Research Project on Renewable Energy Economics, Kyoto University

京都大学経済学研究科

再生可能エネルギー経済学講座

本講座(第2期)は、2024年3月31日をもって終了いたしました。

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No.366 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略②
-REZ形成、排出量取引で再エネ・蓄電設備を整備-

2023年4月17日
エネルギ-戦略研究所長 京大特任教授 山家公雄

キーワード:オーストラリア、脱炭素戦略、REZ、CfD、排出量取引、自立バッテリー

 豪州脱炭素政策シリーズの第2回であるが、今回は脱炭素を実現するための政策を解説する。風力・太陽光・ストレージ(蓄電設備)の「脱炭素3点セット」で再エネゾーン(REZ)を形成し、これらを連系線・送電線で繋ぐことが主要対策となる。これを、石炭廃止を睨みながら、如何にスケジュールに沿って実現するか、民間投資を呼び込むかが肝になる。遅れて来た分、時間的な余裕はなく、政府のリーダーシップと投資等への支援策が重要になる。州政府が先行した有効策を積極的に採用していることも大きな特徴である。そして、3月末に長年政争の具であった「排出量取引」の実施が決まった。

1.再エネ3点セット、脱炭素柔軟性の整備

 前回は、連邦政府の脱炭素目標と達成に向けたシナリオ(ロードマップ)を解説した(「No.364 遅れて来た豪州の最強の脱炭素戦略①-連邦大の具体的なロードマップ-」)。青写真を実現する裏付け、手段が必要になるが、労働党政権は、2022年12月までに主な対策を取り纏めている(排出量取引は3月末)。表1は、実現に向けた対策の概要を示している。大きく5つの政策から成る。以下、順に解説する。

電力インフラを公的金融で整備

 2022年10月に“Rewiring-the-National-Program”を創設し、連系線等の大規模インフラ事業に対して公的金融で支援することとした。200億ドル(豪ドル、以下同様)を用意するが、先行事業として、大消費地のインフラであるSydney-Ring、NSW州・VIC州・TAS州の一体化を進めるVNI-WestおよびMarinus-Linkの連系線を先行して整備する。

表1.豪州脱炭素政策の骨子 実現に向けた対策
表1.豪州脱炭素政策の骨子 実現に向けた対策
(出所)各種資料より作成

脱炭素容量メカニズム(CIS)の導入

 次に、そして最も興味深い対策は、再エネ・ストレージ事業支援策であるCIS(Capacity Investment-Scheme、容量投資スキーム)である。これは、筆者は「脱炭素・容量メカニズム」と理解している。これは、「火力・容量メカニズム」への対抗策として登場したことに由来する。前保守党政権では、再エネ普及により火力発電の利用率が下がり、廃止が増えると柔軟性が不足し停電等を引き起こすことから、火力発電の固定費を支援する容量メカニズムを導入すべきという意見が有力だった。これに対し、環境派やテスラ等脱炭素柔軟性技術を重視するグループが猛反発し、再エネとストレージの組み合わせこそが解決策であり、脱炭素柔軟性を確保する仕組みが肝要であると主張した。労働党政権になり、脱炭素柔軟性整備を採用した。それがCISである。

再エネゾーン(REZ)と差額補償(CfD)の組合せ、石炭廃止とのスケジュール調整

 これは、再エネゾーニング(REZ)とCfD(Contract for Difference、差額補償契約)入札を組み合わせるものである。再エネ・ストレージ投資の買取価格として、適正利潤を含む長期平均費用を基準価格としこれを20年間補償する。一方、市場価格が基準価格を下回れば差額を補てんし、上回れば差額は支払われる(還元される)。投資の予見性を確保するとともに、価格高騰の影響を緩和することが可能になる。

 なお、厳密には最小収入を保証するフロアー価格を基準する一方で柔軟な販売を認めるLTESAs(Long Term Energy Service Agreements)を基礎としている。これはNSW州が考案したものであるが、市場高騰による棚ぼた利益還元を意図する天井価格の導入も検討しており、CfDの要素も入る。NSWのLTESAsについては、機会を見て解説したい。

 CfD入札は、既にACT等で採用され、機能している(「No.355 都市部にはCfDが似合う① 豪州首都が再エネ100%実現」)。連邦政府はこれを採用することとした。ACT、NSW以外の州・テリトリーでも実績を見て導入する所が増えてきている。連邦政府は、州の施策を尊重しており、CISは上乗せ策という位置付けであり、詳細設計が行われているところである。

 最大の課題は、火力発電廃止のスケジュールと脱炭素パッケージ導入のスケジュールを合わせることである。州の権限が強く、REZ指定とCfD入札を主導することで、スケジュールをコントロールできると考えている。そして、テスラバッテリーに代表されるグリッドバッテリー実績と技術への信頼が背景にある。

自立型バッテリー普及への助成

 グリッドバッテリーについては、系統安定に寄与するGFMタイプ(Grid-Forming、系統形成型、自立型)については、政府組織のARENA(the Australian Renewable Energy Agency、再生可能エネルギ-庁)からの助成措置が講じられた。これは、テスラバッテリーの実績等を評価し、既に5事業について実施済みであるが、さらに8事業、計2.0GW/4.2GWhに対して1.76億ドルを手当てされることが決定された(図1)。2025年迄に運開することが条件であるが、石炭火力発電の廃止を睨んだ緊急措置との位置づけでもある。

図1.Grid-Formingバッテリー助成8事業(2.0GW/4.GWh、~2025年)
図1.Grid-Formingバッテリー助成8事業(2.0GW/4.GWh、~2025年)
(出所)ARENA(Australian Renewable Energy Agency)

 図1では、8事業は地点名で表記されている。フランスの再エネ事業者Neoenの3事業が採択されている。Neoenは、SAのテスラバッテリー(Hornsdale-Reserve)を所有・運転し、豪州そして世界のバッテリー事業を先導している。Moorabool(300MW/450MWh)は、豪州最大のVitoria-Big-Batteryのことであり、連系線の系統容量維持・拡大運用で有名であるが、GFM仕様に改修する。Hopeland(200/400)は、豪州最大の太陽光発電Western-Downs(400MW)に隣接する蓄電設備である。

 Blythは、Neoenが旗艦事業としてSAに整備中のGoyder-South-Hubに関係する蓄電設備の一つである。同ハブは、風力1200MW、太陽光600MW、バッテリー900/1800を3フェーズにて整備するが、第1フェーズの風力発電容量の1/2を資源ジャイアントBHPのオリンピックダム鉱山に送る。風力とBlythバッテリーを利用し銅鉱山所用電力の1/2にベースロードとして供給する。また、豪州の電力ジャイアントであるOrigen、AGLについては、閉鎖予定である火力発電の代替設備の一角として整備される。

2.排出量取引制度(セーフガードメカニズム)の実現

石炭・ガス価格キャップ導入と電化促進の同時解

 第4に、電気料金高騰対策である。政府に石炭と天然ガスの市場価格に上限を設けることが出来る権限を付与した。2022年6月に生じた天然ガス価格暴騰の影響で、電力価格が3倍以上に跳ね上がり、大きな社会問題となった(図2)。

図2.豪州の電力・ガス市場価格の推移(2018/7~2022/9)
図2.豪州の電力・ガス市場価格の推移(2018/7~2022/9)
(出所)AEMO(Australia Energy Market Operator)

 国産化石資源で生産コストは変わらないのに、世界の市場価格高騰に合わせて国内価格を上げることへの分り難さが背景にある。また、火力発電の利用率が価格高騰に合わせて大きく下がっており(燃料制約)、当局からも「市場支配力が行使された可能性あり」との指摘があった。従来も、「石炭・ガス会社は社会責任を放棄し、Greedy」との批判があったが、今回は激しく炎上した。こうした世論をも受けて、上限価格導入の決断となった。2022年12月に1年間の期限付きで実施されている。

 石炭・ガス開発事業者、火力発電事業者は「市場原理を歪め、投資不足と需給ひっ迫を招く」と猛反発し、実施される場合の補償措置を求めた。また、競争主義者からは「市場を歪めることになり、棚ぼた利益(windfall-profit)への課税がベター」との声も上がった。価格を抑えることで化石資源の需要増を招く懸念もあったが、消費者への電化義務化と家電製品等への助成措置をパッケージで織り込むことを対応措置とした。このパッケージは奏功したようであり、対策発表後電力先物価格は顕著に下落した。

排出量取引制度導入、10年越しの政争に決着

 最後に、そして直接的な脱炭素効果がある“The-safeguard-mechanism”を解説する。これは、Carbon-Pricingであり、長年実施を巡り紆余曲折があった施策でこの3月30日に決着がついた。労働党と緑の党そして独立会派の交渉により纏まり、反対の保守連合を押し切って法案が成立した。2023年6月より発効となる。議会要人は「ここにいたるまで10年間を要した」と歴史的な成果であることを強調した。セーフガードメカニズムは2012年に労働党政権により導入されたが、翌年保守連合への政権交代に伴い廃止された。その後、保守連合により復活する動きがあったが、未執行のまま棚晒し状態となっていた。

 セーフガードメカニズムはいわゆる「排出量取引」である。個々に排出できる量(権利、枠)が設定され、限度額を超えた場合は市場からクレジットを購入し、過達の場合は市場に販売できる“baseline and credit mechanism”が採用されている。全排出量の3割をカバーする設計で、ベースラインは毎年5%ずつ削減される。カバーされる排出量は、発足当初は145MT(百万トン)であるが2030年は100MTに縮小する。クレジット価格上限は$75/tに設定されているが、今後引き上げられていく。前政権の案と比べて、カバー率は低いが炭素価格は高く設定されていると評される。

 石炭、ガス、鉄、アルミニウム、セメント等のエネルギ-多消費産業に属し、排出量や排出密度の大きい215施設が削減義務を負う。火力発電事業は除外されるが、これは批判が多いが、廃止スケジュールの設定と低コストの再エネ普及でカバーされることになる。削減未達量をオフセットするクレジット量に制限はなく(これも批判が多い)、農業、林業、土地利用分野が供給することになる。

終わりに 脱炭素消極組からフロントランナーへ

 今回は、豪州脱炭素戦略の2回目であるが、連邦政府の脱炭素目標とロードマップを実現するための対策について解説した。インフラ整備への公的支援、太陽光・風力・ストレージの脱炭素3点セット導入を促進する「柔軟性容量メカニズム」の導入、革新インバーター付きストレージへの助成そして「排出量取引」の施行等である。いずれも理に適ったそして具体的で説得力のある措置である。やはり理に適った目標・ロードマップと相まって、投資家等の信頼、事業の予見性を獲得しており、多くの事業計画が続々と登場している。

 排出量取引は、10年越しの政争に決着をつけ実現されるが、今回は産業界も導入を支持しており、保守連合の反対の声は大きくなかった。今後政権交代があるとしても制度は維持されると考えられる。カーボンプライシングが導入されていない主要国として、日本とならび豪州が挙げられてきたが、豪州は完全に消極組から抜ける出すことになる。日本も自主取引きから徐々に強制力を増すGX-ETSの導入を決めているが、削減負担額は小さいと試算され詳細は未定であり、不透明感がある(「No.363 電力環境価値の行方;非化石価値証書からカーボンプライシングへ(2)~環境価値取引の統合による予見性向上を期待~」)。

 次回は、脱炭素を先導してきた各州の特徴ある戦略を紹介する。脱炭素は、自治体も当事者であり、地方が主導できることを示している。