Counting from 11th December 2005


<ケンブリッジ便り>

2005年3月25日より2006年3月23日まで、連合王国ケンブリッジ大学で在外研究に従事する期間の個人的な記録です。これから留学しようとする学生の皆さん、同様な目的でケンブリッジを訪問される研究者、英国好きの方などに楽しんでいただければ幸いです。
*この内容は、個人的な印象に基づくものであり、いかなる機関を代表する見解でもありません。また、誤解に基づく情報・見解を記さないよう最大限の努力をしますが、誤りがあるかもしれませんし、また、変更になっていることもあると思います。ですから特に在外研究をされる方は、ご自身で最新の情報を入手なさってください。不都合が生じた場合でも当方は責任を負いかねますのでご了承ください

2005年 4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2006年 1月2月、3月。


<UK time: GMT=日本時間−9時間>
(サーバーの管理規定に抵触する恐れがありますので、英国時間を表示する時計は削除しました。2月5日)
       

An invitation from the Vice-Chancellor & the dress code
今夜は、訪問研究員向けの企画で、ケンブリッジ大学の副総長公邸での立食パーティに参加しました。よく知られているように、この国の多くの機関では、二番目のポストが実質的なトップです。その例に漏れず、ケンブリッジ大学や各カレッジの長は、象徴的なポスト(しばしば精神的なよりどころであったり、広告塔(!)だったりします)なので、副総長というのが、大学全体の最高実力者になります。ちょうどこの国の君主と首相の関係と同じです。
 参加者は50名弱で、様々な国からの研究者が集まりました。副総長はじめスタッフの方々、数学者の台湾人、カタロニアから来た地理学のスペイン人などと非常に楽しく話すことができました。
 この企画は大学の公式行事なので、もちろんドレス・コードはformalです。男性は、ラウンジ・スーツ(ネクタイ&ダーク・スーツ)、女性は、「それに相当するもの」(この点など、大学が伝統的に男性中心であったことの名残です)の着用が求められます。
 モーニングに白か黒のネクタイくらいしか意識しない人はびっくりするかもしれません。しかし彼らが取り立てて特殊なドレス・コードを要求しているのではなく、例えば茶系統の色はformalと見做されないなど、日本の洋装マナーでも同じです。
 わたしは本務校にいるとき、授業を除いてボタンダウン・シャツにジーンズ(Q.スキナー欽定教授のまねではありません)のときが多いですが、ドレス・コード自体やマナーについては、両親が結構うるさい人たちなので、幼少時から認識させられていましたし、また、フォーマルな作法や装い自体が嫌いなのではありません。小学校のころは、白いシャツに蝶ネクタイなどの「お坊ちゃん」の格好、親戚が集まるときはスーツ(中学生になっても制服ではなく!)を結構楽しんで着ていましたし、また、月に数回はテーブル・マナーの実践のためホテルのレストランで食事も非常に楽しみでした。ちなみにお酒の早期教育はありませんでした。
 そしてこのようなマナーを身に付けていることは普通だと思っていましたので、○大入学当初は、生協食堂で「犬食い」などをする同級生や教員と思しき人々(!)の姿に非常に衝撃を受けたことを今でもはっきりと覚えています。食事のマナーは、正統派のそれである必要はありませんが、他者に不快感さえ与えず、一緒に食事が楽しめる程度には、やはり必要だと個人的には思います。
 ともあれ両親の「初期教育」のお陰で、留学してもマナーで恥ずかしい思いをすることは全くありませんでしたが、普段の服装だけは、やはりカジュアルの方が好きです(320日)。

ドール・ハウス博物館
最近は日本でも有名になりつつあるドール・ハウスは、イングランド人の伝統的な趣味の一つです。簡単に言えば、家具や調度品を含む家の模型作りです。木材と紙の簡単なものから、レンガ、石膏、そして大理石など、本物の建物にも使われる素材を使う本格的なものまであります。作り手の技術とこだわりに応じて、大きさ(本物の何分の一かを決める)や造作の細かさを決め、長い場合は数年単位で完成させます。
 このドール・ハウス、出来上がったもので遊ぶ(りかちゃん人形のように)ということはほとんどありませんが、作成過程での工夫や経験を話し合ったり、完成したときの全体像を眺めて品評を楽しみます。したがって作品の展示会やキットや部品の販売会も盛んに開催されますが、今回は、常設の大規模な博物館(部品販売セクションあり)にRさんに連れられて見学に行きました。ケンブリッジ郊外でロイストンに近い田園地帯にある工場のような簡素なつくりの建物が、その博物館です。結構な数の人が見学に来ていました。部品販売コーナーでも、性別や年齢を問わず、たくさんの人たちが非常に熱心に品定めをしていました。
 展示物は、太い梁と白壁が特徴のチューダ様式の住宅、ローマ式の柱と意匠を備えるオーガスタン期の建物、レンガ作りのゴシック様式の建物、テラスを持つ板張りのアメリカ植民地様式の住宅など、16世紀から19世紀までの建築物まで様々です。いまのところ、20世紀の戦間期様式や90年代のガラスと鉄からなる建物はありませんでした。
 ドール・ハウスというのは、個人的には、ちょうどイングランド人の庭園観と同様で、作り上げること自体の喜びだけでなく、アレンジメントの妙(マネジメント能力の誇示?)を楽しむ側面も強い趣味ではないかと感じています。イングランド人の伝統的な心性を垣間見た気がしました(319日)。



マンデヴィル・ワイン

最近はお世話になった方々を夕食にご招待することが多いので、普段よりも頻繁にワインなどを購入しています。いつもはチリかイタリアの赤を好んで買うのですが、今回は、前から気になっている名前のワインを、食事の話題にもできそうなので購入しました。その名は、マンデヴィル・ワイン、フランス製(ラングドック州)の赤です。
 18世紀の初頭に、一見すると「悪徳の進め」のような議論を展開して伝統的価値観を痛烈に批判したバーナード・マンデヴィルと同じ名前なのです。その名にちなんで、くせのある味か、はたまた酸味の強い味かとちょっと警戒していましたが、実際に飲んでみると、非常にふくよかで、開栓と共にゆっくりと味が展開していく優れた正統派のワインでした。センセーショナルな装いにもかかわらず、しっかりとその著作を読んでみると、ヨーロッパの知的伝統をきちんと踏まえて議論を行ったことがわかる思想家マンデヴィルのようなワインを、会話と共に楽しみました。そして機会があれば、次回は、マキャヴェッリ・ワイン(!)に挑戦してみたいと思います(319日)。



黄色い水仙
今年は咲く順番が混乱しているクロッカスですが、例年ならば白いクロッカスが満開になるとつぼみを開き始めるのが、黄色の水仙です。どちらも宿根草なので、ある日突然、何もなかった芝生や木の根元の土から芽を出してきます。こういう驚きは、非常に嬉しく、春を迎えてのワクワクする気持ちをより引き立てると思います。特に、クロッカスに比べて水仙は花自体が大きいので、特に目立ちます。各所にお別れの挨拶に行く通り道のキングスでは、バックスの風の通り道でないところに植わっている水仙が、既に咲き始めています。これから一ヶ月弱、きれいな花を楽しむことができます。
 そして4月末くらいに水仙が咲き終わると、一年で一番爽やかな初夏に季節が変わっていきます。しかし残念ながら、水仙が満開になるのを見ることも初夏の風に触れることもできません。あと5日で帰国です(318日)。


無事に搬出
荷物は全部で五箱(書籍+コピー+教材用DVDなど60キロ、衣類+雑貨40キロ)になりました。平均的には一人当たり150キロくらいだということなので、私たちの場合は非常に少ないそうです。物を増やさないよう心がけていましたが、やはり引越しなので、それなりの荷物になりました。係の人も丁寧に応対してくれ、気持ち良く、そして、あっけなく(!)、搬出作業が終わりました。あとはお別れ会、資料収集(電子的なもの)、フラットの掃除などが残されています。一週間あれば何とかできそうですね(315日)。

ジョンの笑顔
帰国の準備に追われているうちに、今日はジョンの授業の最終日になってしまいました。本来の対象である学部生は余り残っておらず、大半はMPhilの学生でした。また予定した内容は、例年通り、終わりませんでしたが、思想史の授業のひとつの型として完成されたものなので、ここから何を学び取ることができるのか、今回は学生ではなく同じ教員として授業を聴講した私の、帰国後の課題です。
 そして、もう一度昼食などと思っていましたが、お互いの日程が合わないので、この授業でジョンとはお別れです。「また戻ってきたらいいよ」と、いつものはにかみながらのチャーミングな表情で言ってくれました。おそらくこの笑顔にやられてしまう人は多いのではないかと思います。また、こういった状況で日本人は、お辞儀はするが握手は余りしないことをジョンはよく知っているので、私と握手したものかどうかを躊躇するかのように、最初は所在なさげに手を動かしたりしていました。再会を約束しながら、もちろんしっかりと握手をしました。
 ジョンとの立ち話の余韻に浸るまもなく、そそくさと帰宅して、午後からの帰国荷物の搬出に立ち会わなければなりません。これが終われば、あと一週間で本当にケンブリッジとは「しばしの」お別れです。もちろん外部資金を調達してすぐにまた来ます(笑)(315日)。

旅立ちと新しい出会い
今年度も残すところ20日余り。本日は、卒業予定者の成績発表があり、正式の卒業認定の発表は来週ですが、事実上、卒業できるのかどうかがわかったと思います。はらはらしていた人たち(旧ゼミ生のひとりはどうなったのでしょう?)の多くは、これで安心して巣立ちの準備に専念できることでしょう。そして、長年教鞭をとられてきた2名の先生が退職されます。これから5年くらいは、私自身が学部生の頃から在職されていた名物教員と呼ばれる先生方が、毎年度2名くらいずつ京大を去られますので、学部の雰囲気も大きく変わっていくと思います。本当に長い間ありがとうございました。卒業生の皆さんとは、ぜひ同窓会で再会したいと思います。
 そして本日は、前期入試の合格発表の日でもありました。今年の入試も無事に終わり非常によかったです。受験生の緊張とは比べ物になりませんが、監督する私たちも、試験が順調に進むか(快適な受験環境を維持するため室温や換気に気をつけることも含む)どうか、そして、試験中に私たち自身がトイレに行きたくならないように心がけること(笑)などで、緊張します。しかし一番大変なのは、様々なお膳立てをする教務掛の事務職員の方々です。ですから今の時期に、窓口業務で、多少、ご機嫌斜めだったとしても、それなりの理由があるのです。
 そんな入試の緊張の中にも、試験の二日間を一緒に過ごすうちに、なんとなく個々の受験生の顔を覚えてしまうときがあります。そしてたまに、「この受験生、去年も受験していたのでは?」という場合もあります。そんなときには、個人的に、よりいっそう健闘を祈る気持ちになります。今年は在外研究で監督業務を分担していないので、4月以降に「顔見知りの」新入生に会うことはありませんが、新しい出会いは今から楽しみです。
 来年度に大学院に進学する人たちの準備も着々と進んでいるのではないでしょうか。わたしも、旧ゼミ生2名を院生として受け入れることになりました。ふたりともこつこつと勉強するタイプなので、これからを非常に期待しています。
 その前に、わたしたちもケンブリッジから旅立つ準備をしなければなりません。日本に持ち帰るものを確定したので、残る作業は、体重計に荷物を載せながら、ひとつひとつの段ボール箱に規定の重さ以下になるように分けながらパッキングです(38日)。



クロッカスも混乱中
2月下旬ごろから、欧州大陸では寒波が戻ってきたりして大変な荒れ模様の天候です。おそらくその前線の関係で、ここブリテンは平年並みの気候と(大陸ほどひどくはないですが)寒波が周期的に訪れています。ですから、ある日は汗をかく気温(7度前後)かと思えば、次の日は零度前後といった感じで安定しません。体調に維持に非常に苦労しています。
 この気候に翻弄されているのは人間ばかりではありません。平年ならば、クリーム色→黄色→紫色の種類の順にきちんと咲いていくクロッカスも混乱しているようで、現在は、この三色が混在して咲いています。またモクレンに似た白い花をつける木のつぼみも、いったん開きかけながら小休止です。
 しかし、もちろん本格的な春に向かっていることは確かで、地面は十分な水分を貯め、鳥たちも非常に元気に鳴いています。帰国荷物の箱で少々「混乱中」の我が家も、来週の搬出作業が終われば、帰国までの約一週間を楽しめるのではないかと期待しています(37日)。

帰国準備
とうとう具体的に帰国の準備を始める時期が来てしまいました。今日は引越し業者の人が来て簡単な打ち合わせです。とはいえ、うちの場合は引越しと呼べるようなレベルではなく、いくつか荷物を送るくらいです。帰国売りは全て終えたので、パッキングを始める前にすることは、あげるもの、捨てるものなどに分けることです。そして、お世話になった人たちとのお別れの食事会などをセッティングし、招待状を出さなければなりません。あと3週間弱ですが、何とかなるでしょう(32日)。

シルヴァーナさんの栄転
ケンブリッジ大学(おそらく英国中の大学でも同じだと思います)では、一部の本部職員を除けば、いわゆる定期人事異動なるものはありません。基本的には、学内限定公募や学外者も応募できる公募のどちらかに応募することによって、自分のキャリア形成をしていきます。また居心地の悪い職場には、人が定着しません。いずれにしても、優秀な人は、5年くらいの間隔でポストを移動していくのが普通です。
 その慣行に従って、私の所属するSPSで、長年、教務関係を一手に引き受けていたシルヴァーナさんの人事異動が発表されました。今回の在外研究だけでなく大学院生時代にもいろいろと相談に乗ってもらい、また、正確かつ尋常でない速さの彼女の事務処理に大変助けられてきた私としては、一抹の寂しさを覚えながらも、彼女の栄転を喜びたいと思います。新しい職場でも、持ち前の機転と親切心で、大活躍されるのでしょう。
 私以外にも、慣れない在外研究でお世話になった研究者(日本人研究者は、ジョン・ダンさんとシルヴァーナさんのコンビでお世話になっている人が大半だと思います)も非常に多いと思います。それらの人々を(勝手に)代表して、春らしい花束でも持ってお礼を言いに行きたいと思います。本当に長い間ありがとうございました(31日)。