造改革は仕上がったと言われる。

 日本は、まだ目的とする姿に向けた途上にある。未成熟、未整備ということである。送配電分離は法的分離に留まり、EUのような所有権分離でもなく、米国のようにシステム運用権を独立機関に委託するISO(Independent System Operator)/RTO(Regional Transmission Operator)方式でもない。送電事業の取りまとめ役でISO/RTO(以下、ISO)的な役割も担う電力広域的運営推進機関(以下、広域機関)は、発電・小売り事業者からの出向者が活躍するが、ガバナンスの基本原則である中立性・公平性にいまだに抵触する。

 発電事業は、自由化されたかのか否か、大いに疑問がある。旧一般電気事業者(以下、旧一電)は発電設備の約8割を有しJ-Powerを含め価格操作を行い得る「市場支配力」を有する。送電線の利用は「先着優先ルール」により、優先的に利用できる。電気の流れが送電線の運用容量を上回るときに生じる「混雑」による停止や出力低下を心配する必要がない。そもそも混雑が想定されておらず、想定される場合は新規参入者が増強費用を負担する。既存事業者と新規事業者は公平な競争環境となっていない。

 2020年7月に梶山経産大臣が同ルールを見直すと発言し、その実現に向けて漸く動き出したところである。旧一電の小売り部門はシェア7~8割を有するが、市場支配力を有する発電部門と一体運営であり、発電情報へのアクセスを含む市場支配力の恩恵に浴しうる立場にある。発電・小売りは、持ち株会社方式を採用した東電・中部電力を除いて、分社化をしない「発版一体方式」を採っている。

最近の大事件は卸市場未成熟の証左

 以上の構図が、最近の半年間で過去に例を見ない事件が続発した背景にある。根本原因と言ってもいい。2020年9月に発表された第1回容量市場入札の高額約定価格、2020年12月から2021年1月にかけて生じた「平時の需給逼迫と1カ月におよぶ市場価格高値張り付き」である。

 競争環境の核心となるのはJEPX(卸取引市場 以下卸市場)が発する価格情報であり、市場参加者は予想を含む価格情報を基に行動を決める。分散型システムの時代、いわゆる4D(Deregulation自由化、De-carbonization脱炭素化、Decentralization分散化、Digitalizationデジタル化)の時代には、卸市場が有する価格機能は飛躍的に重要になる。容量市場は卸市場を補完する機能であり、kWの価値は評価するが、柔軟性を含むエネルギ-の価値(kWh)、環境価値(CO2フリー価値)は評価対象外である。容量市場が存在感を増すと卸市場の機能を歪めることになる。入札失敗を受けて廃止を含む抜本見直しが求められる。

相対取引の旧一電市場が主役である悲劇

 冬季市場価格高騰の主要因として旧一電の相対取引の存在がある(「No.238 電力卸市場高騰はどうして生じたのか」)。日本の卸電力市場は、「旧一電市場」と「卸市場」の2つ存在するが(融通を含む「送電会社市場」を入れると3つ)、事実上旧一電市場がメイン市場で、卸市場は補助的な存在に甘んじている。旧一電市場は、約7割を占め、小売部門との内部取引を主に外部との卸取引を含む相対取引である。相対取引は海外でも大きい役割を担っているが、根本的に日本と異なる。

 海外は金融取引(フィナンシャル)が主で目的は価格リスクヘッジである。日本は物理的取引(フィジカル)が主であるが、これは先着優先ルールにより混雑により送電線利用不可能となる懸念がないから、と考えられる。旧一電市場はフィジカルで実態があり、8割占める発電設備は基本的に内部取引のために存在し、余剰分が(行政指導の下に自主的に)卸市場にオファーされる。この構図は、世界的には極めて異質・異例であるが、既存システムに馴染んだ者には違和感は小さいと思われる。

 それでは、自由化が先行して、卸市場が核心的な役割を果たしている海外は、どのようにして競争的な環境を整備したのであろうか。発電・小売り(発販)分離、市場支配力を有する発電事業設備の強制売却、市場支配力行使への厳しい監視等である。以下では、市場自体が有する経済性・信頼度維持機能、監視機能を米国ISO/RTOシステムを例に解説する。

2.相対価格が市場価格に収斂する理由 米国ISOのシステムより

 相対契約は電力量(kWh)の買い手と売り手が量、価格、期間に関して約束する経済行為であり、リスクヘッジ機能を有する。欧米のように取引市場が機能しているとの前提では、相対取引に係るリスクは小さくない。まず、指標となる市場価格が長い期間一方に片寄る場合は、買い手か売り手かのどちらかの損出が大きくなる。相手方が経営破綻するリスクは、取引先が取引所となる市場取引よりも大きい。また、市場取引は精算処理を取引所に任せることが出来る。

 「相対取引は市場価格に収斂する」「市場価格を無視した相対契約はあり得ない」と言われる。RE100等の再エネ調達を図る事業者は、再エネ事業者との直接取引であるPPA(Power Purchase Agreement)契約を活発に行っているが、(混雑費用を含む)市場価格が指標となっている。大手事業者でも市場価格を意識せざるをえないシステムである。主に混雑処理ルールと市場支配力監視機能が効いている。以下、米国ISO等の市場システムを主に解説する。

メリットオーダーによる送電線利用ルール

 ISO等では、送電線の利用は市場取引で選択された安価な電源から優先的に利用できる(メリットオーダー)。これは間接オークションと称される。ISO等は、時々刻々潮流計算を実施し、送電線の容量内に収まるか、混雑が生じないかを把握する。混雑がある場合は、混雑処理費用を含むトータルコストで最少となる電源を再選択する。メリットオーダーでは低コストとなる電源が停止ないし出力抑制の指令を受ける一方で、高いコストの電源が稼働・出力増の指令を受ける。これは再給電(Re-Dispatch)と称される。ISOの市場取引では混雑処理・再給電が織り込まれており、参加者はその結果を受け入れる(だけである)。

 それでは相対取引はどう処理されるのか。当事者間で価格、数量、期間は決められるが、発電設備地点から需要地点までの流通ルート(送電線)の利用について、ISOと予約する必要がある。ISOとしても、送電線を利用する全ての取引を把握してはじめて潮流計算を行い信頼度判定が可能となる。相対取引は発電地点(イン)と需要地点(アウト)に分解されてインプットされる。ISOの送電サービスには市場取引のネットワーク・サービスと相対取引のPTP(Point to Point)サービスとがあるが、混雑費用を織り込んだネットワークサービス(市場取引)はPTP(相対取引)よりも優先される。

 一方、PTPには、混雑が生じる場合に混雑費用を負担し送電線利用が保証される「ファーム契約」と混雑費用を負担しない「ノンファーム契約」を選択することになる(「米国の送電混雑管理」)。ノンファームは混雑時最劣後の扱いとなり、送電は保証されない。ISOのメリットオーダーに基づく混雑処理の中では、実際よりも高い発電コストでオファーすると不採択となる可能性が高まる。送電線を利用するためには発電設備の情報をISO等に連絡する必要がある。

市場支配力監視機能のビルドイン

 さらに、市場支配力行使を排除する仕組みが市場取引にビルドインされている。ISO等は、入札等の情報に基づいて、翌日や時間前のスケジュール(発電計画)を組むが、事前に入手した情報とスケジュールとを比べて違和感がある設備に関しては、自動的に除外するシステムが働く。これは、自動修正プロセス(AMP:Automated Mitigation Procedure)と称される。送電線を利用する限りシステムオペレーターであるISOに設備情報を登録している。ISOも自ら需給を予想し予備力・調整力を準備する。市場支配力の行使としては、オファーの出し惜しみや実際のコストよりも高いオファーにより価格をつり上げる行為が典型例である。

 このように、発電事業者は、送電線を利用するために、リソースの情報提供、市場価格を睨んだ相対契約を設定せざるをえない。換言すると、混雑処理(信頼度維持)を含むメリットオーダー方式、市場支配力監視を通じて、相対取引価格は市場価格に収斂することになる。市場参加者がメリットオーダーにて取引する場である卸市場価格が指標となる。

 以上は、海外の電力市場の常識である。一方、日本の旧一電市場がメインであること、TSO市場も旧一電市場の派生のようにみえること、卸市場は補足であることは、まさに「世界の非常識」であり、4D時代もガラパゴスになり、2050年ゼロカーボンもイメージできなくなる。世界に説明できない実態の改革は待ったなしである。

 ISO/RTOは系統運用者と市場運用者を兼ねるとともに市場監視者の役割りも備える。機能が分離している日本では送電会社、広域機関、JEPX、電力・ガス取引監視等委員会、資源エネルギ-庁が役割を分担するが、より一層の奮起を期待したい。機能の統合も重要課題である。


○参考文献
「米国型送電システム」 米国送電システム研究会 化学日報社 2020年9月